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報奨と罰


 次の日、村の人々は広場に集まった。そこでエルハルトとアルノルトへの感謝状の授与があるのだ。家族はもちろん、ベルケル家やビュルギ家、アッティングハウゼンやフュルストまで、馴染みの人は皆集まっていた。広場の脇にはモランが幌馬車を停め、ミルクやワインを売っていた。

 村長が壇に立って、書状を読んだ。


「感謝状。エルハルト・シュッペル並びにアルノルト・シュッペル。両名はシュウィーツにおいて盗賊を発見し、この討伐に参加し、その功しの殆どに及ぶほどの多大なる貢献を果たされた。心からの称賛と共に、深甚なる感謝をここに捧ぐ。この壮挙によって栄えある盟約は果たされ、我々は信義を以て、さらなる協力を惜しまぬ事をここに誓うものである。シュウィーツ一同より。エルハルト。天晴れじゃ」


 エルハルトは壇上に上がり、書状を受け取った。

 村人達は大きな拍手をしつつ、讃辞を送った。


「すごいわ。殆どに及ぶですって」

「これは凄いんじゃないか?」

「発見もだと全部じゃないか」

「やりやがったよ」


 そこにエルハルトへの称賛の声が満ち、時に嫉妬の声も混ざり、エルハルトは壇上で苦笑いをした。

 続くアルノルトにも村長から報奨金の入った小箱が二つ手渡された。


「アルノルトも、よくやった」

「どう分けよう……」

「仲良く分けるように」


 村人はさらに大きな拍手を送った。


「少し分けて!」

「おごって!」

「祝いで呑もう!」


 そんなベルケル家の声が混じっている。

 アルノルトはそんな声に手を振った。

 村長は壇上の二人に言った。


「何か一言あるかな?」


 エルハルトは壇上から大きな声で言った。


「祝って下さる方、ありがとうございます。取り敢えずそこのモランさんの所にワインがあります。いっぱい買ってあげて下さい」

「おお。買うぞ!」とはヘンゼルの声だ。

 モランは跳び上がる程喜んで帽子を振った。

 エルハルトは続けた。


「このシュウィーツの討伐隊には、同盟国として請われて参加したんです。ですので、これはウーリ全体の功績でもあります。報奨金の半分は共同体に寄付します!」


 エルハルトがそう言うと、拍手と共に、ざわめきが起きた。


「同盟国って何だ?」

「盟約とかも文面にあったな」


 アッティングハウゼンとフュルスト、ブルクハルトが脇で話しをし始め、ブルクハルトが壇上に上がった。


「皆よ聞いてくれ。もう一つ、皆に知らせておきたい事がある。感謝状にあるように、シュウィーツとはある盟約を結んだ。対外的には秘密の盟約だ。以前、委任状を書いて貰ったのは他でもない。この同盟を結ぶためだった。その同盟はまだ空約束だった。履行が確認されるのは、信義による実際の行動によってのみというものだったんだ。今回、シュウィーツの討伐隊に参加したエルハルト、そしてアルノルトの命掛けの行動によって、ここにその盟約は果たされた。これによって我らがウーリと、友邦シュウィーツとの同盟が、信義を以て結ばれたのだ」

「おお!」


 歓声と共に村人に再び大きな拍手が沸いた。


「シュウィーツなら大賛成だ!」

「ますます凄い!」

「信じてたぞ、ブルクハルト!」

「親子で大快挙だ!」


 今度はブルクハルトに讃辞が送られた。


「ありがとう。しかし、今言ったことは対外的には秘密だ。皆の内だけの話で押さえて欲しい。特に王の犬に嗅ぎつけられんようにな」

「おお。そうかそうか」

「判ったぞ」


 村人は大きく頷いていた。

 壇上から降りたエルハルトは、アルノルトに言って報奨金の半分を取り出し、アッティングハウゼンに渡しに行った。


「共同体に寄付致します」

「いいのか?」

「ウーリの為に使って下さい」


 とアルノルトも頷いた。


「いい子に育ったものだ」


 アッティングハウゼンは好々爺の笑顔を二人に向けた。


「二人には共同体を代表して、私からも礼を言いたい。本当にありがとう」


 周囲に拍手が沸いた。

 アッティングハウゼンは胸を叩いて言った。


「よし、酒代は全部私が払おう。モラン、ワインを樽ごと買うぞ。皆、店のワインで呑んでくれ。祝杯じゃ!」

「さすがアッティングハウゼンさん!」

「ごちそうになります!」


 村人はモランの店に殺到した。

 ワインが飛ぶように売れて、モランは嬉しい悲鳴を上げる忙しさだった。

 エルハルトとアルノルトもワインを貰いに行った。


「いや助かったよ。いやいや驚いたし。一転村の英雄だな」


 モランはワインを渡しつつ、エルハルトを持ち上げた。

 そこへアルノルトは言った。


「僕が言い出しっぺだったんだからね」

「そうか! じゃあ勝利のワインだ」

「あ、ミルクがいい」

「あ、そう……」


 そこへソフィアとポリーもやって来て、


「私もミルク、おごってね」

「私も私も!」


 と、ミルクをせがんだ。

 マリウスも「ミルクにしようかな」と言っている。

 そこでモランの手持ちのコップが無くなってしまった。


「では、ワインは行ったかな? 子供はミルクでもいいぞ」


 アッティングハウゼンはそう言ってミルクも勧めた。モランが手でバッテンを作った。


「もうコップが足りない? じゃあまあ自由にやろう。栄えあるウーリの若者に、乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい」


 アッティングハウゼンの周囲でブルクハルトや村長、ヘンゼル、カリーナやサビーネ達が乾杯した。

 少し離れたモランの店の周辺で、子供達もミルクで乾杯をした。

 村長が言った。


「サビーネや、自慢の孫達だのう」

「ねえ。誰に似たんでしょう」


 とサビーネが笑うと、村長がさらに言った。


「ブルクハルトには似とらんようだな」


 ブルクハルトが不満を漏らした。


「ハイハイ、どうせ似てないですよ」

「アルノルトはアッティングハウゼンさんには少し似てるかの」

「そうね。少し似てるわね。血の繋がりかしら?」


 アッティングハウゼンは何故か咳払いをしていた。


「滅多なことを言うな。誤解されるじゃないか」


 サビーネが肩を竦めて笑った。


「曾お爺さんくらいでは繋がってるって話よ?」


 エルハルトがワインを小さく上げてやって来て言った。


「アッティングハウゼンさん。お祝いのワイン、ありがとうございます」

「いや、礼をしたいのはこちら側じゃ。実際危険だったそうじゃないか。それを殆ど一人で乗り切ったそうだな」

「いえ…‥強い人がいて護ってくれましたし、土壇場の力が出たようです。ちょうど一つ、アッティングハウゼンさんにお聞きしたい事があったんです。村長さんにも」

「何じゃ?」

「わしもか?」

「ペーテル・フォン・シュヴァンデンという人に心当たりはありませんか?」


 アッティングハウゼンは目を大きく開いて驚いた。


「ペーテルに会ったのか?」

「いいえ。三年前に雷に打たれて死んだそうです。アインジーデルンで話を聞いて、墓参りをしたものですから」

「そうか……」

「どういう人だったんですか?」

「山奥の小さな修道院にいて、そこは食い詰めて、死にかけてな。しばらく聖マルティン修道院にいたが……アインジーデルンの知り合いを頼ったんだ」

「アルトドルフの最古の修道院ですね」

「ああ、そうだ」

「妹もビュルグレンにいたそうですね。アンナって言う」

「ああ、いた。一緒に山から下りて来た。村長の方が詳しいかの」


 村長は言った。


「ビュルグレン教会のシスターですな。確かカリーナと同じくらいの年だったか」

「アインジーデルンの牧師に聞いた話では、そのアンナという人は兄が雷に打たれて死んだ日に、それを予見していてその場に現れたそうです。なんとも不思議な話ですが、そんなすごい人だったんですか?」

「いや、普通のシスターだったがの。時々牛泥棒が出たと言って騒いでいたくらいだったかな」

「牛泥棒?」

「良く判らないんだが、ゼーリスベルク辺りに牛泥棒だと、執行官を連れて行ったんだ。まるで証拠が無いんでそこまで止まりだったんだがな」

「牛泥棒って言ったら、最近捕まった牛殺しも、ゼーリスベルク付近だったんじゃ……」

「あれ? 偶然か? まさか本当だったんじゃ……」


 アッティングハウゼンが呆れるように言った。


「二人とも鋭いな。実はそれを今調べている所だ……。ところで今日は、その犯人の刑の執行日だった。ブルクハルト。焼き印の刑がまだだったが、今日出来るのか」

「公邸に準備は出来ている。いつでも行けるぞ」


 公邸というのは、サビーネが住んでる家に繋がった、四角い城郭のような建物だ。牧場側にあるのは牧畜仕事のための仮宿だと言えるが、こちらの仕事が主になり、ほぼ居着くようになったのだ。公邸は非常時に避難する砦でもあり、中には広い部屋と書庫もあり、実際にブルクハルトの公務は時に公邸の方でも行っていた。


「では、これから行けるか」

「行きましょうとも。刑具を取って来ましょう」


 二人は連れ立って公邸の方へと行った。

 そしてブルクハルトは刑具の焼きごてと火鉢を持ち、広場へ歩いて来て言った。


「これより先日の罪人の国外追放と焼き印の刑をアルトドルフの菩提樹広場で執行する。立ち会い希望の者はついてくるがいい」


 村人は歓声に沸いたが、アッティングハウゼンの馬車にブルクハルトとフュルストが乗って、アーマン達はすぐに行ってしまったので、殆どの人は追いかける交通の手段が無い。


「どうついていけと言うんだ」

「一旦家に帰ってたら、追い付けないかもしれん」


 モランは殆どの品物をもう売り切ってしまったので、すかさず言った。


「俺の馬車を出しましょう。ちょうど預かり物でこんなにでかい。まあロバで引くので足は遅いがね」

「乗せてー!」


 近くにいた子供達がまずは反応して幌馬車に乗り込んだ。


「まあシュッペル兄弟は乗って、子供と、それから?」


 言ってる間にドカドカとその家族が馬車に乗って来た。


「まあ乗れるだけ乗った!」


 後方に乗っていた布団を細長く畳もうとしたカリーナとハンナが驚きの声を上げた。


「キャアッ。これ血?」

「血がいっぱい! モラン! 何これ!」


 布団には多量の血が付いていた。

 モランはそれを見て血の気が引く程驚き、御者台付近にいたエルハルトを呼んだ。


「ちょっと来てくれ!」


 エルハルトは幌馬車の後方へ行くと、モランが顔を真っ青にしていた。


「この布団にな、血が付いてるんだ」


 エルハルトは笑って言ったものだ。


「ああ、これは討伐隊の戦いの跡です」

「うわー、危うく俺が疑われる所だよ。討伐隊の血ってことだな?」

「この馬車で怪我人を運んだんです。血はその時に付いたんですね」

「因みにその怪我人は?」

「亡くなりました……この馬車の中で……」

「そうだったのか……アーメン」


 馬車に乗っていた人々も小さく十字を切った。


「アーメン……」

「しかし、それ聞くと気味が良くないな。とりあえず布団はしっかり洗ってくれよ」

「そうですね。後でそうしましょう」


 取り敢えずこのまま行く事になり、布団は布でくるんでベンチにし、十数人が馬車に乗り込んで座った。アルノルトとエルハルト、そしてモランは御者台に座った。

 モランはロバに鞭を入れたが、流石に重過ぎてなかなか進まない。

 ロバが懸命に力んでようやく少し進み出したが、ロバの姿勢は苦しそうだった。


「がんばれ! 力持ち! でも、流石に荷が重いな」


 御者台に座っていたアルノルトは指笛を吹いた。

 すると、村の入り口あたりで草を食んでいたグラウエスが近くへ走って来た。


「良い子だ。グラウエスって言うんだ。僕の馬も付けよう」


 アルノルトはそう言って一度馬車を停め、愛馬を馬車に繋いだ。

 再び出発の声を発すると、村人を満載にした馬車は進み出した。


「おお!」


 人々からは拍手と安堵の声が上がった。

 御者をするモランも同じ気持ちだった。


「ふう、良かったよ。馬の相性もいいようだ。いいコンビじゃないか」


 アルノルトはグラウエスの手綱を見せつつ言った。


「それはこっちでも速度調整してるからさ。慣れるまでは二人で御者しなきゃ危ないんだ」

「そうか。なるほどねえ」


 馬車はアルトドルフの広場へと歩いて行くが、文字通り歩くペースに近かった。

 馬車に乗れなかった人が後ろから付いて歩いているくらいだった。

 アルトドルフの広場に着くと、そこには既に人が集まって来ており、刑の執行を待っていた。

 馬車に乗って来た村人一同は馬車を降り、その人集りの中に加わった。歩きで来た者も順次加わって、あっと言う間にそこには大勢が集まった。

 しばらくすると、執行官のルーデンツによって縛られた罪人マグナが引き出されて来て、アッティングハウゼン、ブルクハルト、フュルストもその後に続いて歩いて来た。

 アッティングハウゼンは広場に立ち、罪人を前に座らせて宣言した。


「では、これより焼き印の刑を執行する!」


 ブルクハルトは焼きごてを炭火で炙りつつ、口で吹きながらそこへ持って来た。

 その声に集まった人々は丸く人垣を作り、その進行を見守った。

 アッティングハウゼンは言った。


「と、その前に、罪人マグナに聞いておきたい」

「何でございやしょう」

「三年前の事だ、ツークの方でアインジーデルンの牛が不明になった。それはウーリからアインジーデルンに行った修道士が暴行され、その間に消えたという事だった。証言があって暴行した人間は判っているんだが、それきり消息不明になった。その男がゼーリスベルク近辺にいたという証言があるんだが、この男のことを知らないか?」

「こんな私が知るわけもございやせん」

「まだ名前を言っていなんだがな?」

「ツークなんて縁もゆかりもねえ場所ですから」

「そうか? 疑いは当時も濃かったはずだが? お前の牛はもうギルドに売ってしまったし、被害者も死んでしまって確認は取れん。だが、どうもお前の家にはもっと人数がいた形跡があるようだが?」

「仕事柄お手伝い人が来ますんで、泊まってそのままにしておりますんで」

「ゴーラント・ウーカーという男だ。言えば、焼き印の刑は減免してもいいぞ?」

「殺生ですぜ旦那。知らんものは言えませんや」

「そうか。まあこれは別件だ。また調べる事にしよう。では刑の執行を行おう」


 ブルクハルトは焼きごての焼け具合を見て、ルーデンツに差し出しつつ言った。


「刑の執行人は普通ウェイペルの仕事だが、どうする?」


 そう言われたルーデンツはしかし、縛られたマグナのロープを握っている。前に暴れたので、そうそう離すわけにもいかない。


「暴れるといかんし、見たこともない刑具だ。シュッペルの方でやってくれ」

「そうか。ではワシが……」


 ブルクハルトは地に座ったマグナの前に来て言った。


「では、刑の執行を行わせてもらう。普通は顔にするんだが、これは情けだ。場所を多少は選ばせてやろう。どこがいい?」


 マグナは体のあちこちを見てから、縛られた手でお尻を触って言った。


「ここなら……」

「普段見える場所でないと意味が無い。ここと言ったその手にしよう」

「汚ねえぞ!」

「顔にするよりいいだろう。では押さえてくれ」


 マグナは数人掛かりで押さえられ、ブルクハルトは灼熱した焼きごてを握った。

 それは静かに罪人の手の甲に触れた。マグナは小さく叫んだ。


「ぐあっ!」


 肉の焦げる音と共に煙が立った。

 村人の幾人か、特に女性が目を反らした。

 焼きごてが離されると、そこにはUの字の入った烙印が焦げたように残されていた。

 ブルクハルトは焼きごてを観衆に見せつつ言った。


「古き習わしの烙印が今、永久追放となる罪人に押された。戻って来る事はもう許されない事となる。このUの字の印を見かけたら我らにすぐ知らせて欲しい」


 観衆達はその印を見て静かに頷いた。

 マグナは痛みにしばらく呻いていた。

 ルーデンツがそこへ聞いた。


「罪人マグナ。行き先は東西南北あるが、どっちへ行く?」

「北だ」

「残念だが北のシュウィーツは友邦だ。そこへ罪人を送ることは出来ない」

「じゃあ西……」

「西のニートヴァルデンも友邦だ。ダメだな」

「どこも無理じゃないか!」

「東か南があるだろう。南はアルプス越えの峠だがな」

「じゃあ……東だ!」

「よし、東のグラールス国境までは馬車で送ろう」


 そこからは、ルーデンツと助手の二人が罪人を平らな荷馬車に乗せ、顔を見えるようにしながら町を一巡牽いて歩かせた。馬車で来ていたウーリの一行は、それをずっと追いかけて一緒に歩いた。

 それが済むと、馬車は山道を登り、東のクラウゼン峠の国境まで行き、そこで罪人を縛るロープを解いた。そして預かっていた一袋の荷物を執行官の助手がマグナに渡して言った。


「お前に許された荷物だ。これよりは永久にウーリに立入る事は許されない。行くがいい」

「ようやく放免かと思えば、こんな山の中で放り出されるのか」


 隣邦グラールスに続くクラウゼン峠は険しい崖もある峠道だった。その山中にマグナは一握りの荷物だけで罪人として放たれたのだった。マグナは大きな風体でふて腐れるように何度も振り返り、歩き去って行った。

 それを見ていたマリウスが言った。


「何だか可哀想だ」


 カリーナが答えた。


「罪を犯したんだから仕方ないわ。マリウスが見付けて、殺されそうにもなったんでしょう?」

「元は優しいおじさんだったんだ。こんな山の中で追放なんて、しかも永久だよ? 可哀想だよ……」


 マリウスはそう言って少し涙ぐんだ。

 エルハルトはマリウスを撫でて言った。


「マリウスは優しいな。オレも罪は罪、ああなる事を一時は覚悟したよ」

「兄さんが? 報奨ものだったのに?」

「それぞれ生きるのに必死なだけで、それがぶつかって、ある線を越えて、向こうから見たらそれを罪と呼ばれるだけの事なんだ。俺は立ち位置が良かっただけだな。大功も罪も、表と裏のようなものだ」


 峠道を下る罪人が見えなくなるまで見送ると、一同はそこから帰途に就いた。

 日も傾いて来て、谷の向こうに連なるアルプスはオレンジ色に照らされている。もう夜が迫って来ていた。



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