楽しい仲間
午後になるとアフラとユッテ、そしてアルノルトも一緒に加わって、一般用の聖書の講義を受けた。そこでしっかりと手を挙げて質問をするアフラを見て、アルノルトは妹の成長を見る思いがする。講師に気に入られているのは嘘では無いようだった。
一番驚いたのはその時にラテン語の聖書の一節をアフラが読んだ事だ。
「アフラ、ラテン語が読めるのか!」
「うん。少しだけ。先生やユッテさんに教えて貰ったから」
「驚いたな。オレは無駄足だったが、アフラはここに来て無駄じゃなかった」
「兄さんも少しここで勉強すれば?」
「良い考えね」
講義中にそう喋っていると、講師である牧師に静かにと注意された。
そうして講義が終わると三人は宿泊棟へ行って泊まりの準備をし、今日こそはフィオナに外泊の許可をしっかりと貰った。
ホテルの部屋に到着すると、ユッテはスモック着からドレスアップした服に着替えつつ、セシリアとロザーナに指示をしてアルノルトの部屋を作った。
ユッテの部屋は女中や護衛騎士が一緒に泊まれるように幾つもの続き部屋が連なる構造をしている。アルノルトの部屋はベッドの無い客間だったが、後でベッドを入れてくれるとの事だった。
取りあえず部屋の隅に荷物を置き、アルノルトは気を落ち着け、ベッドを整えるロザーナに礼を言った。
「ありがとう。一日お世話になります」
「どう致しまして。兄妹に似ていること」
「じゃあ、タルトに行きましょうか」
ユッテがそう言うと、アフラは手を挙げて喜んだ。
「待ってました」
ユッテはロザーナにタルトの注文と、見学の依頼をし、すぐにやって来た給仕の案内で、厨房へ降りて行った。もちろんアフラやアルノルトも一緒だ。
コック長はユッテが来ると、昨日の態度が嘘のように礼儀正しく言った。
「ようこそいらっしゃいました。本日は特別に体験プログラムを組みました。お楽しみ戴けましたら幸いです」
「ありがとう。とても楽しみです」
ユッテがそう言うと、コック長はタルト作りを指導するタルト職人を紹介した。少し太った骨太な男性と、助手らしき若者の二人だった。
タルト職人はまず、生地を練る方法から指導を始めた。アフラは進んで生地を練るが、ユッテは手や服が汚れるのであまり乗り気で無く、後で店が怒られないためにも作業はしない事になり、代わりにアルノルトが生地練りをする事になった。
指導していたタルト職人が言った。
「少年、腰が入ってていいな」
「こうですか?」
「そうだ。見込みがある」
「兄さんいいなぁ、褒められて」
「お嬢ちゃんはもっと腰入れて」
「ハイ!」
ユッテはセシリアと少し離れた所に座り、それを見て笑っていた。
生地が練り上がると、タルト職人の動作を真似て生地を延ばし、型紙に入れて形を整える。一連の作業を終えた所で、タルト生地を焼いたものが運ばれて来た。
「これを釜に入れて焼くとこうなります。焼いていると時間がかかるのでね」
そこからはカスタードクリームとチーズクリーム作りをし、それが練り上がるとタルト生地に盛りつけて行く。アルノルトはフルーツタルトを作り、タルト生地にカスタードクリーム、その上にシロップ漬けのフルーツを薄く切って並べて乗せていくとそれでもう出来上がりだ。
「出来たぞ」
「もう? 私まだー」
アフラが作っていたチーズタルトは、生地にクリーム状にしたチーズを綺麗に敷いてから、もう一度釜に入れて焼く。
平らな木のスコップのようなもので生地を焼き釜へ入れると、あとは焼き加減の良い所で取り出すのを待つ事になるが——。
「焼き時間だが、釜は熱が一定じゃ無くて、取り出すタイミングが一番難しいんだ。途中に扉を開けると焼きムラが出るし、出来れば一回で決めたい。これは経験が必要だな」
タルト職人はそう言って、片付けや他の作業へ行ってしまったが、アフラは焼き釜を見つめたまま動かず待っていた。アルノルトはすぐに待ち切れなくなって言った。
「アフラ、ずっとそのまま待ってるつもりか」
「焼きすぎたら焦げちゃうもの。気を付けて無いと」
「蓋が閉まってたらどれくらい焼けたか見えないだろう」
「心の目で見るのよ」
「出来るのか?」
「多分。だって職人さんもそうするしかないじゃない?」
「経験って言ってたから違うと思うぞ」
「そろそろかも?」
「まじ? 開けて見る?」
アルノルトが扉を開けようとしていると職人の助手が来て止めた。
「さわるな! 火傷するぞ!」
「はい。スイマセン」
助手はそう言いつつも、釜の側面を触りつつ言った。
「でも、そろそろかな」
「私、当たってた? あそこ触って判るのね」
助手が手を挙げて合図すると、タルト職人がやって来て、やはり側面の温度を触って確かめ、焼き釜の扉を開けた。すると香ばしい匂いがあたりに漂った。
「いい匂い」
アフラが言うと、皆で鼻をクンクンと鳴らした。
「良い香りね」
「いいチーズの匂い」
タルトを取り出すと、丁度いい焼き色だった。
「うん! ちょうどいい焼き加減だ」
職人はそれを皿に載せて言った。
「これで完成だ」
タルト職人のお墨付きを貰うと、アフラとアルノルトはハイタッチをした。続いてアフラはにユッテにもハイタッチをする。
出来上がったタルトは給仕の手でユッテの部屋へ運ばれ、三人で早速試食会である。
「いっただきまーす」
早々と食べようとするアフラをアルノルトが止めた。
「待て待て。順番がある。どうぞお姫様。我々が作りました」
「ええ。じゃあ戴きます」
ユッテが一口食べると、アフラもすぐに一囓りし、続いて大きく頬張った。
「美味しいわ。けど何かの味が足りないような」
「でも美味ふぃい」
アルノルトも一口食べてみた。すると確かに何かの味が足りない。
「ホント、何かが足りないや。卵かな?」
「きっと卵ね。あと香料が足りないかも」
「そこは秘密のレシピなんですねきっと」
「まあ取りあえず、お腹いっぱいになれそうだ」
そうして次々と大皿のタルトを食べていると、来客があった。
セシリアが扉を開くと、そこにはルードルフ王子がいた。
呼ばれたユッテは玄関通路で驚きの声を上げた。
「兄様! どうしてここに?」
「ちょっと寄ってみた。アフラもいるんだろう?」
「来ないで。もう諦めたんじゃないの?」
「おやつ時に話しするくらいは大事ないだろう」
「今日は他にお客様がいるの。帰って!」
「少しだけだ。話をさせてくれ」
「お別れに来たの? それだけって約束してくれればいいわ」
「ああ」
そう言って通路で騒いでいると、アルノルトが部屋から出て来た。
「王子か!」
アルノルトはユッテを庇うように手を広げ、仁王立ちになった。十五歳と十三歳では身長差が意外にあって圧迫感がある。
「なんだお前は」
ユッテはアルノルトを見上げて「お兄さん」と呟いた。
アルノルトはユッテに一度頷いてから王子に向き直った。
「アフラをどうするつもりだ」
「お兄さんって何だ? 余を誰だと思っている」
「ユッテのお兄さん?」
「え?」
ルードルフ王子は目を丸くしている。
「違うのかい?」
「いやそうだが、ユッテとどういう関係だ」
「どうって、どう?」
そうユッテに聞くと、
「もう楽しい仲間ね」と笑った。
「楽しい仲間だそうだ」
とアルノルトは何故か誇らしげに笑った。
「道化か。いいから退け」
「嫌だ」
ルードルフ王子はいきなりアルノルトを突き飛ばした。
すると、倒れた弾みに通路に幾つも置いてあった縦に長い壺に当たり、それは派手に砕けた。
「あーっ! 割っちゃった」
アフラが部屋から出て来て兄とその壺を見下ろしている。驚いた護衛達もやって来て周囲を取り巻いた。
「兄さん、高そうよこれ」
ルードルフ王子はアルノルトを助け起こすアフラを見て漸く悟った。
「イテテ、王子に突き飛ばされたんだ」
アルノルトが起きると、アフラが王子に気が付いて言った。
「私の兄に乱暴な事しないで下さい」
「そなたの兄だったか」
そう言っている内に、護衛達はアルノルトを後ろ手にして拘束した。
「えっ。ちょっと。王子に突き飛ばされたのはこっちだって」
アルノルトが抵抗するとますます拘束が強くなり、広間の奥へと連れて行かれた。
「ちょっと来い」
ルードルフ王子はアフラの手を引き、アフラと一緒に走って行こうとする。
「アフラ!」
アルノルトが止めようしてさらに暴れると、アフラは手を目の前に開いて言った。
「兄さん待ってて。大丈夫だから」
アフラは王子に手を引かれ、部屋を出て行った。その後をユッテが追った。
ルードルフ王子は護衛に部屋を借りるぞと言って隣の部屋へ行き、そのドアへと入って行った。
「兄様? 兄様!」
ユッテが続こうとすると、そのドアを閉めてしまい、鍵が掛けられたようで、もう開かなかった。ユッテはドアを何度も叩いた。
「もう!」
もう部屋の中を窺い知る事は出来ないが、夢の中のようなこの話の中ではアフラに魂を預ける事が出来る。
ルードルフ王子はアフラを長椅子に座らせると、自身は歩き回って話をした。
「御父上に話しをした」
「言ったんですね」
「ああ。東国領の返上と、婚約解消だ」
ルードルフ王子はそう言ってから、しばらく何も言わず、窓の外を見ていた。
「東国領はこのままでは反乱になる。それは兄上に代われば防げるかと思った。でも、正直それは逃げだ。余は逃げ出したのだ。そのような重責から」
「でも、それは、大人の人がやった方が良い事もありますよ」
「そうだな。余もそう思う」
「それは、認められたんですか?」
「ああ。返上は認められた。一応国情を救う行為としてな」
「まあ。それはご立派過ぎ」
「そうだな」
ルードルフ王子は笑った。しかしとても寂しげな笑いだ。
「代わりに、さらに重責を負わされた」
「何ですか?」
「新たな領だ。今はそれしか言えない」
「ユッテさんと同じですね。そこまで言って秘密なんて」
アフラは項垂れた。
「王宮にはいろいろある。仕方無いだろう」
「ユッテさんと同じ事を言ってますよ?」
「そうか。兄妹で似てるようだ」
「ユッテさんはもっと可愛いです」
「ああそうだな。我が妹だからな」
「王子様も妹バカいいえ…‥妹贔屓なんですね」
「妹贔屓で何が悪い。そなたの兄も相当だろう」
「相当です。わざわざウーリから迎えに来たくらいです。それも一週間も早く」
「それは相当だな」
「でも大事な兄です。乱暴はしないで下さい」
「判っている。ユッテとも仲が良いようだったしな」
「よく喧嘩してますよ?」
「あのユッテとか?」
ルードルフ王子にはその方が驚きだった。似たもの同士だとユッテが言ったその理由に心が行き当たった。
「婚約解消の方だが、やはり出来なかった」
「駄目でしたか」
「家族で総反対だった」
「それは大変でしたね」
「そなたを后候補に仕立てて言ったのだが駄目だった」
「后候補! そんな大それたものに勝手に仕立てないで下さい」
「ユッテにはイサベラ嬢にしていればと怒られた」
「それはそうです。イサベラさんもそう悪く思ってはいなかったみたいですし」
「そうだったのか?」
「そうですよ」
「だとすると、道化は余の方だった」
「今からイサベラさんを后候補にしては?」
「もう無理だ」
「王子様なら多少の無理は押しの一手ですよ」
「もう手遅れなんだ」
ルードルフ王子の表情は暗く沈んだ。
「本当に私は愚か者だった。でも偶然の気持ちはどうにもならない。一体何処にその主がいて、どうすれば良かったというのだ……」
「愛の告白をしたらどうですか?」
「告白?」
「愛の告白をすれば、少し気持ちが動くかもしれませんよ?」
「今してみようか」
「はい」
ルードルフ王子は右手を小さく掲げて言った。
「天に誓い、余は愛します。アフラ・シュッペルを」
「ええ! ちょっと私にしないで下さい」
「そなたがしろって言ったんだろう」
「嫌ですねえ。イサベラさんにじゃないですか」
「余はそなたにしているのだ。ほら、そなたは余を愛さぬのだろう」
「無理言わないで下さい。絶対嘘です」
「余は嘘は言わんぞ」
そう聞いて、アフラは赤面する。
「婚約解消出来なかった人がそういう事言わないで下さい」
「誰もそう言うだろうな。余は失敗した。言う資格が無い。そして全てを失ったんだ」
そして王子は泣きそうな顔をした。
「そんな悲しそうな顔をしないで下さい」
「少しは哀れんでくれるか」
「この世の王子様を哀れむなんて、そんな人はいません」
王子はますます悲しい顔になった。
「領や名誉は得られても、余の一番の望みは得られなかった。それは悲しい事だ」
「望みって何ですか?」
「そなたは子供過ぎだな。もう叶うことも無い事は言うまい。そなたと会うのもこれで最後だ」
「オーストリーに帰るんですか?」
「しばらくは戦後処理でフライブルクだ。戦争を終結させなければならない」
「お怪我しませんように」
「そなたもしっかり怪我を治して、元気でな。お守りにこれを渡しておこう」
王子は腕につけていた小さな腕輪を外し、アフラに渡した。
「これは?」
「身分の証となるものだ。これを見せれば医者のお代くらいは余の払いに出来るぞ」
「そんな大事なもの、いいんですか?」
「すぐにまた作らせるさ。お守りにはちょうど良いだろう」
王子はそう言ってアフラの腕にそれを着けた。
そして王子とアフラは握手をした。不意にルードルフ王子は跪き、その手にキスをした。
「騎士は叶わぬ恋に義を捧げて戦うと言われて来た。一度はそなたに捧げさせてくれ」
「え? どうすれば?」
「ただ許すと言ってくれればいい」
「許します」
「ありがとう。これで戦える」
そう言ってルードルフ王子は部屋を出て行った。
扉の前ではユッテが待ち構えていた。そして護衛に拘束されたアルノルトが廊下にいた。
「話は終了だ。別れの挨拶くらいだっただろう。兄は解放してやれ」
そう言ってルードルフ王子が足早に去って行くのを横目に、ユッテが部屋へ入って行き、アフラを保護した。
「大丈夫?」
すぐ後にアルノルトも飛び込んで来た。
「アフラ。変な事されなかったか?」
「うん、大丈夫。あっ…‥」
アルノルトはその様子を見て言った。
「何かあったか?」
「何でも無い……」
アフラはそう言って苦笑いで手を擦った。
資料を調べ直し、歴史検証があり、少し期間が空きました。
この小説をどう育てて行けば良いかといろいろ考えます。
読者層が合わず、正直ここでいいのかと……
アドバイスなどあれば是非m(_ _)m




