第十五話 聖女は第二王子を探す
我が目を疑った。来た道を戻って、直前に見つけた痕跡から、再度後をつけてみる。
結果は、変わらない。彼の魔力は、この扉の向こうへと続いている。
レオン自ら、王宮へ足を運ぶ理由はない。だから十中八九、連れてこられている。
同意があってのものなのか否かまでは分からないけど……とてつもなく、嫌な予感がする。
一応の和解を済ませた陛下たちが、レオンに会う理由はない。使用人たちにはもっとない。
──何のために?
浮かんだ疑問に首をかしげている間にも、時間は残酷にも刻一刻と過ぎてゆく。
答えが用意されているわけでもない問いに、割く時間などないだろう。
一つ、深く呼吸をしたあたしは、扉に手をかけて思いっきり押した。
──動かない。
開け、と念じながら、引いた。
──やっぱり、動かない。
案の定と言うべきか、鍵がかかっている。
仕方がないので、気合で扉の向こうを探る。ぼやけてはいるけど、なんとか残滓が残っているのは分かる。何とか、彼の場所を……あれ?
「……いない?」
魔力の気配は確かに、ドアの向こうへと繋がっている。それなのに、ある瞬間から神隠しにあったかのように、それが途切れているのだ。
遠ざかるにしたって、もっとこう、徐々に薄まっていくはずだ。それが搔き消えているなんて、まるで、死んでしまったみたい、に。
「冷静に考えなさい、あたし。それなら、なおさら魔力は残るはずよ」
一瞬、頭に浮かんだ最悪の想像を、理性でもって振り払う。
魔力はエネルギーだ。持ち主が死んだからといって、その場で消滅したりせず、ゆっくりと空気へ溶け込んでゆく。
持ち主のこと切れた現場の魔力濃度が、平均程度に戻るまでに要する時間は、一日二日どころではないはず。
以前読んだ、殺人事件の捜査について記された本にはそうあった。
だから少なくとも、レオンがこの場で殺された、なんてことはない。
──なら、何が起きてるわけ!?
心の内でそう叫びながらも、あたしは王宮の正門へ向かって、再度駆けた。
──カシャン、という音とともに、冷たいものが項に触れた。続いて、子供の首には些か負荷の大きい重量を感じる。
嵌められた首枷には鎖が繋がれていて、その端を兄上が握っているのを、ぼんやりとした視界の端で捉える。
彼から暴行を受けたことは多々あれど、ここまで厳重に拘束されたのは初めてだった。
どうせ逃げやしないのに、と頭を掠めた考えはしかし、カーティスが歪な笑みを浮かべた次の瞬間に散った。
「が、ァ……っ!?ぐッげほ、ごぁ、っ……!」
「苦しい? 苦しいならそう言って。ねえ──命令だよ?」
心底愉しそうな笑みを浮かべて言葉を紡ぐ彼を睨もうとして、それすら叶わず床に崩れ落ちた。
呼吸がままならない。否、いくら息を吸っても、それが身体を巡らない。心の臓が動いている感覚は確かにあるというのに、何故。
「お前はどうせ知らないだろうから、特別に教えてあげる。人間って、体内に血液を送るとき、魔力も一緒に循環させているんだ。だから魔力の流れを止めると、一緒に血液の循環も止まっちゃうらしいよ」
──それを意味するところは、つまり。
唇を戦慄かせた俺に、カーティスはくすくすと嗤いながら続ける。
「察しが良いね。その首輪には、装着者の魔力循環を強制的に停止させる機能があるんだ。もとは魔力持ちの犯罪者が脱獄するのを防ぐために開発されたもので、血液の循環が一緒に止まるのは、そのとき判明した副作用だ」
流れるように語られるその内容は、もはや頭に入ってきてはくれなかった。
それを知ってか知らずか、カーティスの話は続く。
「これはあくまで拘留用に作るものだったから、この事実が判明した時点で計画は流れたらしいんだけど……ああ、研究資料が廃棄されていなくて本当に良かった!」
醜悪に歪んだ顔の彼は、言いたいことを言い終えたのか、ぶつぶつと何かを唱え始める。
ふっ、と眼前の景色が歪み、気がつけば二人は、黒々とした木々の生い茂る森の中にいた。馴染みはない、しかし見覚えのあるその景色に、目を見開いて、はくはくと唇を開閉させる。
──魔界との、国境?
いつの間にか、カーティスの手から鎖の端は離れていた。
しかし、身体にはもう力が入りそうにない。それどころか、 意識をいつまで保っていられるかすら怪しい。
そんな俺を一瞥したカーティスの身体が、薄れてゆくのが目に入る。
なすすべもなくそれを眺めていれば、彼は嘲りをあらわに言った。
「ようやく、間違いを正すことができた。僕の聖女を誑かした不吉な魔物には、そんな死にざまがお似合いだ!」
僕の、聖女? 否。彼女は断じて、この男のものなどではない!
そう言ってやりたいのに、己の口ははくはくと開閉するばかりで、言葉を発することはついに叶わない。
溢れんばかりの無念と怒りを抱えたまま、俺の意識は途切れた。




