地の儀式
峠の山小屋では、炉辺を囲んで夕食の時間となっていた。
エドフィーユは鹿の肉でスープを作ってくれ、加えて残っている鹿の肉を炉端で焼いた。
「スープ美味しいです!」
「これは思わぬご馳走だ」
「下にいるよりもいい食事が出来るなんて! 奥さんのお陰で天国だ!」
三人の男達は大喜びでそれを食べた。
「人数がこれだけいると、あまり量はありませんけど」
エドフィーユは指を頬に当て、少し申し訳なさそうな仕草をする。
エルハルトがスープを食べつつ言った。
「今日のご家族の食事は大丈夫なんですか?」
「場所は言ってあるからいいのよ。しょっちゅう帰って来ないで待たされてるんだし、時にはいない方が身に染みるでしょう。それにしても、ここに鹿肉がたくさんあって良かったわ。あの子のお陰ね」
エドフィーユはそう笑った。
エルハルトは礼を言った。
「何でもヴィルヘルム叔父さんから貰ったとアルノルトから聞きました。貴重な肉をありがとうございます」
「彼は鹿の発見者だったから、当然の権利なのよ。ただ、全部ここへ置いて行ったのね。家族には持って行かずに……」
「そうなんですよ。家族には秘密にしてたくらいです」
スープをしっかり飲み込んでから、クヌフウタが意外そうに言った。
「そうだったんですね! 皆さんには少し悪い気がします……」
エドフィーユは自身のスープを器に取って言った。
「でも、鹿の肉は怪我をしている人にはいいし、こうして皆んなでおいしく食べられるし、結果は最良だったんじゃないかしら?」
エルハルトは大いに同意した。
「ホントにそうですね。アルノルトの判断と来たら結果で見れば最良になる事が多い。これは才能なんですかね?」
「あなただって雨を予想して雨宿りを勧めてくれたじゃない? そのお陰で皆雨にそう打たれずこうしていられるわ」
「それはまあ経験と観察眼ですから。アルノルトの場合その時見えない所さえ良くなっているんです。今の狼退治も実質はアルノルトが進めている事だし、森の家を見付けてアフラの薬を貰いに行ったのも、元はアルノルトでしたし。今エドフィーユさんとこうしていられるのもアルノルトのお陰なんですよ」
「それは……、神童かもしれないわね」
「神童……」
「そう言う人は山里ではドルイデになるのよ。きっと向いているわ」
「ドルイデって、首長のような人……。それはまあ将来有望です。ラントアーマンの子ですから」
エルハルトは膝を叩いて笑った。
エドフィーユはスープを飲み干し、食料は皆あらかた食べ尽くしたのを見て言った。
「こんなに食べちゃって、明日の朝からの食事はどうしましょうか?」
「パンが一つあるだけですね」
「何なら羊をスープにしましょうか。捌くなら任せて」
エドフィーユは鹿を軽く料理するかのように言うので、羊飼い達は慌てた。
「ダメダメ。ダメです」
「羊を護る我々がそれを食べたら洒落になりません」
「あら、羊も鹿も食べるには同じようなものじゃない? こんなにたくさんいるし、鹿より遥かに獲りやすいのに不自由なのね」
エルハルトは苦笑いをして言った。
「鹿は誰のものでもないけど、羊は誰か人のものっていう所ですかね」
「そうね。じゃあ仕方ないわ。朝食は山菜を採って来ようかしら?」
「それは助かります」
「朝、雨が止んでいたらだけどもね」
エルハルトにも明日の朝の天気までは判らない。しかし雨は時間を経るごとに強くなって来て、長く降りそうだった。
夕ご飯が終わると、エドフィーユは布で小さな人形を作った。セネカも一緒に真似して一つ作る。そしてそれをエルハルトに渡した。
「これが儀式で使う人形よ」
「はい」
セネカからも人形を貰い、その時はありがとうと笑うのだが、二つの人形を見て、本当に儀式をやるのかと思うと、顔が苦くなった。
その間にペルシタは、ヒムベリーの生葉のお茶を作り、クヌフウタに渡した。
「ありがとうペルシタさん」
クヌフウタは左手にカップを持ち、そのお茶を飲んだ。
エドフィーユがそれを見て言った。
「良さそうなお茶ね。私も飲みたいわ」
「これはヒムベリーの葉で、クヌフウタさんの貧血のお薬なんです。あまり量が無くて」
「そうだったの。ベリーの葉ならいいおまじないがあるわ」
「どんなおまじないですか?」
「ベリーの葉を怪我に当てて、詩を唱えるのよ。やってみる?」
「いいですね」
「じゃあベリーの葉を二つ頂戴」
エドフィーユはベリーの葉をクヌフウタの頭に乗せ、楽しげに詩を唱えた。
東から淑女がやって来た
一人目は火を持って、二人目は氷を持って
火を持つ者は立ち去って、また一人氷を持ってやって来た
西から男がやって来た
一人目は石を持って、二人目は薬を持って
石を持つ者は立ち去って、また一人薬を持ってやって来た
南から子供がやって来た
一人目は肉を持って、二人目はクッキーを持って
肉を持つ者は立ち去って、また一人クッキーを持ってやって来た
エドフィーユは「どう?」と言って微笑んだ。
アンドレアスとヘロンは、その童謡のような詩の調べに拍手喝采だった。
「なんだか軽快な気分になりますね」
クヌフウタもとても楽しげだ。
「子供にするおまじないで、最初以外はその場の思い付きでいろいろよ。何となく悪いものは去り、良いものは残るという意味になっているの」
「痛みが少し紛れるようです」
「ね。そうやって長い間、母親達が子供をあやして来たのでしょうね。痛みが本当に引いていくから不思議でしょう?」
「いいですねー」
「そう言えば、クッキーも持ってきたの。後で食べてね。途中で狼にたくさんあげてしまったのだけど」
「狼に?」
「混ぜたハーブに狼の花が入っていて、食べると大人しくなっていたわ」
「それも不思議なクッキーなんですね」
「でしょう? うちの秘伝のクッキーですもの」
クヌフウタは少し警戒するように言った。
「これは呪術の一種なんでしょうか……」
「呪術なんて誰でも使えるのよ。悪意を込めて睨めば邪眼と言って、それだけでもう相手に呪いが貼り付くわ。町の人の方がいつも呪い深い人がいて、そんな人がいればものすごく嫌な気がするでしょう?」
「確かに……」
「エルハルト君にもね、そういうもので一杯になってる」
エルハルトはそら恐ろしくなって来た。
「そ、そうなんですか?」
「そうよ? 私はその逆に愛と善意で人を見て、それを洗い落とすの。そういう悪いものを追い払って、効果がある伝統的な方法をしているだけよ。善意を以て行うのだし、経験的にも良くなると思うから続けているんだわ。呪いを払うのだから、悪い悪魔の呪術と一緒にしないで欲しいものだわ。善意の悪魔や魔女がいたら、それはもう悪魔じゃないわよ?」
「愛と善意……それは良いことですものね」
「そうでしょう? 悪いものを防いでいるのは私達の方。悪意が多いのはどちら側か、気が付いて欲しいものだわ」
「そう……ですね。諍いの多い世の中ですものね……」
エルハルトは少し考えて言った。
「例のこと、今夜にでもやってみるべきですね」
「やっとやる気になってくれたようね?」
エドフィーユは嬉しそうな笑顔でエルハルトを見詰めた。その目には嘘で無く愛と善意があることを、エルハルトは心で感じていた。
深夜、皆が深く寝入った頃、エルハルトとエドフィーユは起き出して階段を下りて来た。雨は既に止んだようだ。
エルハルトは毛布を手にクヌフウタとペルシタの寝ているところへ行き、毛布をはみ出しているクヌフウタにもう一枚の毛布を掛けてあげた。
エドフィーユは炉床の種火を吹いて大きくしてから言った。
「地水火風、どこまでする?」
「まずは地を」
「段取りは判る?」
「あまり……」
「もう一度説明するわ」
エドフィーユの言った地水火風は四つの元素の名でもあるが、四段階の儀式の事を指していた。示された儀式の内容は以下のようなものだ。
地——土の中に裸で埋まって眠る。起きたら身代わりの人形をそこへ埋める。
この時、ハーブの入ったポプリを枕にし、その後にはこれをお守りにする。
水——湖にフェンケルの種を撒いた後、呪文を唱えて裸で湖に潜り、対岸まで泳ぐ。
火——一週間以上祈りを込めたポプリを地の儀式で土に埋めた人形に入れ、火に焼べる。
風——周辺で一番高い山へ行き、そこで燃やした人形の灰を四方へ撒く。
「本当はそれぞれに祈る神と呪文の言葉があるけど、『地よ』とか『水よ』と呼びかけるだけでいいわ。簡単でしょう? 見ないように私はここにいるわ。一人でやるのよ」
「はい。行って来ます」
エルハルトは闇夜の草原に出て、草が深く、地面の柔らかいところをスコップで掘った。雨上がりだったので、土は柔らかかったが、かなり泥にも近い状態だ。
大きな穴が出来ると、周囲を伺ってから服を捲り上げて首のところに巻き、ほぼ裸になってその穴へ入った。そこから土を体に被せて行くが、片手で土をかけるので、全身とはいかず、片手だけは出てしまう。
「地よ……」
エルハルトは短い呪文を唱えた。
そこに暗い草叢の中を、エドフィーユとセネカがエルハルトを探しつつやって来た。
「埋めてあげる」
エドフィーユは残る腕を埋め、体の上にもさらに土を被せた。そうしながら何か山の言葉で滔々と祈りを唱えた。セネカも時々同じ言葉を追って唱えた。
エルハルトは首から上だけが外に出ている状態になった。
「もしかして、見てました?」
「暗くて見えないわよ。音を頼りに判るの。じゃあ、しばらく眠って。眠るだけじゃなく、花の気持ちになってね。大地を感じて根を張って、花を天に伸ばして謳い上げるの。花になりきれば悪霊は見分けが付かなくなって去って行くわ」
「花ですか……」
「起きたら泥だらけだから、向こうの池で水の儀式もするといいわ」
「そうですね」
「ポプリを枕にね。フェンケルの種はここから取り出して。じゃあ寝過ぎないようにね」
「はい……」
エドフィーユはフェンネルの種の入ったポプリをエルハルトの頭の下に置いてそこを去り、セネカも人形を頭に寄せてから後に続いた。
エルハルトは闇夜の中、一人地中に残された。
こうしていると周囲の草花が土に根を下ろし、空に向かって伸びているのを感じる。花の気持ちになるというのはそう難しくなかった。
エルハルトは目を閉じて、一心に花になった。大地に深く根を下ろし、空へ空へと茎を伸ばして行く。そして一つの蕾をつけた。
花は何の花がいいだろう。あの太陽のように眩しい牛の花、カレンデュラの花がいい。誰かの薬になって、役に立てばいい。
エルハルトはそう思いつつ、心の中で黄色い大輪の花を咲かせた。
いつしか眠りの中にいた。
夢の中に色鮮やかに咲く花々は、高原を埋めるように咲き誇っている。
そしてまるで仲間のように笑いかけてくれる。
今や花と心が通って、離れていても知己のように分かり合えるようだ。
多く笑いかけてくれるのは、やはり同じカレンデュラの花だった。
(そうだ、俺は花になったんた。花にもこんなに仲間を想う心があったんだ)
その野では、全ての草木が満開の花を開き、馥郁と香気を放っていた。
空には星が見え、太陽も出ている。
春夏秋冬と昼と夜が同時にここにはあるようだ。
明るく照らす太陽を見ると、あまりの眩しさに目が覚めた。
エルハルトが目を覚ましたのは、ちょうど日の出の頃だった。とはいえ辺りは雲と霧に覆われていて、まだ薄暗い。
エルハルトは土から起き上がり、首の周りにあった服を押し下げて着た。いい夢を見たせいか、野の緑が目にしみるほど鮮やかで、なんだか愛おしく感じる。
頭にあったポプリと人形を手に取って、人形はその土の中に埋めた。それで地の儀式は終了だった。
エルハルトはお守りのポプリを手に持って、池の方へ歩いて行った。
まだ薄明かりの中、夜明けの息吹が草原の池を満たしている。
エルハルトは池の畔に立ち、一つ深呼吸をしてその新鮮な空気を吸い込んだ。
そうしてから、ポプリの紐を解いてフェンネルを摘み、池に撒く。
「水よ……」
エルハルトはそう呼び掛けてから服を脱ぎ、ポプリと一緒に池の畔に纏めて置き、裸になって池に入った。
池の水は山の水なのでとても冷たい。震えながらもエルハルトはその中に飛び込むように潜った。そして池の対岸へと泳いで行こうとするが、泳ぎは得意ではないので溺れそうになった。
すぐに顔を出して、さほど深くない場所を歩いて行った。
「水よ……山の清き水よ……」
後ろからはエドフィーユの声が聞こえた。
「汚れを洗い流し、清き魂に」
池の畔でエドフィーユは手で水に触れてさらに祈りを唱える。
そう言った瞬間から、水は清く感じられ、池がまるで聖なる泉になったように感じる。
エルハルトはもう一度池に潜ってみた。池の水は透明で、藻の間を泳ぐ魚の姿も見えた。
そこで土で汚れた体を少し洗った。
池から顔を出すと、エドフィーユの姿は既に後ろにはなかった。対岸へと池の中を歩いて行くと、対岸方向の草深い場所にエドフィーユが見えた。手には服とポプリを持っている。
「どこかで見てるんですか?」
エドフィーユは言葉を発せず、ただ服を持ち示した。
「ありがとう」
エルハルトは次第に浅くなる池を上がって行く。すると、裸の下半身まで見えてしまう。エルハルトは慌てて回れ右して池へ戻った。
エドフィーユも池の畔に服を置き、背中を見せた。
「ここに置いておくわ」
エルハルトは池に上がり、服を着た。冷たい水の中で体が冷え切り、その服は暖かく感じた。
「うう。寒かった。体が冷え切りましたよ」
エドフィーユは振り返って言った。
「どう? これで儀式は半分終了だけど」
エルハルトは清々しく笑った。
「新鮮な気持ちですね。身も心も新しくなったようだ」
「いい顔だわ。悪霊は消えたようね。もう大丈夫だわ」
「本当ですか!」
「ええ。次の火と風は少なくとも一週間はこのポプリに祈ってからよ」
「祈る? 何を?」
「何でもいいのだけど、命をこれに使おうという事を祈るの。それを火の神にかけて、天に近い山で風に問いかけるのがあと二つの儀式。まだやる?」
「命を使うほどの事が思い浮かびません……。これは何か重要な儀式なんですね」
「そうよ。遊びでこんなこと誰も出来ないわ。ドルイデになる人の儀式なのよ」
「このまま続ければドルイデに引き抜かれるとか?」
「それは無いわ。呪文もかなり略式だしね。ただ心の覆いを取って裸になって、生きた自然の魂との絆を繋ぐだけ。それだけでも大きなご加護が得られるの。人によってそれにも大小があるのだけど」
「オレにはそれがしっかり効いたという事ですね?」
「ええ。儀式はここで終わっても十分でしょう」
「それは良かった。でも、あとの二つは難しくないので、命を使ってでもやる事が出来た時にやろうと思います」
「そうね。それもいいわね」
エドフィーユとエルハルトは山菜を採りながら山小屋への道を戻った。
そこで、不思議なことが起こった。ふとエルハルトに笑い声が聞こえた気がしたのだ。
その方向を見ると、黄色い花が咲いている。何故かその花が輝やかしく見えた。それはカレンデュラの花だった。
「おお! 仲間だ!」
エルハルトはその花へと駆け寄った。跪いて花を見るが、その花に特別な事は無い。しかし笑っているように見える。
「仲間?」
エドフィーユはその言葉に首を傾げた。
エルハルトは物言わぬ花をただ撫でた。それだけで胸に感激が起こるから不思議だ。
「ああ、仲間だ! ひどくそんな気がするのは何故だろう。この花になっていたんです」
「花に成り切ることは成功したようね」
「ええ。夢の中でこの花と仲間になったようです。本当に夢で繋がってるんですね」
エドフィーユは驚いて言った。
「凄いわ! それなら花の加護が大きく得られるわ」
「あまり花を知らないし、仲間になったのはこの花だけですけどね」
「そう。花をよく知ってたらもっと良かったかも。でも、そういう花をポプリに入れておけば、いいお守りになるわ」
エルハルトは花を摘もうとしたが、それは止めた。
「仲間を摘むのは忍びない。とても出来ない……」
「そう……。でも、それもいいわね」
山菜を集め、二人が山小屋へ帰ると、クヌフウタは起きていて、毛布を畳んでいた。
寝床からクヌフウタは毛布を持ち上げて、口の動きで言った。
(毛布を?)
エルハルトはその意味が判り、小さく頷いた。
エドフィーユは炉床の火を大きくし、スープの仕度を始める。まずは鍋や山菜を洗いに水場へと出て行った。
エルハルトは朝露に濡れてしまい、体が冷え切っていたので、火に当たって暖を取った。
クヌフウタも炉床の傍に来て、畳んだ毛布を渡しつつ、小さな声で言った。
「毛布をありがとうございました」
エルハルトも小声で話す。
「いえ。まだ寝ててもいいんですよ」
「大丈夫です。ちょうど寒い頃に毛布があって助かりました。でも、夜中はどうしてたんです?」
「俺は外で一眠りしてました……」
「例の儀式をしたのですか?」
エルハルトは顎を引いて頷いた。
「ええ」
「キリストの正道を歩む者からすれば、それは魔道です」
「ま、魔道……」
「でも、エドフィーユさんのなさる事ですし、とても気になります。如何でした?」
エルハルトは大きく笑って言った。
「なんだかとても清々しい気持ちです。心と体が新しく生まれ変わったような……」
エルハルトの笑顔はまるで心を絆されるようだ。
「とてもいい顔をしていますよ? 最近は見られなかった笑顔です」
「エドフィーユさんにもそう言われました。悪霊はすっかり取れたそうです」
「何をしたんですか?」
「土に埋まって、花の気持ちに成り切るんです。花に成り切ると悪霊は見分けが付かなくなって去って行くそうです」
「それはまるで奇跡のようですね。聖書ではイエスも悪霊を豚に移して祓うような奇跡があるんです。どうやってそうしたかは今では判らないんですが、もしや豚に成り切るのでは……」
「聖書にそんなことがあるんですか。その後にも不思議なことがあるんです。そのまま一度眠るんですが、夢の中でたくさんの花が出て来たんです。そこで花と仲間になれたようです」
「花と仲間に?」
エルハルトは壁を見回した。そこに掛かっている花をすぐに見付けた。
「やっぱり仲間がいた。そこにカレンデュラの花があるでしょう。あの花に成り切って眠ったんです。夢の中では花の楽園があって、そこで仲間になって、おかげであの花があるところは何故かすぐに判ります」
「カレンデュラと仲間に?」
「ええ。俺にはパッと笑顔に輝いて見えるんです。エドフィーユさんが言うには、そんな花は持っていて加護が得られるそうです」
「加護ってどんなことでしょう?」
「判りません。ただ薬効と言っているのも、加護なのかもしれないと思います。栄養分だけで病気は治りませんし、花には不思議な事が多いですから」
「薬効が増えたりするんでしょうか?」
「何か助けをしてくれるとは思います。心が通うような仲間ですから。俺は殆どこの花しか知らなかったんですが、クヌフウタさんなら花に詳しいですから、俺なんかよりたくさんの花と仲間になれたでしょうね。その花の楽園は見たこともないような花でいっぱいでしたから」
クヌフウタはその花の楽園を思い描き、しばらくして言った。
「私もやってみようかしら……」
エルハルトは目を見張って言った。
「さっきは魔道って……教会に知れるとまずいのでは?」
「土に埋まって寝るくらいは誰でもするでしょう……。死んだ時ですが……」
「いえ、誰もはしないでしょう。裸で埋まるんですし」
「裸?」
「それに、こういうポプリを用意して、枕にして眠るんです。エドフィーユさんはこのポプリにも何か呪文を言ってました。夢を見せてくれるようです」
「エドフィーユさんに言えばいいんですね?」
「やる気ですか?」
「薬効が上がると聞けば、試してみる価値はあります」
「体調は大丈夫なんですか?」
「そう言えば……エドフィーユさんのスープのお陰かしら? 今日は少しいいようです」
「それは良かった」
「やってはいけないと思います?」
「俺はやった本人ですから……。むしろやる価値はあると思います」
クヌフウタの表情は明るく灯った。
「じゃあ……」
「怪我に注意して、それに絶対誰にも見られないように、知られないようにやらなきゃ駄目ですよ」
「ええ。皆さん夜には山を降りて行くでしょう?」
「ペルシタさんにもです」
「それは……無理かも……」
ペルシタを振り返ると、ペルシタは既に起きていて、こっちを見ていた。
ペルシタは寝床から立ち上がって言った。
「おはようございます」
クヌフウタも挨拶を返す。
「おはようございます……もう聞いてましたね」
「今の話は聞かなかった事に……」
と、エルハルトは頼み込むように言った。
よく見れば、ペルシタは黒の修道服を着ている。
(母が生きていたら、こんな姿だったのかもしれない……)
そんな視線にペルシタが気が付いて言った。
「あ、すいません。もうこれしか無くて……大事な服を私が着ても?」
「ああ、いいんです。とても似合っておいでで」
「あら、珍しく褒めていただいたわ」
ペルシタは思わず顔を崩して笑い、そしてエルハルトの顔がとても健康的になっているのを見て言った。
「泥土浴と言って、泥土に埋まる健康法もあるようです。いいんじゃないですか?」
「健康法……確かに健康になるかもしれません」
エルハルトは笑って頷いた。
「こうしましょう。新しい健康法を試してみるんです。早速今日試したいと思います」
クヌフウタはペルシタにそう宣言した。
「エンゲルベルクに帰らなくてもいいので?」
「……怪我の塞がり具合もありますし、あと一日程は様子を見ましょうかね。薬草もこんなに干してしまった事ですし」
「薬草が乾くには一週間はかかりますから、取り込むのは後日になりそうですよ?」
「持って行って、乾かし直すだけです。問題ありません」
「しかし、こういうのは修道院の人には見せられませんね。魔女のように変に思われますから」
エドフィーユが鍋を持って入って来て言った。
「魔女とか言わないで? そうレッテルを貼っただけでその人を殺せるような非常識がまかり通る世の中なんだから」
「そんなつもりは……」
ペルシタは謝罪するように首を振った。
エドフィーユはしかし、まだ何かに怒っている。
「つもりが無ければ悪意を持ってもいいと? 悪魔を祓うためと言って、何も知らないだけの魔女めいた人に悪意を以て集団で死に追いやる、それを当然と? キリストはそうは言わなかったはずよ。むしろ殺すなかれよ。そんな人達の心の中は相当な何かに悪意で操られているわね。もしこの世に悪魔がいるとすれば、それを悪魔と呼ぶのではなくて?」
「あ……」
ペルシタは内心にあった悪意めいたものが見透かされていた事を知った。そして、エドフィーユにそれを看破されたことで、何かから解放された心地がした。
この知識の中に塗り込められたような悪意は一体何だったのだろうとペルシタは思う。
それはまるで昨日話に聞いた邪眼の呪いのようなものだ。
異端審問官による異端審問裁判が少し前から始まって、異端や魔女への糾弾はそこから酷くなった。
それはそれまで裁判権の無かった修道院が得た実質の裁判権で、魔女だという噂や伝聞だけでも異端審問官の裁量のみで刑の裁定が下されていた。
それは教皇派と皇帝派の激しい争いの中で始まったものだったが、今では教皇派が勝ち、大きな権威を誇っている。そんな権力構造の頂点と言えば、教皇が率いる教皇庁という事になる。
もしや、とペルシタは思うが、まさかと打ち消してはまたもしやと思う。
「私、どうかしてたようです」
その顔色を見て、エドフィーユはそんな心の全てを見て取った。
「ここはもう悪いものからの守りがされているの。悪魔はどんどん去って行くわ」
エドフィーユはそう笑ってスープの鍋を炉床に掛け、料理を始めた。
「さて、心を改めるわ。スープ作りは人の姿を想って祈りを込めるのよ。元気になったその人の笑顔をね」
ペルシタは懺悔をしたくなった。この無償の愛を注いで美しく笑う人を、少しでも偏見の目で見ていた事を。
ただ、エドフィーユの古い因習に関わる事は危険だという一念は拭い去る事が出来なかった。
それ程に異端と異教には厳しい時代であったのだ。




