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眠りの毒花


 そこへ、リーゼロッテとエリーザベトが、クッキーやビスケットのお菓子を持ってやって来た。


「皆様。お腹がお空きでしたらお夜食にどうぞ」


 エリーザベトがお菓子をテーブルに置いてそう言うと、部屋には明るい空気が蘇った。


「わーい」「わーい」と仲良く同時に喜んだのは、マリウスとハルトマンだ。

 アフラも「いただきます」と言うのは良いが、誰よりも早く食べてしまった。


「おいしい」

「私も!」

「おいしそうだな」


 そこにいた多くは十代の子供なので、クッキーは飛ぶように無くなって行った。


「ゴホッ。ゴホッ。喉に詰まった」


 アフラは既に二個目のビスケットを頬張って喉に詰まらせ、咳き込んだ。


「ほらー、アフラ。欲張って急いで食べるから」


 アルノルトはここぞとアフラを注意したが、咳き込みはかなり激しくなった。


「お姉ちゃん大丈夫?」


 マリウスはそう言って、近くにあった水を渡した。


「ありがとう」


 アフラはその水を飲んだ。しかし、それは変な味がした。


「何この水、苦ーい」


 それを聞いて、クヌフウタの顔色が変わった。その水はさっき毒草を漬けた水だったのだ。


「アフラ! すぐ、吐いて! それは毒よ!」


 クヌフウタは飛ぶようにやって来て、アフラを床に四つん這いに座らせ、背を叩いた。そして皿を取ってアフラの口元へ持って行く。

 アフラは懸命に咳き込んで吐くが、詰まらせたビスケットが出たくらいだった。


「苦しい。口が痺れてきた……」


 クヌフウタはますます顔を青くした。


「おお神よ! どうしましょう! ミルク! ミルクはありませんか!」


 マリウスやエルハルトは「ミルクミルク」と言いつつあちこちを右往左往するばかりだ。

 リーゼロッテが隣の部屋から急いでミルクのピッチャーを持って来て、コップに注いだ。


「アフラ、ミルクをいっぱい飲んで流すのよ」


 渡されたミルクを、一杯、二杯とアフラは懸命に飲んだ。しかし、飲んでいるうちに眠くなって来て意識が薄くなる。注ぐ時間も惜しく、三杯目はピッチャーを取って直接飲んだ。が、飲みながら、アフラはそのまま倒れるように床に眠ってしまった。大量のミルクがアフラの顔と絨毯を濡らした。


「キャー! アフラ!」

「お姉ちゃん!」

「起きろアフラ!」


 アルノルトが耳元で呼んでも、アフラは起きなかった。

 クヌフウタはアフラに手を当て、脈と呼吸があるのを確認し、ペルシタと持ち上げて長椅子に寝かせた。

 アルノルトが呆然と言った。


「アフラは……どうなってしまうんですか?」


 クヌフウタはしかし、決然としていた。


「ミルクはしっかり飲んでくれました。少量ですから、死ぬことは無いはずです。呼吸麻痺だけ気を付けていれば大丈夫です。薬効が切れる三時間、いえ、四時間の勝負です。どうなろうとも付きっきりでいますので、私がきっと帰してみせます」

「クヌフウタさん。アフラを頼みます。僕も付いていたいけど、さっきから眠くて仕方ないんだ……」


 そう言って、アルノルトはその場に膝を突いた。そしてハンカチで、ミルクにまみれたアフラの顔や髪を拭いてやった。そうしているうち、アルノルトも椅子に凭れるように眠ってしまった。


「大丈夫!」

「アルノルトもか!」

「クヌフウタさん、薬が効き過ぎです」とユッテが責めるような口調で言う。


「効き方にも個人差があるんです。アルノルトさんをこっちの長椅子に寝かせましょう」


 アフラの向かいの長椅子にアルノルトは運ばれ、そこでアルノルトは深い眠りに落ちて行った。


 

 水の音がする。

 アルノルトは、湖の底を泳ぐように歩いている。

 とても体が重く、なかなか前には進まない。

 息が苦しいが、不思議と呼吸は出来ている。


「大丈夫? アルノルト」

「クヌフウタさん、薬が効き過ぎ!」


 そんな声がどこか隣の領域から聞こえる。

 確かに効き過ぎだろう。こんな湖にまで来させられたのだから。

 アフラはどうしたろうと、周囲を探しても、砂地ばかりの水底が続くばかりだ。

 しかし、どこか近くの場所にアフラがいるはずだという気がした。

 湖の水面には城の灯りだろうか、光が見える。

 アルノルトは水底を蹴り、そこまで泳いで行く。

 水の上には、果たして城があった。

 その場所は確かにラッペルスヴィル城の地形なのだが、その建物はローマ時代の神殿のような造りをしている。しかも夜では無く、もう昼だった。

 船着き場から陸へ上がり、白亜の神殿めいた城へと入って行くと、中では哲学者や神官、政治家達が大勢いて議論をしていた。

 その奥の高い高い壇上の玉座には神の如き出で立ちの老王がいて、その話を聞いて頷いている。

 両脇には天使か天女のような姿の美女が何人も控えていた。


「少年よ。よくぞ此処まで来た。何を気掛かりにしておるか?」


 老王は高い壇上から、朗々と話しかけて来た。


「妹がここにいませんか? 今、毒を飲んでしまって大変なんです」


 アルノルトは率直にそう訊ねた。


「うむ。緊急であるの。誰か知る者はおらぬか?」


 哲学者達は聞き取れない程早口で多くの議論を始めた、その多くは担当の押し付け合いのようだ。


「火の神官が行くべきだ」

「いや、水の神官が行けばいい」


 一人の神官が進み出た。


「泉の巫女に聞きましょう」

「うむ。では、水の神官に預ける」


 アルノルトは水の神官に連れられて、裏口を出てすぐの泉の神殿の門まで導かれた。


「お先にどうぞ」


 神官は入り口で立ち止まり、そこからはアルノルトを先行させて歩かせた。

 門の先の泉はまるで露天の温泉だった。泉は綺麗な石が敷き詰められていて、天然石で囲われている。貫頭衣状の薄衣を纏う幾人かの巫女がいて、泉で水浴びをしていた。アルノルトはその近くへと歩いて行った。


「無礼であろう。故あっての狼藉か?」


 中央で体を伸ばして水浴びをしている泉の巫女は言った。長い布二枚を肩で結んだだけの薄衣はかなり透けて見える。

 アルノルトは慌てて後ろを向いた。

 かなり後ろの方から、水の神官は言った。


「この方の人探しの神託をお伺いしたく」


 アルノルトは後ろを向いたまま言った。


「妹を探してます」

「妹? どう言う人かもっと判らねば探せぬぞ?」

「アフラと言って、小さい女の子で、目がくりっとして、髪は亜麻色で、今さっき、毒の花を漬けた水を飲んでしまったんです」

「毒の花とはこれか?」


 アルノルトのすぐ後ろまで来た泉の巫女が肩口から花を見せた。

 それは、さっきクヌフウタが使っていたヘンベインの花だった。小さく振り返って見ると、泉の辺にはその花がたくさん咲いていて、泉にはその花が幾つも浮かんでいた。

 水浴びをする別の巫女は辺に咲くその花を摘み、さらに泉に浮かべた。


「神託を頼む者は、泉に入らねばならぬ」


 アルノルトは巫女数人に泉に引きずり込まれた。


「頭まで、全身入るのだ」


 泉の水はほの温かく、温泉と言ってもいいくらいの温度だった。

 しかし、毒の花がずっと入っていたのだ。この水はかなり強い毒になっているはずだ。アルノルトは必死になって巫女の手を逃れ、泉から出た。


「毒! 毒の泉なんて、どうしてこんな事を!」

「決まっているだろう。神託のためだ。泉に入らなければ神託は出せぬ」

「毒が過ぎると死んでしまうんだぞ!」

「慣れてしまえば耐性が付き、もう毒では無くなる。そのために泉に浮かべている」

「こんな危険を冒してまで慣れて、どうするんだ?」

「心と神経まで眠りに就けば、夢の通り道になる。お前は知ってるはずだ」

「僕が?」

「夢を通ってここへ来たのであろう。ここが何かは知ってるだろう」

「ここが? 何なんでしょう?」

「基底だ。生きている世界の基底にあるのは判るだろう」

「判る? 今初めて聞きました」

「聞かなくても判る事だろう」

「そんなことあるの?」

「あんまり鈍いと世の毒に飲まれるぞ」


 そう聞くとアルノルトの体は痺れてきた。

 体が思うように動かなくなって来た。これは運動麻痺というものだろう。

 真っ直ぐ立てなくなって、その場に倒れそうになった。

 水の神官がそれを支えた。


「もっと毒の鍛錬があると良かったな。ところで、そなたの探し人だが、奥の泉にいる」

「奥の泉?」


 アルノルトは奥の方を見た。泉の奥のさらに高い所に屋根付きの泉があり、祈るようにそこに入ろうとしている巫女がいる。

 それは巫女の姿をしたアフラだった。


「アフラ‥‥」


 そう叫んだが、声はもう小さくしか出ない。

 アフラは祈りを唱えると、一束の花を持って泉に入った。そして泉にヘンベインの花を浮かべる。泉には何本も花が浮いていた。


「それは毒だ‥‥」


 しかし、アフラは泉に体を沈め、さらに頭まで潜った。


「お前もああして作法を守っていれば、体も慣れて苦労は無かったがのう。あの娘は以前もここへ来てしばらくいたが、とても有望だ。ずっといて泉の巫女を継いで貰いたいくらいだ」

「それはダメだ。連れ帰らせて貰います」

「まあ、よかろう。兄が連れて帰ると言うのなら止めぬが、歩けるのか?」


 アルノルトは水の神官に支えられ、奥の泉へと千鳥足で歩き出した。


「アフラ……」


 アフラは別の巫女に呼ばれ、兄がいることに気が付いた。


「兄さん?」


 アフラは慌てて泉から出て、まるで屈託の無い笑顔で兄の元へ駆けて来た。


「どうしてここに?」

「決まっているじゃないか。お前を探しに来たんだ」

「私の為に? ありがとう」


 アフラはそう言って抱き付くかに見えたが、単に支えを水の神官と代わったのだ。


「帰ろう。許しは貰った」

「もっと泉に浸からなきゃ」

「あれは毒だぞ。この通り動けなくなって、最悪死ぬかも知れない」

「ここでは死は無いわ。私は何度かここへ来て知ってるわ。何百年も生きている人ばかりよ」

「まさか! ここはもう天国とか……」

「そうならもう戻れないかも?」

「いや、湖から来たんだ。湖から帰れるはずだ」

「今度は湖で水浴び?」

「そうだ。水浴びしてれば帰れるかも」


 そして二人は湖へと歩いた。

 歩いていると、火の玉が後方から飛んで来た。

 後ろを見れば城郭からは老王と火の神官達が何か火の玉を飛ばして来る。

 アルノルトとアフラは慌てて湖へ走った。

 そして桟橋から湖に飛び込んで、全身を湖に沈めた。

 水から顔を上げると、そこはもう夜で、ローマ神殿風の建物ではなく、元のラッペルスヴィル城だった。


「アフラ! 戻ったぞ!」


 しかし、何処にもアフラの姿は無かった。

 アルノルトは再び水に潜った。しかし、何度潜っても、何度呼んでもアフラはいない。

 水の中で、再び声がした。


「アルノルト、気が付いたか?」

「悪い夢を見ているようね」


 水の底に、部屋があった。

 長椅子に自分とアフラが寝ていて、兄やクヌフウタ達が集まっている。

 そう言えば、あそこに自分はいたのだ、そう思って、アルノルトはそこへ降り立った。

 部屋の中に水の泡が大きく立った。



 アルノルトは長椅子の上で目を覚ました。

 微かにペパーミントの香りがする。


「アルノルト、気が付いたな」とエルハルトが言った。


「悪い夢を見ていたようね? うなされていましたよ」


 とクヌフウタが汗を拭いてくれた。


「アフラは?」とアルノルトは隣を見た。


「アフラはまだ眠ってます。変わりはありませんよ。少し呼吸は弱いですけどね」


 アフラは隣で血の気の引いた顔色で眠っていた。

 アルノルトが起き上がると、ユッテやイサベラもやって来た。


「アルノルト! 起きたのね! 大丈夫?」

「ああ。気分はいい」

「良かった。アルノルトさんはもう大丈夫そうね。あとはアフラだけね」


 アフラは眠り病の時のように昏々と眠り続けていた。


「お姉ちゃん……」


 アフラの足下ではマリウスが座り込んで泣いていた。

 毒の入った水を渡してしまった事を後悔して止まないのだろう。


「マリウス、きっと大丈夫だよ」


 アルノルトはそう言って頭を撫でてやった。


「僕が渡さなきゃ良かったんだ……」

「途中まで一緒に帰って来たんだ。アフラもすぐ帰って来る」

「帰ってくる?」

「途中までって?」

「一緒に?」


 マリウスもそうだが、ユッテもイサベラもその言葉の意味が判らなかった。

 言ってから、アルノルトも意味が判らなくなった。


「あれ? 夢でさっきまで一緒にいたんだ。もうあまり覚えて無いけど」

「ああ、夢ね」

「アルノルトったら」


 皆それを聞いて笑ったが、クヌフウタは笑えなかった。ヘンベインには幻覚作用もあったからだ。

 夜も遅くなると、続き部屋には多くのベッドが調えられた。ただ、人数には少し足りない。


「これあげる」


 眠りに行く前に、ハルトマンはマリウスを慰めようとおもちゃの木剣を渡した。

 マリウスが「ありがとう」と言う前に、ハルトマンは先に行ったエーバーハルトとルードルフを追って部屋に入って行った。

 夜が更けても兄弟と姫君達は寝ずに起きていた。

 クヌフウタもまたアフラに付きっきりの看病をし、それは深夜まで続いた。



 ルーディックは普段は衛兵の休憩する詰め所の窓から中庭の様子を伺っていた。

 既に城壁の上からロープを垂らし、上にも衛兵を隠れさせ、挟み撃ちにする体勢は整っていた。

 しかし、侵入者は姿を現さなかった。

 追跡から帰ってきたブリューハントが言った。


「取り逃がしました。夜陰に乗じて逃げたようで」

「仕方無いです。まあ怪我が無くて何よりです」

「あとは、王女の部屋を見て来ましたが、ドアが全部開いていました。侵入者が入った模様です」

「だとすると、やっぱり狙いは姫君か。それに、まだ何処かに身を潜めているね。しかもそれは城の中だ」

「そのように思われます」

「姫君達がすぐ移動したのは、結果的に良かった」


 最上階のエリーザベトの部屋周辺は、既に警備を厳重にしたので入れないだろう。


「それと、これは事故ですが、お客が毒を飲んだそうです」

「誰だい?」

「ウーリの小さい女の子です」

「アフラだ!」


 ルーディックはその場をブリューハントに任せて部屋へ行ってみることにした。

 階段を駆け上がり、部屋へ入って行くと、アルノルトが横たわるアフラにキスをしていた。

 周囲ではユッテやイサベラが半泣きになってそれを見ていた。


「これは、一体何が……」


 エリーザベトがそれに答えて話した。


「アフラが医療用の毒を誤って飲んでしまって……だんだん呼吸が弱くなって、交代で人工呼吸をしているんです」

「人工呼吸! そこまでだなんて……」

「次は私が人工呼吸してでも、ここでは絶対死なせませんわ」


 エリーザベトは力強く言った。

 クヌフウタがアフラの様子を見て言った。


「待って。少し呼吸が戻って来たようですね」


 アルノルトはしかし、泣きそうな顔で首を振る。


「僕は、ずっと水の中にいるように息が苦しかったのを覚えてる。まだ息苦しいと思うんです」


 そう言ってアルノルトは様子を見つつ、再びアフラに息を吹き込んだ。

 そうしていると、だんだん顔色に血の気が差して来た。そして少し口が動いた。寝返りのように手も動いた。

 クヌフウタがそれを見て言った。


「動いたわ! 顔色もだいぶ良くなって来ましたね。もう大丈夫だと思います」

「はあーっ。良かった!」とアルノルトはへたり込んで、大きな息を吐いた。


「良かったぁー」とユッテとイサベラは手を握り合った。


「アルノルト、よくやった」とエルハルトは弟を褒めた。


「アル兄ちゃん、よくやった」とマリウスも褒め讃えた。


「褒めるくらいじゃ足りないわ」


 とユッテがやって来て、アルノルトの頭に手を当てた。そしてその頬にキスをした。


「え?」


 アルノルトが呆然としていると、イサベラもやって来て、もう片方の頬にキスをした。


「えええ?」


 アルノルトは両方の頬に手を当て、左右の姫君を返り見る。

 二人は照れた笑顔を見せ、走り去って行った。

 見ていたルーディックは頭を抱えた。


「いやあ、また先を越されたよ。アルノルトはまたまた男を上げたね」

「本当に……私もキスしてあげたいくらい」


 エリーザベトはそう言って涙ぐんでいたが、ルーディックは苦笑いがさらに苦くなった。


「僕は僕の出来る事をしよう。徹夜してでも捕まえて見せる」


 そう言ってルーディックは再び警備に戻って行った。

 クヌフウタはペパーミントの入った小瓶を開けて、アフラに嗅がせた。

 しばらくして、アフラは不意に声と共に目を覚ました。


「ミルク。ミルク飲まなきゃ!」

「もういいのよ。大丈夫。薬効は消えたはずだから」


 クヌフウタは目を開けたアフラに笑顔で言った。


「起きた!」

「起きた起きた」

「アフラ、目が覚めた?」


 兄弟達と姫君二人が顔を寄せて来た。


「気分はどう? おかしいところは無いかしら?」


 クヌフウタが聞くと、アフラは体を起き上がらせて言った。


「変な感じです。水の中にいるような……」


 クヌフウタはアルノルトを振り返ったので、アルノルトが言った。


「息は苦しくないか?」

「そう。とても苦しかったの。水の中で息が出来なくて、泳げなくて。でも、兄さんが呼んでくれた。今はそこから上がったばかりの感じ。少しだけ頭が重いけど、大丈夫」


 それを聞いた一同の顔に安堵が灯った。

 ユッテが息を吐いて言った。


「良かったわ。一時は本当に息が止まっちゃったんだから。クヌフウタさんとアルノルトが人工呼吸してくれたのよ」

「えっ。奪われちゃったの?」と、アフラはアルノルトを見た。

 惚けるようにアルノルトは言った。


「覚えて無いならノーカウントだろう」

「覚えて無い。ノーカウントね」


 ユッテは唇に手を当てて言った。


「私達は……覚えてるわ。ねえ」

「ええ」とイサベラも頷いた。

 アルノルトはどう答えて良いか迷いつつ、


「ノーカウントだ。みんな全部まとめてノーカウント」

「ええーっ。ひっどーい」


 ユッテはかなりお冠だった。

 エルハルトがアフラに言った。


「アフラ、お礼を言っておけ。クヌフウタさんが手当てしてくれなければ死んでいたぞ。アルノルトにもな」

「ありがとう、クヌフウタさん。それに、兄さんも」


 アフラは礼を言ったが、クヌフウタは首を振った。


「いいえ。私こそ謝らなければなりません。あの水を不用意に置いていた私の責任です。本当にごめんなさい」

「僕が悪いんだよ! あの水渡しちゃってゴメンなさい」


 マリウスもべそをかくように謝った。


「何かいい夢を見ていたので、私としては何も悪くなかったです。だから気にしないで」


 アフラがケロッとして笑うと、なんだかずっと泣く程心配していた周りの人々は空しくなった。

 ユッテは見回して言った。


「私達の、この気持ちはどこへ?」


 イサベラが頷いた。


「ね? どこにぶつけましょう?」


 ユッテはアルノルトの肩を一叩きした。


「イタッ! そこ怪我……」

「知ってる」


 そう言ってユッテは欠伸をしつつ部屋の外へ出て行った。

 部屋の外では護衛二人がいて、ユッテを止める。


「どちらへ?」

「そろそろ眠いわ。部屋に帰って眠りたいの」

「部屋には侵入者が入った形跡があったそうです。この階で警備を固めていますので、こちらの方で……」

「嫌よ。ちゃんと着替えて落ち着いて寝たいもの」


 ユッテはそう言って部屋へ帰って行くので、護衛と従者は大慌てで追随して行った。

 イサベラとアフラも続き部屋のベッドへ行き、一緒の布団に入りつつ話をした。


「よかった。息が止まった時は、本当に寿命が縮む思いだった……」

「ご心配かけてごめんなさい」

「でも、あなたはご兄弟に大切に思われていて、いいわね」

「たぶん普通じゃないかしら」

「私の兄は異母兄弟で、そうでもないの」

「イサベラさんならご兄弟にも可愛がられるでしょう」

「私の母は後妻で、始めからあまり良くは思われなかったの。今でも母と兄は領地配分を巡って係争しているわ。父の遺言を巡ってね」

「そんな事情があるなんて…‥」

「私が王宮へ送られたのも、后候補という面目の人質だったのよ。それもあまり捨てても惜しくない人質」

「そんなこと……ブルグントの戦争は、イサベラさんが捕まってからすぐ収まったって……」

「そうね。きっと親戚や重臣達が私を見捨てないでいてくれたのね。でも、また新たに結婚に利用する道を見出したのかも知れないの」

「心安らかな家では無いですね」

「ええ」

「そんな所へ帰って行かれるんですね」

「そうね。だからウーリのあなたの家に、安らぎを覚えたのかも知れないわね」

「いつでもまた、遊びに来て下さい」

「ありがとう。またきっと、会いに来るわ」


 イサベラとアフラはそう約束をして、眠りに就いた。



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