40 灯台下暗し
前半:アリーシア視点(いつも通り)
後半:クリストフ(第一王子)視点
今回は以上の構成です。
庭園を歩き続け、端まで来てしまったようだ。
「裏門でしょうか。」
ここはバラの垣根ではなくて寄せ植えした鉢を並べてあるのね。
「はい。お嬢様、時間は少し早いですがこのままレストランへ行ってもよろしいでしょうか。」
「ええ、良いですよ。」
アルバンに案内されたレストランは、意外と近くにあった。
民家かと思ったら、ランチメニューが書いてある小さな立て看板があるだけのお店。
「この店…よく気付きましたね。」
「分かりにくいので客は地元民しかいないでしょうね。でも30年ぐらいやっているそうですよ。」
「へえ~…」
中に入ると、民家を改装したんだなと分かる内装だった。客席のある部屋が狭く見えるのは本棚がどの壁にも並んでいるからであって、実際はかなり広いリビングだろう。
「いらっしゃいませ。」
ロードと雰囲気が似て落ち着いているけど背筋がピンと伸びているおじいさんが迎えてくれた。
多分ここの店長なんだろう。
「空いている席へどうぞ。」
「ありがとうございます。」
カウンターと窓際の席があったけど、カウンターには常連のお客さんが他の店員さんと話し込んでいたので窓際のテーブル席に座る。
メニュー表を見ていると、どれも美味しそうで目移りがする。
「アルバン、どうします?」
「私はランチセットにしようかと。」
「良いですね、では私もそれで。」
「お決まりですかな?」
お水を店長さんが持ってきてくれた。
「ランチセットを2つ。」
「分かりました。ランチセット2つですね。」
「はい、お願いします。」
店長さんが去っていった。
近くの本棚から本を借りても良いんだろうけど、これからお客さんが入る時間帯になるし長居するつもりはないのでやめておく。
暇だったので店内を見回すと、ちらほら客がいた。
「ご年配の夫婦のお客さんが多いお店なんですね。」
「はい、子供も若いカップルもおらず落ち着いた雰囲気でしょう?」
「そうですね。」
向こうで古いピアノを弾いている音楽家がいるんだけど、その音楽のチョイスも好きだ。
「ちょっと私達、浮いている気もしますが…」
「大丈夫ですよ、私達も熟年夫婦みたいなものではありませんか。」
「何かそれは違う気が…」
って。
「夫婦って、なっ何を言ってるんですか!」
出来るだけ声を抑えたつもりだけど、かなり動揺していたと思う。アルバンがクスリと笑う。
「共に地方から上京しているのですから、ある意味付き合いの長いパートナーではございませんか。」
「そ、そういう意味だったらその通りですよ。」
「それ以外に何の意味が?」
この男、分かっているな。
「もう…」
「一つ屋根の下で10年以上暮らしてきた仲ではございませんか。」
「それはこういう場合に使う表現ではないんですよ。」
「明日ファーストキスをするにあたって今から緊張しているようでは身がもちませんよ、お嬢様。」
「なっ!」
涼しい顔で言わないでください。
「~っっ!」
「ナレーター:この時、アリーシアはアルバンの口車に乗せられデートをしているという状態に気付いていないのだった。」
良い声で実況しないでください。というか。
「で、デートではありませんからっ!」
「お嬢様の初デートの相手は私・アルバンだったと記憶してくださいませ。あの金髪は論外です。」
あっ、そういう事。
「結局、フー様の事を遠ざけたいだけですか。」
「お嬢様からね。」
「…そうですか。」
「殿下がいなくなった今、フー様を遠ざければ私がお嬢様を独占できますから。」
はい?
「そんな子供みたいな理由で…」
「はい。」
「否定してくださいよ。」
「こんな私は嫌ですか?」
アルバンが上目遣いに私を見てくる。
「アルバン、どうしたんですか?やっぱり疲れていますよ、あなた。」
「だってお嬢様、男性を甘やかしたいタイプじゃないですか。なので精いっぱい甘えてお嬢様のご寵愛を一心に受けようと思いまして。」
「私がいつ、甘やかしたいだなんて…」
こと、と前にお皿が置かれた。店員さんが料理を運んできたなら仕方あるまい。
「…冷める前に食べたいので不問にします。」
「賢明なご判断です。」
何かこれ以上聞いたらいけない気がする。
…なるほど、ルージュさん達がアルバンをクビにしろとか言う理由が少し分かった。
私が気付いていないだけで、彼の忠誠心はどこか歪んでいるのかもしれない。
確かにアルバンは男性で、私は女性。でも…昔は兄のように振る舞っていたくせに、ペットみたいにしていたくせに、急にこういう事をされると戸惑ってしまう。どれが本当の彼の気持ちなんだろう。
「おい、知ってるか?第二王子様、婚約者と上手くいってないらしいぜ。」
「マジかよ!」
その時、そんな声が聞こえてきて思わずフォークを落としかける。危なかった…。
「相手、誰だっけ?」
やめて。
「ん~と、ライター伯爵ん所のお嬢さんじゃなかったか?」
やめてよ。
「ああ、1つ上の姉さん女房だったらそりゃあ気に食わんだろうな。侯爵家に息女がいなかったから家柄も伯爵家だし?」
「しかもあの家はあのリーゼルからの入り婿だもんなぁ。身分しかマウントとれないっての?」
やめて、お願いだから。
「…。」
「お客様方、不快です。」
アルバンが立ち上がった時、低い声がした。
そっと声のした方を見ると、店長さんだった。
「わ、悪い…」
「声を抑えるな。」
「いえ、話そのものをやめてくださいませ。ここでは基本的に他の飲食店と同じく何を談笑なさっても私達には止める権利がありません。が、内容によっては反例もございます。特に先ほどのお話…大変不愉快です。料金は結構ですので、ただちにお引き取りくださいませ。」
「すまなかった。」
その客たちが店を出て行った。
店長さんはまた穏やかな顔になり、あちこちのテーブルを回って「お騒がせしてしまってすみません」と謝って回った。
「お嬢様…気になさらないでください。」
アルバンがハンカチで私の額から出ていた冷や汗を拭う。
「あ、ありがとうございます…」
「お客様、先ほどは大変失礼いたしました。」
店長さんが私達のテーブルに来た。
「い、いえ…」
「…っ、アリーシア様とアルバン様ですよね?」
店長さんが声を潜めて言う。
「えっ?!」
私、王都では貴族以外には顔があまり割れていないはずなんだけどなぁ…。業務の関係で引きこもりだしね。
「…お嬢様、彼はロードの弟です。」
「ええっ?!」
「という事はやはり…」
店長さんがさらに申し訳なさそうに頭を下げる。
「兄がいつもお世話になっております。ロードの弟のルートと申します。」
「はっ、はい…」
びっくりした。確かにちょっと雰囲気が似てるなぁとは思ったけど。
「そういえばここ、ロードのお勧めだって言ってましたよね?」
「はい。定年退職した弟が義実家の店を継いだから行ってやってくれと。」
「だから30年以上経営しているって知ってたんですね。」
アルバンがうなずいた。
「本当に…早く止められず、申し訳ございませんでした。」
「いいえ、ルートさんのせいではありませんよ。それに、止めてくださってありがとうございます。」
ルートさんに顔を上げてもらう。
「…あの、兄から大まかなお話は聞いております。私達にできる事であれば協力致します。」
「ルートさん…」
「私『も』アリーシア様の味方でございます。それを忘れないでください。」
彼は微笑んで、一礼して去っていった。
ルートさんの最後の言葉が気になったけど、その後は特に何もなく食事を楽しむことが出来た。お料理は全て美味しかった。
「美味しかったですね。」
「はい、満足でした。」
アルバンがスッと目を細めて微笑んだ。
彼が会計を済ませている間、壁にあるメニュー表を見る。あっ、ケーキセットって良いかも。アフタヌーンティーも出来るんだ、ここ。
ルートさんともお話したいし、また時間帯をずらして来たいな。
(一方その頃、来賓館では…)
「…ライター家に、手紙を送っておいた。」
「そうか。感謝する。」
「…。」
「…。」
気まずい。
本当ならばアリーシアの友人という縁で、彼女の付き添いの下アレクの初外交業務となるはずだったフェリクス殿のおもてなしは、例の件により私達がやる事となった。
そのはずだったのに!
「(クリス~、どうするよ?)」
「(さっきから必要最低限しか話されないのだが。)」
「(フェリクス王子、まだご立腹ですよね…)」
あの2バカがやらかしてくれたおかげで、さらなる犠牲者3名を生む結果となった。
ヴァイゼ公爵家(父が外務大臣)で従弟のエルンスト(エルと呼んでいる)。
ケーニヒ公爵家(とは言っても貿易と運送をしている子爵家の子息と叔母上が恋愛結婚したので公爵扱いされているんだが)で従兄のローナ。
そしてバルテル侯爵家(宰相補佐)のラルである。
「…ラル殿は。」
「はっ、はい!」
紅茶を一口飲んだフェリクス殿が目を上げた。
「体はもう大丈夫か?」
「はい!おかげ様で…昨日は助けていただき、ありがとうございます。」
ラルがすぐに頭を下げる。
「それなら良かった。」
フェリクス殿がふっと微笑んだ。
「(わ~お、美形~!)」
「(男でもぐっとくるものがありますね、さすが美人大国と名高いファイアストン…)」
ローナとエルがまるで仕事をしていない。まあ良い、フェリクス殿が自ら口を開いたのだ。
「…。」
「…。」
すぐ会話が終わってしまうが。
「…あの、フェリクス王子。」
カルロッタが今度は頑張って切り出してくれた。
「どうした?」
「お部屋の向こうのテーブルに置いてある物って、もしかして戦将棋でしょうか。」
「知っているのか?!」
食いついた。カルロッタが微笑む。
「はい、アリーシア様に教えていただいたんです。アリーシア様とアルバン以外に知らないボードゲームでしたので、王子がご存知だという事は北西部の遊びなのですね!」
「なるほど、王都ではしないのか。それには気付かなかった。」
「私もファイアストンで戦将棋が遊ばれている事を初めて知りました。」
カルロッタがさらっとアリーシア殿の名前を口にしてもそこまで動じていない。
「王子は戦将棋、お好きなんですか?」
「ああ、かなり好きだ。」
「まあ!そうなのですね。」
「せっかくだし、カルロッタ殿、お相手しては?」
ローナ、何のためにここに来た。
「そうですね、王子さえ良ければ。私はとても弱いのでお相手にならないかもしれませんが。」
「いや、アリーシア殿から教えられたのならそう弱いはずはないだろう。こちらこそ、相手をしてくれると嬉しい。」
フェリクス殿が盤を持ってきて駒を置いた。カルロッタも楽しそうに駒を置いていく。
「軽くルールを説明しながら打ちますね。」
「ああ、助かる。」
「王子、どちらから先に?」
「レディファーストだ。」
「まあ!ありがとうございます。お優しいですわ。」
カルロッタがふわふわと褒めながら駒の説明をする。
最前線を固める歩兵は1つか2つ前進、2列目に2つ配置される騎兵は前後左右に味方の歩兵を1つだけなら抜かして好きなだけ動け、2列目に2つと3列目に1つ配置される槍兵は前後に最大3つ、3列目に2ついる重騎兵は縦横斜めに1つ動けその周り8マスの将軍以外の味方を敵から守る事が出来る。
また、中央にそれぞれ2つ配置されている野伏は敵陣に入るとなぜか攻撃されず、将軍以外の駒を前以外の方向からなら取れるという特殊な性質を持つ。
自陣の3列目で槍兵と重騎兵に守られている将軍は動けず、そのマスにたどり着けば勝ちだ。
「ではいきますわ。」
このルールではとりあえず歩兵を動かして敵陣を塞ぎ、それを突破されてきた駒を2列目以降で仕留めるのが定石だろう。だからカルロッタも歩兵を動かすはず…。
「どうです?」
…騎兵が、すぐ前方の敵の歩兵を取っていた。
「何でそうなる?!」
私達の声が重なる。ローナとエルも同じく歩兵を動かすと思っていたようだ。
「へっ?」
カルロッタが目をぱちくりさせる。
…これはふざけているのでも、接待のためにわざと負けようとしている顔でもない。本気だ。
「ふむ…」
フェリクス殿が難しい顔をしている。やはり、何かこれにはベテランにしか分からない策があるのだろうか。
「面白そうだ、あえて乗っておく。」
フェリクス殿が騎兵の駒を自らの騎兵で取る。
「ああっ!このまま重騎兵を取るつもりでしたのに!」
うん?
「カルロッタ、ええと…」
「私とした事が、浅はかでしたわ。そうですわね、初期の配置は鏡合わせですもの、もちろん騎兵の正面には騎兵がいますよね。」
「もしかしてカルロッタ様、本気でその作戦でいけると思っていらしたのですか?」
「はい!」
だよな。この顔は絶対そうだ。
ルールを聞いたばかりの私達ですらその手は取らないと思う。
「あ~…カルロッタ、頑張ってくれ。」
「はい、クリス様!私、頑張りますわ。」
当然、結果は酷いものだった。
カルロッタはその後も策が浅すぎた。初心者でもこんな打ち方は絶対にしない。
「フェリクス王子、お強いのですね!」
「あ、ああ…」
フェリクス殿は逆に全て彼女の策を罠だと思ったのかまともに付き合い、カルロッタの反応を見てだんだんこれは接待でも何でもなく、とてつもなく弱いだけだという事に気付いたようだ。
「…カルロッタ殿、一つ聞いても良いだろうか。」
「はい!」
「アリーシア殿やアルバンと勝負して何回勝った事があるんだ?」
「確か、合わせて20回ほどした事がありますが、勝ったのは1度だけですわ。お2人共強いのですね。」
いや、桁違いにカルロッタが弱いだけだ。むしろカルロッタに勝たせられるのは手加減の中でも最上級の手加減をした状態だろう。
無くて良いんだが、あまりにも戦策の才が無さすぎる。確かにカルロッタの故郷は戦を好まない国柄で、戦争を一切したことが無い国家だ。だからといって、これは酷すぎる。
一応彼女の名誉のために説明しておくが、カルロッタはふわふわとしているもののやる時はきっちりこなす人間だ。天才というほどではないが、気配りがこまやかで機転が利き優秀な人間だと思う。
ただ…天然な所がある。そこが可愛らしいのだが…でも、これは酷すぎる。
ここ最近疲れているのだろうかとも思ったが、どうやら昔からこういう打ち方を真面目にしていたらしい。
「フェリクス殿、もう1度お相手願えないだろうか。」
「ああ…」
次はカルロッタに対してかなり手加減をしなければならないな、と言いたげな顔だ。普段は思っている事が表に出ないのに。それほど動揺しているのだろう。
「次はカルロッタ側に助言係を3人付けるハンディを」
「そうしてくれ。」
向こうも必死だな。




