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エーテンバッハの祝宴


「これが! ラッペルスヴィル家の教会?」


「広ーい!」


「お城? じゃないの?」


 アルノルトとアフラ、そしてソフィアは驚きの声を上げた。

 ラッペルスヴィル家の教会と言われたエーテンバッハ教会は、城塔のある石塀を持ち、一段高い土地に礼拝堂や講堂、その他の建物が並び立ち、周囲を巡る石塀が城壁と一体化して続いている。ちょっとした城にもなりそうな構造だ。


「どこから入れば良いんでしょう?」


 御者をするヴァルターが長く続く壁に嘆いた。


「大人しくルーディックの馬車に付いてくれば良かったね」


「地図ではこっちの門でいいようだぞ」


 城門と見紛う一端に開いた門をくぐると、そこには幾つもの建物が連なっていて、その奥には中央に石像の建った広場があり、既に馬車が何台も並んで止まっていた。そうした建物の裏には草地や農場も垣間見え、鶏の姿も見える。


「はぁー。門の中に村が一つ入ってるみたいだ」


 一同は馬車を降りては見たが、建物が多くあるので何処へ入れば良いかが解らず、周辺をウロウロした。


「あの門じゃないか。人がいる」


 一番大きな建物の屋根付きの門へ歩いて行くと、案内のメイドのスタイルの女中が息を弾ませて走ってやって来た。


「結婚披露パーティーにご参加でしょうか? こちらにご芳名を」


 女中は客が何人も来るので案内に走り回っているようだ。名簿にサインをすると、そこからは彼女の案内に従って歩いて行く。建物には広い中庭があり、そこを巡るように回廊が続いている。その一角に人々の集まった広間が見え、一行はそこへ案内された。


「うわぁ……」


「これはまた……」


 中に入った一同はあまりの豪華絢爛さに目を細めた。金色の装飾や壁画が壁や天井のあちこちに施され、キラキラと巨大なシャンデリアが幾つも灯っている。ここは明らかに教会という範疇を越えた場所のようだ。広間には幾つも丸テーブルが並び、様々な料理が並んでいた。


「お菓子もいっぱいあるわ!」


「もう食べていいのかしら」


 案内された席に座って、ブルクハルトは落ち着かない子供達に注意をする。


「まだ食べちゃダメだぞ。全員揃って乾杯してからだ」


「はーい」


「マリウス? ダメって言ったろう」


 話しの途中で人型のパンを手に取ったマリウスに言ってみたが、もう遅かったというべきだろう。


「これ人の形だよ。おもしろーい!」


 案内してくれた女中がそれを見て言った。


「これはヴェックマンといいます」


「ブェェックマン!」


「すいません、子供がもう取ってしまって」


 ブルクハルトが謝ると、女中は作り笑顔で言った。


「大丈夫ですよ。こういう子供さんの為のパンですから。パン生地は聖体拝領で使うものを使って、ここの厨房で作っているんですよ」


「それは大人にも嬉しいですね」


 マリウスはテーブルを歩いて女中に聞いた。


「この丸いのは何?」


「これはね、バウムクーヘン。まだ切ってないので、食べるのは少し待っててね」


「ふーん。じゃああの赤いのは?」


「イチゴのエールトベアトルテね」


「トルテ?」


 トルテと聞けばアフラも興味津々でテーブルを見に来た。


「この大きなトルテ、お上品な色合いのシマシマ模様! 芸術品だわ」


 ソフィアも興味深そうに覗き込んだ。


「美味しそうね!」


 女中は目を輝かせて言った。


「これは新作のヘレントルテ。ココアの多重層で通称は王子様トルテというそうですよ」


「王子様! もしかして一番いいトルテ?」


「これは品評会では二番目でした。一番いいものは沢山作れなくて、一つだけあの真ん中のテーブルにあります」


 最前列真ん中のテーブルの一番高い足付きの皿には大きな王冠型の白いクグロフが乗っていた。


「すごーい」


「カイザークーゲルホップフと言います。少し渦を巻いた王冠の形をしているでしょう?」


「うわー王様! 是非とも食べたいです!」


 女中は少し意地の悪い笑いを浮かべて言った。


「うふ。食べたいですか? でも、最前席は最上位の王族関係者の席ですので、残りを下げ渡されるのを待たなければなりません。ご親族からその関係者、そして身分の順番に回って行きますから、余らない場合はそこまでですよ」


「えーっ。食べられるかしら?」


「地方の方は席が遠くなりますので、あまり期待しない方が良いかもしれません」


「いやーん。アル兄さん、お友達枠で何とかして! 王様ケーキー」


「何とかって言っても、そりゃあ周り見れば無理だろう。田舎者は諦めろ」


 そう言ってアルノルトが見回せば、広間には貴族らしい人ばかりがかなり大勢集まって来ている。とは言えアーマンは地方貴族の扱いになるので、シュッペル家もギリギリ貴族ではあった。ソフィアに限っては完全に自由民、平民だ。それでも、女中は恐縮したように名簿を探しつつアルノルトに言った。


「恐れ入りますが、ご友人ですか? ルーディック様の?」


「はい。一応そうです。これ招待状です。この子らは連れで」


「大変失礼致しました。でしたらお席はこちらです。お父様とは離れてしまいますが宜しいです?」


 そう言って案内された席は最前列だった。アッティングハウゼンも仲人なのですぐ近くの席だった。


「近ーい。さすが友人枠!」


 アフラはもう大喜びだ。しかしアルノルトはこんな目立つ席では、何かをやらかしそうで気が気でない。

 ブルクハルトがそこへやって来て言った。


「お前達はここにいると絶対行儀悪さが悪目立ちする。お父さんの席にいろ」


「でもあの王様ケーキ食べたい」


「じゃあ王様ケーキの時だけ食べに来ればいい」


「アル兄さんは?」


「僕はここにいるさ。場所取りが必要だろう?」


「アルノルトは友人スピーチがあるかもしれない。ここで行儀良く、大人しくしていろ」


 ブルクハルトに連れられ、アフラ達は後の席に戻り、アルノルトはまだかなり空いていた最前列の友人席に座った。

 同じテーブルにはもう既に一人の少年が座っていて、丁寧な挨拶をして来た。


「どうぞ。本日は相席宜しくお願い致します。おや、以前お会いしましたね」


 そこにいたのはラウフェンブルク伯の遺児、ルードルフだった。年は一つ下くらいだろうか。


「やあ、君かあ。アルノルトです。もう一人の小さい子は今日はいないのかい?」


「ハルトマンはご両親と一緒です」


「君はご両親と一緒でなくていいのかい?」


「私には両親は既にいませんので。エーバーハルト卿は叔父なんです」


「そうだったのかい? 悪い事言ってしまったね」


「いえ。前の戦争でですから、もう十二年も前ですし、幼少だったので顔も覚えて無いのです。もう叔父は父のようなものです」


「そうかあ。いい人そうだものね」


 そう話していると、シュタウファッハの先導で先ほどの宣誓式で貴賓席にいた面々が入って来た。

 ラウフェンブルク夫妻とハルトマン、ホーンベルク家のアーデル女伯とフィリードリヒ卿、イサベラとユッテ、そして王族関係者達だ。

 王子二人が入って来ると、広間は拍手に沸いた。背の高い長髪の王子と、背の小さな王子は手を振って応えながら広間の中央を歩いて行く、それぞれの家族も後に続いて来て、揃って最前席の真ん中に座った。

 イサベラとユッテはアルノルトと同じ、友人席へ来た。目が合うとユッテが口を開いた。


「あら、同席? 奇遇ね」


 イサベラも礼を取って言った。


「同席出来て光栄ですわ」


「ああ、多分ほぼ同時に招待状を貰ったから……」


 アルノルトは座ったままだったが、ルードルフは立ち上がり、「こちらこそ光栄の至りです。どうぞ」と言って畏まっている。

 席の手前まで来たユッテは何かを待っているような笑顔だ。後に続くイサベラも意味ありげに笑っている。

 早足でやって来た女中が呟いた。


「挨拶しっかり……」


「あ……どうぞ。本日は同席よろしくお願い致します」


 アルノルトは急に立ち上がって帽子を取り、威儀を正して一礼をした。ユッテはこの場ではお忍びで無く、紛れもない王族で、ここは貴族の領域だった。椅子に座るにも挨拶と許可がいるのだ。


「ふふ。ギリギリ合格よ。こちらこそ」


 ユッテは椅子に座る時も自分では椅子を引いたりせず、女中が椅子を介助し、それに合わせて優雅に椅子に座る。お姫様は徹底して自らの手を使わないものなのだ。

 同じようにイサベラも女中の手を借りて優雅に椅子に座った。


「こんな所でもご一緒出来るなんて不思議ね。お一人? アフラさんは?」


 イサベラが周辺を見回して言ったので、アルノルトは後方を指差した。


「アフラ達は後ろの方に父と一緒にいるよ。ここだと行儀が悪いのがバレてしまうからね」


 向こうではアフラが羨ましそうにこちらを見ていた。

 ユッテがアルノルトに少し近付いて指で小さくバツを作って言った。


「良いかしら。指差しは行儀が悪いって教わるのよ」


「う……」


「あなたもバレないようにせいぜい注意してね」


「はい……」


 アルノルトは努めて大人しくしている事にした。

 

 そこへ新郎新婦の入場だ。ルーディックは胸にバラを挿した他は変わりないが、エリーザベトは衣裳替えをしてバラ色のドレスを纏い、印象が変わってとても華やかだ。大きな拍手で迎えられ、二人は正面の豪華な飾り机に並んで座った。

 そこからの司会を務めるのはシュタウファッハだ。シュタウファッハは王族に少し緊張した一礼をした後、流暢に新婦エリーザベトの紹介を述べた。


「王家の方々、そして紳士淑女の皆様、遠路遙々お集まり頂きましてありがとうございます。これよりホーンベルク家とラッペルスヴィル家の結婚の披露宴となるわけですが、ここ、エーテンバッハ修道院の竣工祝いも兼ねているそうです。共に誠に目出度く、心ゆくまで祝うことと致しましょう。この修道院はラッペルスヴィル家名代としてエリーザベト様が建造を主導しましたもので、聖母聖堂のエリーザベト修道院長、そしてマンネッセ家のご協力により、この広い土地を提供いただいたそうです。皆様にはご存知の通りですが、新婦エリーザベト様は若くして稀に見る大変な器量の持ち主です」


 アルノルトは『器量?』と首を傾げた。そんな紹介を聞いた事が無い。


「彼女は幼くして伯位を継承されました弟君を支え、名代として、ここまで多数の修道院に関わる実務を担われて来ました。ベネディクト派である聖母聖堂、アインジーデルン修道院、またシトー派のヴェッティンゲン修道院、ドミニク派ではここエーテンバッハ教会やプレディガー教会、その他も多数の修道院の守護者、あるいは設立者として、経営を支えられています。そこでは農園や花の栽培、聖体拝領のパンやワインの製作、聖書や書誌の写本も手掛けておられます。幾つもの派を越えて主要な修道院の経営に関わっていると言えましょう」


 知らない人々はその偉業を聞いて驚くような声を上げた。アルノルトも器量とはそういう事かと感心して頷いていた。


「守護権の事に関わらずとも、エリーザベト様が既にチューリヒにとって無くてはならない人であります事は、皆様の方がよくご存知の事かと思います。年頭には弟君を亡くされ、伯位の継承が頓挫しておりました。正統なる権利を継承するに相応しい婿を探している折、新郎とのお引き合わせがありました。ルーディック卿は若くして広く書誌に通じ、詩を嗜まれ、非常なる才人であります。血統では前王家ホーエンシュタウフェンの血を引き、バーゼル、バーデン、アールガウにも領地を持つ名家。誠に相応しい、将来有望な婿をお迎え出来る事を我々は感謝せねばなりません。この婚儀により、お二人はラッペルスヴィル伯の主要な権利の継承を王より認められました。姓はホーンベルクの名も併せ持ちながら、ラッペルスヴィル伯爵位を継ぎますので、御家名を残すためにも、その伯名を継いで名乗られるそうです。そしてラッペルスヴィル伯は将来の御子に受け継がれるとのことです」


 この朗報に会場は拍手に沸いた。

 正面席にいるエリーザベトは少し涙を湛えて立ち上がり、小さく礼を取った。


「皆様、ありがとうございます」


 隣でルーディックもそれに続いた。


「今後とも、よろしくお願い申し上げます」


 王族達も拍手をすれば、広間はスタンディングオベーションのようになり、さらに大きな拍手が響いた。

 そしてシュタウファッハは仲人のアッティングハウゼンを紹介した。


「では、そんなお二人の婚儀の橋渡し役、キューピットとなられましたベルナー・フォン・アッティングハウゼン様、どうぞ乾杯の音頭をよろしくお願い致します」


 シュタウファッハに促され、アッティングハウゼンが正面に進み出た。


「こんな年寄りのキューピットで、大変すいません。アルノルト、お前だったら良かったのう」


 と、周囲の笑いを取って、アッティングハウゼンはワインの入ったグラスを手に掲げた。会場にもワインが配られて行く。


「お二人とも、心からお慶びとお祝いを申し上げます。本日は共に尽力をして参りました我々にも最良の祝宴となりましょう」


 少し話している間に参加者に飲み物は行き渡ったようだ。


「では、僭越ながら、お二人の門出を祝しまして、乾杯!」


「乾杯!」


 人々が一斉に祝杯を交わし合う。祝宴の始まりであった。

 ルーディックとエリーザベトは早々に正面席を立ち、王族席から挨拶回りを始めた。


「もう食べてもいい?」


 早速マリウスがそう聞くと、ブルクハルトは「ああ」と言いながら、マリウスの皿に人型のパンを入れて渡した。ウロウロしないよう先手を打ったのだ。

 するとアフラは小皿とフォークを構えて高らかに宣言した。


「よし! 全部のタルト制覇を狙うわ。まずはイチゴのタルトから!」


「うん!」


 フォークを握り込み、アフラは跳ぶような早足でタルトのあるテーブルへ行った。ソフィアは誰も席を立たないので、キョロキョロして静かに追って行く。ブルクハルトは頭を抱えた。


「一切れ切ってもらえませんか」


 アフラは給仕にせがんだ。給仕は少し苦笑いをして綺麗に切り分けて小皿に取り分けてくれた。続くソフィアも一切れ貰う。


「マリウスは?」


 アフラはマリウスを呼んだ。

 ブルクハルトはそれを止めて、「あまり恥ずかしいマネをするんじゃないぞ」と言っていると、アフラは一度帰って来て、「お皿貸して」と小皿を取って、もう一往復する。今度は種類の違うタルトを入れてもらったようだ。


「はい、これマリウスの分」


「わあ。ありがとう」


 マリウスは心からの笑みで感謝した。


「そのかわり後でちょっと味見させてね」


 とアフラは抜かりない。


「アフラ、あまり頻繁に席を立つものじゃないぞ。アルノルトの席を見ろ、持って来てくれているだろう」


 アルノルトのいる席では、給仕が大皿ごと料理を持って行き、欲しい物を選んで貰いながら皿に盛っている。当然、これはいい席から行われるので、アフラのいる席はかなり後回しになるだろう。


「あのペースじゃあ全部食べられないわ。ここでしか食べられないもの。だから私、頑張る!」


「むう、何事も頑張るのはいいことだ。だがくれぐれも行儀良くな」


 ブルクハルトは早々と説得を諦めてワインを呷った。そもそもシュタウファッハと色々話し合わなければならない。


「ではちょっと話して来るから、大人しく食べてなさい」


 ブルクハルトは話をしにシュタウファッハのいる仲人席に来た。そこにはアッティングハウゼンもいたので話しやすいと思ったのだ。


「シュタウファッハ、この後の話しだが、いつ話すんだ?」


「ブルクハルト。王族が見ている」


 見ると中央の席からアルプレヒト王子がこちらの様子を伺っていた。


「手短に言おう、今日の夜半に主だった人々を集めている。大丈夫か?」


「待て、今日の宿が無い」


「エリーザベト様が手配して下さっている」


「恩に着る」


 そうしていると、ルーディックとエリーザベトが友人席に挨拶にやって来て、恭しく挨拶をした。子供ばかりの席でもこういう時に話をするのは専らエリーザベトのようだった。


「本日は遠い所をご足労いただきましてありがとうございます」


「この度の事、伯位のご継承も併せまして、誠におめでとうございます」


 イサベラが丁寧に挨拶を返した。


「ありがとう存じます。王女殿下もよくいらして下さいました」


 ユッテは澄まして軽く頷くのみだ。あまりエリーザベトと面識が無い為だろう。人見知りしているようだ。

 ルードルフが沈黙を破るように言った。


「ご成婚おめでとうございます。おめでとうルーディック」


「ありがとう」


 ルーディックは判っているというように苦笑いした。ルードルフは牛祭りの後、ルーディックに誘われてラッペルスヴィルの本城に滞在していたので、もう既に一度は言っていた。

 エリーザベトはアルノルトに微笑んだ。


「アルノルトさんも来て頂いて、先程はルーディックが大変喜んでいましたわ」


「本当に?」


 アルノルトは意外そうな目でルーディックの方を見た。頷いて笑うルーディックを見て、来て良かったと思った。すると、自然笑顔が溢れた。


「嬉しい事です。言うのが大変遅くなりましたが、おめでとうございます」


「いえ、良いんですよ。弟の喪に服している所でしたし。いつの間にかアルノルトさんはルーディックと随分仲良くして頂いているようで。何か仲良くなったきっかけ話しがあれば、聞かせて下さる?」


「きっかけですか? 多分それは……」


 と思い出していると、イサベラと顔が合った。彼女を前にあの出来事をここで言っても良いのか、と迷う。イサベラの涙で終わった出来事を。


「言っていいのかな?」


 アルノルトは方向を変えてルーディックに聞いた。


「いいよ」


 ルーディックは大きく頷いた。周囲に注目され、これはもしかして友人スピーチになるのだろうかと、アルノルトは緊張しつつ言った。


「目の前でイサベラお嬢様が連れ去られた事があって……」


 いきなりの話の大きさに、聞こえた周囲の人々が驚いて目を剥いた。イサベラもその話に目を丸くして身を硬くした。


「僕は連れ去った馬車を走って追い掛けて、途中、ルーディックに馬車を頼んで一緒に追い掛けたんだ。必死に馬車に追い付いて……」


 イサベラを見ると今にも泣きそうに顔を伏せたので、アルノルトはその周辺の話を端折った。


「跳び乗ろうとすると、ひどくムチで打たれて、僕らは結局見送るしかなかった……。今はこうして皆無事でいてくれて、笑って話せるけど、僕らは痛くて悔しくて仕方無かった。加えてお嬢様が心配で……。でも、同じ想いを分かち合えて。それがあって、僕らは心が通じたんです」


 ルーディックは熱い目でアルノルトを見つめて頷いた。イサベラは涙を堪えて感謝を言い表せないようにアルノルトを見つめていた。

 その面々を見ていたエリーザベトは涙を滲ませて言った。


「そうでしたか。あなたこそは、ミンネザングに謳われる、本当の騎士です。ルーディックは幸せ者ですね。良い友人を持てて」


「そんなことは……。僕は取り戻せなかった……」


「……ごめんなさい」


 エリーザベトは人目を気にして、顔を覆いながら正面席に戻った。

 慌てて給仕達が駆け寄って来て、ハンカチを渡すと涙を拭きつつエリーザベトが言った。


「大丈夫です。少し感極まったようで」


 しばしの宴の進行の中断で、客人達はざわめいた。

 それを見たシュタウファッハは席を立って楽団に合図をした。唐突に楽団がゆったりした舞踏音楽を奏で始め、場を和ませる。

 シュタウファッハとブルクハルトが困ったようにアルノルトを睨んだので、アルノルトは少し悪い事をしたような気がした。


「やっぱり話さない方が良かったかな?」


「そんな事はない。最高の話だよ。姫もそう思いますよね」


 ルーディックが言うと、顔を赤くしたイサベラは大きく頷いた。


「その節は、ありがとうございました。お二人とも」


「いや、結局僕は何も出来なかった」


「でも、心は通じたわ。私にも」


 アルノルトはこれにはかなり照れて畏まった。


「そう言ってもらえると、こ、光栄です」


 ユッテは仲間外れは嫌だとばかりに言った。


「私もいたのよ! あの時はイサベラを馬車に投げてしまおうかと思ったわ」


 アルノルトもルーディックも、これには大袈裟笑いして冗談にしてしまうしかない。


「お姫様がそんな事を?」


「いいのかなー?」


「あら。結局イサベラを部屋から出してもらえるようにお願いしたのは私よ? それでお祭りに連れ出したんだから」


 ユッテが誇らしげに言うと、アルノルトは見直すような目で言った。


「これはやるもんだ。お姫様というのも伊達では無いようですね」


「当然よ。今度は私を追い掛けてもいいのよ。私なら飛び乗ってあげるんだから」


「……馬車から落ちなくて何よりです」


 アルノルトが胸に手を置いて溜息を吐いていると、ユッテはむくれた。


「何よそれ。こう言う時は光栄ですって言うのよ」


「いえいえ、落ちないよう自重下さい」


「なんだか失礼しちゃう」


 ユッテがさらにむくれると、聞いていたルーディックやイサベラは苦しそうな笑いの息を漏らした。

 そうしている間にエリーザベトが気を取り直すと、再びルーディックを連れ立ち、各テーブルに挨拶回りをした。

 それが一通り終わると、王様ケーキの前に立った。二人で一つのナイフを取り、ケーキ入刀である。

 アフラ達はいよいよ気合を入れて言った。


「前の席に行くわよ。狙うは王様ケーキ!」


「おーっ」


「うん! でももうかなりお腹いっぱい」


 ソフィアはペース良く食べ過ぎたせいでお腹をさすっている。


「頑張って。さりげなく挨拶をして席に加わるのよ」


「行っても大丈夫かしら……」


 新郎新婦によるケーキカットならぬクーゲルホップフカットが行われ、拍手が起こる中、アフラとソフィア、そしてマリウスは一斉に最前列へと進んだ。


「こんにちは」


 ユッテとイサベラの後ろに着いて、アフラはごく軽い挨拶をした。


「あら、アフラ。こんにちは。お元気でいらしたかしら?」


 ユッテは振り向いて上品な挨拶を返した。こういう場ではいつもよりかなり高貴な雰囲気がする。


「こんにちは」とマリウスも続く。


「弟さんもこんにちは。かわいいお連れさんね」


 イサベラも真後ろに振り向いて挨拶を返す。


「一緒に介添えをされていた方ね」


「ソフィアです。どうぞよろしく」


 ソフィアはスカートを小さく摘んで挨拶をする。貴族に見えるには少し動作が小さ過ぎるのだがこれは致し方ない。

 アルノルトがユッテとイサベラ、そしてルードルフに言った。


「みんな一応僕の連れです。お邪魔でなければ少しの間、ここの席に加えていただきたく」


「ええ、どうぞ。もちろん歓迎ですわ。でも椅子が足りないかしらね」


 アルノルトは給仕に言って椅子を移動してもらい、三人はそこに加わった。

 お姫様二人とアルノルトでは会話があまり無かったが、アフラが加われば会話がよく回り出す。アフラは怪我をして牛の世話に行けなくなったお詫びや、ゼンメルの事を話した。


「イサベラさんの気持ちを思うと、私少し泣きました」


「あの牛は死んでしまったのね」


 ユッテもひどく残念そうだ。

 マリウスが得意がって言った。


「僕が犯人を見つけたんだ」


「あなたが? 凄いわね」


「すぐに家まで判って驚いたわ。でも、ちょっと暴れて怖かったわね」


「うん。死ぬかと思った」


 イサベラがマリウスと頷き合った。これに驚いたのはアルノルトだ。


「その現場にイサベラお嬢さんもいたのか! 危ない事させるなんて!」


「私が勝手に付いて行ったの。怒らないで」


「でも、どうやって捕まえたんだ?」


「護衛が出て来て捕まえてくれたから、ちょうど良かったの。もし弟さんだけだったら少し危険な事になってたかも知れないわ」


「護衛がいるのか」


「外出する時はいつの間にかいるの。今日もどこかで隠れて見てると思うわ」


 アルノルトはキョロキョロ見回してみたが、それらしい人は見えなかった。

 そうしていると、給仕がワゴンでテーブルに王様ケーキを運んで来た。


「わあ。私も欲しいです!」


 アフラがいち早く立ち上がって小皿を差し出す。が、小皿は給仕が新しいものを持っていて、新しい皿に一切れ入れてくれ、加えて順番はまずユッテからなので、給仕はアフラを素通りしてユッテにそれを持って行った。アフラはOの字に開けた口を小皿で覆い、置いてきぼりを食らった格好だ。周辺、特に王族席に変な目で見られている。


「こらアフラ、順番があるんだ。大人しく座ってろ」


「アフラがそんなに食べたいなら、先を譲ってもいいわよ」


 ユッテがそう言って給仕の皿を押し止めた。


「いいえ、順番でいいです。ただ、どうしても王様ケーキを食べたくて……」


「王様ケーキって、これの事?」


「名前に王様を冠するそうです。カイザークーゲルホッペ?」


「カイザークーゲルホップフです」


 そう言う給仕に頷きながらユッテは笑った。


「ホップフね。美味しそうですものね。みんなで頂きましょう」


 給仕が一人一人カイザークーゲルホップフを配り終えると、ユッテが食べるのを待ってからそれぞれが一口食べ始めた。


「……うん」


「おいひい……」


「美味しいよ?」


「ゴホッ」


 因みに二番目が頬張りすぎたアフラで、三番目はマリウス、咳き込んだのは粉っぽいのが苦手なアルノルトだ。ソフィアは高さのある生地を倒してしまい、なかなか食べられないでいる。

 やはりここでもお姫様二人は上品で綺麗な食べ方だった。それに比してウーリの面々は食べ方が汚く、育ちが丸わかりだ。

 そこへ他の席から一人の高貴な少年がやって来た。


「えらく騒がしいと思ったら、平民が紛れ込んでいるようだ」


 その声にアルノルトは失意のあまり項垂れ、ソフィアは慌てて手でケーキを立てた。アフラとマリウスは口周りを白くしつつマイペースで食べていた。

 ユッテが振り向いて言った。


「兄様! こっちは来ないで下さい。楽しくやってるんだから」


 アルノルトは目を剥いた。ユッテの兄と言えば王子だ。イサベラやルードルフは少し姿勢を正して会釈をしている。


「そのようだ。だが、この娘に少し用がある」


 王子に顎で指されたアフラはまだ王様ケーキを頬張って至福の笑顔だ。


「アフラに?」


「えっ私?」


 アフラは名前を呼ばれてようやく顔を上げた。見上げると小さな王子が目の前にやって来た。小さいとは言えアフラよりは背が高く、アルノルトよりは小さいくらいだ。


「アフラというのか」


「はい」


 アフラはまだ王子という事にまるで気が付いていない。少し身構えるアルノルトだった。


「草の小径で会ったな」


「?」


 アフラは首を傾げるのみだ。こんな偉そうな人にはまるで覚えが無い。口の中にはまだケーキが有るのでろくに喋れないのもある。


「狩人だと言えば判るか」


「ふむっ……。ああ! 名前の無い小さな狩人さん?」


「おお! そうだ。大きいのは向こうにいる」


 見れば大きい狩人がいい服を着てその席に座っていた。

 隣にいる貴婦人と女の子にも見覚えがある。あの時草地にいた親子だ。


「あ! 本当。あのお母さんと女の子も。でも、どうして名前が無いんですか?」


「私は父と同じ名前で名が無いも同然なのさ」


「なんて言う名前なんですか?」


 この会話に周囲が注目して聞き入っている事も、相手が王子だという事も、アフラは気が付いていない。王子に名前を聞くという事、そしてその聞き方も、無礼極まり無かった。


「アフラ、王子に無礼を言うな」


 アルノルトがようやく口を開いた。

 アフラが「王子様なの!」と口を隠した。


「良い。再会のよしみで今日は名乗ってやる。ルードルフだ。二世が付くがな。そこにも同じ名で三世がいる。全く在り来たりなんだ」


「たとえ同じでも名前があって、良かったです」


 アフラはにっこりとよそ行きの笑顔をした。偉そうな態度はやはり今でも少し抵抗がある。逃げられるなら逃げたいと思う。


「余は偶然を大事にする。これが終わったら少し話をしよう。控の間まで来るように」


 言われたアフラは口を開けて呆然とした。アルノルトも、遠くではブルクハルトも同じ顔だった。王子は一人頷くと席に戻って行った。

 アフラは困った顔になり、隣のユッテに顔を寄せて「どうしたらいいんでしょう……」と言ってみる。

 そこへマリウスが驚くべき事を言った。


「あの人、前に家に来たよ。病気の娘がいるだろうって」


「王子様が?」


「医者を呼んでくれるって言ったんだ。お医者が来たのはお姉ちゃんが治った頃だったけど」


「まあ! そうだったの!」


 アフラは驚くばかりだ。アルノルトも「何だって……」と深刻な面持ちをする。

 それを聞いてユッテが席を立ち、席に着こうとしていたルードルフ王子の隣に立って噛み付いた。


「兄様! どういうおつもりですか?」


「どうも無い、話をするだけだ。少し預けた話があるしな」


「預けた話って?」


「そなたには関係無い」


「困らせてたじゃない! 私のお友達にちょっかい出すなら婚約者に言うわ!」


 王子に対するユッテの剣幕によって、広間には冷え冷えとした空気が漂う。

 シュタウファッハはそれを見て、再び楽団に合図した。楽団は派手目な音楽を演奏し始め、声を誤魔化した。


「偶然を楽しむのは我が道楽だ。悪気は無い。式典の邪魔をしてるぞ」


「無体な事はしないで下さい。地方貴族身分だし、お友達なんだから!」


「ああ。解ってる」


 ルードルフ王子は戻れと言うように手を上げた。

 ユッテは釘を刺すだけはしたので席に戻って行く。


「どうだった?」


 イサベラが憮然と戻って来たユッテに聞いた。


「何か話しがあるそうなの。無体な事はしないようにきつく言って来たから、安心して」


 ユッテはアフラの手に触れて言った。アフラは不安な顔で「うん……」と頷いた。


「何だったって妹に……」


 アルノルトはそう言って少し離れた席の王子の方見ると、同時に睨まれたので言葉を呑んだ。ここではあまり無礼な言動は出来ない。アルノルトは考えた。


「アフラ、もう後ろの席に行ってろ。マリウスもな」


「えーっ。私、ここがいい」


「お前が目立ち過ぎるからこうなるんだ。泡を食ってる父さんに包み隠さず全部話して来い。もう隠せない」


「はい……」


 アフラは名残惜しそうに後ろの席に帰って行った。寄り添って歩くソフィアが小声で言った。


「王族と知り合いだなんて、知らなかったわ」


「私もさっきまで知らなかったわ……」


 三人が席に戻ると、渋い顔をしたブルクハルトが待ち構えていた。


「アフラ。王子と一体何があったんだ。しっかり順を追って聴かせてもらおう」


「うーん。王様ケーキ食べてたら、急に平民が混ざってるって言われて」


「うん? 食べ方が汚かったから? 怒られたのか?」


「ううん。怒られはしなかったけど、私に前に会ったなって」


「どこかで会ってたのか?」


「前に狩人の服でね、草の陰に寝転んでたの。その時は名乗る名前など無いって言って、名前も言わなかったんだけど。それでさっき名前を聞いてみたらちょっと怒ってたかな」


「無礼を言って、それで怒らせたのか?」


「ううん。それは良いって言ってくれて、名前を教えてくれたの」


「じゃあ何、怒ってないのに呼ばれたのか?」


「うん。これが終わったら控の間に来いって。話があるそうで。何でしょうねえ」


 とアフラは笑って首を捻っている。ブルクハルトには悪い事態しか思い浮かばない。


「姫君が怒ってたのは?」


「隣のユッテさんにどうしましょうって言ったら、怒って注意してくれたの。兄様なんだそうで」


「それで王子にあの剣幕か……」


「でね、マリウスが……」


「マリウスも何かあるのか?」


「お姉ちゃんが病気の時にね、あの小さな王子が家に来てたんだ。少しだけど水を運ぶのを手伝ってくれて、治った頃だったけどお医者も呼んでくれたみたいだ。ウソつきと思ったけど、嘘じゃなかったんだ」


「まさか……あの時か」


「あと、お見舞いもしてくれたよ」


「何だってーっ!」


「私の寝てるうちに? 全然知らなかった」


「知らなきゃ良かった。一体どうして王子が……」


 ブルクハルトは予想を上回る事態に顔色が蒼白になって来た。

 端で聞いていたヴァルターが言った。


「噂は本当だったんですな」


「噂ってあれか? ハプスブルクが家に来てるって言う」


「ああ。峠の方にはウルゼレンがあるからよく王族の馬車が来てたんでさ。最近大きい方の王子の守護領になったでしょう。大方その見回りついでに寄ったのを誰かが見てたんでしょう」


 ブルクハルトは話しの現実感が増してますます血の気が引いて来た。


「とてもではないが、アフラを一人行かすわけにはいかんな」


 これにヴァルターは首を振った。


「しかし、王族の命令でしょう? 王の直轄領のアーマンは逆らえないでしょうや。お前さんら親子ともお怒りを買ってお咎めに遭うかもしれない」


「ならばせめて私が一緒に行こう。アフラ、いいな」


「うん。お父さんがいてくれたら少し安心」


 アフラは不安そうに笑った。



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