第三十話 第二王子は戸惑う
制御の効かない感情に動揺する俺のことも知らず、聖女は言葉を重ねる。
「あたしがそう見なされてるのは知ってる。でも正式に婚約したわけじゃないし、あたしはあのハズレくじと結婚するつもりなんてないんだから!」
ハズレくじ。
カーティスは理想的な王子である、という評価こそよく目にすれど、こんな言われようは初めて聞いた。
思わず、まじまじと彼女の顔を見つめてしまう。俺の視線に、自分が何を言ったのか理解したらしい聖女は、慌てて周囲をキョロキョロと確認していた。
その姿に浮かんだ庇護欲に似た知らない感情を振り払うようにして、言葉を紡ぐ。
「驚いた……お前は、アイツをそんな風に評価しているのか」
「当然じゃない! ことあるごとにこっちを見下してくるんだもの! 無意識なのが余計にタチが悪いし……とにかく、あたしはあの男と結婚するつもりなんてない! ……待って、“兄上”?」
開き直ったように、カーティスの愚痴を口にしていた聖女は、はたと俺の発言を復唱し、瞠目した。俺の身分を察したのだろう。
黙り込んでしまった彼女に、肩をすくめながら言う。
「アンタの想像通りだよ、聖女サマ。俺はこれでも王の子どもだ。……ま、妾腹だけどな」
すべて事実で、かつ幼いころから何度も使われた呼称だ。しかし彼女の前だと、どうしてか胸が痛むような気がしてし、逃げるように視線を逸らしてしまう。
次にかけられる言葉を、速いペースで鼓動を刻む心臓を諌めながら待った。
「エラで良いって言ったじゃない。それと、アナタの名前も教えてよ」
投げかけられた予想外の問いに、思わず視線を彼女──エラへと戻す。ふわり、と浮かべられた笑顔に、胸を打ち抜かれるような感覚がした。
母の所在についてだとか、妾腹とはいえ明らかに悪すぎる待遇だとか、何よりこの瞳の色だとか、疑問に思う点は多くあっただろう。それなのに彼女は、俺の名前を知りたいと言う。
この短時間で、彼女には予想を裏切られてばかりだ。それも、良い意味で。
そんなことを考えている間にも、エラは俺の返答を待ち続けているらしかったので、声が震えないよう気を配りながら口を開いた。
「……レナード」
名前一つ名乗るのに、これほど緊張するとは思わなかった。名乗ること自体初めてとはいえ、相手が彼女でなければきっと、こうはならないだろう。その理由には、まだ見当がつかないけれど。
「そう、じゃあレオンって呼ぶわね」
最近同じ年ごろの人とおしゃべりができないから、話題がたっくさん溜まってるの。付き合ってくれる?そんなことを、エラは言う。断る選択肢など、もはやどこにもない。
呆然としながらも、気づいたときには首を縦に振っていた。




