第十話 聖女は憤る
後ろめたさ、なら分かる。驚愕だって、なんなら逆に怒り出すことだって、想像できていた。
だって、弟を殴っていた現場を見られたなんて、恥ずべきことだってことぐらい、当然カーティスも理解していると思っていたのだ。
だからあたしには、彼が不思議そうに首をかしげているのが、どうしたって理解できなかった。
勢い良く乱入した割に、黙り込んでしまったあたしと反対に、何やら考え事をしていたらしいカーティスはやがて、得心したかのように頷いた。
そして、諭すようにして言う。
「ねえエレノア。真っ赤でしょ、こいつの目」
それがどうした。
「血の色みたいでしょう? 呪われてる証拠だ。それにこいつ、母親の身分だって卑賎なんだよ」
なんとなく、彼の言わんとすることが頭の中で形作られてゆく。あまり当たってほしくなかったその予想はしかし、次に発せられた彼の言葉で像を結んだ。
「だから僕は、定期的にこいつを躾けてあげているんだ!」
カーティスは、一点の曇りもない清々しい笑みを浮かべていた。
ただの孤児だったあたしが、遠目に見ただけだったならきっと、素敵な王子様だと勘違いしていたことだろう。今はただ、歪で醜悪な塊にしか見えないけれど。
「言いたいことは、全部?」
意識して心を落ち着かせ、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「色彩も、お母さんの身分も、レオンの中身には何の関係もないでしょう?」
反論しようとこちらへ身を乗り出したカーティスを手で制し、矢継ぎ早に口を動かす。
「アナタはただ、レオンを利用して自分の鬱憤を晴らしたいだけなんでしょう!? その言い訳のために、子どもみたいな理屈で自分を正当化するなんて。躾が必要なのはアナタの方よ」
反論の言葉を忘れたのか、はたまた言う気が失せたのか、呆然とあたしの前で佇んでいた彼はやがて、おぼつかない足取りで裏庭を後にした。
急いでレオンの元へ走り、傷に手をかざして癒す。何と声をかけるべきかわからなかったし、彼もそうみたいだった。
腫れた頬が元に戻ったころ、レオンはいつものように短く礼の言葉を述べて起き上がった。
「……見苦しいもの見せて、悪かった」
気まずそうな表情と共に発されたその言葉に、ふるふると首を振る。
「アナタは何も悪くないじゃない」
そう返せば、レオンは寂しそうに笑ってみせた。ありがとうとごめんねと、それから痛みを混ぜ合わせたような顔だった。
こんなにも悲しい笑顔を見たのは、初めてだ。思わずぎゅっと胸元を抑えれば、心配の色の乗った声で声をかけられる。その優しさすらひどく痛ましくて、ますます心が締め上げられる。
「今日は、帰るわ。また来るから」
それだけ言って、あたしは裏庭から逃げるように走り去った。




