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侵入者



 食事が終わると、それぞれの部屋へと案内された。

 シュッペル家の兄妹四人が同じ部屋だったが、着替えに困ったアフラは別の部屋がいいと言って、ユッテの部屋を頼ってみた。

 ユッテの部屋ではイサベラ、そして従者達が同じ続き部屋にいて、従者が二人一部屋になれば部屋を開ける事が出来た。

 小部屋を一つ譲られたアフラが空気を入れようと窓を開けると、すぐ目の前の城壁に黒衣の人がいた。

 ここは城壁の角付近で、城壁と同化した建物が斜め前に接していて、人影はロープを伝い、その窓に取り付いている。


「キャッ。誰?」


 その声に、その人影は口に人差し指を立てる。


「キャァァーッ!」


 その甲高い声に人影は慌ててロープで下に降りて行った。アフラは廊下へ駈けて行き、窓を指して叫んだ。


「キャアキャア。変な人がいる!」


 声を聞いてレオナルドがやって来た。

 レオナルドが窓から外を覗き込むと、ロープを伝って降りて行く侵入者の姿が見え、侵入者が中庭に降り立ったのが判った。


「侵入者だ! そっちに行ったぞ」


 レオナルドは窓から衛兵に叫んだ。

 門の近くにいる衛兵は中庭に出て行き、不審者を発見した。不審者は門とは逆へと逃げて行く。

 レオナルドは吊り下げられたロープを辿り、それが窓枠の無い上階から吊り下がっている事を見て言った。


「あの上階には何が?」

「上は確か見晴らし台?」


 もう一人の護衛のマルクと、ユッテとイサベラも部屋へやって来た。


「何があったの?」

「不審者がいました。向かいの窓から中庭へ逃げたようです」

「エリーザベト様に知らせなきゃ!」

「他にもまだ侵入者がいる可能性が大きいです。今王女様の警護を解くわけには行きません。ここで警戒体勢を取りましょう」

「それじゃあ他の人が危険じゃない。じゃあ、私も一緒に行くから来て」


 ユッテは部屋にいた全員を引き連れて、エリーザベトの部屋へ向かった。

 セシリアやロザーナは箒や衣裳ケースを持って武装して歩いた。

 ユッテはエリーザベトの執務部屋の戸を叩き、返事と共に部屋の扉を開けて中へと入った。


「エリーザベト様! 夜分遅くすいません」


 部屋へ入るとエリーザベトは、ブリューハントと、そしてルーディックと溜まった書類の山を処理している。


「どうしました? そんなに大勢で」

「大変です! 不審な者がいました」

「不審者? 何処です?」


 レオナルドが進み出て言った。


「向かいの建物の窓に、不審な者がロープで取り付いていました。ウーリのお嬢さんが発見して大声を上げたので、中庭へ逃げております。衛兵が気が付き、それを追っています」

「何てこと!」

「行こう、ブリューハントさん!」

「はい!」


 ルーディックとブリューハントは急いで出口へ歩いて行く。

 レオナルドはさらに言った。


「まだ中に侵入者がいるかもしれません。しばらくこの部屋で待機させて頂いてもよろしいでしょうか? 我々で護衛致しますので」

「それでこんな人数に。そうですね。ここでブリューハントさんの返答を待ちましょう」


 レオナルドとマルクは入り口を堅め、ユッテとイサベラは不安そうに手を取り合って長椅子に座った。

 アフラは「兄さん達に知らせて来る」と、部屋を出て、元いた部屋へ向かった。


「侵入者?」

「本当か?」


 エルハルトとアルノルトは驚いてアフラに聞き返した。


「うん! 私、目が合っちゃった」

「どんな奴だ?」

「黒い服だし、顔はマスクしてたし良く判らなかった。門とは逆に逃げたし、すぐ捕まるんじゃないかしら?」

「この堅牢な城へ入ったんだ。何か出る方法もあるんだろう」


 そう言ってると、ルーディックが部屋へやって来た。


「アルノルト、皆無事かい?」

「ああ。侵入者だって?」

「ああ。取り敢えず皆無事だったようだ」

「見つかったのかい? 犯人は」

「衛兵は見失って、今方々を探してるんだ」

「それって、まだ中にいるってことじゃないか……。危険は去って無いな」

「そうなんだ。女性達はエリーザベトの部屋で一緒にいて貰って警戒態勢を敷いているよ」

「この高い壁の何処から入ったんだ?」

「ロープがあったから、外から城壁を最上階まで登って、上階から内側へ降りて来たところを妹さんが見付けたんだろうと思う。見付けてくれて良かったよ。ありがとう」

「私、アフラが見付けました」


 アフラは小さく礼を取った。


「じゃあ、その進入経路をまず警戒しなくちゃな」

「鋭いねアルノルト。行ってみるよ」

「僕も一緒に行くよ」


 エルハルトが「気を付けろよ」と声をかけ、自らの大きめのナイフを渡した。


「うん。借りとく」


 ルーディックとアルノルトは部屋を出た。

 すると、アフラもついてくる。


「アフラ! お前は部屋にいないと危ないぞ」

「犯人の顔知ってるの、私だけよ。目しか見えなかったけど、紛れていたら判るかも」

「でも武器を持ってるだろうし……」

「じゃあ、兄さんも危険じゃない?」

「いざとなれば、二人とも僕が護るから大丈夫さ」


 と、ルーディックは腰のサーベルを叩いた。


「頼もしいです……」


 アフラは無邪気に笑っている。


「笑ってる場合じゃない! あ、丁度いいものが」


 廊下には剣と楯が飾ってあり、アルノルトはその剣を取った。楯はアフラへ渡した。


「重い……」

「まあ持っとけばいざとなれば防御出来るだろう。じゃあ行こう」


 ルーディックの先導で、アルノルトとアフラは城壁の上へと歩いた。そこは普通なら屋根の無い城壁の屋上なのだが、木造の二階建ての小屋がその上に乗ったような構造になっている。そこへ行くには塔の扉を開ける必要があり、鍵が無ければ出入りは出来なかった。

 ルーディックはその鍵を開けてから、扉を押し開けた。


「暗いな。ランプを貸して」


 アルノルトは壁に掛かっているランプを取って、ルーディックに渡した。

 それを渡している所で、黒衣の人影が襲って来るのが見えた。


「危ない!」


 アフラは咄嗟に楯を出して前に出た。

 キンと金属を弾く音がした。


「キャアァァァッ」


 その音にアフラは怖じけて下がった。

 入れ替わってルーディックはランプを放って素早く剣を抜き、その人影を払った。

 人影はそれを剣で避けて大きく下がった。

 落としたランプは床を転がって行き、油を零して類焼したが、辺りを明るくした。

 黒のローブ姿で背の高い男がそこにいた。口には黒い布を巻いているので顔は判らない。腰には剣の他に、クロスボウやロープをぶら下げているのが見えた。


「二人とも下がってて。僕がやる!」


 ルーディックはそう言って、剣を構えつつ前に出た。

 そして猛然と斬り、払い、突き返す。その剣戟の素早さは、目を見張る程だ。

 しかし、ローブの男はそのすべてを軽々と避けた。それはまるで本気を出している気配が無く、かなりの余裕を感じさせる。

 アルノルトは扉の中まで下がって言った。


「アフラ、誰か助けを呼んでくるんだ!」

「でも……」


 アフラは楯を構え直して言った。


「それは貸せ。アレは強い、出来ればエーバーハルト先生くらい強い人を連れて来て」

「判った!」


 アフラは階段を駆け下りて人を呼びに行った。

 アルノルトは楯を構えつつ、前に出た。


「重心を低く……」


 そう呟いて、楯を低く構えつつ、近付いて行った。


「アルノルト! 来るな!」

「アフラにも出来たんだ。僕も出来るさ」


 そう言ってアルノルトは楯を持って侵入者に突進した。

 低い体勢からほぼ体を隠すようにして突き出された楯を、ローブの男は長い足を出して蹴り返した。


「ッタ」


 楯は持つところが一点しかないので、こうされると楯の下が押し込まれて足の脛を打った。目から火花が出るほど痛い。

 勢い止まる事も出来ず、アルノルトは地を転がった。


「アルノルト! 早く起きろ!」


 ルーディックは無防備になったアルノルトの方へは行かせまいと、そこに飛び込んで斬りかかった。

 チャンスと見た黒いローブの男は、その剣戟を軽くいなし、アルノルトに剣を向けた。

 アルノルトは急いで起き上がるが、足が痛くて動きが遅れ、立つ前に剣を胸に当てられた。


「動くと此奴の命は無いぞ!」


 布でくぐもった声が響いた。


「下がれ。そして剣を捨てろ」

「汚いぞ!」


 ルーディックは悔しそうに剣を捨てた。


「よし、後まで下がるんだ」


 ルーディックは言われた通りに下がるよりない。

 アルノルトは「これは流石にまずい。僕の命と天秤なんて」と独り言のように言った。


「僕はまだ武器を持っているけど、捨てなくていいのか?」


 アルノルトはそう続けた。


「捨てろ」


 と、男は言ったが、顔はすぐルーディックに向けた。警戒すべきはルーディックだけだと知っているようだ。


「じゃあ捨てよう」


 アルノルトは剣を滑らした。ルーディックの足下に。


「お前!」


 と、振り向いた男へ、アルノルトはさらに楯を投げた。それはローブの男の向こう脛に当たった。

 楯の転がる金属音と共に、痛みに呻く声がした。


「お返しだよ」


 怒った男はアルノルトに打ちかかった。

 ルーディックは剣を手に取って走った。

 アルノルトは斜め前に踏み込み、そこから肘を伸ばす。

 三者がぶつかった。

 男の剣はルーディックに弾かれ、アルノルトには当たらなかった。

 ルーディックの剣はしかし、弾かれてアルノルトの肩を掠めた。

 アルノルトの肘は男の首までは届かず、胸下に当たり、それでも痛撃を与えた。

 そして、アルノルトはさらに体で男を押し込んで床に倒した。そしてその体の上に座り込む。

 すかさず剣を持つ手を脇に抱え、腰のポケットからは兄のナイフを取り出して首に当てた。


「剣を捨てろ」


 アルノルトは勝ち誇ったように言った。


「やったよ! アルノルト!」


 ルーディックはそう言って男の手から剣をもぎ取った。

 その後から声がした。


「そうだ! でかしたアルノルト君!」


 後からはエーバーハルトが来た所だった。その後にはアフラとエリーザベト、ブリューハントも一緒にいた。

 アルノルトが後を向いたとたん、黒ローブの男はアルノルトの腕を掴んで弾き飛ばした。

 そして窓へと走ってそこへ飛び込んだ。


「あっ!」


 ブリューハントがそこへ駆け寄ると、その窓の外には刺さった矢とそれに結わえ付けられたロープがあり、城壁の下までロープが垂れていた。

 その下には木々が生い茂る林が続いていて、暗いので人影は見えない。

 ブリューハントがそのロープを引っ張ると、既に逃げた後で、軽く引っ張り上がった。


「これは! ここから上がって来たのか!」


 その矢を見てアルノルトは気が付いた。それは、クロスボウの短い矢だ。男はクロスボウを腰に付けていた。


「危ない! 顔を出さないで!」


 窓から顔を出して下を見ていたブリューハントをアルノルトは引っ張った。

 その数瞬後、その窓へ、矢が飛んで来た。


「矢か! 危なかった! おかげで命拾いしたぞ」


 そう言いつつブリューハントはまた窓から顔を出すので、再び矢が飛んで来た。


「わっ! 何て奴!」

「これは矢も達人だ!」


 アルノルトがそう言うと、エーバーハルトが言った。


「良く判るね」

「最近クロスボウを貰って練習してるんです。この短い間隔で、狙いが正確だ。かなりの腕利きです。追わない方が安全かもしれません」


 しかし、ブリューハントは言った。


「この城にこんな易々と入って来る奴をタダで逃がすわけにはいかん。捕まえてやる!」


 そう言ってブリューハントは下に駆け降りて行き、エーバーハルトもその後を追った。

 エリーザベトはアフラと一緒に旗から取った布を持って来て、床に類焼していたランプの火を叩き消した。


「危うく城が燃えてしまう所だわ!」


 ルーディックが振り返り言った。


「ゴメン。エリーザベト。ランプを放ったの僕だ。出た時に急に襲われてね。あの時はアフラが楯で助けてくれた。ありがとう」

「そんな事が! 心から感謝します、アフラ」

「どういたしまして。無事で何よりでした」


 アフラは誇らしく笑った。

 エリーザベトは感謝を込めて言った。


「アフラにも、アルノルトさんにも、ウーリの方には本当に助けられますね。感謝の言葉もありません」

「本当に助かったよ。そうだ、アルノルトにも謝らなきゃ。肩を怪我させてゴメン。大丈夫かい?」


 ルーディックがそう言って、アルノルトは初めて肩の怪我を見た。


「これくらいはかすり傷……血が!」


 肩から袖は、かなり血で染まっていた。


「再三だけど、クヌフウタさんに診て貰おう」


 そう言ってルーディックは傷にハンカチを巻いて強く結んだ。

 アフラがやって来て言った。


「怪我したの? また、卵の膜を貼る?」

「あれか。お手柔らかに頼む」


 アフラは中庭側の窓を指差して言った。


「それでね、向こうの窓にも矢が刺さってて、ロープが付いてるの」

「どこ?」


 その窓へ行ってみると、窓枠の内側に矢が深々と刺さり、そこにロープが付いていた。中庭側へと降ろされていたロープは今は上げられて、床に巻かれていた。


「ここからロープで人がぶら下がってこっちを覗いてたの。私は向こうの窓にいてたまたま開けて見付けたの」


 アフラが窓から指を指しつつ言った。アルノルトはその矢を引き抜こうとしつつ言った。


「抜けない。こういうクロスボウの使い方をするなんて。ロープは巻き上げてあるな。さっきの男がやったのか」

「誰も触ってないから、そうだと思う……」

「どう思う?」


 ルーディックが聞いた。


「どうって?」

「ここに入った目的は何だ? 王女の部屋を覗いていた? 王女、もしくは、イサベラ姫を狙っていたという事かもしれない……。それに、ここから入った男はここに上れたと思うかい?」

「ここは目立つから、上っていたらすぐ誰かが見付けただろうな。上るのは時間もかかるし」

「アフラは見ていたんだよね。ぶら下がっていた男と、ここにいた男は同じ奴かい?」

「同じような格好だけど、目は違う感じがしました。背もあんなに大きくなかったような?」

「じゃあやっぱりそうだ。まだ一人は中にいて、ここにいたのは逃走経路を確保するために……わざわざロープを巻き上げたのもそのためだろう」

「まだ危険は去って無いって事だ!」

「ユッテさんと、イサベラさんが危ないわ!」


 アフラがそう叫ぶように言った。


「王女と姫には護衛を増やそう。これは今夜は警戒を解けないな」


 ルーディックが悩ましげに言うと、アルノルトは言った。


「ということなら、ここに戻って来るかもしれない。逆にロープを垂らして、ここを張っていればいいんだ」

「罠を張って、上がって来た所を捕まえる?」

「できればロープを上るところを挟み撃ちしたいね。抵抗出来ないように」

「いいアイデアだ。でも、人手がいるし、まずは君の傷の手当てだ。それに姫君達の防衛だな。行こう」


 ルーディック達はエリーザベトの部屋へと戻った。

 その入り口にはレオナルドとマルクの二人が門兵のように立っていた。

 エリーザベトが声を掛けた。


「こちらは変わりありませんか?」

「はい。異常ありません。捕まりましたでしょうか?」

「いいえ。まだ不審者は中にいるようです」


 アルノルトが肩を押さえつつ言った。


「逃がしちゃったよ……」

「そうか。怪我したのか!」

「これは戦った勲章みたいなものだね」


 ルーディックが言った。


「話は後。怪我人だから。緊急だよ」


 護衛二人はすぐドアを開け、四人は部屋の中へ入って行った。


「アルノルト! どうしたの?」


 皆の集まっている部屋へ入って行くと、ユッテとその女中達、イサベラ、そしてクヌフウタ達、エルハルトやマリウス、そしてルードルフとハルトマンまでいて、たくさん人が寄って来た。


「こんなに血が……」

「どうして?」

「不審者に斬られたのか?」

「いたい?」


 いきなりアルノルトは質問攻めだった。しかし、ルーディックの剣で斬られたとは言えず、答えるのに苦慮していると、アフラが言った。


「話はあとで。クヌフウタさんに診て貰うの」


 そう言われれば皆道を空けた。ルーディックと共にアルノルトはクヌフウタの座る長椅子の前に行った。

 そしてルーディックが言った。


「クヌフウタさん。すいませんが、アルノルトを診てあげて下さい」


 ルーディックはハンカチを外してアルノルトの肩を大きく捲り、傷をクヌフウタに見せた。その傷はやはり深かった。


「これは深い傷! どうしたんですか?」


 ルーディックが沈痛ならない面持ちで言った。


「僕のミスで……剣先が当たってしまったんです」


 ユッテがルーディックを責めて言った。


「あなたなの! なんてことするの!」


 アルノルトが鋭く言った。


「ルーディックは悪くない! 護ってくれたんだ。話はすると長くなるから後でするよ。今は静かに手当てをさせてくれ」

「まあ! 失礼しちゃう……失礼しちゃいました……」


 ユッテは尻つぼみの声で言った。


「出血が酷いですね。血止めをしないと……」


 クヌフウタはハンカチでアルノルトの脇の辺りを固く結んだ。そしてオトギリ草の花を磨り潰し、傷口に塗った。

 その間、アフラはアルノルトの腕を支えた。

 アフラは薬草の花を見て聞いた。


「前とは違う花ですね」

「エヘテス・ヨハンニスクラウトです。血止めにはこの花がいいんです」

「また、卵の膜を貼ります?」

「うーん。この深さだと、針と糸で縫わないとダメですね……」


 そう言ったのを聞いて、ペルシタは太い針と糸を黒鞄から取り出した。

 アルノルトは目を丸くして言った。


「この太い針で? 痛いんじゃないですかそれ?」

「痛くても動かないで下さいね。痛み止め塗りますから」


 クヌフウタはそう言って、今度は白に紫の葉脈状の模様のある花を、置いてあったコップの水にしばらく浮かべる。

 そして、その水をスポンジに含ませてアルノルトの肩の傷に置いた。


「だんだん痺れてきた……こんなちょっとで痺れるって怖いな」

「効いてる証拠ですね」

「この花は何ですか?」とアフラは聞いた。


「シュバルツビルゼンクラウト。ヘンベインとも言いますね。これは有毒です。神経の毒ですから気を付けて少量のみ使います」


 アフラは肩にアルノルトの腕を乗せ直しつつ苦笑いした。


「毒々しい色だと思ったわ」

「卵の膜の方が怖くなくていいんですが……」

「この出血だと無理です。覚悟を決めて下さい」

「そうですか……」


 ペルシタは針に糸を通し終え、蝋燭で少し針をあぶってから、クヌフウタに渡した。


「しっかり押さえてね。動くと傷が酷くなりますよ」


 アルノルトは椅子にしっかり腕を置き、アフラとペルシタでしっかりと腕を押さえると、クヌフウタは針をアルノルトの肩に刺した。


「アーッ!」


 アルノルトは痛みで叫んだ。


「動かないで! 男の子でしょう?」


 エリーザベトとイサベラは思わず目を背けた。ユッテは耳を塞いで遠くへ行ってしまった。


「とても見てられない。僕は出て一仕事してるよ」


 ルーディックはそう言って部屋を出て行った。エリーザベトもその後を追った。

 クヌフウタは一針目を縫い、次の針を刺していく。その頃には毒草で麻痺して来て、痛みがそれ程では無くなって来た。


「あまり痛く無い……」

「薬が効いてきましたね。もう少し待てば良かったですね」

「この薬、体に害は無いんですか?」


 クヌフウタは縫う作業をしながらも、アルノルトに痛みを意識させまいとしてゆっくりと話した。


「通常だと、眠うくなるくらいです。むしろ眠ってしまった方が、痛みが無くていいですね。でも、運動麻痺や、呼吸麻痺が出て来たら言って下さいね。処置が必要ですから」

「呼吸麻痺だと言えないです!」

「コラ。動かないで下さいね。三時間もすれば薬効が引きますから、大丈夫ですよ」

「呼吸三時間しないと死んじゃうんですが……」

「いざとなったら人工呼吸で保たせます。大丈夫です」

「それってマウス・トゥ・マウスっていう?」

「はい。時間が長いと、交代でやらないといけませんけどね」


 アフラが変な笑顔で言った。


「ふふん兄さん。変なこと考えちゃダメよ」

「変じゃないよ! もう死に掛かってる時の話だから!」

「コラ。動かない」

「はい……」


 そうしてクヌフウタは七針を縫い終えた。そして傷に湿布と包帯をした。


「これで大丈夫。あまり患部を動かさないように。一、二週間くらいで抜糸をしないといけませんね」

「自分でしてもいいものですか?」


 と言ってアルノルトは肩を触ってみるが、そもそも肩には手が届きにくかった。


「化膿の心配もあるので、エンゲルベルクに一度来て頂けるといいのですが」

「じゃあ、一週間後にアフラと一緒に行けばちょうどいいかな?」

「一緒に? 一週間後?」


 アフラはイサベラの所へ行って言った。


「一週間後でも大丈夫ですか?」


 イサベラは少し困った笑顔で言った。


「ええ……実は、もう使者が来ていて……何とか引き延ばしてみるわ」

「そうでしたか……じゃあ兄さんもう少し早く怪我治って」

「ああ、がんばるよ。って無理だろ」


 遠くで見ていたユッテがやって来て言った。


「手当は済んだわね。さあアルノルト。話を聞かせて。いったい何があったの?」


 そう言うと、皆が聞きたがって、注目が集まった。

 アルノルトは肩を少し気にしながら言った。


「簡単に言うと、ルーディックと僕で、侵入者を見付けたんだ。城壁上の暗い所で急に襲って来てね、戦いになった」

「嘘!」

「私も!」とアフラが言った。


「そうだ。アフラもだ。初撃をよく楯で防いだな。大活躍だった」


 そう言ってアルノルトはアフラの頭を撫でた。

 アフラは満足げに笑った。


「それで?」とエルハルト、


「それでそれで?」とマリウス、


「それで、どうなったの?」と続きが聞きたいユッテだった。


「ルーディックは剣を抜いて果敢に戦った。けど、相手は強くて余裕があって、疲れるのを待ってるようだった。だから僕はそこへ楯を持って突っ込んだんだ。でも、蹴られて倒れて、捕まってしまった」

「蹴られて?」

「かっこ悪い……」とマリウスの顔が曇る。


「そう。剣先を突きつけられてね、ルーディックはもう剣を捨てざるを得なかった」

「もう絶体絶命じゃない!」

「そう。僕はルーディックが僕のために命を投げ出すなんて許せなかった。だから持っていた剣を、ルーディックに投げた」

「危ないじゃない!」

「承知の上さ。でもすぐに楯も投げてね。敵の急所に命中さ。一瞬怯んだけど、やっぱり敵はすぐに斬りかかって来た。そこへ剣を取ったルーディックが走って来て、それを防いでくれたんだ。僕はその隙に斜め前に踏み込んで、教わった例の肘打ちをして、見事敵を倒した。それで兄貴のナイフを当ててね。剣を捨てろって言ったんだ。この劇的勝利を見せたかったよ」

「おお! 勝ったのか! オレのナイフで?」

「うん! 決め手で役に立ったよ」とアルノルトはナイフを兄に返した。


「ワオ! 大活躍だ!」

「すごい! 捕まえたんだ!」


 と、ハルトマンとルードルフは拍手をした。

 イサベラやクヌフウタ、セシリア達もこれには歓声を上げて小さく手を叩いた。


「じゃあ、その怪我はどこで?」

「ああ、ルーディックが防いだ時にその剣が当たったようだ。夢中で何か引っかけたくらいにしか思わなかったけど、見たらこの流血さ。でもルーディックが防いでくれたから僕は生きてる。彼は僕を護ってくれたんだ。ルーディックが剣を振るったからこそ、気を取られて肘打ちも決まった。これは二人で勝ったんだよ」

「そうだったのね……。悪い事を言ってしまったわ……」


 ユッテは少し涙を滲ませつつ、落ち込んだ。


「まあ気にしてないと思うよ」


 イサベラが嬉しそうに言った。


「じゃあ、もう無事侵入者は捕まったのね?」

「いや、まだだ。その後油断して、窓に逃げたんだ」

「窓に?」

「窓から城外にもロープが伸びててね。そこから滑り降りて逃げた。それに、まだ城内にいるみたいなんだ。アフラが最初に見た男とは違ったみたいでね」

「別の人? そうなの?」


 アフラは力一杯頷いた。


「はい。目しか見えなかったけど、違う感じでした」

「だからまだ警戒態勢だ。ここの警備も増やすそうだよ」

「まだ元の部屋へは戻れないのね……残念だわ」

「それは残念ね。早く捕まらないかしら」


 イサベラとユッテは不安を隠せない様子だった。



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