表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/101

権利に捧ぐ剣


 約束の日がやって来た。アルトドルフには人々が犇めくほどに集まっていた。

 時刻は正午近く、重大なる発表がこれから行われるのだ。

 遠くの村からも人々は訪れていた。

 そこへ勇壮な騎士を伴った貴族の一団が現れた。そして広場の壇上にマント姿の精強そうな男が立った。

 人々がざわめくのを手で制すると、その男は演説を始めた。


「諸君。私は王の命によって、新しくこの地の代理執政官に任命されたゲスレルである。このウーリの地は帝国直轄領としての自治の王許を頂いた希有の土地である。そもそも帝国直轄領には管理者を任ずるのだが、それは抵当権からハプスブルク家が任じられ、直接保持しつつ、領地を持つ聖母聖堂、そして守護権者たるラッペルスヴィル家にその委任をして自治を暖かく見守って来た。この程、このラッペルスヴィル家の断絶が決定し、その諸権利は併せてハプスブルク大公の預かるところとなった。それに伴いこの体制を帝国代官領と改め、代理執政官として私ゲスレルが任じられる事となった。私が王の代理として、王の命の下にこの地を管理する事となる。しかし諸君にはまだ突然のこと。受け容れ難い事があろう。今日はここで異議の生じるところを存分に話し合いたい。異議のある者はここで申し述べよ。しかしそれは今だけだ。この後はこの代官の言う事を王の言葉として聞いてもらわねばならない」


 広場は冬が帰ってきたかと思うほどに凍り付いた。

 噂は本当だった。そして今、目の前でその強権は行使されつつあった。人々は何から異議を言うべきか判らないほどに憤った。中には腰に下げたサーベルに手を掛ける者もあった。


「異議だらけだ!」


 ヘンゼルが叫んでいた。すると騎士達はサーベルを抜いて威嚇した。ゲスレルは予想していたと言うように不敵に笑っていた。


「異議を申し立てます」


 そこへ手を挙げたアッティングハウゼンと、続くブルクハルトがゲスレルのいる壇の前に進み出た。ブルクハルトは少し足を引きずっている。ヴァルターも後ろから書類の乗った盆を持って続いている。

 それを見て群衆の声は止み、代表としての言葉を期待した。

 しかし、その期待を一身に背負った二人は、肘を突き合うように譲り合っている。

 ゲスレルがそれを見て言った。


「管区長よ、発言を認めよう。当面の実務は管区長に頼る事になろうからな」


 姿勢を正したアッティングハウゼンは、静かに言った。


「まず儂から話そう。みんなが心配しておるのは税が増えることがあるのかどうかだ。それを聞きたい」


「税については、他の王領と公平を期すよう心掛ける。修道院に十分の一、王に十二分の一だ。他領ならこれに領主の税があろうが、これは自治を重んじて州のものとする。ただ、戦争などがあれば必要に応じた徴発徴収を行う事がある。それは帝国領の民として当然の義務であろう」


 しかし、これには大きな反発の声が上がった。アッティングハウゼンは手を大きく上げて、発言を制して言った。


「このウーリには自治の特許がある。自治とはゲマインデによる自主決定権と徴税の権利を持ち、特許とは他の領主からの支配と税を免れるという事である。代官は公然とこれを犯すのか。ならば王は先王が承認したこの約定を破ることになろう」


 ゲスレルはその質問こそ待っていたとばかりに言った。


「諸君。安心してもらいたい。もちろんそのことは存じている。我等は自治を重んじる。帝国代官領となっても自治を侵すことは断じてない。今も王の直轄領であるのだから税の面で他領との公平を諮っただけだ。帝国代官領もまさに王の特別な領という意味で今までと何ら変わりない。加えて、王の守護権下となればどこよりも厚く護られよう。この遇は保護を厚くするためであり、最大の栄誉となることであろう。誇りに思うがいい」


 ヘンゼルはそんな修辞でごまかされず、憤りの熱を発した。


「詭弁で丸め込むってのか!」


 アッティングハウゼンは手を上げてその声を制し、群衆の熱を背に感じて言った。


「その権利は概ね無効である。徴税権も無効のものだ。詳しくはこのブルクハルトから言おう」


 ゲスレルも、村人も、ブルクハルトに目を剥いて注目している。この重大発言を引き継がれた当人は堪ったものではない。


「アッティングハウゼンさん?」


「肝心処じゃ。ここからは儂よりお主が詳しかろう」


 ブルクハルトは一つ咳をしてから話を受け継ぎ、力強い声を上げた。


「ならばラントアーマンである私が弁明しよう。第一に! 我々はこの土地の抵当を外す為、領地権分を分担金として先王フリードリヒ二世に支払った。それが故、このウーリは王の特許状を戴き、土地をどこの領下ともせず、完全なる自治を築いているのだ。これがその分担金の証文だ!」


 ブルクハルトは分担金の証文を掲げて言った。人々はブルクハルトに同意を示す喝采を送った。ゲスレルは痛いところを突かれたという風に苦い顔をした。


「うむ。存じておる。しかし、この地の多くを有する聖母聖堂の守護権は当方に委譲されたのだ。守護権とは即ち修道院の保護者であり、財産管理者でもある。上位の権利は我々の管掌下にある」


「では、第二にその守護権について! ウーリが聖母聖堂の領とされているのは面目上のことで、それぞれ住民が所有する土地を修道院に預けることで共有地を確保している。本来の領有は教会の土地以外はウーリ自治共同体とその自由民のものである。よって守護権はこれらの土地には及ばない。これが土地預かりの証書の写しである」


 ブルクハルトは、証書の山から書類を取り上げて掲げた。証書はここ最近で作成した預かり証である。群衆はまたも拍手喝采である。ブルクハルトは証書を様々な方向へ示した。ゲスレルはそれを見て言った。


「預けたとしても所有実態があればそれは修道院領としての権利が生じるだろう。守護権は修道院領の徴税に及ぶ事もある。その権利は上位のものだ」


「我々が揃って土地を返せと言えば? ほぼ土地は無くなり実態が無い事になる。そもそもラッペルスヴィル伯の守護権は領地や税には及ばず、文字通り修道院の財産と治安の保護をするものだった。ましてウーリには自治権がある。その引き継いだ以上の権利は自治権の侵犯であろう。その当然の引き継ぎが無いようならば権利移譲も怪しい事になる。エリーゼ様は将来お子が生まれるなら守護権の継承も出来るはずだ。その保留期間とも言う時に、こんな横暴な代官に守護権を譲るとは到底信じられぬ。自治侵犯の上、権利も不当なら我々にも敵である事になる。古来ここに剣を持って集うのは非道を行う敵を討つためである!」


 人々はサーベルを掲げて口々に呼応の声を上げた。

 ゲスレルは王の権威を示せば領民を支配出来ると思っていた。しかし、領民が靡かなければ、領主は存立出来ない。王からの信任も解かれるに違いない。

 追い詰められたゲスレルは、もはや最後の切り札を出すことにした。


「守護権については前任のラッペルスヴィル伯を引き継いだものだ。しかしその以前に、この立て札の通り、この地は抵当になった事によって管理者としてハプスブルク家が任じられ、それは保持されて来た。それは特許以前に既に合法的に行われた事なのだ。それに加え、借金が残っていた限りは抵当権は保証人と同じく土地を選んで行使出来る。ハプスブルク王はこの地に自治権があった事を尊重され、長年その権利の行使を留保して来ただけなのだ。そしてその管理権、抵当権、そして守護権は代理執政官である私に引き継がれた権利なのだ。私はその権利を正当に行使する権利があるのだ」


 民衆は二の句が継げなかった。借金取りにそう言われれば抗弁は出来ない。

 それが王が取り決めた事ならば、もはや反駁は不可能と思われた。


「では第三に、抵当権について弁明しよう!」とブルクハルトは大きく響く声で言った。

 広場を取り囲む群衆は、その言葉を逃すまいと黙って聞き入った。


「そもそも、抵当を支払うべきは我々ウーリ側ではない。王の借金であるのだから王宮廷が返すべきものである。にも拘わらず、その借金の一部は前王に代わって我々が分担金として支出し、当州の領地権相当分を支払った。当然これは領地権の代替として、特許の権利と引き替えであった。そのことが書かれているのがこの特許状である! 分担金の支払いもあったために自治の特許を与えるとある。ハプスブルク家から解放ともある。これは抵当権を外し、領地権を買った事と同義である。そのため当邦には領主はいない。もちろん代理執政官もだ。我々の先人はそうする事によってウーリを独立した自治州としたのだ! これがその特許状だ!」


 ブルクハルトが強く宣言すると、アッティングハウゼンは特許状の入った筒を示し、それを高く掲げた。村人は呼応の声を上げ、剣を持ち上げた。が、すぐにブルクハルトは話を続けたので、上げた剣はすぐ元に戻った。


「よって! 領地権分が支払い済みとあらば、当然ながら抵当権、領地権は発生しない。帝国に法というものがある限りだ。毎年の分担金支出の証文はここにある通り、完済済みだ!」


 ブルクハルトは再び証文を高く掲げ、人々は拍手喝采を送った。

 ゲスレルはそこへ叫ぶように言った。


「しかし、その借金総計の過半は残っていたのだ! 抵当権により管理権は既に発生している!」


「重ねて言う! その借金の抵当を払うのは我々では無い! 先王だ! 我々は一円も借りてはいない。なのに我々は既に領地分の立替金を支払った。それは誰が受け取ったのか。ハプスブルク伯その人ではないか。前王は領地権の替わりにこの自治特許状を下された。それを代官は抵当権と管理権でタダ同然で取り上げる? 分担金も貰っておいて? 不当な二重取りではないか! 借金立替え金、領地権、自治権の侵犯、その上に税と通行料をも召し上げようとは三重四重の権利の簒奪だ! 法というものを知らないで来たのか! 王が自ら無法をするのか! 我らが剣は無法者からこの権利を守るために捧げられている!」


 ブルクハルトが剣を眼前に掲げると、剣を持つ多くの人々は強く「そうだ」と口々に呼応の声を上げ、同じく剣を眼前に掲げた。それは農夫達が一瞬にして騎士団となったような威圧感だ。

 ゲスレルは動揺しながらもヒステリックに叫ぶように言った。


「本来的に抵当は、債権者が選ぶことが出来るのだ! 証文にもある」


「ウーリは抵当からは外されたはずだ。しかし確かに、何処に幾ら債務が残っていて、何処に抵当があるかはこちらでは知る事が出来ない。借用証書はこちらには無いからだ。代官殿は今何処にあるかご存知ですな?」


 ゲスレルはようやく勝ち誇った顔になった。


「そうであろう。王の元には借用証書があるのだ。双方に抵当についても選べる記述がある。つまり正当な権利なのだ」


 村人の表情が沈んだ。その中でブルクハルトだけは笑みを浮かべた。ニヤリと。


「それこそが証文! 債務は借用証書を継承した者が支払うものだ。それを返すのは王位を継いだ者であり、それは現在借用証書を持つハプスブルク王であろう。つまり、既に借金の精算は済んでいるのだ! よって、抵当権は完全に無効である! 抵当権に由来する管理者の任も自治権にあっては無効。守護権に由来する徴税権も当地には無効である。つまりは代官には有効な権利は無い。今、自治の権利は我々自治共同体にあるのは世に明白である。ならば権利者である自治共同体のラントアーマンとして言おう。我々は徴税や王代官の権利拡大などの不当要求は却下する! 自治の事であれば多数決で決定だ。賛成の者は挙手を!」


 起死回生の言葉だった。この言葉に群衆は呼応の声を上げ、サーベルを上げた。


「全員一致で却下を決定する!」


 もう何の声も聞こえない程の歓声が沸き上がった。

 ゲスレルは二の句が継げなかった。抵当権に由来した管理権、守護権に由来する徴税権ともに無効ならば、主張するべき権利が無い。

 代理執政官の座というものはあっても、それは飾り物となってしまう事だろう。

 一部の町民はサーベルを振り上げて勝ち鬨の声を上げた。


「エイエイオー!」


 その声は波のように次第に広がっていく。掲げられたサーベルの数は、ゲスレルの周囲を護る十数人の騎士をも圧倒していた。

 面目を丸つぶしにされたゲスレルは真っ赤になって憤りを押さえた。


「今日はそうした反対意見を聞きに来た。だから許そう。その意見を王に諮り、今後の方針を決めることとする。今日はこれまで!」


 喧騒の中、そう言ってゲスレルは壇を降り、貴族や騎士の一団は広場を逃げるように去って行った。広場の人々はさらに大きな喝采の声を上げた。あちこちで「ブルクハルト!」と讃える声が起った。


「ブルクハルト! やったぞ!」


「王家の犬を追い払ってやったぞ!」


 村長やヘンゼル、村人達はブルクハルトを取り囲み、胴上げを始めた。幾度か空高く投げられ、そこから降りてきたブルクハルトは、村長とヘンゼルに放心顔で言った。


「言ってしまった……王がどう出てくるか……」


「なーに。よく言ったさ。今までの苦労は無駄では無かったのう」


 ヘンゼルがそう言うと、ブルクハルトは感無量になって頷いた。

 ヴァルターも、握手を求めて言った。


「凄かった! もうブルクハルト先生と呼ばせてもらいます」


 そして、アッティングハウゼンとブルクハルトは町の喝采に応えながら通りの中央を歩いた。さながら祭りの日のパレードのようだった。



 その日、夕方になって、家にエルハルトとアルノルトが帰って来た。広場には成人男性だけしかいなかったので、女達、そして子供達は広場の出来事をまだ知らなかった。

 カリーナは預かっていた手紙をエルハルトに渡した。その封筒は異様に分厚い。


「これ、エルハルトに手紙よ」


「エルハルト兄さんに手紙? 珍しいな」


 アルノルトが興味深げに覗き込む。


「ありがとう。誰だろう。クヌフウタさん!」


 エルハルトはその名前を見て、思わず手紙を隠した。

 居間の影へ行き、エルハルトが手紙を開けると、そこにはクヌフウタが手紙で問い合わせて知り得たイサベラの状況が書かれていた。


「イサベラさんは無事だそうだよ」


 居間にいたアフラはこの声に跳び上がった。


「えっ! 本当? 私の所へは返事無いのにずるい」


「あるぞ」


 エルハルトは三通の手紙をアフラに渡した。


「えっ。誰から?」


 アフラはそれに飛びついたが、それを見てすぐに落胆した。それはすべて自分が出した手紙だったからだ。


「クヌフウタさんからだ。お前の出した手紙が送り返されて来たよ。今やもう不在なので出さないように伝えてくれだって」


「きゃーっ。恥ずかしい!」


 アルノルトも居間に来て聞いていた。


「クヌフウタさんは何だって?」


「王女からの手紙によれば、イサベラさんは丁重に扱われているってさ。ただ、メッケンのハプスブルクの城の一角から出られず、連絡は禁じられ、軟禁状態とのことだ」


「まあ。それは気詰まりね」


「どこで覚えた? そんな言葉」


「イサベラさんがそう言っていたの」


「そうか。じゃあすぐ出られるといいな」


「そうね。私、そう祈るわ」


 アフラは手をぐっと組んで言った。

 エルハルトもアルノルトも気持ちは同じだった。



やって来た王の代官を、見事追い出すことには成功しました。しかし、これで話が収まるのかどうか。

王の出方が気になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ