18 廊下にて
意図しない方法ではあったもののフロアボスであるタリオンさんが倒れたので開いた第2層のセーフポイントに入る。セーフポイントは、階段と踊り場、そして上がってすぐのバルコニーだった。
「珍しい位置決めですね。」
「ええ、呉越同舟パーティーだったらどんなに強くとも第3層まではいけませんね。突き落とすならここが打ってつけです。」
「仲間殺しってそんなに頻繁にあるものなんですか?」
「私が知っている範囲内では、強いパーティーほどありますよ。」
世知辛い世の中だ。
「運び屋、支援職、案内人は、パーティーが成長する程に軽視されるものなのです。」
「な、なるほど…自分たちの力に驕るあまり、縁の下の力持ちを手放しちゃうんですね。」
「ええ、そして破滅します。」
アルバンが何か決心したように言った。
「…ですから、お嬢様を手放した者達も同じように破滅の一途を辿るでしょう。」
「そ、そうでしょうか…ベッティがいるじゃないですか。単純に縁の下の力持ちが交替した…いや上位互換されたというだけでしょう?」
アルバンは首を左右に振った。
「いいえ、ずっと下位互換です。」
「またまた~、アルバンは私を過大評価していますよ。」
ベッティを過小評価しているのかもしれないけど。
「は~…」
何その深いため息。
「お嬢様、先ほどの…殿下がお嬢様を敬遠している事を私が知っていたか、という質問ですが。」
「はい。」
「…知っていた、と答えれば、それは私の裏切りだと思われますか?」
やっぱり分かっていたんだ。第三者から見て明らかな事に気づかなかったんだ、私…。
「殿下がいつかは誠意ある対応をして妹様との関係にけじめをつけるのだと信じておりました。しかし…本当に私の力不足で申し訳ございません。忠告をしておけば…!」
「アルバンは悪くないですよ。私が、どうかしてたんだと思います。」
「…。」
あ、また黙り込んじゃった。
「アルバン?」
「お嬢様…あなたは純粋な方です。あなたは聡明な方ですが、純粋さ故に見えないものがあるようでございますね。」
「そうですね、人間的に幼いんだと思います。」
体だけが大きくなってしまった。あっ、胸は…ウン、例外ダネ。伸びしろだよ。本来ならお母様やベッティぐらい…いや、リーネさんぐらい大きいはずだもの。着たいドレスを着るために胸をかさ増しする必要なんてないぐらい。ウエストかアンダーに合わせたらバスト上方が合わない現象は何なんだろう。今日だってアルバンが暗黙の了解であるかのように左右2枚ずつパッドを入れてくれた。
いや、そんな事より。
「大丈夫でございます。私がお嬢様の目となります故、その目隠しは取らないでくださいませね。」
「アルバンが?」
「私も完全ではない故に確かに偏った色眼鏡で物を見てしまいますが、お嬢様にはそれで十分なのです。さあ、参りましょう。」
アルバンが手を差し出した。なぜか指が震えている。
「アルバン、どうしたんですか?手が…」
「…絶っっ対に、第3層を出るまでは私の手を離さないでください。」
「?分かりました。」
経路案内に従ってセーフポイントを左側から出る。
「何が見えても、基本は無視してください。この層はフロアボスだけなので、最低限それを倒せば良いんです。」
「分かりました。」
私達以外に誰もいないようだけど、至る所に何か気配を感じる。罠でもあるのかな。
「アルバン、罠があるかもしれません、そんなにずかずか進んじゃ…」
「ええ、落とし穴や落下物など物理的な罠ではありません。ハニートラップです、ここにあるのは。」
ハニトラ…まさか!
ドレスの上に羽織っていたカーディガンの裾をくい、と引っ張られた。
何か装飾物に引っかかっただけでいてほしいと思いながらその方を見ると、窓から身を乗り出すようにして羽の生えた中性的な顔立ちの人が裾をつまんでいた。
「…。」
淫魔だ。なるほど、アルバンがここに来る前「インキュバスがいます」って言っていたもんな。この第3層…ハニトラ地獄なのか、理解した。
『彼氏さん気付いてないからこっちおいでよ。』
胸元が大きく開いたシャツを着たこの人はインキュバスだな。彼はニコニコ笑って裾を少し強く引っ張った。
「無視してください、外に引きずり出されて死にますよ。」
淫魔さん、アルバンは目が合わなくても大体の場合は気付いてますからね?
…2体のサキュバスを反対側の腕と背中にくっつけていても、気付いてますからね?
『酷い男ですよね、女を侍らせて。』
今度は前方に違うインキュバスが現れた。
眼鏡に肌の露出の少ない貴公子が着るようなおしゃれ着姿。堅物で奥手そうな高スペックの殿方をイメージしているんだろうか。
『花のように可憐で美しい貴女は、もっと愛されるべきだって僕は思います。』
「っ!」
真正面から抱き着かれる所をぎりぎりでかわした。
「急に下に引っ張ってごめんなさい、アルバ…」
アルバンの所は2体増えていて絶句してしまった。放置してるのか、これが処理の限界なのか分からない。
「大丈夫ですよ、お嬢様。」
「あなたは大丈夫ですか?」
「はい、ご安心を。」
アルバンがそう言うなら…。
「?!」
前を見ると、アルバンが大量発生していた。
なるほど、分身してサキュバスを分散させる手に出たか。分身魔法って1,2人なら良いけど指数的に増える度に魔力消費が10倍になるんじゃなかったっけ。今、7人出しているのは最善かもしれないけど出し過ぎな気もする。1人だけで良かったじゃん。
こんな狭い所じゃ何か強力な攻撃をしたらどこかを破壊してしまうからイライラしていたのか、よっぽど鬱陶しかったんだな。
『ハッ、愚かな手ですね、お嬢様。』
『しかし輩も少しは考えたものですね。』
…訂正。7人ともキャストが化けてる。
『お嬢様なら、本当の私を見分けられるでしょう?』
『お慕いしております故、信じております。』
それぞれ偽アルバンが私に近づく。その内1人が私を後ろから優しく抱きしめた。
「っっ!」
『お嬢様ぁ…なぜ淫魔の偽物の手など握っておられるのですか?』
私の肩に頭を預けて、偽物のアルバンが私を見上げる。
『私は悲しく思います。』
『お嬢様っ、酷いです…本物は私なのに。』
違う偽アルバンに耳元で囁かれる…その瞬間、彼の首がずる、とスライドして下に落ちた。光の柱が立つ。
「さすがに許しがたいですね。」
私の前に回されていた両手、肩に置かれていた頭も落ちた。後ろから光が漏れる。
「お嬢様に不埒な輩が付かないよう見張るのも従者の役目ですのでね?」
「アルバン…」
「お嬢様、ご安心くださいませ。」
「いやいや、5,6,7…8人の私に囲まれているからどこにいるか分からないのですが。」
8人いるのは、分身ではなくサキュバスが化けていますと隠すつもりもないのだろう。第1層とは違って、第3層は女性率が高い職場なのかな。
「そうなんですよ、お嬢様の姿を取っているので手を上げる事が出来ません。」
女性で覆われた中からアルバンの声がするのは、なかなかシュールだ。
そうしている間に、生き残った5人の偽アルバンが消え、今度は2人が大きくなってフォンテさんの姿を、残り3人が小さくなってケイ君・ルベ君・ロス君の姿になった。
「卑怯ですねぇ。」
アルバンは前方だけなら見えているみたいだ。
『綺麗なお姉さん、どうしていっぱいなのだっ?』
ダンジョンキャストは前の層までの攻略を見ているから、奥に進むにつれ弱点を突かれる事が多い。きっと、私が鼻血を出した所見て、弱点だと思ったらしい。
『ケイ、こっちが本物なんだぞ。おいっ!ナデナデして良いんだからなっ?』
『おっ、おねーたまっ!悪者なんかといちゃダメなのりゃっ!』
…最後のロス君役のキャスト、ロス君が見たら泣くよ?
『むぎゅ。』
『あ、アルバン、優しくてください…』
隣を確認すると、私側にいたサキュバスを押しのけてアルバンが顔を出していた。
「お嬢様、鼻血…出していらっしゃいませんね、良かった。」
アルバンはまたサキュバスの装甲に隠れた。もうこの人数になってくるとどこもかしこも肉壁で守られた要塞なんだよな。歩きにくそうだけど。
「あとフォンテ…脱臼させますよ?」
「すごまないでください。」
「見えないと思っているんでしょうが、ちゃんと2人が上半身脱いでるのは分かってるんですよ。」
あ、本当だ。でもインキュバスだと思ったらあまり意識しない。
『アリス殿、約束を守っていてくれたのだな。』
『感謝するぞ。』
無視しなきゃ。フォンテさんの姿だから無視しづらいけど、ここで無視しないとアルバンみたいに絡まれる。
しばらくぞろぞろと偽物を引き連れて歩く。百鬼夜行のようだ。
やがて、廊下の終わりにドアが開きっぱなしの部屋があった。そこに入ると、アルバンを覆っていた8人と、偽フォンテさん達がさっと部屋の端にはけた。
「いらっしゃいませぇ~!」
豪邸の客間をイメージしているのだろう、2面ガラス張りで見事な庭を見ながらお茶が出来る内装の部屋。部屋の中央に置かれたテーブルの上に、羽の生えたメイドが浮いていた。
「ボクは、メイド長・アルト!よろしくね!」
「男の娘…ですか?」
「そう!」
「なるほど…お嬢様は女装も好まれるのですね。」
それは違います。
「びっくりしただけです。」
「アルバンには言ったんだけど、ボクは男女どっちの姿もとれるんだよ!」
「アルト、私は女性の姿を取っておくよう言った記憶があるのですが。」
「だから女の子の格好してるんじゃ~ん。」
「男である時点でアウトです。」
アルバンと既知の仲って事は…。
「もしかしてアルトさん」
「第3層・フロアボスだよ!アリス、大正解!」
いや、そう思ってはいましたけど答えてないですよね?
「アルト、残念ですがボスの自己紹介というノルマを達成したので、今からひねります。」
「それ言っちゃう?この層ではほとんどの冒険者がさっきの廊下で部下を全滅させるまでここに来ないんだけど、必要最低限しか倒してないのに?何か殺す事に飽きてきちゃった感じ?」
アルトさん…なぜアルバンと似たものをあなたに覚えるんでしょうか。
「お嬢様には手を上げられないんです。そして不必要な破壊も出来ないんです。」
「うわ、まっじめ~!フォンテから口うるさく言われても気にしてないと思ってたのに。」
「…。」
アルバン、それがフォンテさんの気持ちですよ。煽られたら嫌な気になるでしょう?
「フォンテはすぐひねれば黙りますので良いんですよ、ただ…お嬢様に頭を下げさせるのは従者として心が痛いので。」
心が痛いとか絶対思ってないでしょ。
「ふーん、ボク達は戦闘が得意じゃないからすぐひねられちゃうけど、君達のポイントや持ち物を少しでも削る事が出来れば問題無いんだよ。ポーションやヒールに使う魔力を減らすのがここの役割。」
いくらB級ダンジョンとは言え、アルバンにとっては雀の涙だと思います。
「すっごく強いやつキメるよ!」
アルトさんがそう言った瞬間、辺りに良い香りが充満した。視界が淡いピンク色に染まる。
すぐにまぶたが重くなる。抗って起きようとしたけど、ダメだった。ダンジョンで寝てしまうなんて、不覚…。お昼寝した意味が無い。
アリーシアが倒れ込んだ所をアルバンは軽く支えた。
「あれぇ~?アリス?」
アルトとしては、【魅惑】【混乱】バフに当てられてアリーシアが錯乱状態になるのを期待していた。アルバンがアリーシアに攻撃できないのを利用して、アリーシアにアルバンを攻撃してもらう、またはアルバンに大きな隙を作らせる事を狙った作戦を練った。だから想定をはるかに上回る数のバフ人員が生き残ってくれた事に内心歓喜していた。
10体以上でバフを1人に集中してかけた場合、普通の冒険者ならすぐ落ちてくれるはずだった。
それなのに…アリーシアはすぐ寝てしまったのだ。もしかして耐性が無くて昏睡状態に入ったのかと思ったが、アルバンの涼しい顔から見るに安らかに眠っているだけだろう。
「あ~あ、私にかければ良かったのに。」
「アルバンは耐性ありそうだからやんないも~ん。」
アルトはアルバンに対しては自分たちが何をしたって効かない事を読んでいたので、アリーシアを狙った。だが、部下の手前あえてアルバンの耐性については伝えなかった。
それに、人間では雄より雌の方が精神的な干渉を行うバフは効きやすいのだ。だから他のパーティーでも女性メンバーを狙ってその付近にかける事が多いため、部下も特に怪しまず素直に従ったのだ。
「…ねえ、どういう事?興奮作用もあるはずなのに寝るっておかしくない?」
『気絶しているわけでもなさそうだし…』
『バフが破られたわけでもないし。』
アルト以外のキャスト達も予想外の出来事に驚きを隠せない。
彼らは倒される前に答えを求めるようにアルバンを見た。
「お嬢様が睡眠に入られる際は熟睡する事が出来るよう媚薬を焚いておりますので、そのせいではないかと。」
アルバンが肩をすくめると、キャスト達は言葉を失った。
『た、確かに入眠作用もわずかながらあるよね。』
『脱力と思考力低下の副作用もあるし…寝るにはぴったりかも。』
部下たちと同様にアルトもアルバンの気遣いに納得はした。だが、普通はそういう時にはリラックス効果のある香を焚くものである。よりによって毒で寝かしつけるだなんてどの使用人もしない荒業で、主の忠誠心が無いにも程がある。
「そんなの、聞いてないよ!アルバンのばかぁっ~!」
だから、アルトは叫んだ。この男に全ての常識を覆された気がした。何もかも。
もちろん、アリーシアは熟睡しており、アルトの声には反応しない。アルバンは並べた椅子にアリーシアを寝かせて微笑んだ。
「アルト…私にとってのガイドラインを機能しない状態にした事を悔やみましょうね。」
「ま、まさか…!」
アルトの脳裏に最悪のシナリオがよぎった。部下たちも第1層・第2層の様子を見ていた以上、アルバンが最悪の行動に出ると予想するのは容易かった。
「特にお嬢様に手を出した輩は覚悟しておいてくださいね。」
作戦通りに動いただけのインキュバス達が戦慄する。何か言い訳をして破壊の度合いを下げようとするも、それは打ち砕かれた。
「…全員仲良く、フロアごと!」
2体の狼男と3体の犬人の子供、そしてその他の生き残りが、杭や釘のように床や壁に打ち付けられた。もちろん、そんな衝撃に仮想体が耐えられるはずもなく、彼らの変身が解けておのおのの元の姿に戻った後、すぐに光の柱が上がる。
『ボス、ご指示を!』
残された者達はフロアボスである上司の指示を待つが、すぐに絶句した。その上司はもう既に倒されかかっていたからだ。
「あ、あははは…嫌な攻略をするね。ああいうヒビの入り方が1番修理に困るんだけどなぁ。」
アルバンがアルトの胸に剣を突き刺していた。
アルトは元々ダイブしてきた冒険者たちのステータスを削る役割だからか死ぬ事には慣れているようで、へにゃりと笑った。
「アリスってすごいんだね…起きたらまたお話したいな。」
アルトの言葉を最後まで聞くと、アルバンは剣を引き抜いた。アルトの小柄な体がそのまま倒れ、光の柱になる。
「…フロアボスを倒したので、私達は次に進みます。」
アルバンは椅子に寝かせていたアリーシアを抱き上げ、入ってきたのとは別のドアから部屋を去った。
廊下に出ると、経路案内が表示されており、その通りに進むと第2層があった場所とは廊下続きの違う建物に入った。さっきよりずっと底面積が小さい円筒形の建物に開けた空間がセーフポイントとなっており、簡単な家具があった。
アリーシアをベッドに寝かせた彼は、時計を確認した。
「第1層でケルベロスに構っていた分を第2層で相殺。第3層は予定とほぼ同じぐらいでクリア。ここまでは予定通りだな…お嬢様は寝てしまわれたけど。」
さすがに想定外だったと認めざるを得なかったため、彼は唇を噛んだ。




