第三十八話 魔王は聖女を連れて行く
式典の最中、大衆の前でエラを攫うことにしたのは、事件が伏せられ、内々に処理されることを防ぐためだ。魔王が聖女を人質に取ったという事実は、広まらなければ意味がない。
影の中に潜み、気取られぬよう細心の注意を払って近づけば、少しずつ交わされている会話が聞こえてくる。
「温かい……これが、聖女の祝福なのか」
どうやらカーティスは今、エラから祝福を授けられたところらしい。舌打ちをしそうになるのは堪えたものの、妬心の炎はしばらく消えそうになかった。
「聖女エレノア、君に心からの感謝を」
甘ったるい言葉に、一層嫌悪感が増す。彼女に、返答する様子がないことが救いだろうか。社交辞令の類だとしても、カーティスへ友好的に接するエラの姿を想像するだけで、胸が潰れそうだ。
乱れる心を宥めつつ、魔力をを少しずつ手繰り寄せた。
「この場を借りて、君に伝えたいことがある。皆もどうか聞いてくれ」
誰が聞いてやるものか。しかし耳を塞ぎたくても、生憎魔法の発動のため、片手は自由に使えない。剥き出しの耳に、カーティスの言葉が飛び込んでくる。
「どうか僕と、婚約してほしい」
ギリ、と立てた歯軋りの音は、漏れ出てしまっただろうか。
どちらでもいい。今はもう、考える必要のないことだ。
手のひらに集め、編み上げた魔力を展開し、辺り一帯を覆う。一筋の光すら通さない暗闇の中、エラの隣で影の扉を開き、その身体を捕まえた。夢にまで見たエラが、俺の腕の中にいる。
緊張し、硬く強張った体躯は小刻みに震えていて、罪悪感の芽が顔を覗かせた。そしてそれ以上に、心中は歓喜で満たされている。
まったく、俺は笑えてしまうほど彼女に相応しくない。それでいて、今更手放すこともできない。醜いものだと、自嘲する。
仮面を着けてきて良かった。まだ、彼女の恐怖の原因が「レオン」ではないと、思い込んでいられるから。
そんなことを考えている間に、周囲の人間は灯りを用意し始めたらしい。ポツポツと現れた光に舌打ちしつつ、彼女を横抱きに抱えた。
「ひゃえっ、!?」
悲鳴……と思しき声を上げたエラの額に手を当てて、眠らせる。
光魔法は攻撃性を持たないとはいえ、彼女は簡単なものなら他の魔法も扱えるのだから、抵抗されると少し厄介なので。
エラが瞳を閉じ、力を抜いたのを確認した後、ざわめく群衆に背を向けて詠唱を始める。
程なくして出現した裂け目に入ろうとしたところで、カーティスに引き留められた。
投げかけられた質問に端的に答え、さっさと影の中へと飛び込む。
「くそっ、覚えてろ。その計画とやら、必ず阻止して見せる! 次に会うときはその仮面を剥ぎ取って、絶望に歪んだ顔を見せてもらうからな……ッ!」
負け惜しみじみた捨て台詞を聞き流しつつ、俺は裂け目を閉じた。




