47 三重奏~天然メンヘラ・腹黒ヤンデレ・不憫ツンデレ~
我が国の国旗を掲げた天使達が行進している様子を模した学園の象徴…レゾンデートルの門を抜ける。
私はOGなので当然ながらアルバンもこの学園のどこに車庫があるかぐらいはばっちり把握している。そして、当然ながら向こうも私達を把握している。
「(馬が引いていない、自動の高そうな馬車…アリーシアの嬢ちゃんだな。)」
守衛さんが出てきた。
「どうもアリーシア嬢、元気してたかい?アル坊、今日も優男の面構えだな。」
この守衛さんは婚約破棄の事を知らないようだ。結構長い付き合いなんだけど…まあ、この人は情弱っぽいしそうおかしい事じゃないか。
「バリーさん、こんにちは。あなたこそお元気そうで何よりです。」
「ははっ、冗談言っちゃいけねぇ。この前、屋根に乗ったボールを拾わされてよ、屋根から足滑らせて腰やってんだ。」
「だっ、大丈夫でしたか?!」
大事じゃないですか。
「保健室のメディ先生にヒールかけてもらって何とかなってるよ。」
「それなら良かった…あまり無理されないでくださいね。」
「そう言ってくれるのはアリーシアの嬢ちゃんだけだぜ。ほんと、ベティーナの嬢ちゃんも見習ってほしいよな。俺達事務員の挨拶なんか鼻を鳴らすか無視だぜ?嫌なお貴族様に見えるからありゃあ将来損だぜ。」
…そのベッティが選ばれたのですが。
「…バリーさん、取次を。」
「そうだな、そろそろ仕事しとかにゃ怒られる。」
アルバンが言うと、バリーさんは帳簿を出した。
「3番の車庫に入れてくれ。んで、その後は事務室まで行って窓口で指示を受けてくれ。」
「分かりました。3番ですね。」
「おう。」
車庫に車を入れ、事務室まで向かう。
「遅かったじゃない、アリス。」
「あら、ごめんなさいね。」
制服に身を包み、生徒会長の腕章を巻いた女子生徒が既にいた。彼女こそ、学園長との会談に接待係として付き添うナディン・ザウアー伯爵令嬢…私の元同級生だ。
「ナディン様、失礼ながら申し上げさせていただきます。まだ定刻の7分前で遅刻はしておりません。」
「10分前!そう、私は考えていたのよ、アルバン?あなた、従者の自覚があって?」
「私がいつ、ナディン様の従者になったと?」
「あ~らあらあら、アリスの従者なのにアリスに恥をかかせてどうするのって意味でよ?あなたったら、空気も読めなくなってしまったのかしら?」
「申し訳ございません、ナディン様の説明があまりにも分かりづらかったので理解しかねました。ほら、知能の差があまりにも開いていると会話が成立しないというでしょう?ナディン様は残念ながら私との意思疎通を行うのに少々困難があるようですねぇ?」
一応言っておくと、私はナディン様とそう仲が悪いわけではない。苦手ではあるけど、学生時代はペアワークをする際、よく2人組を作っていたし、そう嫌いなわけじゃない。
ただ、アルバンとはとっっても仲が悪い。
アルバンとしては私が侮辱されているのを許せない彼の忠誠という正義があって、ナディン様は…何かしら私に突っかかりたいだけみたい。それらがぶつかって膠着状態にある時は、話題を変えるに限る。
「…ナディン様、そのネックレス素敵ですね。」
ちなみにこれは本音。チェーン部分は巻きバラの蔓をイメージしてあるのかな、珍しいデザインだ。良いな、どこで買ったんだろう…真似したら怒るかな?
「ありがとう。これは一昨日の殿下の誕生パーティーでレイチェルの外商がゲームを催していて、その景品として貰ったのよ。新作ブローチとお揃いの一点物。」
「そ、そうなのですね。」
一点物なら仕方ないか、うん…あれ、何か重要な事を聞き落としている気が。
「アリス、婚約破棄の事、私は知っていてよ。」
「…。」
やっぱりか。わざと誕生パーティーの話に持ち込むなんてしないもの。
覚悟はしていたけど酷い事を言われるのかと身構えていると、彼女の口から出たのは意外な言葉だった。
「正直に言って、私達にとってはどうでも良い事よ。だからちょっかいはかけない。」
「え…」
「だって私もエルクも婚約者がいるもの、殿下の縁談が来る事はないわ。だったら関係ないじゃない?」
ナディン様の婚約者はケーニヒ公爵家子息のローナ様で、エルク様の所はある子爵の次男を受け入れて伯爵家を継ぐらしい。
本当はその下にハルト様という直系男児がいるからそこに継がせるべきなんだろうけど、エルク様の方が伯爵家次期当主のタマだからね。ハルト様も普通の人からしたら優秀なんだろうけど、上の姉妹があれだけ優秀で強気なリーダータイプだったらねぇ…。
「って、言いたかったのだけど。」
「はい。」
「ハルトの動きが怪しいから、場合によっては介入するかも。」
「えっ、ハルト様が?」
つまり、姉妹は安定だけど弟が?
そっか…男尊女卑の風潮が少なからずあるのに直系男児のハルト様ではなくエルク様が跡を継ぐ事情はお世継ぎ問題もあるのか。
「殿下と…その、男色というやつでしょうか。」
「馬鹿なの?」
「ごめんなさいっ!」
えっ…だって殿下の縁談が流れてこないから関係ないとかいう流れだったじゃん。
「男色はね、あなたの海外のご友人と元婚約者の方がまだ整合性がある。」
「はい?」
アレクサンダー殿下はベッティと出来てるから異性愛者だよね。じゃあ趣味として男色家なの?
「ナディン様、フェリクス王子の話、詳しく!」
アルバンが途端に目を輝かせる。
「後でね。とにかく、そっちじゃないの。ハルトが…ベティーナと最近つるんでいるらしくてよ。ちょうどパーティーの後ぐらいからかしら。何してたのか全く口を割らないから尾行させたら、他の良い所の子息たちと一緒にベティーナを囲んでたって。」
「ええ…でもベッティは殿下と」
「その中に殿下がいらっしゃったと言ったら?男に囲わせてるのよ。」
「ええ…?」
どういう事?
「今日、中庭で囲ってるのを見たわ。あれ、正気の沙汰じゃないわね。尾行する間でもなかったって所かしら、あれは隠す気が全くなくてよ。アルバン、何か知らなくて?」
「私の存知上げている事はそちらもご存知のはずでしょうに。夜遊びがエスカレートするって怖いですね。まっ、私はお嬢様の従者でございますので尻拭いはしなくて良いと信じております。」
ナディン様はフッと笑った。
「相変わらずね、あなた。どうせ頼まれても」
「ボイコットします。ライター家は残業代が安すぎます。」
ええ…?
「あら、うちに来る?」
「嫌ですよ、ザウアー家ってサービス残業が当然のようにまかり通っているそうじゃないですか。まだ残業代が出るので転職は考えておりませんよ。」
ブラックだなぁ…。
「それにしてもナディン様、どうして私にそんな事を教えてくれるのですか?」
黙っていれば何をせずともライター家の失脚を狙えるかもしれないのに。確認するけどナディン様と私は友人という程仲が良いわけではないし、彼女がここまでしてくれる義理は無いのだ。
「アリスの勘は鋭くて嫌ね。良い?この際、あなたと立場が同じだから言わせてもらうわ。」
ナディン様が声を低くした。
「ローナも、その囲いの中にいたらしいのよ。」
「うわぁ…」
ローナ様はまさに男性版ベッティなんだけど、ナディン様はそれをご存知の上で浮気したら定期的にしばいていらっしゃったから、ある意味SMで構築されたお似合いのカップルだと思っていたのだけれど。
というか、ローナ様ってナディン様に構ってほしくて色んな女性に声をかけていらっしゃるのが明らかだったよね?
そんな彼が、果たして色恋目的でベッティを囲うだろうか?
「ローナは手あたり次第に口説いているように見えて、ちゃんと考えてはいるのよ。婚約者がいたらちょっかいはかけない、怪しい噂が立っていたら近づかない、って。それに、あなたの前で言うのも変だけど前に『ベティーナはナイスバディだけど危ない子だから僕は手出せない』って自分で言ってたのよ?」
その後ナディン様にしばかれたんだろうなぁ…じゃなくて。
「…何かお考えがあるのでしょうか。クリストフ殿下から様子を見てくるよう頼まれていらっしゃるとか。」
「私も最初はそう考えていたのだけれど、それにしては様子がおかしくてよ。王族の事だもの、私にはまだ話せなくてそういう演技をしているだけかもしれないけれど、何でしょう…洗脳をされているように感じてよ。ボーっとしているの。」
「洗脳…?」
「そうなのよねぇ、フェリクス王子、何だかアリスにご執心らしいし変な影響でも受けたんじゃなくて?私、あの王子みたいにローナから好き好き言われたら鬱陶しい事この上ないわ。」
「フェリクス様が、私に?」
ちょっと待って。
「あら、それは知らなかったの?2日前、公の場でアレクサンダー殿下と抱き着くわ、伯爵夫妻に挨拶しようとするわ、ベティーナにガン飛ばすわ、大立ち回りをされていてよ。」
「ええっ?!」
それは私への恋慕というより殿下への恋慕のような気が…じゃあ男色はフェリクス様側の趣味?
「はー…大丈夫です、また私が追い返しますので。」
心の内では絶対ワクテカしてるくせに、アルバンが眉間を押さえて大げさにため息をつく。
「アルバンの過保護も一因にあるのかしらね?」
どういう事?何かアルバンがそっち系の手ほどきをしたのかな。
「まあ良いわ。そろそろ時間ね。学園長室へお通しするわ。」
歩き出したナディン様の後ろに続く。
「懐かしいでしょう?」
「ええ、そうですね。」
「…また戻ってきても良くてよ?」
「どういう意味ですか?」
ナディン様が振り返る。耳がなぜか赤い。
「ボッチだから2人組を作れと言われた時に組む人がいないというだけの理由で?」
「違うわ!」
「アルバン、それは言い過ぎです。ナディン様にだってお友達が…」
あれ、取り巻きだったっけ。
「アリスあなた、今盛大な勘違いをしていなくて?」
「えっと…」
「私は!王都の知り合いがいないあなたが1人で可哀想だから、積極的にあなたと組んで差し上げていただけでよ?」
「そ、それは痛感しています。ありがとうございます。」
「お礼はいらなくてよ!」
恩着せがましいのかお礼を言われたら嫌なのか、どっちなんでしょうか…。
「と、とにかく…アリスは殿下を気遣って飛び級で卒業したでしょう?私、最近あなたがいない張り合いの無い生活に飽きているのよ。私は優しいから、もうちょっとだけあなたに首席を取らせてあげても良くてよ?」
「そ、それは良いです。」
「どうしてよ!もう殿下に気遣う必要無いんだからそこは戻ってくるの一択じゃない!」
ええ…。
「ナディン様、唯一休み時間に構ってくださるお嬢様がいなくなって寂しいからと言ってそういう意味不明な言い訳を並べないでくださいませ。」
「違うわよ!」
「あと、お嬢様の学生時代のアレはボッチではなく高嶺の花というもので、あなたの傲慢さとかヒステリックな言動が生んだ孤独と一緒にされては困ります。」
「アルバン、あなた…」
「アルバン、そんな事言ったらいけません。」
「アリスは黙ってちょうだいっ!」
あ~、怒られた。
「もう…本っ当にあなた達は2人してイライラするわね。」
「えっ、私もですか?!」
あまりに心外だ。
不服だけど、学園長室に着いたので静かにする。
「失礼いたしますわ、学園長。ナディン・ザウアーです。アリーシアとアルバンをお連れしました。」
「入りなさい。」
ナディン様がドアをキープしてくれたのでそのまま入ってすぐカーテシーで応える。
「失礼いたします、学園長。アリーシア・ライター、参上いたしました。」
「お辞儀の角度が低すぎますよ、アリーシア君。アルバンもお辞儀が遅い!」
張りのある声が容赦なく飛んでくる。慌てて少し上体を起こす。
「良し。顔を上げて、ソファに掛けなさい。」
「はい、失礼しますわ。」
ごま塩の髪を上できりりとまとめ上げた老婦人の正面に、スカートを正して座る。
(その頃、ダンジョンでは…)
神妙な面持ちの中、会議が始まった。いつもの各層の責任者にアンジェ・ドラス・ジュリーを加えた10名ではなく、中ボスも含めた15名だ。
特に、ケルベロスの三つ子は幼く経験が浅いながらも注目が集まっている。
「火の精と邪竜…人間を挟んで敵対していた両者が、同じ人間に加護を与える事があるという事に、私はまず驚いている。ドラスもタリオンも初耳だと言う。スピカはどうだ?」
「うむ…その火の精の性質にもよる。」
「と言うと?」
「火の精と言っても様々な存在がいるんだ。そしておそらく、この人間を好んでいる精霊はケルベロスのブレスの最大火力より強い攻撃を可能とさせる時点で上位だ。」
「じゃあ…!」
博識の吸血鬼2人は察するものがあった。
「フェニックスか、イフリート…」
「その中で破壊を強みとするのがイフリートだ。ただ、回復能力がもし邪竜によるものではなかったとしたらフェニックスの場合も十分にありうるんだが、まずそれはないだろう。」
「どうして分かるんですか?」
アンジェがスピカに聞く。
「フェニックスは不死鳥…神聖化される穢れなき存在。邪竜を寄せ付けるはずがない。その点、イフリートの中にはたまに堕天使から精霊化したものがいる。まあ、大体はその女型であるイフリータなんだが、元が堕天使ならば邪竜の存在はそこまで嫌がらない。」
「イフリータって滅多にいないでしょう?!」
「そうだな。そもそも精霊化する堕天使の数自体が少ないから、精霊化した中で火属性になる者はさらに限られてくる。私はその知識を持っているというだけで、今の今まではお伽話か都市伝説だと思っていた。」
スピカはスッと目を細めた。
「イフリータに関してだが、里長が男児を集めて聞かせていた話がある。」
「教えてくれ。」
スピカはケルベロスを見た。
「俺達?」
「ああ、お前達は特に気を付けておけ、という口上から始まっていたものだ。イフリータは薄着または布地の透けた衣装をまとった小麦色の肌に黒い髪の美女で、10に満たない男子の前に現れて上手い事を言ってあの手この手で誘う。誘うと言っても変な意味はなく、ただ強い力をくれてやるというだけだ。まあ、変態ではないという事だな。」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「…フォンテ、問題は成長するにつれて見えてくるんだ。本命の相手が出来た時、イフリータは情熱的な恋だと言って煽りに煽り、契約した人間は1人で勝手に燃え上がってしまう。自分が抑えられなくなり、まずその相手を壊し、次に自分の心を壊し、最後には我が身を壊す。」
「恋が報われないって事?」
「その通りだ、ルージュ。」
ジュリーと手紙の受け取り主であるリーネは冷水をかけられたように感じた。
「…じゃあ、アリスちゃんはどうなるの?!」
「リーネ、どういう事?」
「…アルバンの手紙の続きの一節を読み上げる。」
ジュリーは手紙を取り出した。
「アルバンは、私達にその彼とアルバンの2人組で売り出し、このダンジョンの知名度を上げ収入を増やすというビジネスを考えているという話をしただろう?そこに、こうあったんだ。」
『 でも見方を変えれば、彼はどの冒険者よりも派手に攻撃し、美しい弾幕を如何様にも撃ち、自身の体術・武術も高レベルとこれ以上ないブランドのはずです。
ブランドという表現をしたのは一つ、お互いの利益となるビジネスを持ちかけているからです。私達の目的はお嬢様に「アルバン、フー様、カッコイイ!」と言われる事です。男は単純ですからね。ちなみにその彼は、私とは別の意味でお嬢様を盲目的に崇拝しているヤバイ人間です。』
「じゃあ…その本命の相手はアリスちゃんって事?」
「ヤバイね、それ。不可抗力でアリスに酷い事をしてしまうんだ…」
淫魔であるアルトですら、口をつぐむ。
「しかも邪竜とやらの加護も付けたされたせいで倒す事がほぼ不可能ときた。」
「よく分からないけど、結局アルバンとそいつだったらどっちが強いのだ?」
「そいつじゃなくてフー様ね、フー様。」
スカイが訂正する。
「スカイ、おそらく彼の肩はアルバンとは違って火が上がっていて居心地は良くないと思うわ。」
「それもそうかも!せっかく頑張って名前覚えたのに!」
『 あなた方がこれによって得られるメリットは、私と彼(通称フー様)の謎の2人組を全面的に売り出す事で来客数・収入を増やせる点にあります。
どの冒険者も真似できない強さのみで押し切り、戦略無しに本気でぶつかる2人組…そんな私達が有名になれば、私達の映像を独占しているこのダンジョンに、タイムアタックの記録更新を目指す冒険者だけでなく今までダンジョン攻略そのものに興味が無かった方々までやってきます。』
「…スピカ、どちらが強いと思う?」
「今の所、アルバンの方が強いと思われる。だが、もっと強いのは…」
「あれ以上がいるのか?勇者とか?」
「いやドラス、そんな次元じゃない。1つの精霊の加護しか受けていない【勇者】持ちよりそのフー様の方が圧倒的に強い。アルバンも【勇者】持ちが最後の方に戦う存在の高位魔族である時点で…分かるな?」
スピカの言葉にドラスはうなずいた。
「…憤怒したアリス殿が最強だ。」
「そうね、イラっとした程度でタリオンさんの鎧をあんなにしてしまうんだもの。」
「イラっとした程度であれほどの空間の空気を重くできるのだから。」
「マジギレしたら軽く国が亡ぶんじゃないか?」
「じゃあ…大丈夫、なのか?」
「そうですね、アルバンが何とかする前にアリスちゃんが…ね?」




