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懺悔教会

 

 ルーディックはエリーザベトに廊下に呼び出された。


「足はもう歩いて大丈夫ですか?」

「うん。この通り。エリーザベトも大丈夫かい?」

「ええ。もう大丈夫です。では、日が沈まないうちに懺悔に行って来て下さい。牧師さんに待ってもらってますから」

「頭打って忘れてくれたら良かったのに……」

「何か仰いました?」

「いいえ……」


 ルーディックは一人懺悔へと出て行った。

 それをアルノルトが追って来た。


「どこへ行くんだルーディック」

「懺悔教会さ」

「ああ、例の懺悔か。懺悔教会?」

「懺悔に使われてる小さな教会があるんだよ」


 さらに後からはユッテとイサベラ、そしてアフラが歩いて来た。


「どちらへ?」


 イサベラが聞いてきたが、懺悔に行くとは言い出しにくい。


「すぐそこの教会へ……」


 しかしすぐにアルノルトが補足して言った。


「懺悔教会があるんだって」

「湖に行く前に、行ってみようかしら?」


 と、令嬢達も付いてくる事になった。

 城の裏口を潜って出ると、さらに防壁のアーチ型の通用門があり、それを出てすぐの所にその教会はあった。大きさは小さな家程だが、壁は白く塗り込められ、絵や装飾が施され、所々に宝石が入っていて、とても美しかった。


「小さくて、かわいい!」


 アフラが小さく跳ねて振り返ると、ユッテ、そしてイサベラも言った。


「キレイね。壁が白いクリームみたい」

「お菓子の家のようだわ。これが懺悔教会ですか?」


 ルーディックは正視出来ないように顔を背けつつ言った。


「ここは正式には聖母教会なんですが、みんな懺悔をここで行うので、通称、懺悔教会です」

「ルーディックはこれからここで懺悔なんだって」

「アルノルト、恥ずかしいから……」


 ユッテは言った。


「中に入れるかしら?」

「懺悔をしてる間は、プライパシー保護の為に他の方は入れません。今からドアを開けますので、その入る隙に入り口から見るだけにして下さい」


 そう言ってルーディックは振り返り、入り口の扉を大きく開けて中へ入って行った。

 ユッテとアフラは扉の際まで来て中を覗き込み、中もしっかりチェックしたが、一階部分は正面に小さな十字架がある他は、脇に幾つかの部屋と、二階へ続く階段があるだけだった。二階に上がると礼拝堂があるようだ。


「中は普通の部屋?」


 ユッテがそう言うと、控えていた修道士から睨まれたので、ルーディックは振り返り、手でドアを閉めるジェスチャーをして、軽く礼を取った。

 アフラはドアをゆっくりと閉めながら、小さく礼を返した。


 それから、令嬢達は湖の船着き場へと歩いて行った。アルノルトも成り行きで後について行く。

 階段の途中で立ち止まり、そこから湖と船着き場を見渡した。

 茜色の夕日の染まった湖は、さっき見た以上に美しかった。


「キレーイ。長い架け橋もステキ!」

「向こうの小島や長い桟橋の先にも修道院があるわ。行ってみたいわね」


 ユッテとイサベラが風景を見てそう言い合っている。

 アルノルトが後から言った。


「前に向こうから橋を渡ってここまで来たよ」

「ホント? 繋がってないのに」

「桟橋の途中が移動する浮き橋になっているんだ。向こうから見た風景も城壁が壮大で凄かったよ」

「すごいお城ね。完全に負けたわ」


 ユッテはそう言って天を仰いだ。


「ユッテさんが負けを認めちゃうなんて、凄いお城ですね」


 アフラはそう言ってから指差して言った。


「あの船、帰って来るみたいです」


 船着き場には小島や向こう岸を結ぶ連絡船が通っている。

 船が着くと数人の人が降りて来た。その多くは魚の入った袋を持っている。

 アルノルトはそれを見て言った。


「魚が捕れるようだね。水もいいし、美味しそうだ」


 ユッテは手を合わせて言った。


「魚料理好きなの。夕食に出るかしら?」

「出るんじゃないかな? あそこにブリューハントさんがいるし」


 船からはブリューハントが降りて来た所だった。手には大きな魚の入った網の袋を持っている。

 階段の近くまで歩いて来てブリューハントは驚いて言った。


「これはこれは、お出迎えいただきまして」


 階段に並び、一同は笑顔を返す。アルノルトが大きく手を振って言った。


「湖を見に来てました」

「ああ、いい風景だ」


 イサベラが小さく礼を取って言った。


「おひさしぶりです。魚を捕って来られたんですか?」

「ああ、これは向こうの小島に網を張っていましてな。いつでもこうして魚が捕れるというわけです」


 そう言ってブリューハントは袋の中の魚を見せた。大きな魚がたくさん入っている。


「わあ」とイサベラが、そしてユッテ、アフラも覗いて「すごーい」と驚く。


「すぐ近くでこんな魚が捕れるなんて、いいですね」


 そう言ってると、階段からの上からルーディックが駆け下りて来た。


「おーい」

「あれ? ルーディック? もう終わったの?」

「超高速で終わらせて来たよ」

「あーっ。ルーディックさん。まだ安静に!」


 アフラが怒ったように注意した。


「あ、はい……」


 ルーディックは足を緩め、静かに歩いてアルノルトに並び、はにかんで笑った。

 ブリューハントは階段を上って来て言った。


「どこかお悪いのですかな?」

「気にしないで。ちょっと足を切って怪我しただけだよ」

「左様でしたか。今日の晩餐に、魚を捕って参りました」

「それはいい! ここの魚は美味しいから」


 ユッテはそれを聞いて大喜びだ。


「わあ。それはご当地のごちそうですね。私達の為にありがとうございます」


 ユッテはもう満面の笑みだった。


 そうして一同はブリューハントと一緒に城へと戻り、しばらく城内を散策した。

 城の回廊には幾人も客が待っていて、今はエリーザベトが順番に面会をしているようだ。

 その中に、ユッテが近付くと、何故か顔を隠して逃げ出す人が何人かいた。


「失礼しちゃう!」


 少しお冠なユッテに、ルーディックが言った。


「きっとお忍びで来ているのでしょう。見逃してあげて下さい」

「そう。まあいいわ」


 ユッテ自身がよくお忍びで遊んでいる事もあり、そう聞けば寛容にならざるを得ない。

 メインパレスと三つの塔からなる城は広く、かつ高い。塔や城壁に登り、歩き回るだけで一同は疲れて来た。


「もう歩けない。完敗よ。広さでも負けたわ」


 ユッテは城壁のテラスへ出た所で欄干に突っ伏してしまった。


「疲れましたね。見て回るにも休憩が必要ね」


 イサベラもユッテの隣で欄干に凭れた。

 山に慣れたアルノルトとアフラはまだ平気でいたが、疲れはある。一緒に休むようにテラスから外の風景を見た。


「町が見える」

「いい眺め」


 夕闇の迫る中、そこからは隣の大きな修道院と、眼下には朱色屋根の町並み、そして広場が見えた。

 広場にはたくさんの人がいて、こちらに気が付いた子供が手を振っている。

 アフラはそれを見て手を振り返した。

 ルーディックも手を振りつつ言った。


「ここからでも町の様子がしっかり見えるでしょう。よく広場で集まりをしていると、ここで覗いているんですよ」


 ユッテはその風景を見て言った。


「町を見守るいいご領主のようでよろしいですこと。私の城は山と湖しか見えないまるで隔絶地のようね」


 その声には何か悔しさのようなものが滲んでいる。


「もう日も落ちますね。戻りましょうか」


 そこから一同は少し遠回りしながら部屋へ戻った。

 そうしているうちに晩餐の時間となった。

 晩餐には先程の魚がムニエル料理として出された。

 ユッテは好物を待ち構えていたようにそれを食べて、思わず笑顔が零れた。


「美味し……お魚がとてもすっきりした味わいで」


 冒頭から叫びそうになって、ユッテは上品に取り繕いつつそう言った。


「本当ですね。身がすっきりしてさっぱり」


 アフラが相変わらずユッテより早く食べてそう言うと、エリーザベトが言った。


「お気に召して頂いたようで。ここの魚は水が綺麗ですから、澄んだ味わいで美味しいんですよ」


 イサベラはその魚をじっくり味わって食べ、エリーザベトに聞いてみた。


「本当に! 水が綺麗だと、どうして身がすっきりするものなんですか?」

「どうしてかは判りませんが、雑味が少なくなります。水が綺麗だと、遠くまで見えて、悩む事も少なくて、身も心もすっきりするんでしょう」

「願わくば」と、クヌフウタが言った。


「願わくば、私達もそのような綺麗な水のような所で生きたいものですね」

「本当にそうですね……」


 イサベラが少し悲しそうな顔で頷いた。

 アルノルトはその顔を見て、イサベラの涙を思い出した。隠しきれずに溢れた、その涙を。


「僕らはいつも澄んだ空気の中で山々を遠くまで見ているし、未来も同じように暮らしているだろうからと、あまり思い悩むことも無いです。これは綺麗な水で暮らしている魚のようなものかもしれないと、今思いました」


 ルーディックはそれをからかうように言った。


「じゃあ、アルノルトを食べると美味しいってこと?」

「食・べ・な・い」


 これには聞いていた人達も失笑せざるを得ない。

 クヌフウタも笑いつつ言った。


「でも、アルノルトさんの言う事は良く判ります。お城の生活でも、修道院の生活でも、いつも心は不安で、何かに追われているようでしたが、ウーリにいると心が安らいで、とても落ち着きましたから」

「本当にそうです!」と頷いたのはユッテだった。イサベラも同意するように言った。


「私もウーリに行くと澄んだ気持ちになれるんです。正に澄んだ綺麗な水のような、そんな気持ちに」


 ルーディックもこれに追従して言った。


「僕もウーリが好きですね。これはウーリの人が最高だって言うことだよ、アルノルト」


 アルノルトはしかし、違う事が気になった。アルノルトと同じ疑問をアフラが聞いた。


「クヌフウタさんはお城で生活してたんですか?」

「ええ。アフラくらいまではお城の生活で、その後からは修道院生活でした。修道院は子供には厳しかったんです。フランチェスコ派ですからね」


 ユッテが隣から諭すように言った。


「クヌフウタさんはボヘミア王国の王女なの。知らずに失礼の無いようにね」

「王女様!」

「ええっ!」


 アフラが驚くと共に、アルノルトも驚いて顔を見合った。

 見ればエルハルトは驚いてないので知っていたようだ。


「別に珍しくないわよ? イサベラもブルグントでは王女ですもの。公爵ってこっちで勝手に呼んでるだけで」


 姉達も王女ばかりでユッテの周辺では王女が珍しくない。その言に無理は無いと言えたが、普通は珍しい。


「知ってた?」


 アルノルトが聞くと、エルハルトは当然というように頷いた。


「元王女という方が正しいですね。もう弟のべンケルが王位を継ぎましたから」


 クヌフウタが訂正すると、ユッテは追補する。


「それでも王女と言って差し支えありませんわ。因みにベンケルは私の婚約者ね。結婚したら、クヌフウタさんはお義姉さんになるんですね。その時はよろしくお願い致します」

「こちらこそ」


 ユッテとクヌフウタは小さく礼を交わした。

 あまりの話の大きさに、一同は押し黙った。

 沈黙を破るようにアルノルトは二人を見て言った。


「ボヘミア王国は少し前まではハプスブルク家と戦争してたんですよね。今はもう仲良く結婚してしまうなんて、正直言って僕ら庶民にはとても理解出来ないよ」


 ユッテは寂しげに言った。


「父はね、結婚を政治手段にしているのよ。感情は全く関係なく、国の統治の利で結婚を決める。最近は信じられない結婚話が幾つかあって、私も信じられなくなって来たところ」

「それって……」


 イサベラはそう聞いて、ユッテと見つめ合った。ユッテは目配せをしてから言った。


「でもね、私達はそれに関係なくていいんじゃないかしら? むしろそれに乗じて親しくして打ち克ってしまうの。その方が、楽しいでしょう?」

「とてもいいですね」


 そう言うクヌフウタよりも強く頷いたのは、イサベラだった。


「ええ。そうね。私もそう思うわ」


 イサベラの頷き方にはいつもより熱が籠もっている。クヌフウタは言った。


「それはとても良い覚悟の持ち方だと思います。私は断ってしまった方なんですが」


 ユッテは思い出したように言った。


「クヌフウタさんは亡くなったハルトマン兄様と婚約されていて、お断りになったんですよね」

「ええ。修道院へ入ってお断りのお手紙を何度も出して、諦めていただくまでは大変でした」

「いいお兄様でしたのに、どうしてそんなにお嫌いだったんですか?」

「両家が戦争寸前に仲が悪かった事もありますが、幼少の頃、もう婚約していた人がいたんですよ。内戦で一時失踪してしまっていたのですけど」

「婚約を二重に? どうしてそうなってしまったのかしら?」

「その方はご実父と内戦をして跡継ぎを取り消されて失踪しましたから。どちらの婚約も父が決めて、今は詳しくは聞く事も出来ません。私は王の娘としては政略結婚も務めだと諦めていました。でも修道院に入れば、断る事も出来ると叔母に言われたんです」

「クヌフウタさんも同じご苦労をなさってるんですね」


 ユッテは目頭を熱くしてクヌフウタを見詰めた。イサベラが聞きにくそうに聞いた。


「クヌフウタさんは、やっぱり最初の婚約者の方を今でも想って?」


 クヌフウタは首を振った。


「まだ幼かったですし、相手はもう大人でしたから、恋心というよりは、親しみでした。マルグレイヴ・フォン・マイセン様はとても人望のある方でした。シュタウフェン家の後継を名乗る方で、エルサレム王、シチリア王の権利を訴えていたので、その方を次期皇帝に推す人も多かったくらいでしたから」

「へえー初耳です。御父上様はかなり運が良かったみたいですね」

「そうですよ。私の叔母は前王フリードリヒ二世の求婚を何度も受けて、修道院に入って断っていたそうですし、それがどちらか叶っていれば、今頃は……王位を勝ち取れていたか、判りませんよ?」


 ハプスブルク家はシュタウフェン家から来た后妃がいたとは言え、当時まだ小領主だったので、東欧をハンガリーまで縦断する程の大領主だったボヘミア王国と、シュタウフェンの血統があるマイセン家との婚姻関係があれば、歴史は大いに変わっていただろう。叔母のアネシュカ・チェスカーと前王との結婚がもし成っていたら、それを上回る出来事になったはずだ。


「えーっ。強敵がいっぱいだったんですね」

「私も修道院へ入ってしまおうかしら……もしそうなったら……」


 イサベラがそう呟いたので、慌ててユッテはイサベラに抱き付いた。


「早まらないでー!」

「あら? 歓迎しますよ。純粋な動機でしたらですけど」


 クヌフウタはイサベラに笑いかけるが、本音は見透かしているようだ。

 しかし、イサベラはいつになく真剣な表情で言った。


「諦めてくれるまでだけ修道院に入っていてもいいものなんですか?」

「それはその修道院によりますね。基本的には生涯を神に捧げる人が入るのです。その後に事情で離れる方はいらっしゃいますけどね。誰か結婚を迫る方が?」

「いいえ……まだです……」


 イサベラの声は何故か心苦しそうだ。

 ユッテがごまかすように言った。


「いずれ現れるっていう話よね?」

「ええ……」


 イサベラは浮かない顔をするばかりだった。

 その様子から、問題はどうやら結婚話にあるようだとアルノルトは察しをつけるのだった。




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