第九話 聖女は目撃する
ところで、レオンについて今まで触れていなかったことが一つある。
彼は会いに行く度、身体のどこかに傷を付けているのだ。
それは軽い打撲のようなものから、下手をすれば広い範囲にわたって包帯を巻く必要のあるものまで、その時々によって異なっていた。最初にそれらに気づいたとき、その原因についても問うたけれど、返ってきたのは沈黙だけだった。
触れられたくないのだと悟らされたので、以降は何も言わないようにしている。ただ、治癒魔法が使える――とは言っても練習中なので、大怪我を一瞬で治すなんて芸当はできないのけれど――というのに黙ってみていることはできなかった。目の前にケガ人がいるのに、できる治療を行わないなんて、魔法を持っていないのと同じかそれよりひどいのだから。
だから今は、彼のケガを見つけたら、事情を聞かずに無言で治癒を施すようにしている。
彼は最初、必要ないだとか、放っておけば治るだとか言っていたけれど、無視して魔法をかけ続けているうちに、いつしか諦めたらしい。最近ではあたし同様、無言で手当てを受けるようになった。
今はそれで良い。いつかは話してくれると嬉しいな、なんて思っていたあたしは、案外すぐにその答えを知ることになる。
それは、ある夕方のことだった。いつも通りレオンとおしゃべりをした後、帰路に就いていたあたしはその途中で、持参した本を忘れたことを思い出し、引き返したのだ。
見慣れた門をくぐり、裏庭へと足を踏み入れる直前、
「あーあ、腹が立つ」
聞き覚えのある声が、聞こえた。続いて、何かが地面に倒れる音が鼓膜を揺らす。あたしの勘が警報を鳴らした。
反射的に姿勢を低くし、顔を半分だけ覗かせる。
最初に目に入ったのは、地面に横たわったレオンの姿だった。それに声を上げそうになるのを何とかこらえ、視線を移す。
そこには案の定、カーティスの姿があった。
レオンを蹴り飛ばすだか殴りつけるだかして倒れさせた彼は、まだ満足がいかないのだろうか、その胸ぐらを掴んで自身へと引き寄せた。
「教師たちはうざったいし、父上も母上もエレノアを繋ぎ止めろってうるさいし、当の本人の態度はつれないし……はあ、イライラする」
どこか遠くを見ながら独り言のように呟くのが耳に入る。
つれないと言われても、あたしは義務を果たしているんだからこれ以上を求められても困るんだけど……
そんなことを考えていたあたしの瞳に、カーティスが右膝を僅かに後方へ引く動作が映る。レオンの鳩尾へ、それを叩き付けようとしているのだと察した瞬間、体が動いた。
「待って! 貴方、レオンに何するのよ!」
二対の瞳があたしに向けられる。紅いレオンのそれが諦念の色を浮かべているのに、胸がちくりと痛んだ。次に、青い方に目を向けたあたしは、
「……は?」
思わず、低い声を漏らしてしまう。
疑問を貼り付けたその表情が、理解できなかったせいだった。




