39 雨と従者、花と私
馬車がこじゃれた明るい茶色のレンガ造りの建物の前で止まる。
「着きました。」
「朝早いから私達だけですね。」
馬車の停留所には私の馬車だけだ。とは言っても私達の車は馬が引いていないのだけど。
「今は、時間帯というよりもあのバカ王子の誕生日の期間中だから空いているんでしょう。」
「そうでしたね…」
思い出しちゃった。もう何日も過ぎた気がしていたけど、まだ1日が終わっただけなんだ。
まだ眠そうな停留所のおじさんに銅貨を渡して馬車を預ける。
馬がいない事に驚かれたけど、アルバンが魔導で動く馬車だと説明したら「お貴族様は珍しい代物を持っていらっしゃるんだな」と納得して(本音はこの後すぐ眠りたかったからすぐに終わらせようとしたんだと思う)1番良い車庫に案内してくれた。
アルバンが馬車を降りるのをエスコートしてくれた。
「お嬢様、これからはお1人で楽しまれてください。」
「えっ?」
アルバンは?
「き、来てくれないのですか…」
「いいえ、お嬢様のお傍におりますよ。」
「良かった…」
アルバンは私の髪をさらっと撫でた。
「お嬢様って妹様と両親が一致されているのだなぁと時おり確信いたしますよ。」
「どっ、どういう意味ですか!確かに色々と似ていませんが、『時おり』って!」
「さあ?どういう意味合いでしょう?」
「もう…」
アルバンは日傘を私に差しかけてくれた。
「あ、ありがとうございます…」
「私は今からお嬢様の影作りに徹しますので、お嬢様は私の事を気になさらず存分にお花をお楽しみください。邪魔はいたしません。」
「1人で楽しんでってそういう意味だったのですね。ありがとうございます。」
私が歩き出すと、アルバンは半歩後ろから付いてきた。
門を抜けると石畳の道の両側でバラがお出迎えしてくれた。葉や花の朝露がきらめく。
「ちょうど良い時期ですね。」
「はい、お楽しみいただけるかと思いまして。」
「素敵です!」
綺麗…うちは殿下のお誕生日の準備のためにバラは春花しかじっくり眺められないんだよね。でも秋花は春花より魅力的だっていうから少し残念な気がしていた。
「わあ…っ!」
剪定もきちんとしてあって、病気になっている葉もない。愛されているんだなぁ…。
どの花の色も鮮やかに出ている。素敵…。
役場の鐘が鳴って、はっとした。
「ごめんなさい、私、ずっと…」
入口付近にず~っといたって事だよね。
隣のアルバンを見ると、彼は微笑んだ。
「お嬢様、さっきまでで通りすぎたのはここの庭師だけでございます。客は私達だけです。遠慮なさらないでくださいませ。」
「そうですか…ねえ、アルバン。立ちっぱなしじゃ疲れるでしょうし、どこか座りましょうか。」
「御意。」
「ぎょいっっ?!」
どうしたんですか?
「普段はそんな事言わないじゃないですか、そっか、そんなに疲れているんですね?!」
「いいえ、違います。」
「だったらどうして…」
「カッコ良さそうだったからです。」
へ?
「…やっぱり疲れてますよ、アルバン!」
「いえ、そんな事は。」
「ありますよ。」
ちょうど良いベンチがあったのでアルバンを座らせる。
「お嬢様…花をご覧になり続けて良いのですよ?そのために来たのですから。」
「そうであってもアルバンの方が大事です!」
「しかし」
「無理しないでください。私もここにいますから。」
彼は畳まされた傘を見て、笑った。
「…幸せでございます。」
「えっ?」
彼は私の顔をまっすぐ見た。
「今がとても幸せなのですよ。」
「誰が?」
「私が。」
どうして?
だってあなたは私の傍にいる必要も無いじゃない。私があなたを引き留めるつもりがないという意思表示もしたのに、今更平穏な別れを楽しんでいるの?
「バラをご覧になって楽しんでいらっしゃるお嬢様を見守るつもりでおりましたが、私の事もこうして気にかけてくださっているのですから。」
「当たり前ではありませんか。」
「…お嬢様がそう仰るのであれば構いません。あと10分しない内に雨が降りますが、もう少しこのままでいたいとすら思えてきます。」
「雨ねぇ…」
雲一つ無い晴天ですが。
「ダンジョンの方でお着替えをしてきて正解でございますね、お嬢様。」
「ええ、まあ…」
女子更衣室を貸してもらって、アルバンの用意したカジュアルドレスに着替えてきたけど。
「降るでしょうか。」
「降らせない事も可能ではありますが、あまり大規模な事はしたくないのです。」
「あっ、当たり前です!別に雨が降っても良いじゃありませんか。」
水をやり過ぎた感じも無かったし、花には問題無いだろう。というか、雨の降る様子が一切無いのだけれど。
アルバンは真面目な顔をしてしばらく考えた後、私に微笑みかけてくれた。
「お嬢様、少し我儘を申し上げてもよろしいでしょうか。」
「ええ、聞ける範囲なら。」
「軽く昼食をとってから帰ってもよろしいでしょうか。」
「そのぐらいだったら全然良いですよ!お店はアルバンにお任せしますね。」
この辺で何か良い場所を知ってるのかも。
それだけのために彼があんな真面目な顔をするだろうかとは少し気になったけど、特に追及する事はしない。「御意」なんて彼らしくない返事をしたのも、何かを考えていたのかもしれないけど、もう良いか。
「そこまで格式高いわけではありませんが、ロードお勧めの店に行ってみたいと思っていたんです。」
「へえ~、ロードのおすすめ…予想もつきませんが、楽しみです。」
「はいっ、機会さえあればぜひお嬢様と行ってみたいと思っていたんです。」
このたまに見せる無邪気な表情が何とも言えない。
「お嬢様?」
「ふふっ、何でもないですよ。」
可愛いですねと言ったら彼は怒ってしまうだろう。
「?お嬢様、そろそろ行きましょうか。」
「はい。」
アルバンが傘を差したので、影に入って歩く。バラの垣根を通りすぎると、花壇が広がっている場所に出た。
「はあ…っ!」
色とりどりの花が咲いている。背丈が低いものがほとんどだけど、膝丈のカジュアルドレスだからちょっとしゃがんでも大丈夫だ。
「あら…?」
その時、ぽつぽつと水が降ってきた。
「申し上げた通り、天気雨でございます。」
「本当ですね!」
空はこんなにも明るいのに、いつの間にかちょっと雲が出来てる。
「すぐに止みます。」
「はい、でも少し強いですね。」
雨傘としては使えるけど、雨宿りをした方が確実かも。端の方はレースだし、弱い部分がある。
「アルバン、屋根のある場所に移動しましょう。」
「はい、こちらです。」
彼に付いて行くと、休憩所のような場所があった。屋根を柱で支えて、椅子をぐるりと並べたような場所。
「ふわぁ…」
「ふふ、お眠ですか?」
「ごめんなさい、いっぱい寝たのに。」
「お嬢様は普段寝不足でいらっしゃるので寝足りないとは思いますよ。」
「そんな事言ったらアルバンだって!」
彼はおかしそうに笑った。
「私は普段から省エネですので。」
「そうは言っても…」
「体力が無かったら夜遊びなんて自分からはとてもできやしませんよ。」
「それもそうですね。」
雨脚が強くなってきた。
「…ベッティ、大丈夫でしょうか。こんな急に雨が降ってきて。」
「なぜ妹様を?」
「妊婦さんだからです。体を冷やしていないかと思って。」
「…お嬢様は人が好すぎます。」
「そういう事はないですよ。」
アルバンはしばらく黙った。沈黙が流れ、雨が屋根から垂れる装飾を打つ音だけが響く。
「…本当は、ベッティに対して憎たらしく思う気持ちもあるんですよ。」
「左様ですか。」
「はい、私だって思う所はあります。でもね、ベッティは殿下とそう上手くいかないと思うんです。だから、今の内に好きなだけ幸せになれば良いって考えるようにしています。」
「…その間お嬢様は幸せですか?」
そんな事…。
「分かりません。でも、また殿下が戻ってきてくださったら幸せだと思います。」
「左様でしたか。」
アルバンは無表情だったけど、少しその横顔が悲しそうに見えた。
そっか、やっぱり嫌だよね。浮気騒動とかの醜聞もあるし、何よりまた浮気されたら生活が不安定になるもの。
「アルバン、本当にごめんなさい。」
「お嬢様は悪くありません。」
私の我儘で彼を振り回す事はしたくない。だからもうこれ以上付き合わなくても良いのに。
雨が止んだ。
「お嬢様、雨が止みましたよ。」
「じゃあ、行きましょうか。」
「はい。」
花壇の道の散策を再開する。まるでさっきの雨宿りが無かったかのように彼はいつも通りの表情をしている。
じっくりお花を観察して、香りを楽しむ。
それをしばらく続けていると、ひときわ目を引く花があった。
「ねえ、アルバン。」
「はい、お嬢様。」
「このお花、とても素敵です!」
「左様でございますね、屋敷の辺りではあまり見かけませんが…」
青っぽい白に赤紫の丸いブチがあって、そのコントラストが素敵だ。似た形状の花は見たことがあるけれど、色合いはアルバンの言う通りあまり見ないから、きっと土の質が屋敷周辺とは違うのだろう。
「お嬢様、株を分けてもらえるか聞いて参りましょうか?」
「えっ?」
アルバンの顔を見上げると、彼は奥で草むしりをしている庭師さん達を示した。雨上がりを待って近くの事務所から出てきたようだ。
「庭にはございませんでしたよね、この花。」
「え、ええ…」
「私の記憶が正しければ、この品種は鉢でも育てられるはずです。お気に召したのならお部屋に連れて行かれてはどうですか。」
「そ、そうですね。」
考えてもみなかった。
「良いですよ、アルバン。」
「そこまでする程ではありませんでしたか。かしこまりました。」
「…いいえ、私が自分で聞いてみます。」
私がお願いしたいんだもの、自分で言わなきゃダメだ。分けれないよって言われたらそれまでだ、すぐ引き下がる。
「お嬢様、応援しております。」
「はい!」
庭師さん達の傍まで向かう。
「もしもし。」
「ん、どうした?」
庭師のおじいさん達が手を止めて私を見る。頑固そう…。
「あの、向こうの白いお花、素敵ですね。」
「ん?ああ、3日前に植えたやつか。」
おじいさんが「よっこいしょ」と腰を上げて花壇の前まで移動する。アルバンが軽く会釈する。
「この花は色んな色があるんだ。それでそこの黄色、赤色のも同じ品種だ。」
「そうなのですね。」
アルバンをちらりと見ると、GOのサインが出ている。
「あの、大変ぶしつけなお願いになるのですが…」
「うん?」
「あの、このお花…素敵だからぜひ、鉢で1株いただきたいのですが…」
「ああ、良いよ。」
あっさりOKが出た。
「良いのですか!ありがとうございます。」
「そりゃあな。この閑散期に来てくれて、あれだけ熱心に花を眺めてられちゃ1株ぐらいならって思うよ。連れの兄ちゃんも俺達が通りかかったら軽く会釈して感じが良いしな。」
おじいさんがアルバンを指す。
「ここは普段プライドだけ高いお貴族様が大して花の事も知らないくせにお茶会なんぞして俺達が目に入ったら暴言吐くわ、アベックがいちゃついて汚すわ、子供連れがゴミ置いていくわ、散々なんだ。でもあんたらは良い客だぜ?」
「た、大変ですね…」
「それで、どの株が良いんだ?お嬢ちゃんは何色が好きかな。」
おじいさんがスコップと鉢を手に持ってしゃがんだ。
「この!この株が良いです!」
「ああ、白か。よし、待ってな…ん、何だこれ?」
「どうかしたんですか?」
「お嬢ちゃん、隣の株にしてやるよ。これ、上手く発色が出来てないやつだ。」
「えっ?」
それが欲しいのだけれど。
「ほら、隣の株とよく見てくれ。この赤い斑点な、花びらの裏側まで付いてないんだ。」
「ああ…確かにこっちは裏側も同じ色合いですね。」
「ああ、こいつは発色不良だな。鉢植えにしてたっぷり栄養をやると改善する事もあるんだが…やっぱりしっかり色が付いていた方が良いだろ?」
そっか。
「植え替えが必要だな、こりゃ。」
「植え替え…」
「そうだ、予備の苗と交換するんだよ。ここは客の目に入る場所だもんな、この苗にはすまないけど仕方ねぇ。」
仕方ない、か。
『真実の愛の前では仕方のない事です。』…殿下が皇后陛下に仰った言葉を思い出してしまった。
『本当にすまない事をしたと思っている!』とも仰っていたけど、今思えばそんなの、勝手じゃない。なぜ私が罪悪感を覚える必要があるのかしら。
この子は勝手な都合で肥料にされるんだろうな。
「あの、お気持ちは嬉しいのですがこの子にしてください。」
「良いのか?」
「はい。」
おじいさんは「そこまで言うなら」と鉢にその発色不良の苗を植えてくれた。
「ありがとうございます、大事にしますね。」
「ああ、大事にしてくれ。」
おじいさんに頭を下げて、私はアルバンの元へ戻った。
「その苗でよろしかったのですか?」
「良いんです、最初からこの花が欲しかったんですから。」
「そうなのですね。はい、お嬢様。」
アルバンがどこからか紙袋を出して中を広げてくれた。その中に鉢を入れる。
「ありがとうございます。」




