第十九話 聖女は祝福を授ける
一歩、また一歩と歩みを進める先、バルコニーの向こうには、数えるのも馬鹿らしくなるくらい大勢の人々がいた。
その手前には当然、白い礼服に身を包んだカーティスがいる。完璧な笑みでもってあたしを出迎えるその姿は、いっそ腹立たしいくらいに、王子サマという呼称がぴったりだ。
沸々とした思いを吐き出してしまわないよう、腹に力を込めてあたしは口を開く。
「殿下、この度は誠におめでとうございます。つきましてはわたくしからも、祝福を差し上げたいと存じます」
「許す。さあ、こちらへおいで」
何が許すだ。
定型の台詞も、この男が言うと鳥肌が立って仕方がない。
引きつりかけた口の端をなんとか元に戻して、あたしはカーティスの正面に立った。
片手を胸の前に持ってきて、そこに少しずつ力を込める。ほどなくして、淡く発光する丸い球体が現れた。
人混みからどよめきの声が上がる。
──これ、文字通り光ってるだけなんだけどね。
別に、私怨で手を抜いたわけではない。こいつに祝福を与えるのは確かに癪だけど、それで仕事の手を抜くような性分ではないのだ。
しかしいくら調べたって、文献には「祝福を与える」としか書いていなかったのだから仕方がないだろう。
具体的な方法が残っていない以上、あたしにできるのはそれっぽい演出を行うことだけなのだ。
まあ、思い込みの力って人が思ってるより強いから多分大丈夫でしょ。
そのあたりに立っている神官たちも満足げな表情をしているんだし、これで良い。うん。
じわじわと大きくなっていく祝福、もとい光の球体が手のひらに丁度収まるくらいの大きさになったところで、カーティスのもとへと飛ばす。
それは数秒間、ふよふよと空気中を漂った後、彼の身体へと吸収──実際は消えただけなのだけれど──された。
一瞬の静寂の後、群衆の中から拍手が起こる。瞬く間に大喝采となったそれに、少々の気まずさを覚えているあたしのことも知らず、カーティスはうっとりと言葉を発した。
「温かい……これが、聖女の祝福なのか」
うん、それ思い込みね。
「聖女エレノア、君に心からの感謝を」
いえいえとんでもない、ただの発光する物体でしたので。
にこにこと笑顔を貼り付けつつ、内心で返事をしていれば、彼は軽く咳払いをして、再度口を開いた。
「この場を借りて、君に伝えたいことがある。皆もどうか聞いてくれ」
ついに、来たか。
予想していたとはいえ、実際にされるとなると予想以上に嫌悪感が強い。
どこか他人事のように、そんなことを思う。
「どうか僕と、婚約してほしい」
──あたしに許された返事は、一つだけだ。
諦めとともに口を開いた、そのとき。




