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春祭り


 厳しい冬の雪の精霊が去り、春の精霊がやって来たことを祝う春祭りの日、色とりどりの花を髪に飾り、乙女達は民族衣装に身を包んでアルトドルフの町中をパレードする。ウーリでは古くから村の豊饒は春の精である春の乙女によってもたらされると信じられて来た。

 色鮮やかな花で髪を飾った春の乙女達の行列が来ると、人々は喝采の声を上げた。

 その後からは服に花を付けた楽団や、花で飾った馬車に乗った雪爺人形が続き、子供達は大きな歓声を上げ、さらに盛り上がりを見せた。雪爺人形はベーグという冬の精を形取ったもので、藁で作った大きな人形に羊の毛で顔や飾りを着け、十字架に掛かるような格好になっている。

 ビュルグレン村もこのフェスタには大々的に参加していて、シュッペル家も一家挙って参加していた。

 アフラは自慢の民族衣装を着て、春の乙女達の中にいて、花を振りまいて歩いていた。

 アフラは病気が治ってまだ二週間ほどしか経っていない。それでも春の乙女として春祭りに参加することは本人の強い希望で、この祭りに娘を出す事はこの一帯のステータスでもあったので家族も止めることは出来なかった。

 街の人々はパレードが通り過ぎるまで見てから、それぞれに用意されたパーティーの場へと散って行くのだが、シュッペル家の動きは少し違っていた。

 管区長であるブルクハルトはフェスタを主催する側にあって、広場でアッティングハウゼンや地元名士達と集い、カリーナはフェスタの世話役をしていた。

 子供たちはパレードに列して、中でもアフラは春の乙女という主役である。

 エルハルトとアルノルトは一面花で彩られた馬車の山車の牽き役をして、アフラが見えるところにいた。

 その馬車には村の子供たちが乗り込んでいて、そして真ん中には大きな木のポールが立てかけられるような形で乗っている。その上の方には金属細工で牛や羊を放牧する姿のような意匠が凝らされ、白い花で飾られている。このポールはメイポールとも呼ばれる祭りの主役だ。

 また、その馬車の中には一風変わった客人がいた。大きな白い羽根帽子を被り、白と銀のフリルで豪華絢爛な服を着た娘が二人、微笑みを湛えて村の子供達と一緒に手を振っている。雪の王女と七人の小人のようにも見える。元来は五月の女神を顕したものだったが、二人もいるとその意味はほぼ無くなっている。

 その二人の女王は村娘にしては気品が溢れていた。それはイサベラとユッテだった。

 アルノルトはモリッツに「その娘はコレかい」と小指を立てて囃されたので「別邸から来た人さ」とごまかした。このパレードにはいろいろな方面から人がやって来るのであまり疑われることはなかったが、それでもモリッツや村の人々の好奇の目は止むことが無い。もし露見すれば、村人は騒然となるに違いない。


「なんでこんなことに……」


 この二人が馬車に乗ることになったのは、エリーザベトからの依頼であった。ブルクハルトは快諾し、アルノルト逹は当日顔を合わせて初めてその二人がイサベラとユッテであると判ったのだ。

 それでも今更王族が来たと言うと騒ぎになる。大人しく知らない振りをして荷馬車を牽くしか無い。

 そうしながらも、アルノルトは前を行くアフラを目で追った。春の乙女に扮して花片を播きながら歩くアフラは、やはり晴れやかで微笑ましい。次第に花を播く回数が減ってきたのは、やはり疲れているのだろうと心配した。

 不意にアフラは何かを見つけて手を振っていた。サビーネに連れられてマリウスとジェミが沿道にいるのが見えたのだ。隣にはイェルクの小さな娘のセネカもいた。祭りを見に山から下りて来たのだ。


「兄さん! あそこで止めていい?」


「判った」


 エルハルトは馬車を速めて行列を横から追い抜かし、マリウスとジェミのいる道端へ寄せた。アルノルトはジェミに手を差し伸べた。


「ジェミ!」


「やあアルノルト」


「良く来たね。乗ってくかい?」


 アルノルトと握手しながら、ジェミは信じられない風に言った。


「いいの?」


「大歓迎さ」


 躊躇するジェミの隣でマリウスが大はしゃぎした。


「ワーイ。僕も乗っていいんだね?」


「ジェミに言ったんだよ。でもまあいいか」


 ジェミはそこで目を輝かした。


「セネカもいい?」


「ああ。もちろん」


「行こうセネカ」


「うん……」とセネカはあまり乗り気で無いようだ。

 サビーネがその背を押した。


「行っといでよ」


「うん」


 マリウスとジェミ、セネカがアルノルトの手を取って花の馬車に乗ったが、その間パレードは足止め状態になり人々は大騒ぎしている。するとその間にアフラもそこへ駆けて来た。


「私も乗るー!」


「春の乙女は先頭にいなくていいのか」


「もう疲れちゃったもの」


「しょうがないなあ」


 そしてアフラが花の山車に登った。村娘のソフィアがアフラの手を取って乗るのを助け、馬車上でハイタッチをして笑った。ユッテとイサベラともハイタッチを交わす。その娘達の華やかさに沿道の人々は新しい趣向かと、大いに拍手をしてこれを迎えた。アフラはそれに応えるように花の馬車の上から花片を撒き、さらに歓声を湧かせた。

 パレードの列から見るアルトドルフの町は、色とりどりの飾りが町の至る所に掛けられていて、沿道はパレードを迎える人々の声と熱気で溢れ、自然と気分が高まってくる。高い家の窓からも手を振っている親子がいる。アフラとマリウスはそんな人々に大きく手を振り返した。


「気分はどう?」とマリウスが聞いた。


「いい気分だね!」とジェミは満面の笑みだ。

 アフラは得意顔で「そうでしょう?」と笑った。

「セネカも楽しい?」とジェミは山の言葉でセネカを振り返る。

「うん。町中が喜んでるみたい」とセネカが笑った。


「そうだね。楽しくなってくるね」


「うん」


 町の中心へ来ると建物も立派になって来る。

 手を振っていたマリウスはその高く大きな窓に変わった一行を見つけた。

 それは狩人の集団だ。


「また変な狩人がいる……」


 そこにいた小さな狩人には見覚えがあった。

 大きく両手を振ると、狩人は小さく手を振り返した。


「狩人? どこどこ? あらホント」


 アフラもその窓へ手を振った。

 しかし、ユッテとイサベラはそれを見て、後を向いてしゃがみ込んでしまった。


「もしかして……バレたかしら?」

「まだ顔は判らないんじゃないかしら?」


 そして二人は小さくしゃがみ込んで隠れてしまった。


 パレード隊がアルトドルフの教会の広場へと到着すると、そこでベーグ人形は村人達に連れて行かれ、広場に組んだ井桁の上に乗せられる。

 そして春の乙女達が雪爺ベーグに花を投げかける。それは冬の精を春の精が追い出す儀式だった。

 ついでに雪の女王にもアフラは花を振りかけた。これはほんのついでだったが参列者にとてもうけた。

 そして次には人々の手でメイポールが広場に立てられた。ポールにはの上には金属細工が木のようにきらめき、最高点にはメイフラワーとも呼ばれるホーソンの白い花が添えられている。そして金属細工の下に幾つも結んだ赤白のリボンを持って人々は踊りながらその周りを巡っていった。

 その間もアフラたち春の精は踊りの輪の周辺で花を撒いて歩く。

 木のポールはいつしか紅白の螺旋模様にリボンが巻き付いて行き、円錐のテントのような形になったあたりでリボンを地面に打ち留めて踊りを終える。

 その後、仮設の壇上よりアッティングハウゼンが一演説をして、祭りは一時自由解散し、夕方に広場へ再集合となる。日が落ちてから井桁に火を付けて、後は踊りに興じるのだ。


「つかれたー」


 一仕事を終えたアフラは、花の馬車に腰掛けて、次にはもう寝っ転がって言った。

 マリウスも「僕もー」と隣に寝ころんだ。

 カリーナは「こんなところで寝てちゃあみっともないじゃないの。他の村の春の乙女はまだあちこちを花を撒いて回っているのに」と、娘のはしたなさを嗜めた。

 エルハルトが親指を立てて言った。


「まあ病気明けなのによく頑張った。アフラはもう帰るか?」


「まだ雪爺に火を着けるのを見なきゃ。一休みすれば大丈夫よ」


 サビーネがジェミの顔を覗き込むように言った。


「楽しんだかい? 小さなセネカやジェミはもう私と帰るかい?」


 しかしジェミは首を横に振った。


「ううん。僕も最後まで見て行きたいんだ。山へのお土産話になるからね」


「そうかい。でも小さいセネカは夜まで大丈夫かな?」


 ジェミがセネカを振り返ると「大丈夫」とセネカが笑った。


「そうかい。でもこれから私は会の集まりがあるし……。アルノルトや。この子達を預けてもいいかい?」


 アルノルトは快諾して言った。


「ああいいよ。行っておいでよ。そういえばお嬢さん方もそろそろ帰る時間じゃないのか」


「えーっ。もう帰っちゃうの?」とアフラは勢い良く体を起こして言ったので、イサベラは些か驚いた。

 ユッテが得意そうに言った。


「今日はすぐ近くに宿を取ってあるの。イサベラも一緒よ」


「今日は教会の了解も得てあるから大丈夫」とイサベラは頷いた。


「良かったあ」


 と、言いながらアフラは再び馬車に転がった。そしてそのまま寝息を立てた。


「こいつったら何秒で寝れるんだ」


 アルノルトが驚いてそう言うと、一同は笑った。

 カリーナがアフラの髪を撫でて言った。


「やっぱり病明けで疲れているのよ。村のパーティーには出れそうにないわね」


「父さんがもう行ってるから、お母さんはそっちに行って来てよ。僕がここにいるから。兄貴とマリウスも行ってくるといいよ」


「そうね。じゃあお言葉に甘えていいかしら。アフラを宜しくね」


 エルハルトもお腹を擦って言う。


「流石に腹が減るな。ジェミ達にはあとで料理をここへ持って来てやろう」


 エルハルトはそう言うと、カリーナはマリウスを連れてパーティーへと出掛けていった。

 アルノルトと残ったのはイサベラ、ユッテとジェミとセネカ、そして寝ているアフラだった。

 ジェミとセネカにはパーティーへ行っても席が無かった。イサベラとユッテもそのままパーティーへ出す訳にはいかない。

 アルノルトはこの場をどう過ごそうかと考えた。


「お腹が空かないかい? ジェミ。何か買って来ようか」


 そう言うアルノルトにジェミは神妙な顔をした。


「そうだね。でも本当なら僕、町のパーティーなんて出ちゃあいけないんだ。お金も無いし、ここでは食べないよ」


 こういうところでもジェミは物分かりが良すぎた。


「でもせっかくのお祭りだからな。少しくらいは何か食べるものだろう」


 それを聞いていたユッテは一つ提案をした。


「それなら、私の宿を使ってパーティーすればいいじゃない」


「お嬢さん達の部屋で?」


「そうよ。広いのよ? アフラにはちゃんとベッドで休んで貰えるし、お料理は宿で用意出来るし?」


「でも、僕らそんなお金無いよ……」


「私はパーティーに御招待したお客様からお金は取らないわよ」


「エルハルト兄さんが後で料理持って来るって言ってたし……」


「何よ。こんないい話なのに! レディーの招待を断るって言うの?」


 この一瞬でユッテはご機嫌ナナメだ。

 イサベラはすかさず言った。


「お願い。イエスと言って」


「わかったよ。まあいいアイデアだ。ただ、ジェミとセネカも招待してくれるならな」


「もちろん! ジェミ、セネカ。お二人は私達のパーティーに来て頂けるかしら?」


 呼ばれた二人はお互いを見合ってから頷いた。


「良かったわ。じゃあ、早速ご案内するわ。こちらよ」


「おいアフラ。行くぞ」と言ってもアフラは起きることは無かった。アルノルトは仕方なしにアフラを乗せた馬車を静かに手で引いて歩いた。

 アルトドルフの山の手にその宿はあった。この辺りでは一番大きいホテルのようだ。

 豪華なホテルのエントランスには数人の警護人の姿があり、ユッテの近くに駆け寄って来て「お帰りなさいませ」と深々と頭を下げている。


「この人達を先にお部屋へお通しして」とユッテは小さいのに女主人のようだ。


「なんかものものしいね」


 アルノルトは起きないアフラを背に背負いながら、入るのを躊躇った。

 ユッテは少し舌を出して言った。


「勝手に抜け出したの。先に部屋へ行ってて。準備もあるし。一番上よ」


 準備のあるユッテを残し、子供達はホテルへと入った。

 アルノルトはアフラを背負って、最上階まで階段を上がった。

 そこには大きな扉があり、メイド姿の女中がドア前に待っていた。

 イサベラが声を掛けると、女中がドアを開けて部屋へと案内された。

 そこは最上級のスイートルームだった。最上階全てが一つの部屋になっているようだ。

 アルノルトは肩で息をしつつも驚きの声を上げた。


「なんて広い部屋なんだ!」


「ベッドもふかふかだよ」


 早速ベッドに飛び乗って飛び跳ねているジェミとセネカだったが、アルノルトはそれを顎で追いやって、背負ってきたアフラを寝かせた。こんな中でもアフラは深く寝入っている。


「すっかり眠り姫になってしまったな」


 しばらくすると、ユッテが初老の支配人を連れてやってきた。


「ここに大きなテーブルを置いて、椅子は六つよ。小さな子が二人いるから補助椅子もいるわ。料理はここで一番いいコースを纏めて持って来てちょうだい」


 ユッテは子供離れした的確な指示をボーイに出し、その注文の豪華さに、支配人はその注文自体が信じられないという面持ちだ。

 アルノルトはイサベラに囁いた。


「いいのかい? あの豪華さじゃあ村娘じゃないことがバレるよ」


「いけない!」


「もう手遅れだ。こうなったらいっそ人数を集めて派手にやるしかない。兄貴達もこっちに呼んで来るよ」


「えっ。さっき頼んだ人数が変わっちゃうわ」


「まあ何とかなるさ」


 と言ってアルノルトが出て行くと、イサベラは取り残された心地になり、アフラの眠るベッドの方へ行った。

 そしてまだぐっすり寝ているアフラに布団を掛けた。


「出来るだけ急いでね。みんなお腹空いてるの」


 すっかり畏まって出て行く支配人に、ユッテは浴びせるように言い、ふうと息を吐くと、向かいのセネカと目が合った。


「あなたもお腹空いた?」と、ユッテがセネカに声を掛けると、セネカは後退りしてジェミの方へ隠れる。

 ユッテが困惑顔をしているとジェミが言った。


「気にしないでお姉ちゃん。セネカは町の言葉が殆ど判らないんだ」


「山の言葉ってこことは違うの? でも、あなたは話せるのね」


「お父さんが山の言葉より村の言葉で話すことが多かったからね。でも普段は山の言葉だよ」


「そうなの。山の人って違う国の人みたいなのね」


「そうだね。ぜんぜん違う国だね。山では自分の物は自分で取ってくるし、自分で作る。お金は殆ど使わない。お金でどうにかなるものは殆ど無いんだ」


「お金が無いと不便じゃない? 食器とか、お道具とか買えないでしょう?」


「山では不便しないよ。自分で作るのは時間かかるけど楽しいんだ。でも村に降りてくると不便だよ。お金が無いと食べたい物も食べられないし」


「物を買えないとしたら、食べ物はいいとしても、お洋服はどうするの?」


「服はお母さんが作るよ。その方がピッタリなんだ」


 ジェミが袖を出して見せるとイサベラがそれを見にやってきた。


「本当にピッタリ。それに綺麗な服ね」


「お家建てる時はそうはいかないでしょう?」


「里の皆が総出でやるとあっという間に出来ちゃうよ。家作りは楽しいから趣味みたいな人もいるし、それも助け合いだからみんな手伝ってくれるし、後でお礼はするけど、お金は掛からないんだ」


 そう聞いてユッテは溜息混じりに呟く。


「なんだか山の暮らしも素敵」


「そうさ。山が一番だってみんな言うよ」


「それじゃあ。私の暮らしなんてまだまだなのね」


「そうさ。まだまださ」


 ユッテの王家というこの上無い身の上と比べ、山の暮らしの方が良いとはどういう事だろう。

 ユッテはジェミの得意げな目に負けを悟り、イサベラを見て両の手で天を仰いだ。


「ジェミには負けたわ。今日はこれからご馳走が来るから、遠慮無く沢山食べて行ってね」


「うん。ご馳走になるよ」


「セネカもご遠慮無く。そう伝えて」


「うん」


 ジェミがセネカに山の言葉で伝えると、セネカも良く判ったように頷いて、ユッテに笑顔を向けた。

 しばらくするとアルノルトがエルハルトを連れて帰って来た。


「ただいま。兄貴を連れて来たよ。山盛り料理もあるよ」


「やあやあ。お楽しみだね。これはお裾分けだ」


 エルハルトの手には一皿山盛りのバイキング料理があった。

 ジェミとセネカはそれを見て山の言葉で大喝采だった。


「ようこそお兄さま。歓迎致しますわ」


 ユッテは白く長いドレスの両裾を持ち上げて言ったものだ。

 しかしエルハルトは少し困った顔で料理をテーブルに置いて言った。


「いや。俺はこの料理もあったんだが、場所を確かめに来ただけなんだ。アルノルトとアフラにはもう席が用意されていてね。村人達も待ってるから連れて行かなきゃいけない。パーティーが終わったら迎えに来る。それまでこの子達を頼んでもいいか?」


 ユッテは残念さを呑み込みながら言った。


「それは仕方のない事です。私達はここでささやかにパーティーをしていますわ」


「感謝するよ。持ってきた料理は見てくれは悪いがまだキレイだから、みんなで食べてくれ」


 そう言ってエルハルトは寝ているアフラを軽々とお姫様抱っこし、イサベラに会釈して部屋を出た。それを追いながらアルノルトはイサベラとジェミを振り返った。


「ごめんね。今日はアフラは主役だから忙しいんだ。後でまた連れて来るよ」


 そう言ってアルノルトも部屋を後にした。ジェミは声を掛けようと少し駆け寄りつつ、ドアからそれを見送るのみだった。


「行っちゃった」


 ジェミがつまらなそうに言った。その隣でセネカが何かを訴えて、自らテーブルに着こうとした。


「待って」


 ユッテがそれを遮って言った。


「レディーは案内があってから席に座るものよ」


 近くにいたイサベラは子供用椅子を手の平で指し示し、椅子を少し引いてあげる。


「こちらへどうぞ」


 セネカが座りながらゴニョゴニョ言っているのをジェミが通訳した。


「レディなんかじゃないって言ってるよ」


 そう言っているうちから、セネカの手はアルノルトの持って来たソーセージに伸びて摘み食いを始めている。

 イサベラが言った。


「食べるのも勝手に食べてはいけなくてよ。みんな揃ってお祈りをしてから食べるものなの」


 と、言っても意味が通じず、セネカの手はもう止まらない。ソーセージ、ローストチキン、そしてポテトを次から次へと手掴みで摘んでは、手の脂を嘗め取った。これにはイサベラは目を白黒させた。


「ああなんてことを……。手掴みは厳禁よ」


 イサベラはナイフとフォークを取って、説明する。


「ナイフとフォークを使って音を立てないように……」


 それをジェミから聞いたセネカは口いっぱいに頬張りながら頭を掻き、満面の笑みだ。


「セネカが美味しいから一緒に食べようってさ」


 ジェミはそう言うと、幾つも繋がったままのソーセージに手を伸ばし、手でそれをちぎってイサベラに渡した。

 それを手で受け取ったイサベラは、天を仰ぐようなポーズで溜息を吐いた。


「貰っちゃった」


 ユッテはこめかみに両手を当てて言った。


「山の人……やっぱりちょっと野蛮だわ」


「山ではみんなこんな食べ方さ」とジェミはソーセージを勢い良い音で一囓りして言う。


「食べないの?」


「そうね。沢山あるから食べないと」


「こんな美味しいのに。食べてみるだけ食べてごらんよ」


 イサベラは不意についさっきまで見ていた楽しい未来を失った悲しみが溢れた。


「イサベラ? どうしたの?」


「僕らが言うこと聞かなかったからなら謝るよ。ゴメン。ほらセネカも」


 謝るジェミとセネカに「いいのよ。そうじゃないの」と首を振って、イサベラは静かに涙を流した。

 それは誰を責めるでもない、静かな涙だった。



 ビュルグレン村のパーティーはアルトドルフと合同で行われていたので大勢の人がいた。

 広い部屋の中心にはアッティングハウゼンとエリーザベト、そしてルーディックがテーブルを囲んでいる。

 ブルクハルトとシュタウファッハもその席に呼ばれ、居心地が悪そうに座っていた。

 その場の人々には山盛りの料理やワインやビールが飲み放題で振る舞われ、向こう隣の声も聞こえないような賑わいだ。カリーナはその給仕役をしていて、マリウスは大きなテーブルに一人寂しくジュースを飲んでいる。

 エルハルトとアルノルト、そしてアフラの三人が入ってくると、「やっと来た」と喝采が起こったと同時に、エルハルトの背でだらしなく眠っている春の乙女を見て、大きな嘆息が漏れた。

 エルハルトとアルノルトはマリウスのいるテーブルへと歩いて行く。


「やあ。君。また会ったね」 

 ルーディックがアルノルトを見つけて近付いて来た。衆目に晒されたアルノルトは小さくなって会釈を返すのみだ。


「お嬢さんは一緒じゃないのかい? ブルグント公……」


 アルノルトは慌ててルーディックの懐へ飛んで行って口を塞いだ。

 アッティングハウゼンとブルクハルトは何事かと驚いて目を丸くしている。


「こら。アルノルト。失礼をするんじゃない。挨拶もまだじゃ無いか」


 アルノルトはルーディックの手を強く握って言った。


「会えて嬉しいよ。アルノルトです。ルーディック。少し話しがあるんだ。いいかい?」


「うん。いいよ」


「ん? そう言えば二人はもう知り合いだったか」


 苦笑いするブルクハルトを置いて、アルノルトはルーディックを連れて外へ出た。


「危なかったよ。イサベラお嬢さんの事はここではシスターのアニエスで通っているんだ。身元がバレるともう此処には出て来れなくなるだろう。そのつもりで口外しないようにしてくれ。頼むよ」


「そうか。それで時々シスター姿をされていたのか。パレードで見かけたけど、もうお帰りかな?」


「それは……秘密パーティーしてるよ」


「僕をそこへ連れて行ってくれないか」


「君はダメだよ。口が軽そうだし、目立つもの」


「ケチ」


「ケチじゃないよ。状況を判っているのか」


「状況?」


 アルノルトは身悶えして頭を掻いた。


「ああ! もう! それがすぐ判るまではダメだ。殊の外大きな秘密が控えているんだからな」


「明日には此処を起ってチューリヒへ帰るんだ。もう会えないのかな」


「そうか。まあ夜のダンスになったら広場へ行くだろうさ。そこでさりげなくなら会えるんじゃないか」


「そうか、ありがとう」


「君はしかし何て言うか、律儀だね」


「一応僕はあの方の騎士だからね」


 二人は笑い合い、パーティーへと戻って行った。

 戻るとエルハルトは「あの人は誰だ?」と聞いたが、アルノルトは「一応騎士だそうだよ」と返すのみだ。


「またあのイサベラさんの関係か。判ってるよ」


「えっ。知ってたの?」


「そんなのアフラを見てればすぐ判るよ」


「兄貴には敵わないや。アフラ、先食べるぞ」


 アフラは長椅子で起きる気配も無く寝ている。アルノルトは料理に手を出し始めた。


 日は落ちて、辺りが暗くなるのを見届けると、井桁には火が灯り、広場に集う人々の顔を赤く照らす。

 井桁の頂上には雪爺人形が置いてあり、次第に火が回っていく。

 人々は大きな歓声を上げ、祭りは最高潮の盛り上がりとなる。

 楽団の演奏が始まると、広場に集まった人々はそれぞれ思い思いのダンスを始めた。

 アフラはエルハルトの背で揺り起こされた。


「アフラ。おい。雪爺に火が点いたぞ」


 アフラは目を覚まして、もう火の塊となった雪爺人形を見た。


「あーっ。もう雪爺が燃えちゃってるー。燃えて行く所を見たかったのに……。どうして起こしてくれなかったのォ」


「そんなこと言ってもなあ。いくら揺すっても起きないからここまで背負って来たんじゃないか」


 続けてアルノルトもアフラに言う。


「そう言えば寝坊してばかりだし、どうやらまだ眠り病のようですなお姫様」


「えへへ。ごめんなさい。そう言えばイサベラさん達は?」


「そう言えば……。まだ宿にいるよ」


「えーっ! 雪爺が焼け終わっちゃうわ!」


 耳元で大きな声を上げられたエルハルトは飛び上がってアフラを降ろした。


「耳元で叫ぶんじゃない! 起きたんならもう降りろ」


「ヤーン。せっかく見晴らしが良かったのにー」


 アルノルトは駆け出しながら言った。


「じゃあ僕は宿に呼びに行ってくるよ」


「待って! 私も行く」


 アフラはアルノルトを追い掛けつつ走った。

 アルノルトは早足歩きで道を進み、アフラが一向に追い着いて来ないので、道の角で一時足を止めた。

 すると息を切らせたアフラが追い付いて来て腕を捕まえた。


「待ってよー。宿ってどこか判らないんだから」


「一回行ったよ? まあ寝てたら覚えて無いか。この先だ。付いて来れるか?」


「歩いて!」


 アルノルトは仕方なく歩いた。アフラは掴んだ腕にぶら下がるように歩いている。

 これでは往復する頃には雪爺は燃え尽きてしまうに違いない。


「重いよ」


 アルノルトは腕を振り払い、少しペースを上げてみた。

 アフラはそれを追い掛けてまた腕を掴んでは、引き摺られるような歩き方をする。そしてその息はひどく荒かった。

 アルノルトはアフラの体力がまだ完全じゃないことに改めて気が付いて足取りを遅くした。

 二人が宿の最上階に着くと、ユッテが戸口で出迎えてくれた。ユッテはアフラの手を取って言った。


「アフラ。来てくれたのね」


 戸口にやって来たイサベラも窓を指して言った。


「ちょうど広場の火を見ていたのよ」


「ええ! ここから見えるの?」


「見えるよー。こっちおいでよ」


 ジェミとセネカは椅子の上に立って窓から広場を見ていた。

 少し高台の宿の最上階からは、広場が眼下一望に見えていたのだった。


「素敵な広い部屋ー」


 アフラは部屋を一巡りして窓の外を見た。


「それに良い眺めねー。ここから雪爺人形が燃えるところ見えた?」


「見えたよ。ねえ」


 そうジェミが言うとイサベラもいつもより子供っぽい口調で「うん」と頷いている。


「私だってちょっとしか見てないのに……」


 アルノルトが窓まで来て言った。


「おお。良く見えるな。向こうはもう盛り上がっているよ。近くで見たい? ジェミ」


「うん」


「お嬢さん方も?」


 イサベラとユッテも大いに頷く。


「ええ」


「じゃあ行くか。ファイヤーストームへ」


「ええ」


 イサベラは満面の笑みになって、でも何故か涙を拭うような仕草をした。

 ユッテはイサベラの頭を抱きしめて撫でている。

 アルノルトにはそれが何を意味するのか判らなかった。

 一同は部屋を出て、賑やかな広場へと繰り出した。

 高々と燃え出したファイヤーストームに照り出された広場では、楽団が三拍子のワルツ曲を奏で、人々はメイポールを囲んで、男女一組になってダンスをしていた。


「僕らも踊ろう!」と言うアルノルトに、

「どうやって?」と、イサベラはユッテと顔を合わせた。


「男女二人で組んで回りながら、あとは揺れるように踊ってればいいのさ!」


 アルノルトはアフラと向き合って、手を取って踊って見せた。

 二人は息も合っていて、時に一回りし、時に手を高く合わせ、時に抱き合うような格好になって軽やかに踊った。

 イサベラはユッテに「踊る?」と聞いた。


「はしたないわ」


 ユッテは赤面しつつ言ったものだ。

 事実この時期、王宮ではこうしたワルツのダンスを汚らわしいとして禁止さえしていた。

 アフラは花の冠を付け、春の乙女の格好だったので、踊る姿は花の妖精のように華やかだ。とたんに注目を浴び、一曲が終わると拍手喝采が起こった。

 すると、同じ年頃の男の子が花を持ってやって来て、アフラに次の踊りの申し出をした。


「踊っておいでよアフラ」


「うん……じゃあ」


 アフラは花を受け取って、その男の子の手を取って、さっきまでと違い、控えめに踊り出す。足を踏まないように探り探りのようだ。

 そうしていると曲が終わらないうちに、さらに数人の男がアフラへ踊りの相手を申し出た。アフラは大いに戸惑いながらも少しずつそれぞれの男と踊り、すぐ次の男と変わりつつ、踊りの輪を作っていく。

 時々に渡される花を抱えるように持っていたが、その花をジェミに渡し、次はセネカに渡した。

 イサベラは目を輝かせた。


「綺麗ね、アフラさん。踊る姿が本当に妖精のよう」


 ユッテも「うん。キレイ」と頷く。


「我が家の春の乙女だからな」


 得意気にそう言いながら、アルノルトは今まで見せたことも無い笑みを見せた。

 少し前は深刻な病だったアフラの姿を思い出し、こうして踊れるようになって良かったと心から思ったのだ。

 アルノルトは不意にイサベラの前に立って言った。


「踊ってみるかい? 僕で良ければ」


 イサベラは「判らないわ」と言うが、目は興味津々だ。


「教えるよ?」


 そう言ってアルノルトはイサベラの手を取った。そっと手を腰に回して、


「まずゆっくりやるよ。このまま音楽に合わせて揺れてるだけでもいいのさ」


 不意に半ば抱き合うような格好になったイサベラは顔を赤くして恥じ入り、ダンスも辿々しかった。


「次は回るよ。1、2、3、ハイターン」


「出来てる?」


「もう一回。ターン。そうだ。上手いね。ターンが綺麗だ」


 そう言われてイサベラは笑顔になった。

 回るタイミングを会得してリズムに乗れるようになると、次第に楽しくなって来る。


「こうね? 踊れてるかしら」


「いいね」


 イサベラが笑顔を向ければすぐそこにアルノルトの笑顔がある。イサベラはまた顔を赤らめた。

 取り残されたユッテは次第に退屈になって言った。


「つまんない。イサベラ。私と踊って」


「あら。男女ペアじゃなくても?」


「いいの!」


 アルノルトは苦笑いした。


「踊りは見てて判るのかい?」


「うん。もう判るわ」


 そうもしていると曲が終わり、アルノルトとイサベラはユッテとジェミ逹のいる元の場所へ戻って来た。

 そこへ、ルーディックがやって来た。そしてイサベラの前で手を差し伸べ言った。


「姫、次はどうぞ私と踊って頂けませんか?」


 イサベラが戸惑っていると、ユッテがつんと澄まして「私と先約なの」と言い残し、イサベラの手を取って、広場へ走り出した。

 ルーディックは追い縋るように数歩行き、がっくり肩を落とした。

 アルノルトが見かねて声を掛けた。


「残念だったね」


「君は踊ってたね。はあ。抜け駆けだよ」


「抜け駆けは非道いな。ここのダンスを教えてたんだ。そういえばダンス知ってるの?」


「いや、知らないけど」


「知らないのに踊るつもりだったのか」


「宮廷流のダンスがあるさ」


「だから、そういう身バレするのはここではダメだ。言ったろう?」


「教えてくれないか」


 曲が再び始まり、踊り出したユッテとイサベラは白く長い外套を着て雪の女王に扮していたので、こちらもまた人の目を引いた。

 その隣ではアルノルトとルーディックが男同士で辿々しく踊っている。

 ジェミとセネカを見れば、山の踊りのような珍しいステップを踏んでいる。

 しばらくしてそこにアフラが加わった。アフラは見様見真似の踊りの中で時折クルリと一回りをした。その内にバランスを崩し、倒れそうになった。アルノルトはそこへ走って行き、アフラを支えてやった。


「大丈夫か?」


「うん。ただ時々フラッとするみたい」


 体勢を整えつつ、アフラははにかみながら言った。

 アフラの息は荒く、汗も激しい。


「また熱が上がってきたんじゃないか?」


 ジェミとセネカも少し心配そうに近くに寄って来た。


「無理しないで」


「そうだ。病み上がりは無理するな。もう帰ろう」


「イサベラさんとユッテさんに悪いわ」


 そこへ、広場の反対側からエルハルトとマリウスが歩いて来た。


「お姉ちゃーん!」


「マリウス!」


 広場を横断するように声が飛び交う。


「お姉ちゃん。これ使う?」


 マリウスが高く持ち上げたものは小さな籠だった。

 歩いて来たマリウスはそれをアフラに渡した。それは昼間に使っていた花片の入った籠だった。


「じゃあ使い切っちゃおう」


「うん!」


 アフラはマリウスから花片を受け取って辺りに振り撒いた。


「それ!」


 広場に赤や白の花片が降ると、その度に拍手と喝采が沸いた。

 アフラは場所を変えながら花を振り撒いて行く。

 アルノルトはエルハルトに近付いたところで言った。


「兄貴、アフラはもう疲れてるみたいなんだ。馬車の所へ連れて行ってやってくれ」


「ああ。そうみたいだな」


「僕はアニエスさんらを送って帰るよ」


 花片を撒きつつ拍手喝采を浴びているアフラを脇目に、アルノルトは場所を戻ってみたが、もうそこに二人の令嬢はいなかった。

 周辺を探し歩くと、ユッテとイサベラは踊りの輪を少しずつ移動して、ファイアーストームの近くで踊っている。アルノルトはそれを目で追いながら、人混みを歩いて近付いて行った。

 高く組まれた井桁の上にモニュメントの焼け残りがあり、不意にそれが倒れた。

 それをきっかけにして井桁が傾き出したのが見えた。

 その崩れる先にはユッテとイサベラがいた。


「危ない! 火から離れるんだ!」


 アルノルトは遠くから叫んだ。声はイサベラに聞こえたようだったが、火を背にしていてそれに気が付かず、手を振り返すのみだった。

 周囲の人が逃げ出すと、ユッテは火の異変に気が付き、イサベラの手を引く。


「倒れるぞ!」


 イサベラはそこでようやく後ろを振り返るが、同時にユッテに引っ張られて躓き、地に倒れた。


「イサベラ!」


 アルノルトは逃げる人を掻き分け全速力で走った。燃え立つ火が倒れ出し、悲鳴が沸いた。


「ハイヤ!」と、鞭を入れ、馬車を走らせる者があった。馬車はイサベラの後方に止まった。


「お手を!」


 若い細身の騎士が御者台から飛び降りつつ手を差し伸べた。

 しかしイサベラは走って来たアルノルトとユッテに手を引かれて走り去った。

 同時に井桁の火が倒れて来た。馬車にぶつかって井桁は一時止まるが、熱風が広場に満ち、火の粉が広場に突っ伏した騎士の頬を焦がした。

 馬車に火が点いて驚いた馬が嘶き、火を捲き散らして走り出した。

 騎士は起き上がって馬を追った。


「私の馬車! 火を消してくれ!」


 町民達は消火用に用意されていた樽の水を周囲に散らばった焚き木にかけたが、走って行ってしまった馬車には手が届かない。

 騎士は外套で馬車に点いた火を叩き消していたが火は衰えなかった。

 馬車の後部が焼け崩れ、中にあった生活道具も燃え始めた。

 そこへバケツ一杯の水を持って駆け付けたルーディック、そしてアルノルトが水を掛け、ようやく消火が為された。


「どうどう。怪我はなかったかグラニア」


 騎士が馬を撫でて宥めていると、アルノルトが言った。


「服にまだ火があるぞ」


 アルノルトは騎士の外套に未だ燻っていた火の粉を払ってやった。


「大丈夫かい?」


「ありがとう。この通り大丈夫だ。生活道具が少し焼けたが、馬は怪我しなかったようだ」


 アルノルトは後ろのイサベラを振り返りつつ言った。


「彼女も何ともないようだよ。こちらこそ助けてくれてありがとう。馬車で防いでくれたおかげで助かったよ」


「君はあの方の何なのだ?」


「その……妹の知り合いだ」


「どれくらいの知り合いだい?」


「そんなこと関係なく、ただ有り難うと言ってるだけだ」


「怪しい……」


「怪しくないって!」


 そうしている内にユッテとイサベラが馬車の方へやって来た。


「お怪我は御座いませんか? 姫君」


 騎士は胸に手を当てて少し気障な物言いで言った。

 イサベラはスカートの裾を両手で摘み深々と礼を取って言った。


「危ないところを有り難う御座いました。心よりお礼を申します」


「礼には及びません。私は騎士。姫君を助けることこそ務め。これも騎士道というものです」


「危険を顧みず火の前に飛び込まれるなんて、あなたは勇敢な本物の騎士です」


 騎士はその言葉に感激した様子で言った。


「そのお言葉こそ我が幸せ……姫君を助けることが出来た事こそ我が栄誉です」


「あなたのお名前は?」


「私は騎士団の一員、ピエール・ド・シャンブリー。本国より護衛を仰せつかって来ました」


 その言葉にイサベラはそっぽを向いた。


「困ります。姫などと呼び付きまとうのは」


 このあまりの掌返しに、騎士は愕然と口を開けたままだ。

 馬車の方へ集まって来た人々が声を掛けて来た。


「大丈夫だったかー。無事で良かった良かった」


「お主。お手柄だったよ」


 村人にそう言われた騎士は一礼をして言った。


「皆様ご無事で何より。姫君を守る事は我が使命。私は騎士として当然のことをしたまで」


「騎士?」「貴族か?」


「あ。え?。そのー」


「何処の領のだ」


 とたんに人々は訝しそうな目を向けた。

 それを見たアルノルトは、イサベラとユッテを目立たないように人混みの後方から広場を抜け出させた。


「人目に付くのはまずい。アフラ達はもう馬車に行っている。向こうだ」


 アルノルトはイサベラ、ユッテと共にその場を静かに抜け出した。

 そんな騒ぎを聞き付けて、アッティングハウゼンとブルクハルトもやって来た。


「おお。エルハルト、アルノルトこれはどうしたことだ」


 呼び止められたアルノルトは、素早く駆け寄って指を差して言った。


「見ての通り、薪が倒れたんだ。あの騎士さんが馬車で止めたおかげで間一髪けが人は出なかったよ。ルーディックも馬車の火を消してくれたんだ」


 ブルクハルトはルーディックの姿を認めて両手を広げた。


「これはこれは、ルーディック様! お手柄ですな」


 周囲に集まってきていた村人がブルクハルトに聞いた。


「この子は何処の子なんですかの」


 ブルクハルトは誇らしく言った。


「この方こそはホーンベルク=ラッペルスヴィル・フォン・ルーディック様だ。この程、エリーゼ様とご結婚し、ラッペルスヴィル伯領を含む新しい当主となられた方だ」


「この御子が……ですか」


 まだ十五歳のルーディックは当主というにはあまりに小さく、一見信じられない。

 それを一身に感じてか、ルーディックは右腕を胸に置いて恭しく挨拶した。


「どうぞお見知りおきを」


 ラッペルスヴィル伯と聞いて一安堵した村人は目礼を返す。


「ともかく完全に火を消さなければ」


 ブルクハルトは残った薪の火を足で消して回った。周囲の人々も同じように消しに回った。

 広場へ集まって来ていた老人達がブルクハルトに言った。


「あんたンとこの坊やの声でみんな逃げたんだよ。坊やもよくやったさ」


「そうだのう。ブルクハルトのとこの子だったのかい」


「ああ。そうとも! 我が息子! よくやった!」


 ブルクハルトは自分が褒められたように喜んで、アルノルトを褒めたがもう何処にも姿が見えなかった。


「あれ? どこ行った?」


 ルーディックも周囲を見回し、長嘆した。


「また置いて行かれた」


 アッティングハウゼンの周囲にはアルトドルフの主立った者が集まって来て話を始めた。


「火がこれではのう……」


「うーむ。では」


 アッティングハウゼンは頷いて広場の人々へ言った。


「皆の者よ。少し早いが今日の祭りはここまでとしよう。あとはそれぞれ自前のパーティーへ加わるも良し、遠方の方は帰るも良し。少しハプニングもあったが、今年も皆の協力で祭りを盛大に執り行えたことを感謝する。これにてお開きじゃ」


「おお!」


 拍手が沸いた。

 人々はそれも予定通りだったかのように、楽しげに解散して行った。



ヨーロッパの五月祭は発祥が古く、場所によってもいろいろです。この場面ではシュヴァーベンに残る五月の春の女神の祭りと、チューリヒの雪爺を焼くゼクセロイテン、そしてケルトのヴェッカーマン人形に罪人や羊を入れて焼くという古い習慣がそれぞれミックスされた設定をしています。メイデーとはここから来ているんですよ。

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