19 不変の男
――夢を見た。
夢だとすぐに分かったのは、アルバンがダークスーツではなく、お祖父様に侍従として仕えていた頃の制服を着ていたからだ。遠い遠い、昔の話だ。
アルバンは髪型以外、本当に今と変わらない。もう10年以上も前なのに、あどけなさが一切ない彼が「永遠の19歳」というのも納得できる気がする。普通はいつまでも若々しくて老けない人や時の栄華を誇った人に使う言葉なんだけどね。
「おやアリス様、こんな所にいらしたのですか。」
私の隠れていたクローゼットを開けた彼は、最初から分かっていたかのような余裕に満ちた顔で小さな私を抱き上げた。
「えへへ、今かくれんぼしてるの。ララもジーナもミーシャも見つけられないのよ。」
「ついさっき、ジーナとミーシャが廊下を駆け回っているのを見かけましたよ。」
「まあ、大変!アルバン、教えないでね。」
「どうしましょうかねぇ…ララにお嬢様を見かけたら連れて来るよう言われておりますので。」
アルバンは私を片手に抱えてお祖父様の服を選んでいく。
「お願いよ、アルバン…」
「ではアリス様、本日のおやつはいらないのですね?」
「えっ、おやつ?!」
「はい、本日は氷菓だそうです。だから3人とも急いで屋敷中の使用人に声をかけて回っていたのですよ。」
「いっ、行かなきゃ!食堂よね、急いで行く!」
お祖父様のクローゼットがある場所から、食堂までは棟を移る必要がある。小さな私じゃ走っても5分はかかる。
「ええ、お任せを。」
「お任せ?」
聞き返した瞬間、私達は食堂のドアの前にいた。
「えっ…えっ?」
「お嬢様ぁっ!」
「お嬢様、探したんですよぉっ!」
「おやつの時間ですのに…」
ララ達が駆け寄ってきた。
「アルバン、どういう…」
「私が元運び屋で、お嬢様をここへ運んで差し上げたというだけです。」
「アルバンさん、ありがとうございます!」
「最初にアルバンさんに頼んで良かったぁ…」
ララ達がアルバンにお礼を言うと、彼はララに私を渡して微笑んだ。
「いえいえ、私に出来る事だったら何でも頼んでください。」
アルバンはそう言って踵を返してすぐどこかへ行ってしまった。
そこで夢が終わった。
目を覚ますと、ベッドの上だった。
「ん…」
「おはようございます、お嬢様。」
相変わらず微塵も老けていないアルバンがそこにいた。私の体は大きくなっているから、彼だけ時が止まっているみたいだ。
「おはようございます…あと、ごめんなさい。」
「えっ、何の謝られる事が?」
「お昼寝をしたにも関わらず、ダンジョンで寝てしまいました。」
セーフポイントにいる所を見るに、どうやらアルバンが第3層をクリアしてくれたみたいだけど。
「ああ、あれはアルトの戦略による事故です。私の方こそ特にこれといった事が出来ず、申し訳ございません。」
「いいえ、そんな!アルバンはアルトさんを倒してここまで運んできてくれたんでしょう?」
「はい、しかし淫魔は基礎体力が低いので倒すのは朝飯前です。」
それにはアルバンみたいにバフが一切かからないという条件が付きますけどね。
「ねえ、アルバン。」
「はい。」
「…昔、アルバンは運び屋をしていたって言っていましたよね。」
「ええ…左様ですね。」
「この層に来る前に、強いパーティーほど運び屋のような職業が邪険にされやすいっていう風に言っていましたよね。強いアルバンが今違う職業に就いていて、仲間殺しとかに詳しいのって以前パーティーに所属していて辛い思いをした経験があるんですか?」
彼は少し考えた後、うなずいた。
「しばらくはそういう事にしておきましょう。」
「へっ?!」
「半分はきっと事実です。」
半分…じゃあ、運び屋兼何かしらの戦闘職だったのかな。でも何となくそういう感じは受けなかった。もっと…すごい事実がアルバンには隠されていそうな気がした。
「アルバンって自分についての質問には答えてくれないですよね。」
「私は永遠の19歳ですので、長い生き様を話し出したらキリがないのですよ。」
「そっか…」
「したがって人々は『アルバンだから』という理由で一切を片付けたがるのです。お嬢様も妹様もその環境下で暮らしてこられたので無意識に使っていらっしゃるでしょう?」
なるほど…。
「でも…お嬢様は、あなたの力の偉大さすら認識されている状況ではありません。」
「いや、私にはそんな力なんて…」
「ええ、ご自覚も無いでしょうね。でも、身近なものだったら実感いただけるでしょう。例えばアルバンという脅威の最終砦という強大な存在である事、でございます。」
「あなたはそろそろ自分が私の行動を監視して諫める立場の従者だって自覚した方が良いですよ。」
彼はただヘラヘラと笑う。
「私がお嬢様を諫めた事なんてございました?」
「無いから言っているのです。」
「ルールは少し甘いぐらいがちょうど良いものでございますよ、お嬢様。」
「しかし、時間には少々厳しく」とアルバンは懐中時計を見せた。
「あっ、それってお揃いで作った殿下の…」
「ええ、お嬢様名義で孤児院に寄付しておく前に使っておこうと思いまして。金はメッキですが、文字盤にはエメラルドを埋めているので高く売れるはずです、きっと喜ばれるでしょう。」
「そう…ですか。」
でもそれが1番なのかもしれない。殿下だって…ベッティとお揃いが良いはず。
だから使用人であるアルバンが王族に向けた高級時計を触っていて、それが都会の貴族相手にやったら発狂されて嬲り殺しに遭いそうな事であったとしても私は咎める気が起こらなかった。もうその時計はいくら価値があったとしても殿下の物ではないのだから。
うつむいていると、アルバンのよく通る声でまだ優しい現実に引き戻された。
「それはそうとお嬢様、お時間の方がかなり迫っております。」
「あっごめんなさい、寝てたから…」
「いいえ、お嬢様のせいではございません。向こうの落ち度ではございますが、そろそろ参りましょう。」
「はい!」
私は立ち上がってアルバンと一緒に歩き出した。
部屋を出た場所は渡り廊下で別の搭とつながっている。私が寝ていた場所も塔のような建物で、第1層で見ていたお屋敷とは独立しているようだ。
「ガラス窓があってやっと分かりましたけど、ここってお屋敷を囲むように建っている塔の1つ1つがダンジョンの層なのですね。」
「ええ、基本のダイブは、人狼部隊を突破して屋敷に入り、アルラウネと亡霊騎士を倒して上まで登り、淫魔を倒して屋敷を出て、塔の回廊を一周して屋敷の反対側でラスボスを倒せばクリアになります。」
「なるほど…」
「層の1つ1つが独立した空間なので、【混沌の街】という名称なのです。」
なるほど…名前しか知らなかったからこれで安心した。
「丁寧な説明、すごく分かりやすかったです。」
「…って、タリオンが説明してくれました。」
「受け売りですか!」
というか。
「それ、教えて良い情報だったんですか?」
「酒で褒めておだてたらすぐ構造を吐きましたよ。」
タリオンさん…。
「リーネを始めとする部下は奢ってもらえるから話を聞くだけで内心うざいジジイだと思っていそうですね。」
「そんな事言いませんよ。」
「リーネとかまさにそういう事考えそうな顔してません?」
偏見がすごい。
確かに性格がきつそうな見た目だったけど、多分あれはお化粧落としたらそうでもないと思う。顔の起伏とかパーツの配置からして元々から綺麗な顔である事は変わりないだろうけどね。
ちなみに今、話しながらアルバンは飛んできたコウモリを払っている。つまり、第4層にもう既に入っているという事だ。渡り廊下の敵が全滅した所で、アルバンが次の塔に続くドアを開けた。
入ってすぐ攻撃を放つ事も、その確認もしなかったという事はよっぽど狭いのだろう。アルバンの背後から覗くと、そこには螺旋階段が続いていた。天井は高く、最下層の床も見えない。どこからでも攻撃がくるし、突き落とされそうで嫌な感じ。
「昇ります?下がります?」
「なぜそんなに楽しそうなんですか。」
「昇るとすっごく楽しくて、下がるとすっごく楽しいからです。」
説明になっていない気がするけど、時間が押しているらしいから深掘りはしない。
「よ~く分かりました…アルバンの行きたい方に行きましょう。」
エスコートしてくれるって言ってたし、タリオンさんから全体の構造を聞いているなら彼が導き出した最善ルートがあるだろう。
「ではお嬢様、失礼します。」
「え?」
アルバンが私を横抱きにして、階段から中央に向かって飛び降りた。どこの足場にも降りる気が無く、自爆としか思えない潔い落ちっぷりだ。
アルバンが最善ルートを導き出しているであろうと妄信した数秒前の自分を恨むしか出来ない。「アルバンだから」という都合で片付けるための言葉の重みは何度だって経験してしまう。分かっていてもやってしまう程に中毒性があるのもこの言葉の脅威だろう。
「アルバン、ちょっと!」
「楽しんで参りましょう!」
早速上から大量のコウモリや小型ドラゴン、怪鳥が飛んできた。この構造だと当然ながら空中戦に向いてるキャストを配置するので、私達は良い的になっている。
「楽しめないですよ!」
慌ててバリアを張る。攻撃は全て防げているけど…数が多くてアタックしてくる回数も多いからギリギリ耐えている状況だ。
「お嬢様、5つ数えてバリアを解除してください。」
「ええ?」
「解除しないと心中をご希望だと解釈いたします。」
下を見ると、巨大な肉食植物がいくつも口を開けていた。
「もう…」
彼の作戦が分かったので、私は言われた通りにバリアを解除した。何かを察したのか離れていく敵に対してアルバンは、死なない程度に追撃を行って植物の口に向かって墜落させた。空気抵抗を考えると怪鳥は私達よりずっと遅く落ちるので、逃げ遅れて下の方にいるコウモリやドラゴンが優先だ。
案の定、私達は手負いのコウモリやドラゴンを食べる事に気が向いている植物をクッションにして無事に降りる事が出来た。
その場所を抜けると、ダンスホールのような開けた場所に出た。豪華な装飾の部屋の先に、ドアがある。
(一方、その頃)
噴水からあのバカ王子と一緒にいた場所に戻ると、ベンチに誰かが座っていた。
しまった、見られたか…いや、でも第二王子の婚約者候補扱いだし言い訳は通るだろう。堂々といこう。無視は良くないはず…。
「こんばんは。」
「ああ、こんばんは…っっ!」
顔を上げた金髪の彼は、ものすごい美形だった!ええ…っ、絶対モノにしたい。
アルバンに頼んでいるアレはもう枠が埋まっているし、彼は自力で何とかするしかない。それに、アレは継続してコンタクトをとった場合にのみ効果があるらしいので、こんな場にしか居合わせないような遠い場所の人物なら効きにくい。
何より…彼、私の顔を見てハッとした表情を浮かべている。そう、お化粧なんかの力を借りた時に人並に綺麗になるお姉様とは違って、私はいつだって人一倍綺麗だ。
「人違いだったらすまないが…ひょっとしてベティーナ・ライター殿か?」
名前まで知ってるのね。
「ええ、そうですわ。」
彼は立ち上がってがばっと私に詰め寄って両肩をつかんだ。力加減というか女性の扱いを知らない初心者君なのね…でも良い香りがする。意外とウブに見えて手練れかしら。
「あっ…いけません、私には」 「アリーシア殿はどうされた?!」
「え?あっ、お姉様?…ですか?」
ベティーナ、お姉様のお友達だったら奪っちゃうの、すごく得意よ。
私は気を取り直して微笑んだ。
「今日は具合が悪いと言って、欠席ですわ。」
「そんな!アリーシア殿が…」
お姉様に会いたがっている…ふむ。お姉様はお人好しで、お姉様付き従者のアルバンは有能。つまり、どちらかに頼み事があるのだろう。
お姉様、そしてアルバン…また利用させてもらうわ。




