第二十四話 聖女は現状説明を受ける
「既にお気づきかとは思いますが、ここは魔界になります。この建物は、魔王城の離宮です」
ふかふかの丸いパンに、瓶に入ったバターとマーマレードを塗りたくるあたしに、カミラは説明を始めた。ほとんど想像通りのことだったので、特に驚きもない。
ふんふんと頷きつつパンをちぎって口へと放り込む。多分、マナーに抵触するほどではない。ここに大神官がいたら、笑顔のまま器用に表情を歪ませる程度には、乱暴である自覚はある。
でも空腹の前では、多少マナーが雑なことくらい些細な問題だ。
「エレノア様をお連れした理由なのですが──勇者と呼ばれる人間とその仲間が、不定期に魔界へと侵攻を行うことはご存じでしょう」
これにも、サラダにドレッシングを振りかけつつ頷く。
「歴代の魔王は、これに対して特段対策を行なってきませんでした。しかし今代の魔王陛下は初めて、勇者による魔界侵攻を防ごうとしているのです」
「なるほど。あたしを人質に、攻められるのを防ごうってことね」
フォークに刺したトマトを口もとに運びつつ、あたしは続けて問う。
「ところで、どうして今までの魔王は対策しようとしなかったわけ?」
それに対して、カミラは迷う様子もなく答えた。
「わたしたち魔族にとっては、強さが全てです。強い者は生き残り、弱い者は淘汰される。勇者に負けた魔族や魔王は、弱かった。ただ、それだけのこと」
「へえ。なら、今の魔王は違う考え方をしてるってこと?」
あたしの言葉に、彼女は首肯して続けた。
「はい。今代の魔王陛下は、元人間なのです。そのため、価値観も多くの魔族の抱くそれとは、少し異なったものを──弱い魔族が、あっけなく命を散らすことを是としないという考えをお持ちです」
「通念とは真逆なのね」
ベーコンの最後の一枚を食みつつ目を見開いて、あたしは呟いた。
続いて、まだほんのり温かいスクランブルエッグへ匙を入れつつ、カミラの返答を待つ。
「そうですね。ですがわたしたちは、強い者に服従するのが常。陛下がこう在れと仰せなら、そう在るよう努めるだけですわ」
咀嚼していたスクランブルエッグを飲み込んで、その余韻を楽しみつつ口を開く。
「てことは、結構大きい改革があったのよね。でもアナタたちは別に、不満はないと」
「ええ、元来、魔王城で働く多くの魔族は、個としての力が弱いため、陛下からの庇護を条件にこの仕事をしています。方針の転換は、むしろありがたい変化です」
ふむ、言われてみれば確かにそうだ。得心しつつ、カトラリーをそっと置く。
それとほぼ同時、完璧なタイミングでカップに注がれた紅茶を一口啜った。神殿のより美味しい。
もう一口、とカップを傾けそうに手を戒め、彼女へとまっすぐ視線を向けてあたしは言う。




