17 従者が従者なら主も主
ドアノブに手をかけて玄関を開けようとすると、アルバンが手を止めた。
「お嬢様、ここから先は風刃の威力を考えるんでしたよね。」
「はい。というか、ダンジョン全体でそれは言えるのですが。」
起きてしまった事は仕方ない。
アルバンがドアを開けると、上から剣やら盾やらが降ってきた。危ない…。
「罠にしては嫌がらせに近いですね。お嬢様が学園の生徒から水をかけられていた事を思い出します。」
「あ~、ありましたねぇ。」
「…もっとも、リーゼルの辺境伯領から出てきたばかりでお上りさんのお嬢様には効いておりませんでしたが。」
そうそう、後になって都会の人達の田舎者いじめだって分かったんだよね。私達がかつていた父方のお祖父様・リーゼル辺境伯の領地は、王都からかなり遠い。そしてだだっ広く、人口が集中している領都と砦のある要塞都市を除けば、典型的な田舎である。
ちなみに、お父様は伯爵家であるライター家に入り婿したので、王都に近いライター伯爵領で育ったベッティは生まれついてのシティガールと言える。
「アルバンは嫌がらせだって分かっていたんですか?」
「はい、相手の顔を見ればすぐピンときましたよ。」
「…殿下が私を嫌っている事も?」
アルバンは目を細めた。
「…。」
黙り込んじゃった。
「アルバン、やっぱりさっきのなしです。行きましょう。」
「はい、お嬢様。入る際はお気を付けください。」
アルバンが私の手をさっと引いて屋敷の中に入った。
次の瞬間、円柱形をした天井の高いエントランスの奥に火が昇って広がる。そして第1層と同じく、光の柱がいくつも立った。可哀想なモブの方々。
「ア~ル~バ~ン?」
言ったそばからやりよった。
「大丈夫です、ここはレンガと石造りですのでこの程度の火力であれば問題ございません。」
確かにすぐ消えた。ざっと見た所、溶けてもいないみたいだ。
「…セーフ理論の主張が本っ当に得意ですね。」
「職業病です。」
「労災が下りると良いですね。」
「旦那様とロードは本当に鬼畜な性格をされていらっしゃいますからねぇ。」
私、その「旦那様」の娘なんだけど。
「お嬢様。」
「はい。」
「もうそろそろ来ますよ。」
あっ、ボス戦ってここなんですね。フォンテさんが「第2層からは狭い」って言ってたけど、ここまで限られるとは思ってなかった。そりゃあアルバンに破壊しないよう釘刺すよね。
その時、美人な半人半蜘蛛のお姉さんがすたっと降りて来た。
「第2層の中ボス、【アラクネー】のリーネと!」
「フロアボス、【亡霊騎士】のタリオンだ。これ以上屋敷への侵入は許さない。覚悟せよ。」
置物だと思っていた甲冑が剣を抜いた。
「まあ、彼女はお嬢様の敵ではありませんか!」
「はい?」
アルバン、何か目線がイヤミですよ?リーネさんのチェストアーマーと私のドレスのバストを比べないの。
くそぅ、このドレスはパッド入れるタイプなのに、アーマーで押さえられたモノに圧倒的に負けている。
「ふっふ~ん坊や、興味があるお年頃でしょうけど色事に気を取られると痛い目見るわよ。」
お姉さんが両手をクロスさせた。その瞬間、アルバンの腰に糸が巻き付いた。
「この距離にしては良い動きです、あなたは好感の持てる巨乳ですね!」
「アルバン?」
とうとう口に出してしまいましたか。
「色より戦を好む女性は素敵だと思います故。」
「あ~ら、高く評価してくれるのね。」
「もちろん、お嬢様の次に素敵です。」
お姉さんがフッと微笑んだかと思うと、その姿が消えた。
「あうっ!」
アルバンが糸を振り回している。お姉さんの巨体がエントランスの高い天井まであっという間に舞い上がってぐるぐると回っている。時折、壁にたたきつけられていて痛そうだ。
だけどさすが中ボスといった所、手の糸を切る事はなく、近くに別の糸を張って自分の手の糸を手繰り寄せ、むしろアルバンを自分側に引っ張り上げようとしている。持ち上げられなくても糸が切れれば作用・反作用でリーネさんの体が自分の張った糸がキャッチして衝撃を緩和されるけど、アルバンはステージのどこかに吹き飛ぶ、という作戦に出たのだろう。
そういう攻防をじっくり見る暇もなくタリオンさんが斬りつけてきたので避けると、アルバンが糸を持っていない方の手で持った剣で受けた。さすがにアルバンの片手では、両手で全体重をかけて引っ張っているリーネさんが優勢になったのでアルバンが少し浮く。
「お嬢様、余力がございましたら上に向かって風刃でも放ってくださいますか?私が撃つと叱られるんです。」
アルバンだけが禁止されてるとか、そういう問題じゃないですよね。というか。
「…それ、肉片がこっちに落ちてきますよね?」
完全に息絶えない限り仮想体は消えないから、足とか腕がどさって上から降ってくる事になる。
「タリオンさん、クモを殺すのに全力出して壊してよろしいでしょうか?」
「第1層でも入口を破壊したと聞いたんだが、まだ足りないのか。」
明らかに渋っている。
仕方ない。ここはちゃんと戦う事を目標にしよう…って、倫理の目標設定が甘い気もするけど。
「あなた達、出てきなさいよ!」
リーネさんは膠着状態が続くと思ったのか、召喚を行った。足元からわさわさと膝までぐらいの体高のアリなどの昆虫とかクモがわらわらと出て来た。ベッティなら失神ものだ。
「あっ…」
アルバン、困ったように笑わないでください。
虫たちはリーネさんの使役下にあるようなので、主人を助けるべくアルバンに攻撃するかと思いきや、アルバンだけじゃなくて私にも無数に来た。お利巧だ…感心している場合じゃないけど。
「虫、嫌ぁぁっ!!」
私が叫んだ次の瞬間、床から無数の光の柱が立って、虫たちはいなくなった。
それもそのはず…虫たちの中に憎きカメムシとか巨大化したテントウムシを見つけたのだ。それで私が叫んだ瞬間に出してしまったのは殺虫魔法【虫特攻】だった。
王都で庭師たちが使う農薬を扱うには許可証が必要だと条例で定められているので、仕方なく編み出した魔法である。庭師の皆さんにやってもらうのが1番なんだろうけど、やっぱり庭いじりも含めてお花が好きだから…農薬が使えないんだったら条例に引っかからない範囲で対応するしかない。えっ、アルバンと思考回路が似ているって?アルバンは庭いじりが趣味ではないですよ。
普段は維持を優先した薄いものを霧化してバラ園にかけているのだけれども、今回は憎き害虫共を見て反射的にやった事なのでかなり濃いものが出た。
でも後悔はしてない。王都の条例が悪い。田舎じゃ年齢1ケタの子供や死にかけのお年寄りですら農薬撒いてるっていうのに。
「私の!バラアーチを返してください!」
「…ほぼ八つ当たりですね。」
今年は魔法が効かない個体がいたのだ…私は忘れはしない。来年は見事なアーチを…作れたら良いな。修道院に入ってもガーデニングぐらいなら出来るかも。教会は庭が大きな所を所望しよう、よし、決めた。
「…おっと。」
その時、アルバンが浮いたまま後ろに下がったので私も下がった。
床に映る影が大きくなり、次にはアルバンの隙を勝機だと思って突っ込んできたタリオンさんの上に巨大なクモが載っていた。
「…ぐ、はっ。」
リーネさんがタリオンさんの剣と兜に突き刺さっていた。鮮やかな青色と金色に縁どられた目をかっと見開いた人間の上半身ががくり、と崩れると、光の柱となってアラクネーの体が消えた。
リーネさんの巨体に潰されたタリオンさんも崩れる。その上には、リーネさんが落ちる最後の時までどこかに引っかかろうと出していたであろう糸が降ってきた。
「…何と悔しき事かな。まさか部下と相討ちになるとは。」
自嘲を含んだ言葉を残して、タリオンさんは光の柱となって消えた。
「お嬢様、クモって怖いですね。」
「はい?」
いきなりどうした。
「予約した際にタリオンとも随分話し込んで、ダイブの時には剣術で勝負しようと言っていたのですが…クモでぺしゃんこですよ。どれだけ堅い装甲と体積に見合わぬ重みを持っているかという事が分かりました。」
「それは私も思いましたけど…というか、ずいぶん楽しんでますね。」
「ええ、フォンテとはまた違って、彼はキャストの中でも高齢ですし話が興味深いものでした。」
「高齢…確かに話し方や声からは落ち着いた印象を受けました。動きも滑らかでしたし、ベテラン感が漂ってましたもんね。」
さすがに老人いじめはしてないだろうけど、確認。
「アルバン、タリオンさんとしたのはお話だけですよね?」
「カフェで1番高いメニュー…高級ヒレステーキ定食を奢らせた事以外は特に。」
「ちょっと!」
例外なくやらかしてた。
「『遠慮しないで頼んでくれ』と言うので、彼も本望でしょう。ワインもいただきました。」
そういう時は遠慮するものなんです。魔種族は年金出ないんですよ!
「タリオンさん、ごめんなさい。」
「大丈夫です、彼は優しいというより寛容なので。」
「それは何か分かります。」
フォンテさんの兄貴分な優しさとは違う包容力がある。
でもあなたがやった事はカツアゲとほぼ同じですよ、アルバン。
「ちなみに彼はよく部下に奢ってやっているそうで、特にリーネさんは孫娘のように可愛がっているんだとか。」
良い先輩だ。
「へえ~…あの2人ってかなり歳が離れていらっしゃるんですね。」
「リーネさんは今年で孵化から21年で、タリオンさんとはもう100年ほど開いているそうです。」
「あっ、リーネさんってそんなに私達と変わらないんですね。」
すごく妖艶だったから気付かなかった。
「はい。別の層の先輩キャストを真似て、年上のお姉様っぽく振る舞っているそうですよ。」
「なるほど…アルバン、ふと思い出したのですが。」
「はい。お嬢様、何かご不満でも?私は何一つ破壊していないじゃありませんか。」
「私の心が破壊されました。」
アルバンはおかしそうに笑った。
「お嬢様のお胸の魅力は私だけが知り得ておりますので、問題ございませんよ。」
「貧乳好きってすごい個性ですよね。」
「だって戦いやすそうじゃありませんか、空気抵抗が少なくて。弓もバンバン弾けますし。」
何かムカつくな。
「戦闘基準でそういう事言うんだったら、フォンテさんも『アリス殿、ナイスバディだ!』って私をベタ褒めするんでしょうね、ええ。」
「お嬢様、それは困ります!」
確かに私もフォンテさんからセクハラとも純粋なフォローとも分からない事を言われたら対応に困惑すると思う。でも、ここで同意したらアルバンは絶対に調子に乗る。
「じゃあどうするんですか。」
ツンとすると、アルバンは微笑んだ。
「ダンジョンの敷地外から出て。」
うん?
「敷地外から出て?」
「フォンテをテレポートさせて。」
「フォンテさんを連れてきて?」
「洗脳をかけるか、殺し、跡形なく焼き払います。ダンジョンの敷地外では、魔種族は基本的に法的弱者ですので万が一裁判になっても問題ありません。」
不穏過ぎる。
「アルバン、道徳というものを学びましょう。」
「お嬢様が残酷な事を仰るなら、私もそれにお付き合いするまで、です。」
「どこが残酷なのですか。」
「お嬢様が私の傍をそんなに離れたがっていらっしゃる事を態度にはっきりと出してしまう事です。」
それは違う。
「そんな事はないですよ。」
「本当ですか?」
「本当です。私はアルバンの事、大事に思っていますからね。」
アルバンは口の端を釣り上げた。
「言質をお取り致しました。」
あ…。
「お嬢様、本当に悪い男に引っかかりますよね。」
「本格的に人間不信になりますよ。」
「その時は私が他をシャットアウト致しますので、2人で楽しく過ごしましょう。」
「…平和的に、倫理と道徳の範囲内でお願いします。」
(その頃、城では…)
「あ、そういえば。次に何するか指示されてなかった。」
アルバンがヘマをする事はほとんどないから、きっと後は6人を落とす事に専念すれば良いという意味で連絡はしなかったんだろうけど、念のため確認をとってみるか。
私は噴水に両手を浸してアルバンを強く念じた。さっきのように水面が波打って静かになる。
さっきもやったが、これは水を介す事で水の精の力を借りて行う【念話】という簡単な魔術らしい。だが、これには難点があって、お互いに【念話】するという意識がなければ出来ない。
逆に言うと、わずかにでも意識か記憶にあれば【念話】は行えるらしい。ただ、意識が弱いと音声は雑になるらしいけど。
それからしばらく待たされ、さすがにイライラし始めた所で頭の中に声が聴こえた。
『坊や…お年頃でしょう…色事に…ると痛い目見る…よ』
とぎれとぎれに聞こえてきたのは胡散臭そうで下品な女の声。アルバン…娼館にでもいるのかしら。まあ、お姉様があいつらとお楽しみじゃあ、気を利かせて外出しないとね?
『この…しては良い…です…好感の…巨乳ですね!』
昨日聞いたようなアルバンの上ずった声だ。娼婦と楽しんでる最中につながないでほしい。
私は念話を止めた。
「つまらない男。」
顔は良いのに水商売にしか相手にされないなんて、さぞ惨めでしょうね。
そうだ、巨乳が好きなら…あの男、私の下僕にしておこうかな。お母様から譲り受けたこの胸で…もう二度と反抗できないように調教してやる。
どうせ何かするなら同意書が必要だし、お姉様が何か反対しても、説得も捏造もあの男に任せれば良いのよ。それに、胸で釣っておけば変にやる気を出して自分で考えて皇太子妃の業務を丸投げしても動いてくれるだろう。良い事を聞いた。




