第三十一話 第二王子は聖女と意気投合する
その日以降、エラは数日に一度、離宮へ姿を見せるようになった。
本人が言っていた通り、彼女の中には話題が溢れんばかりに溜まっていたらしく、会話が途切れること──というよりも、彼女が無言でいる時間はほとんどない。最初のうちはその勢いに押されて、相槌を打つ程度のことしかしなかった俺を、気にもとめずにエラは常に喋っていた。
ある程度慣れた後は、俺もちゃんとした返答をすることも、自ら話を振ることもするようになったけれど。
他愛もない会話の中で、彼女が孤児院にいたことを知ったときは、よく喋る所以はそれかと少し納得した。
何人もの子どもたちと過ごす中、会話が絶えることなどほとんどなかったはずだ。
そんな彼女が唐突に聖女に、そしてあのカーティスの婚約者候補に選ばれ、全く異なる環境へと連れ去られたというのだから、運命とやらはとことん意地が悪い。
しかし当人はと言うと、己の環境に泣き言ひとつ上げることなく、逞しく生きている。
それがひどく眩しかった。しかし、妬ましいとは微塵も思わない。
エラが俺を訪ねて来てくれて、明るく笑ってくれたら。そして、くだらない会話を交わすことができたら。それだけで、不思議と心が満たされるのだから。
その一方、甘美で、そのせいか失うことを想像するとひどく恐ろしくなるその感覚を、いつからか俺は持て余すようになった。程なくして、それに"執着"という名前があると自覚してからは、何があろうと隠し通さなければならないと思った。
押し殺した感情を抱えたまま、俺はエラといくつもの言葉を交わした。それらはすべて他愛もない、一日経てば綺麗さっぱり忘れてしまっていても不思議ではないものだ。
しかし彼女と過ごす時間は俺にとって、輝いて見えるほど大切なものだった。
あるとき、勇者の本を読んでいた俺に、彼女が声をかけてきた。
つまらなかったと正直な感想を述べた後で、失言だったと内心で焦る。皆の憧れ、英雄と称するべき存在の物語に対して、相応しくない言葉だ。
それなのにエラは、その理由を聞いた上で、生じた疑問を一緒に調べてくれた。
数日後、幾冊もの本を抱えて現れたときは、初日のように転びやしないかと心配したことを覚えている。
そうして浮き彫りになった──とはいえ真偽は確かめようもないので、どうしても推測の域を出ないのだが──真相に達成感を覚えて、それ以上に俺に付き合って真剣に向き合ってくれた彼女に、どこかむずがゆい思いを抱いて。
「いつだって、王族って身勝手ね」
俺が感情の整理に忙しくしている間に、エラはわざとらしい溜息と共にそうこぼした。全くの同意見だ。
口に出した後に、わたわたと慌てるそぶりを見せる彼女はきっと、俺も王族の端くれだということに思い至ったのだろう。
弁明しようとするのを首を横に振って制して、言う。
「違いない」
あからさまに安堵の表情を浮かべたエラはしかし、“聖女様”を連れ戻しに来たらしい侍従の声に反応して、慌てて立ち上がる。
俺にはもう少しこうしていたい、と叫ぶ本心を押し殺して、手を振ることしかできなかった。




