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広場の出来事


 それから半月程が経った。

 アフラは家でイサベラへ宛てた幾通目かの手紙を書いていた。

 手紙を書く間、マリウスは遊び相手がいないので、退屈そうにしている。


「お姉ちゃん、またお手紙書いてる。お返事来た?」


「ううん」


「じゃあ書いても意味無いじゃない」


「いいの。書くしか無いんだから」


「見せて」


「じゃーま。考えてるんだからあっち行って遊んでなさい」


「けちーっ」


 アフラはイサベラを思うと心配で胸が一杯になって、なかなか筆は進まなかった。

 アルノルトなどはもう心配もしていないそぶりだったが、思い出したようにイサベラからの返事はあったかと聞く。それが今朝出かける前だった。するとアフラはその度に思い悩んだあげく、もう一度手紙を書く事になるのだ。

 イサベラがハプスブルク家に連れ去られた後、抵抗していたブルグント自由伯領は降伏し、王家への抵抗を止めたと父から聞いた。イサベラのそれ程の高貴さと、今の境遇を思うと、アフラはしっかり秘密にして守れなかった事を悲しくなる程に後悔するのだった。

 アフラは手紙を書き終えると、マリウスと一緒に外へ出た。

 村で手紙を出す方法は、村長やギルドの人に渡すか、アルトドルフの駅舎のポストに直接届け、そのまま特急便馬車に乗せて貰うかだった。

 イサベラへの手紙の秘匿性を考えれば、当然後者を選ぶより無い。思い返せば以前はまるで無配慮に出してしまった事が悔やまれた。


「どこまで行くの?」


「アルトドルフまで行くの」


「遠いね」


「いい運動だわ」


 二人は長い坂道をビュルグレン村まで下り、そこからさらにアルトドルフまで歩いて行く。

 アルトドルフの広場を横切ると、何処かの官吏が来ていて何かの立て札を立て始めた。


「何を作ってるのかな?」


 マリウスが首を傾げて見るが、アフラはそれを気にせずに行ってしまう。


「待って」


「寄り道しないの」


 アフラはもう少し先の駅舎まで歩いた。

 その近くへ来ると、アフラは建物の影に隠れ、周囲に人がいる間は道に出ようとしなかった。


「何してるの?」


「人がいる……」


「そりゃあ大通りだもの。いっぱいいるよ」


「いなくならないかしら……」


 しばらく見ていると人は少なくなり、人が見ていない隙を見つけてアフラは走った。

 そして戸口のポストに手紙を入れようとしたところで、駅舎の建物から男が出て来た。


「やあ、こんにちは」


「こ、こんにちは!」


「慌ててどうしたさ?」


「えーと……広場に変な人が!」


「変な人?」


 アフラはそう言って回れ右をして元来た道を戻った。


「お姉ちゃん手紙は?」


 後ろから遅れて駆けて来たマリウスが言ったが、アフラは止まらず、再び元の建物の影まで戻って来た。


「なかなか手強いわ……」


「あの人こっち来るよ」


 さっきの男はアフラの隠れている建物へと歩いて来る。

 この男はヴァルターと言って、ビュルグレンより奥の谷、シュピリンゲンを管掌とするアーマンだった。


「変な人ってどこさ?」


 ヴァルターはアフラを見つけて言った。


「向こうの広場! ね?」


 アフラがマリウスにも聞くように言うのでマリウスが言った。


「うん。木で何か作ってた」


「そうか。仕方無い、見て来るか」


 ヴァルターはそう言って広場の方へと歩いて行った。

 アフラはそれを見送って、大きく息を吐いた。


「はあ。ビックリしたー。手紙見られたかと思った」


「お姉ちゃん、今なら人いないよ」


 アフラはそれを見てまた駆けて行き、戸口のポストに手紙を入れた。


「アフラじゃ無いか。お手紙?」


 ちょうど駅舎から出て来たのはソフィアの母、ハンナだった。


「えええ! 見なかった事にしてーっ」


「手紙くらいで何を慌ててるんだよ。秘密の手紙?」


「もう秘密の秘密なの!」


「この子ったら、もうそこに出したら秘密も何も判らないじゃないか」


「そ、そうでした」


「黙ってすましてれば良かったのに。可笑しいねえこの子は」


 そう言ってハンナは笑った。

 ハンナとは帰り道が一緒だった。マリウスとも合流し、広場の方へと歩いて行くと、町の人々が何かを取り囲んで騒いでいた。

 さっきの官吏が立て札を立てて文書を貼っていたのだ。


「何て書いているのかしら?」


 アフラはその立て札に貼られている紙の字を読み始めた。

 隣にいたハンナが驚いてアフラを見た。


「あんたもう字が読めるの?」


「うん」


「何て書いてあるの?」


「今ウーリは王様フレトリヒ二回目……難しい言葉が多くてよくわかんない……」


「そう……残念」


 そう言っていると、ヴァルターに手を引かれ、アッティングハウゼンも広場へやって来た。


「これを見て下さい。アッティングハウゼンさん」


「一体これはどうしたことだ?」


 そこにいた官吏はアッティングハウゼンを見付けると歩み寄って来て言った。


「宮廷からの下知である。これをよく読むように」


「宮廷? じゃが字を読める者なんぞここじゃあ一握りだぞ」


「では、読み上げよう。一度しか読まんぞ。良く聞くように」


 宮廷官吏はそれを声に出して読んだ。


——現在ウーリ州は先王フリードリヒ二世の自治特許の下、王下の直轄領として自治権を付与されている。

先王はハプスブルク家への借金の抵当として当州を充て、この抵当権によってハプスブルク家をしてウーリ州の管理者に任じ、その後借金を残したまま急逝されるに至っている。管理者たる王家はその自治の特許を尊重し、闘争発生時にのみその権利を行使して来た。

この程、聖母聖堂の守護権者であるラッペルスヴィル伯が断絶するに至り、その諸権利は併せて王家の預かるところとなり、権利を総轄する次第となったため、ウーリ州を正式に帝国代官領とし、新たに王の代理執政官を任じて置くこととする。

五日後の正午、アルトドルフ広場にて代理執政官による発表をする——


「以上だ。五日後に代理執政官殿が来るから、ここに集まるように」


 宮廷官吏はそう言って手じまいを始めた。


「なんと! 帝国代官領とな!」


 それを聞いたアッティングハウゼンはあまりのことに絶句した。

 ヴァルターはアッティングハウゼンに聞き返した。


「これは一体どういうことなんです?」


 住民達の目はアッティングハウゼンに注がれた。

 アッティングハウゼンは頭を抱えた。


「……王がここまでやってくるとは! 早過ぎる!」


「早過ぎるって、アッティングハウゼンさんは知っていたのか?」


「いや。知ってるも何も前に話した通りじゃ。聖母聖堂の守護権者が王の預かりになったと言ったじゃろう。エリーゼ様の後継者が任じられるはずじゃったが、その他に王の代理執政官、代官がいるということじゃな」


「じゃあ抵当権とか帝国代官領と言うのは?」


「王領になるの? ウーリは!」


「ウーリの土地はどうなるんです?」


「儂等はどうなるんじゃ!」


 町民に詰め寄られたアッティングハウゼンはヴァルターを押し返して言った。


「待て。私の方が聞きたいわい! 立て札には五日後の正午に代理執政官による発表があると書いてある。それを聞いてみるしかなかろう」


「五日後の正午……」


「ここにいる皆で手分けして、五日後の正午ここに集まるように出来るだけ多くの人へ伝えてくれ。ビュルグレンや遠方の村へも忘れずな」


「そうしよう!」


 村人達は話し合って、それぞれの場所へと足を向けた。


「何かすごい事になって来たね」


 ハンナが心配げに言った。


「ビュルグレンって言ってたわ」


「ウチもきっと後で大騒動だね」


 アフラとマリウスはそう言って帰り道へと足を向けた。



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