第二十一話 聖女は魔王に攫われる
「待て!」
あたしたちが影の中に沈む直前、そう叫んだ者がいた。
勇猛と言おうか無謀と言おうか、審議の余地があるその声の主は、カーティスである。
無視すれば良いと念じたあたしの思いは届かなかったらしく、レオンは律儀にも立ち止まって振り向き、耳を傾ける姿勢を見せた。
「お前は誰で、僕の婚約者を連れ去ろうとする目的は何だ!」
──お前は誰だ?
カーティスは顔を突き合わせてるのだから、分からないはずがない。レオンのことを嫌っていたとはいえ、顔を忘れたとは考えづらいのだが。
「俺は、魔王。この聖女は、俺の計画のために必要な存在だ。だから、連れて行く」
あたしが疑問に頭を捻っている間、噛みつかんばかりの勢いで問うたカーティスに、レオンは簡潔にそう答える。
そして義理は果たしたとばかりに背を向けて、今度こそ、裂け目へとその身を滑り込ませた。
「くそっ、覚えてろ。その計画とやら、必ず阻止して見せる! 次に会うときはその仮面を剥ぎ取って、絶望に歪んだ顔を見せてもらうからな……ッ!」
レオンの背に投げかけられたカーティスの捨て台詞に、なるほど顔を隠していたのかと、一人で納得した。
それにしたって、王子様らしからぬ言葉選びだったな、なんて呑気に考えているうちに、割れた空間がゆっくりと塞がっていく。
外の光が遮断されたことで、影の中はいよいよ真っ暗になった。一筋の光もない暗闇の中を、彼は少しの迷いも見せず、泳ぐようにして進んでいく。
そうして、どれほど経ったのだろう。体感ではかなりの時間が経ったように思うのだけれど、案外そうでもないのかもしれない。
どちらにせよ、ずっと寝たふりを続けているのが少々辛くなってきた。
どこでも良いから早く到着してくれと願い始めたころ、レオンが再度空間に裂け目を開いたらしく、程なくして影の外へと出たのを感じる。
薄目で確認したところ、ここは何らかの建物の一室のようだ。加えてあたしはどうやら、部屋の端に据え付けてあるベッドに向かって運ばれているらしい。……ベッドに向かって?
その可能性に思い至った瞬間、頭のてっぺんからつま先まで、電流が走ったとき──経験したことはないし経験したくもないが──のような感覚がした。
だってこれはもしかして、もしかすると。
あ、あたし心の準備なんかできてないんだけど!?
いや、冷静になろう。彼は自身の計画のためにあたしが必要だと言っていた。つまり、目的は別にある。多分。
今は単純に寝かせようとしてくれているだけのはずだ。うん、そうに違いない。
そう結論づけた次の瞬間、忙しなく回っていたあたしの思考は、完全に停止した。




