46 背徳はメレンゲ菓子
魔導学院でルネ様と色々とおしゃべりした。打ち合わせももちろんしたけど、ほぼ事前にやった内容の確認と一緒で土台が出来ている状態なのだからそう長く話す必要はないのだ。
また、ルネ様はフェリクス王子の事情をお祖父様から聞いていらっしゃるようで、「まだ自制の効く方のアルバン君って事だよね~」と仰っていたので彼の取説についても大丈夫だろう。
「それじゃあ、私達はこの辺で。」
「うん、そうだね。じゃあ、アリスちゃんに…その、変な意味は無いんだけどさ、これ!」
なぜかアルバンを頑なに視界に入れようとせず、ルネ様は私に紙箱をくれた。
「お菓子…ですか。」
「そう!行列の出来る人気店の1日限定200個販売してるマカロン!20個入りを白い目に耐えながら買って来たから、これでどうにか…!」
「あ、ありがとうございます。」
確かにそれは人の目がきついですね。
「そのっ…お願いだよ、アリスちゃん!」
「あの…何を?」
「…アルバン2体、どうか大人しいままで訪問を終わらせてほしいなって。1体でも暴れられると僕死んじゃう。お豆腐メンタルで辛い。」
「メンヘラですか?!」
「お嬢様が言います?」
口元を押さえてあたかも私がとんでもない事を言ったかのように言っちゃって。
「私はメンヘラじゃありません。」
「いいえ、メンヘラです。」
「私がいつ、死ぬとか言いました?」
「死ぬとは仰っていませんが、メンヘラらしき言動は多々見受けられます。あと、マカロンがよくお似合いなのできっとやみかわいい部分は満たしていらっしゃると思います。」
関係ないでしょ。
「あ、間違いました。ヤンデレでございますね。」
「それは言われたことがあります。」
それなら納得。
「アルバン君が他人にヤンデレって言っちゃう?」
「どういう意味でしょうか。」
「アリスちゃんよりずっとアルバン君の方がヤンデレ気質だと僕は思うね!アリスちゃんにばっかり良い顔してさ、アリスちゃんにさえ好かれていれば他はどうだって良いんだもの!」
「…私にとっては大旦那様に好かれているか否かも大事なのですが。」
そこで現在の雇用者であるお父様の名前が出ないあたり、何も言えない…。
「僕みたいに八方美人にならなきゃ出世しないよ~。」
「…大旦那様を崇拝するあまり、1度不敬罪に問われた方に言われたくありません。」
「アルバン君に至っては常習犯じゃないか。」
それは言えてる。
…ただ、全てがあまりに不毛な話すぎる。話を切り上げよう。
「とにかく、マカロンありがとうございます。当日は2人が落ち着いて過ごせるよう努めます。」
「うん、お願いね!」
~ ~ ☆☆☆☆☆ ~ ~
魔導学院を出て、学園へ行く途中の道にある公園で車が停まる。
「お嬢様、どうぞ。」
アルバンが正面に座ったまま言った。建前上は初キスをする時なのだろう。
「どうぞって…えっ、どっ、どういけば…」
前からするとしたら、アルバンの膝をまたいで座席に膝を着くか、アルバンの横に手をついて体を支えるか、だよね…どの体勢もよろしくないと思うのだけれど。
リーゼル領の田舎道でその、襲われた形跡もなく停まっているのに揺れている馬車があったら…お忍びの貴族かブルジョワが密会なんかでそういう…事をしているんだって、侍女のお姉さんが言ってた。
だからよくある事なのかもしれないし、それと勘違いされたら嫌だ。
「ほらほらお嬢様、どうされました?」
「あっ、アルバン、その体勢は良くないと思うんです。」
「ほう?どういう体勢で?」
「そのっ、勘違いされるような体勢です!」
察してください…アルバンを見ると、にこやかに笑っていた。察してはいるけど、それを面白がっているんだな。ダメだ…。
「何がどう勘違いされるんです?」
「私達が…その、不健全だって勘違いされます。」
「いくら教育のためとは言え、主従関係にある者同士で接吻をする時点で不健全なのでは?」
「そっ、そういう事じゃなくって!アレですっ!」
「あ・れ、とは?」
絶対分かってるじゃん。
「その、私達が男女の仲なんじゃないかって…」
「私は男、お嬢様は女でございますので男女です。誰でも見たら分かります。」
このぐらいで許してください。手札に余裕が無いんです。
そりゃ物理的にはボキャブラリーにまだ余裕はあるけれども、それを使うとなったら厳しい。アルバンみたいにポンポン下ネタを言える立場と言えない立場がこの世には存在しているという事を分かってほしい。
「そういう意味じゃなくて!」
「ふふ、これ以上からかったら可哀想ですので追及はやめて差し上げます。」
良かった…。
「時に、そのマカロンって美味しいんですかねぇ?」
「ええ、行列が出来るぐらいだそうですし、美味しいんじゃないでしょうか。確かそういうお名前の砂糖をふんだんに使ったメレンゲ菓子を、カルロッタ様から以前いただいた事があるんです。」
「…私は存知上げないのですが。」
「ええ、ごめんなさい。王室行事の際にお化粧直しをしていたら差し入れをしてくださって、侍女の皆さんと一緒に食べてしまったんです。」
「ああ、そういう事でしたか。」
アルバンの表情を見るに、仲間外れにされた事を言っているのではなく単純に自分が知らない情報だったので確認したというだけだったみたいだ。
「とっても甘くて柔らかかった記憶があるんです。」
ぽろぽろ崩れるぐらいに繊細なお菓子だという印象がある。
「なるほど。今、食べません?」
「ええ、そうですね。」
少しだけなら…良いよね。
アルバンが私の隣に置いてある箱を開ける。
色とりどりの見た目が可愛らしいおちびの円柱がころころと20個入っている。
「あら、この店のマカロンはクリームをサンドしてあるんですね。」
「では、この殻の部分だけをマカロンと呼ぶ事もあるのですね。」
「おそらく…ふふっ、どれも美味しそうです!」
お父様やお母様にも分けたいから今の内に自分が食べる物だけ選んでおこうっと。
「よし、これに致しましょう。」
「あっ!」
よりによって1番に目を付けていた物を!
「お嬢様、これをいただいても?」
「…。」
そうだよね、ここ最近アルバンはとても頑張ってくれているんだもの。たとえ1番の物であったとしても譲るべきだろう。
「お嬢様?」
「…い、良いですよ。」
「箱の中でこれを注視されていらしたように感じたのですが。」
わざとか!
「良いんですねぇ?食べますよ?」
「…どうぞ。」
「あ~良いんですねぇ?本っ当に良いんですねぇ?」
「どうぞ!」
もう良い、マーマレードをオレンジ色のマカロンで挟んだ物なんて最初から存在していなかった。うん、そうに違いない。最初から…。
「お嬢様」
「早く食べてくださいよ!」
自己暗示をかけてるんだから!
「うっそだ~、絶対召し上がりたいくせに。」
「そ、そりゃあ…1番美味しそうだなとは思いましたけど。」
「では一緒にいただきましょう。」
「へっ?」
アルバンが自分の隣を軽く叩く。
「隣同士でしたらキスも恥ずかしい体勢を取らずに済むじゃないですか。」
「…。」
そうじゃん。なぜ隣に座るという場合を考えなかった、アリーシアよ。
「あれ、でもマカロンは…」
「反対側をどうぞ。」
「へっ?」
そう言うとアルバンはマカロンを軽く咥えた。
「えっ?」
「…。」
彼はスッと目を細めた。これ、私も食べないといけないやつだ。
「そ、そこまでするぐらいならアルバンが全部食べて良いです!」
立ち上がろうとすると、腰を引き寄せられて頭の後ろを近づけられた。
「…意味が分かりません。」
「…。」
直前までマカロンが迫る。
あ~、アルバンって男の人なのに髭が薄い。私より薄いな、良いな~。唇もかさついてないし、私より令嬢向いている気がする。
半ば強制的にマカロンの反対側を咥えて現実逃避していると、すぐ前にかかっていた力が切れた。マカロンが、2つになっていた。
「…?」
アルバンは自分の方に残った分を口に押し込むと、口の端を拭った。
「なるほど、確かにマカロンは甘いですね。このマーマレードのように酸味や果皮のちょっとした苦味と合うのも分かります。」
「…。」
私も残りの部分を食べる。美味しい…けど。
「な、何だったんですか。」
「そのまま半分に致しました。メレンゲ菓子という事でしたので、上手く力がかかっていなければ変な方向に割れてしまうんじゃないかと思いまして。案の定クズが出てしまいましたが、割れは最小限に抑えられました。」
「そ、そうですか…」
私はそれどころじゃなくて気付かなかったけど、アルバンが私達の間に敷いたナプキンをくるんだ。
「その辺の鳩にでもあげてきます。」
「ええ…」
車の中から、アルバンが鳩の集団の前にしゃがんでナプキンを広げているのを見ていた。鳩がおそるおそるといった様子でアルバンに近づきナプキンをつついていると、すぐに遊んでいた子供たちが寄ってきたので彼は子供の1人にナプキンを渡して帰ってきた。
「代わりに鳩に餌をやりたいと言っていたので、任せてきました。」
アルバンは私の隣に座って私の方を向いた。
「お嬢様、疲弊されていらっしゃいます?」
「…何か思ってたのと違いました。」
「おやおや、ご不満でしたか。では、明日はもっとご満足いただけるよう、エンタメと合わせてご提案いたします。」
「エンタメ?!」
そんなの必要あります?
「明日、フェリクス王子がいらっしゃるので、その前にキスをしておけば私も大変安心でございます。」
「何の安心ですか?」
「お嬢様がフー様とくっつきたいとかおバカな事を仰らないという保険です。フー様だってお嬢様が私の方を気にされていらしたら、さすがに空気を読むでしょう。」
公賓になんて事させるんですか。
「お嬢様、ひとまず本日のノルマを…」
彼の腕が私の背中に回され、すっと上がって後頭部にくる。
「私に上体を預けてくださいませね。」
後ろに添えられた手に沿って重みをかけると、アルバンはもう一方の手で私の顎先を軽く上げる。わ~、近い、近い。
そのまま唇に柔らかい物があたり、すぐに離れた。
「…終わったんですか?」
「はい。お嬢様…意外とチキンなのでございますね。目を閉じられてしまわれて。」
「あっ、当たり前です!」
「フー様の時は分かります、だってあんなの襲われたと同義ですので。でも、私はお嬢様を淑女らしくエスコートして差し上げたんですからねぇ?」
そ、それは…確かに、何かいつもと違った気がした。
「淑女らしく…」
「はい、一瞬だけ主従関係を捨てて女性扱いを致しました。」
「そ、そうですか…」
ふふ、女性扱いだって。
「お嬢様?」
「…ありがとうございます、アルバン。」
「お嬢様の喜びが私の幸せでございます。」
今日はアルバンが心なしか優しい。
『親愛なるリーネ女史』
女史って初めて呼ばれたわね。
ええと、女史ってアレよね、役職に就いている女性の敬称。人間の間じゃ女性差別だって言われる事もあるみたいだけれど、私の場合は性差別よりはるかに魔種族差別の方が被害甚大だからそう考えた事はないのよね。むしろ敬称を付けられた事を歓喜してしまうのよね。
『 差出人を確認してびっくりしたでしょう?1番最後の名前を確認してやっと安心してもらえたんじゃないかと思います。
さて、先日お嬢様と貴女が交わした約束を覚えておいででしょうか。お嬢様の殺虫魔法【虫特攻】の耐性を持つ憎きバラ園荒らしの害虫を、貴女の従属としてお贈りする旨です。
大変勝手ながらこちらに客人が早めに到着する事となってしまい、次の私達の予約までに双方の日程を調整する事は難しそうです。故に、時間を空けてしまいますが、ダイブの際にご都合のつく時間帯をお伺いし、それで新たに日程を組ませていただけるようお願いいたします。』
つまり別の用事があるからダイブの時は毒虫が使えないという事、ダイブ後にまた日程組むからって事か。
別にそれで律義にかしこまらなくても良いのだけれど。というか、アルバンが委任だの連名だの人を巻き込む程の用事じゃないでしょ、これ。
『 次の用件です。ぶっちゃけジュリー宛てにもう1通送りたい気持ちはあったのですが』
ぶっちゃけって使ってるじゃない。このあたりで面倒になってきちゃったのかしらね。
『次の予約における私の連れについて紹介します。これが機密事項なので元主の名をお借りし封蝋までしてここまで厳重にしていたわけです。一応、貴女宛てに書いているのでリーネが1番に目を通しても構いませんが、必ずジュリー、出来る事ならキャスト全員にここから先を読ませてください。』
次に目を通す。
「なっ…!」
私は何とか落ち着いて最後まで読み、マスターの元へ飛んで行った。
『…(略)…彼は、破壊を司る火の精、そして栄枯盛衰を司る邪竜の加護を受けています。
邪竜の加護のせいで何度も超人的な回復を行える彼に毒虫は効かないし、むしろ大量の敵で取り囲むと得意技の魔攻撃で焼かれて被害が大きくなります。
なお、彼は精霊の加護によりケルベロスのブレスの最大火力より強いものを一度に何発も撃てます。
しかも攻撃に邪竜の加護がかかっているせいで普通の火に比べ消火が著しく難しいという点で私よりタチの悪いダイバーです。』




