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雨宿りの家で


 やがて高原に雨が降り始め、羊達は厚い毛を濡れそぼらせていく。

 ヘロンとアンドレアスの二人は羊達を山小屋付近に纏め、小屋の中に入って来た。

「だいぶ降ってきた。羊達が濡れてしまう。小屋に入れちゃあ駄目かな」

「ここでは雨でも家畜は外のままなんです。でも小羊だけ入れましょう」

 エルハルトはそう言って、子羊だけを連れて中へ入ってきた。

 小屋に入った小羊は激しく体を振り、水しぶきを部屋中に飛ばした。

「キャー、水がかかる! 中で体を振らせないで!」

 エドフィーユはタオルを持ってそれを止めに走り、一頭の羊を拭いてあげた。

 ヘロンとアンドレアスは次々と体を振ろうとする羊の首を掴んで止めた。

「わあ」とセネカは小羊を撫でに来た。

「かわいいわね。タオルで拭いてあげて」

 エドフィーユはセネカやヘロン達にもタオルを渡し、羊を拭きながらもかわいいと笑った。

 エルハルトがさらに子羊を連れて入って来た。

「羊を拭いてくれてありがとう」

「体を振られると水が飛ぶから。キャー!」

 そう言ってるそばから入って来た羊は体を振り、盛大に水を飛ばす。エドフィーユはそれをタオルで丸く包むように防いだが、至近距離だったので、かなり服が濡れた。

「もう! びしょ濡れーっ」

 エルハルトは丸太のベンチを横倒しにして羊達の囲いを作り、そこへ五匹の小羊を入れた。狭いところに押し込められ、羊達は抗議するように大きな声で啼いている。

「ここに着替えがあるんで、着替える人はどうぞ」

 エルハルトはそう言って着替えの包みを解いた。

 そこには幾つか着替えがあるが、それは男性用のコットやブレーだ。

「私に合いそうな服は無いのね……」

 そこへペルシタが貰った服を持ってやって来た。

「私達がいただいた服です。よろしければどうぞ」

「ありがとう。お借りしますね」

 とは言え着替える場所もあまりないので、エルハルトが言った。

「その階段から屋根裏部屋へ上がれますよ。夜もそこを寝室に使って下さい」

「ありがとう」

 エドフィーユはほぼ梯子状の階段を上がって行った。ついでにセネカもそこに続く。

 ヘロンとアンドレアスはまだ外へ出るかも知れないと、まだ着替えず、窓を開けてそこから交代で羊達を見た。

 エルハルトは囲炉裏に薪を足して、種火だった火を大きくした。そしてヘロンとアンドレアスを火の近くへ誘った。

「火に当たって少しは服を乾かすといいですよ」

「有難い」

「ちょうど少し寒くなってきたよ」

 アンドレアス、続いてヘロンは二人で火に当たりに来た。

 その間エルハルトは窓付近に立ち、羊を見ていた。

「この雨は夜まで続きそうだ。羊達もさすがに夜は寒そうだな……」

 ヘロンは言った。

「テントか何か無いのかな?」

「テントくらいじゃあ小さいだろう」

「大きい布でも無いかな。小屋の軒先で屋根に出来れば雨くらいは防げるし」

 その質問は棚上げしていた問題に触れた。エルハルトは今それを考えてみた。

「布と言うなら、毛布がある。ただ、これを使うと寝る時に足りなくなる。毛布は八枚あるけど、蒲団自体が足りなくて、蒲団は四枚で女性達で無くなってしまう。あとは毛布を敷いて寝ないといけない」

 ヘロンは頭を抱えた。

「あちゃあ、女性達の毛布と蒲団は確保しないといけないだろう。なら男達三人に残されるのは毛布四枚だけという事だ」

「一枚を体に巻いて寝るしかないか。それで羊に使える布は一枚?」

 アンドレアスはそう振り返る。

 上からエドフィーユの声がした。

「上には藁があるから、私達の蒲団はいらないわ。毛布だけあれば」

 エルハルトはそうだと手を打った。

「そう言えば去年からある藁があったんだ」

 エルハルトは階段を上がり、屋根裏部屋を見に行った。

 エドフィーユはに白の素服に着替え終わっていて、部屋の隅を指して言った。

「けっこうしっかりしたものがあるわ。寝るにはこれで十分」

 そこには既に誰かが作ったベッド状になっている藁があった。すぐ隣には大きな藁束が幾つも積んであり、それを使えば全員分の寝床が出来そうだ。

「これはいいですね。これを作ったのは多分前に泊まったヴィルヘルムさんですね。隣の部屋で男三人寝てもいいですか?」

「ええ。もちろん」

 部屋と言ってもそこは梁がある場所に壁のように薪木や箱が積んであるだけで、隙間から見えてしまうような状態だった。特に窓際は大きく空いていて、隣から丸見えだった。エドフィーユは布を被せて少し隙間を隠した。

 ヘロンとアンドレアスもそこへ上がって来て、三人で隣の部屋に藁のベッドを作った。

 少しゴツゴツするが、三人が詰めて寝るには問題の無いベッドが出来上がった。

「毛布が一人一枚とすると、これで一枚は羊の分が出来たわけだ」

「実は今、クヌフウタさんは毛布を二枚使っていて……」

 エルハルトがそう言えば、ヘロンは頷いて、かつ首を振った。

「それは取り上げられない。病人は冷やさない方がいい……」

「じゃあこれでも余り無し?」

 板敷きは隙間だらけだったので、この声はすぐ真下にいたクヌフウタにも聞こえていた。

「一枚でいいです。使って下さい」

 下の階からクヌフウタの声が聞こえてきた。

 エルハルトは大きめの隙間から下を覗いた。

 下ではクヌフウタが毛布を一枚取り出している。

「いいんですよ。そのまま使って下さい」

 エルハルトはその隙間を覗いた体勢で言った。

「修道院ではいつも一枚ですから。慣れてますし、大丈夫ですよ」

 クヌフウタはそう言って、毛布を畳んで手元に置いた。

「じゃあ……」

 羊飼いの三人は顔を見合わせた。

「じゃあ、羊の屋根を作りますか」

 エルハルトとヘロン、そしてアンドレアスは頷き合い、作業に取り掛かった。

 毛布一枚の四隅に紐を結び、小屋の軒に一方を結び、一方を地面の岩に結び付け、羊の屋根を作った。それは小さいので羊達皆までは入れない。そこへクヌフウタは毛布をもう一枚提供してくれた。その毛布は血が付いていて洗うのにちょうど良く、今日はペルシタと一緒でいいというのだ。

 かくして毛布二枚分の屋根が出来、かなり多くの羊が入れる雨よけとなった。



 アフラとマリウスは雨が降ってくると、しばらく大きな樅の木の木陰で雨宿りをしていた。

 しかし雨は時間が経つ毎に強くなり、雨脚が弱くなることが無かった。

 木の葉も雨を吸うと、水滴を落とし始める。

「待っていても無駄ね。そろそろ行こう」

 アフラはそう言って、木陰を出て歩き出した。

 マリウスは馬車を持ち上げてみて言った。

「ちょっと待って! いい方法がある」

「どうするの?」

「こっち持って!」

 マリウスは馬車を引っ繰り返し、片方を持ち上げた。

 そしてアフラがもう片方を持つと、馬車の下にマリウスは潜り込む。

「こうやって馬車の下に入って歩くんだ」

 アフラも馬車の下に入るが、持っている手がすぐ疲れそうな重さだ。

「ちょっと重いけど、頭に乗せれば何とかなりそう」

 アフラとマリウスは馬車を頭に乗せ、欄干を手でしっかりと持ち、それを雨避けにして歩いた。

「案外大丈夫ね。マリウスの馬車が役に立ったわ」

「そうでしょう? たまには僕も役に立つんだ」

 しかし、しばらくそうして歩いていると、乗せた頭も痛くなり、休憩をしたくなってくる。それでも山の中ではそうそう屋根のある場所も無かった。

 近道をして山を降りたところで、ようやく人の住む所が見えて来た。

 しかし、それは城だった。そこはアッティングハウゼンの城館だ。

「あそこで休憩させてもらいましょ?」

 二人は城の玄関に立ち、城壁の張り出しで雨宿りをした。しかし、強く降り出した雨は風に煽られ、時に体に落ちてくる。

「やーん。濡れちゃう」

「ドア開かないかな」

 と、マリウスは開けてみるが鍵が掛かっている。

「開けて下さい!」

 アフラはドアを強くノックした。マリウスも加わって一度ならず二度三度、何度もノックした。

 しばらくしてドアが開いて、老婆が顔を出した。

「どうしたんだね? 子供二人で」

 アフラは中に数歩入って言った。

「雨が強くて。雨宿りさせて下さい!」

「何事かと思ったら、雨宿りかい。まあこの雨だ。玄関辺りでいいなら使いなさい」

「ありがとう」

 アフラとマリウスは城の中に入り、大きな木のベンチに座ってしばらく落ち着く事が出来た。

「頭痛い……」

 そう言うアフラを老婆は心配した。

「大丈夫かい? 熱でもあるの?」

「大丈夫です。頭に馬車を乗せて来て……」

「馬車を? 随分力持ちだねえ」

 老婆は言葉通りには信じられず、笑うよりなかった。

 アフラは腰にぶら下げている袋にカモミールがある事を思い出した。

「お婆さん、お湯を貰ってもいいですか?」

「お湯かい? ああいいよ」

 老婆は中で湯を沸かし、二人にコップに入れて持って来てくれた。

「こんなお湯でいいのかい?」

「ありがとう! 完璧です!」

 そう言ってアフラはカモミールの花をそのお湯の中に入れた。

「花を入れるのかい?」

「これはカモミールの花なの。カモミールティーが出来るのよ」

「ほほー。それはおいしいのかい?」

「おいしいですよ。マリウスは後でいいので、一つはおばあさんにあげましょう」

「いいのかい?」

「雨宿りのお礼です。ね?」

 とアフラは言う。マリウスはあまり感心が無さそうに小さく頷いただけだ。

 老婆は早速一口飲んでみた。

「あ、まだ早いです。薄いので。四分間待って下さい」

「ああ、そうだったかい。でも薄くてもおいしいよ。じゃあその間に僕ちゃんの分もお湯を持って来ましょうか」

 老婆はそう言って再び中へと入って行った。

「良かったねマリウス」

「僕の分が無くなるかと思ったよ?」

「いいじゃない。まずお礼をしておかないとね」

 老婆はお湯を薬缶ごと持って来て、マリウスの分のお湯をカップに注いだ。そしてそこにアフラはカモミールの花を入れる。そして自分達のカップを見て、手に取って少し香りを確認して言った。

「そろそろいい頃です」

「では、頂きます」

 老婆はカップを取り、飲み始める。

「これはおいしいね。花が咲いたような心地だ」

「おいしい上に、体にもいいそうです。クヌフウタさんが作るお茶は格別においしいです」

「クヌフウタさん……聖人か何かかね」

「聖人……聖女とは呼ぶ人もいました。アインジーデルンの牧師様が」

「アインジーデルンってあの巡礼で有名な?」

「はい。今は怪我をしてて、この上の山小屋にいるんです」

「これは大変だ。聖女様が怪我をしていらっしゃるなんて!」

「聖女って言っても日頃の行いから一方的に言われただけで……」

「アインジーデルンはこの辺では一番の修道院だわ。その方が言うんなら本物でしょう」

「そう言えば、一番偉い修道院長様もそう言ってたわ。本当なのかしら……」

「こうしてはいられない! あなた!」

 老婆は城の階段を上がり、アッティングハウゼンを呼びに行った。

 アフラとマリウスはその驚きように面食らって顔を見合わせた。

 階段を下りて来たアッティングハウゼンは、アフラを見て意味ありげに笑った。

「やあ、アフラ。今日も出歩いてるようだな」

 アッティングハウゼンは父の仕事の相棒だから何か聞いているようだった。出歩いている事が父に伝わるのはまずい。

「こんにちは、アッティングハウゼンさん。ここに来た事、お父さんには内緒にしておいて下さい」

「うん? それは保障出来んな。何でも聖女様がいらっしゃってると言うじゃないか」

「内緒にしてくれないと、内緒にします」

 そう言ってアフラは口を手で閉ざす。

「交換条件という事か。何かここまで来て聞けないのも気持ち悪いぞ。判った。ブルクハルトには言わんから、話してくれ」

「良かった。じゃあ話します」

 アフラはクヌフウタが怪我をして山小屋にいる事、そしてこの雨で今日は兄達羊飼いやエドフィーユもそこに一緒に避難している事を告げた。

「山で怪我したシスターがいるとは聞いていたが、その人は凄いシスターなのかい?」

「フランチェスコ派のシスターで、お医者様も出来るんです。私も診てもらったりして、死にそうな所を助けて貰ったんです」

「それは恩人だ。きっと格の高いシスターなんじゃろう」

「はい。元はボヘミアのお姫様で、王子様と結婚させられそうになったって言ってました」

「それはますます凄い。そんな貴い身分の方がシスターをされているのか」

「それに、修道院長を継ぐんだそうです。ローマに承認?を貰いに行く所なんですって」

「聖女と言われるのは、その高貴さと、医術の為かな?」

「それは聖霊が……」

「聖霊が?」

 アフラはそれは秘密だとクヌフウタに言われていた事を思い出した。

「いえ、何でも。聖霊のお話をしてくれました」

「そうか。そんな方がウーリで怪我をしたという事なら、放ってはおけないな。明日にでもお出迎えに行こうじゃないか」

「クヌフウタさんは血が出過ぎてまだ養生中ですし、エンゲルベルクに逗留中なので、そっちに帰りたいと思いますよ?」

「うん? そうか。エンゲルベルクとも話をせねばならん。ならばいっそエンゲルベルクの修道院長を山小屋へ呼び出すとするか」

「何か大事になってしまったような……」

「むろん大事件だ。それが聖女様なら尚更じゃないか」

 アッティングハウゼンはそう言って豪快に笑った。

 アフラは困ったような顔になって肩を竦めた。

 そして雨が少し落ち着くと、雨避けのマントを借りて、アフラとマリウスは家路に就くのだった。



 一方のブルクハルトとアルノルトの親子は、ビルゲンの家にいた。

 ヴィルヘルムとイェルク、そしてジェミも一緒で、その家の庭のテーブルを囲み、ビルゲンと一緒に菜園の狼対策を話し合った。

「もうすぐ収穫しようと言うのを食われちまった。まだ作物は残っているが、狼が病気持ちとなると、もう食べられんて」

 ビルゲンが悄気ていると、さらにヴィルヘルムは追い打ちをかけるような事を言った。

「狼は近々またここへ戻って来る。食べ物のある場所を知ってしまったからな」

「ああ、多分ここ数日は来るだろう」とイェルクも頷く。

 ビルゲンは頭を抱えた。

「逃げたくなって来た……」

「菜園の周りに柵を作ろう。そして柵の一部を空けて、そこに罠を置く。それでどうだい?」

 そうイェルクが皆に同意を求める。無論誰にも異論は無い。

 そうしてイェルクとヴィルヘルムは柵を作り、ブルクハルトとビルゲンは、窓の修理を始めた。アルノルトとジェミは窓の修理を手伝っていたが、二人でほぼ手が足りていたので、ヴィルヘルムの方へとやって来た。

 するとどうやら材料が足りていないようで、柵の設置はあまり進んでいないようだ。

「柵は今日は出来そうにないね」

 ジェミの声にイェルクが答えた。

「そうだな。柵は最小限にして、罠の方を先にしようか」

 イェルクは柵を作るのを止め、その柵と柵の間に罠を作った。ヴィルヘルムもそれを手伝った。

 下の板を踏めばロープが絞まり、体を締め付ける仕掛けだった。イェルクは罠にわざと掛かってみて言った。

「これなら捕まるだろう。完璧だ」と二人は笑っている。

 アルノルトはしかし、それを見て言った。

「これだと一匹は捕まえられても、群れだからまだまだいるんでしょう?」

 イェルクは罠のロープを戻しつつ言った。

「ああ、そうだな。まずは一匹でも捕まえる事からだ」

「狼は一度罠に掛かると、もうそれを避けるようになるってジェミが言ってたよね?」

 ジェミは大いに頷いた。

「言ったね」

「じゃあ一匹かかっても、それからはここを避けて通るよ」

「むむむ」

 それを聞いていて、ヴィルヘルムは笑った。

「いい指摘だ。やるなら一度で数匹は一緒に捕まえたいな」

「確かに……狼との知恵比べだな」

 イェルクはさらに頭を悩ませた。

 アルノルトも辺りを見て、罠を考えた。そして、シャベルを借りて、落とし穴を掘ってみた。

「落とし穴はすぐに見破るよ」

 そうジェミは笑った。

「そう? でも上に置く仕掛けを工夫すれば……」

 そう言ってアルノルトはまだまだ深く掘った。

 そうしていると、雨が降って来た。

 一同は一時作業を中断し、ビルゲンの家で雨を避けた。そしてそこで雨が止むのを待ちつつ話をした。

 ブルクハルトは窓はもう出来たぞと自慢しつつ言った。

「どうだ罠の調子は?」

 ヴィルヘルムが困ったように言った。

「罠が一つは出来たが、一匹は掛かっても、その後は罠を知った狼に避けられるんじゃないかと、子供達からの指摘があって困っていた所だ」

「確かに狩りじゃあないからな。一匹きりじゃあしょうがないな」

 イェルクは頭を掻いて言った。

「しかし、今までの罠は殆ど全部一匹用だったんで、いい知恵が沸かないんでさあ。普通なら大きな檻の罠を作るんだが、今日は特にすぐ出来るものでないといけないし……」

「そうですか。今それを見せてしまっては今後使えないという訳ですな?」

「その通りです」

 イェルクは考えつつ頷いた。

 それを聞いたビルゲンが言った。

「前に儂が掛かった罠があったじゃないか。イモを取れば網が持ち上がるっていうやつ。あの網を大きくすると一網打尽に出来るんじゃないか?」

「ああ、あれなら良さそうだ」とヴィルヘルムは頷く。

 イェルクはしかし難しい顔をして首を振る。

「行く行くはやるにしても、網を今から作ってたら数日はかかる。狼は数日はここに通って来ると思うぞ」

「なら何か知恵は無いのか」

 ウーンとイェルクは考え込んでしまう。

「プフッ」

 ブルクハルトがアルノルトを見ると、何か笑っている。

「アルノルト。何を笑ってる。何か考えがあるのか?」

 アルノルトは笑いつつ言った。

「いや、父さんがジェミの罠に掛かったのを思い出したんだ。でも、考えならあるよ」

「言って見ろ」

「あのジェミの罠を使えばいいんじゃないかな? 今日は狼を追い返せばいいだけだし」

 ジェミは顔を輝かす。

「あれを? ここにはクロスボウは無いけど、しなる枝でも作れるよ」

「ジェミが家に作った罠か! それならすぐに出来る」とヴィルヘルムは膝を打った。

 イェルクはまだ首を振る。

「いやいや、せっかくここへ来ると判っているんだ。この機会に出来るだけ仕留めたい」

「じゃあ……」

 アルノルトは立ち上がって窓を開け、外の様子を見ながら言った。

「このあたりに罠を仕掛けるのはどうかな」

「例えば?」とイェルクが先を急かす。

「実はさっき落とし穴を掘ったんだけど、確かに上に被せるものが薄いと判ってしまうんだ。だからその上にはあの丸太を置く」

「丸太を置いてどうする?」

「丸太を斜めに立て掛けるように置いて、上には肉を刺しておく。狼がそこへたくさん来ると、パタンと急角度に倒れるようにする。その下には落とし穴がある。爪が引っかからないからそこへみんな落ちて行く……」

「そう上手くいくかな?」

 イェルクが首を捻るが、アルノルトは続けた。

「まだ穴が小さいけど、もっと大きくすればかなり行けるんじゃないかな?」

「掘るのが大変だろう」

「土が軟らかかったし、今日一日あれば出来るよ。その横にジェミの罠も作ろう」

「服の飛び出る方?」とジェミは聞く。

「そうだ。驚いて穴に落ちるのもいるだろう」

「それはいいかもしれん……」とブルクハルトは驚いて飛び退いた体験で言った。

 ジェミは頷いて言った。

「簡単な道具さえくれれば、僕作るよ」

「頼むよジェミ。あとは、その罠を避けて外回りして行く狼は、ヴィルヘルム叔父さんとイェルクさんで願いします……」

 イェルクは唸った。

「うーむ。なるほど。それならコースが限られて来るわけだ。あと幾つか作ればいいだけだ」

 ヴィルヘルムも頷く。

「俺もそこに罠を作ろう。なるべく驚くようなのをな」

 イェルクは不敵に笑った。

「はたして誰が一番多く仕留めるかな?」

 アルノルトは「僕かも?」と笑った。

 そして雨の降りしきる中、一同は罠を作る作業を再開させ、一通りの罠を仕掛けた。

 そしてその夜、一同はビルゲンの家に泊まる事にした。

 大雨や狼の警戒の為もあるが、狼が掛かるかどうか気になったというのが本音だろう。

 ブルクハルトだけは馬がここにいると危険なので、雨の中を連れて帰った。


 そして日が暮れたその夜、狼たちは予想通りにやって来た。

 アルノルトは息を殺して窓の隙間から外の様子を伺った。

(いる)

 ビルゲンは後ろから不安そうに聞いた。

(来たのか?)

 ヴィルヘルムも気になって聞く。

(どれくらいいる?)

(いっぱいいる。十匹くらいいる)

 アルノルトの下からはジェミも外を伺っている。

(こっちに気が付かれたかも。警戒してる)

 狼は恐る恐るジェミの罠の方に歩いて行くが、警戒しているのか、なかなか前に進まなかった。何匹かはロープを上手く跨いで、賢く罠を回避して通り過ぎて行った。

(さすがにバレてるね……)

 庭の真ん中に横たわる丸太には一匹の狼が乗り、肉に気が付いてむしゃぶりついた。後ろから二匹がそれを伺っているが、丸太の幅は狭く、先頭の狼が肉を独り占めしていた。

(いけ、もっと前へいけ)

 しかし、後ろの狼は見ているだけで、前には行かなかった。

 そこへ、一匹の狼が歩いて来て、ジェミの罠のロープに掛かった。

 草むらに隠していた枝から案山子が飛び出した

 狼たちは大いに驚き、逃げ惑い、大騒ぎをしている。その声では穴に落ちたようだ。

 アルノルトとジェミはハイタッチをした。

「ヤッター!」とジェミは叫んだ。

 その声で狼たちはさらに驚き、丸太に乗っていた狼が逃げて行った。

(ああ、逃げて行った……)

 しかし、後ろにいて食べられなかった狼が競うように駆けて来て、さらに大きな狼が前に来ると丸太は傾き始めた。倒れた所は傾斜地で、かなりの急勾配になる。狼達は下にある布をかけただけ地面に落ち、さらにその下の落とし穴に落ちて行った。後方の大きな一頭は遠くに跳んで、穴を躱したようだ。

(ヨーシ!)

 アルノルトは大きくガッツポーズをしたが、声はまだ囁き声だ。

 さらに丸太は倒れたその勢いで立ち上がり、落とし穴を覆うように逆さに倒れた。

 その震動でヴィルヘルムの罠が作動し、クロスボウから無数の石が飛んで行く。

 狼たちは石を受け、悲鳴を上げて逃げ惑った。

「成功だ! ヴィルヘルム叔父さんの罠も当たった」

 アルノルトはそう言うとドアを開けて外へ出ようとした。

「待ちなさい。手負いの狼は危険だ。外へは出ない方がいい」

 イェルクが立ち上がってそう言い、さらに続けた。

「またすぐ戻って来るかもしれない。結果を見るのは明日の朝でもいい……俺の罠がまだのようだしな……」

 ヴィルヘルムが言った。

「確かに危険だが、最後は負け惜しみのようだな?」

「まだ負けと決まってはいない。だがまあ成功は喜ぼう。それを喜んで寝よう。果報は寝て待てだ」

 イェルクはそう言って寝床に入った。

 アルノルトとジェミも眠かったので、それに習って寝床に入ったが、外ではしばらく狼の吠える声が聞こえていた。


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