夢の森
アフラは赤い花の中で眠っていた。
誰かに呼ばれた気がして、その中で目を覚まし、一つ伸びをして、おしべから花の蜜を飲んだ。喉が渇くとここから蜜が溢れて来るから不思議だ。
長い時間を花の中で過ごして、そろそろ飽きも限界だ。
試しに花を押し開けると、そこは広いお花畑だった。
その真ん中には一人の老婆が立っている。
「こっちへおいで」
指を動かしてそうアフラを呼ぶので、花から出て、そこへ歩いて行った。
「こんにちは。ここはどこですか?」
「ここは夢の森だ。むこうに森があるだろう」
老婆の目はほぼ閉じていて、どうやって見えているのか不思議なほどだった。
「お婆さんの目は見えるの?」
「ああ、見えるよ。夢の中でここを見てるからね」
空には急に黒い雲がやってきた。雲には馬のように手綱が付いていて、鉄兜の騎士が乗っている。その騎士がこっちを見て次第に降下して来た。
「悪いのに見つかったようだ。おいで」
老婆はそう言って、道の向こうに続く鬱蒼とした森へと走って行く。
「兄さんが、森に入ってはいけないんだって」
「私と一緒なら大丈夫だ。おいで」
アフラは老婆を追って走った。そして一緒に森へ入って歩いて行く。
雲の騎士はそれを見て反転し、空へと戻っていった。
「どうやら諦めたようだ」
「お婆さんは誰ですか?」
「私かい? そうさのう、長く夢を見過ぎて忘れてしまったんだ。向こうに娘の新しい家があるそうだから、行ってみようと思ってね」
「そうなんですか。場所は判るんですか?」
老婆は鼻をすんすんと鳴らして言った。
「この匂いだ。近いぞ。もしかしてお嬢ちゃん、行ったことがあるね?」
「え? 知らない」
「ああ。どうやらお嬢ちゃんの記憶の中にあるようだ。連れて行ってくれないか」
「私の? それはどんな家ですか?」
「大きな楢の木の下の、花がたくさん咲いている家だ」
「あ。あの家? 知ってるかも。でも、ここからどうやって行けばいいかしら」
「私の手を握って」
アフラはその手を握った。
「目を閉じてその場所に必ず連れて行くと、そう心に誓うだけでいい」
アフラは目を閉じて誓った。
「連れて行くわ」
目を開けると、そこは見たことのある大木のある場所だった。
老婆の手を引いて、大きな木の下の木の根の階段を抜けると、その森の奥にはお花畑が広がって、楢の大木が聳えている。
その外れには窓を花で満たした家があった。
「お婆さん。着いたわ」
振り返ると、そこに老婆の姿は無かった。握っていたはずの手には少しの暖かさが残っていた。
「お婆さん?」
仕方が無いので、アフラは家まで行き、ドアをノックした。
玄関にはジェミと、母親が出てきた。
「やあ、また来たね?」
「いらっしゃい。何のご用かしら?」
「こんにちは。実は……」
アフラは後ろを振り返った。しかし、やはり老婆はいない。
「誰かいるの?」
母親ーーエドフィーユはそうアフラに聞いた。
「ここに来たいって言っていたお婆さんがいてね。せっかく連れて来てあげたのに、いなくなっちゃった」
「そう。どなたかしら?」
「ここを娘の家だって言ってたの」
「まさか、お母さん?」
エドフィーユは家を飛び出し、その人の姿を探した。ジェミとアフラも一緒に来た道を探しまわったが、どこにもいなかった。
エドフィーユは楢の大木に両手を差し伸べて、高らかに言った。
「楢の木の精よ、私の母のいる場所を知っていたら教えて」
すると、アフラの手に霧が取り巻いていた。
「ここね」
エドフィーユはその霧に触れ、何かを唱えた。
すると、その霧は大きく広がって辺りに渦を巻き、それは老婆の姿になった。
「お母さん!」
「ああ、もう着いたようだね。エドフィーユ、立派になって!」
エドフィーユは泣きながら老婆を抱きしめた。
「お母さん! ようやく目覚めたんですか」
「いえ。この通り、まだ夢の中を彷徨っているよ。だからお嬢ちゃんに連れて来て貰ったのさ」
家のテラスで、老婆とエドフィーユは長く話をした。
その間、ジェミとアフラはお花畑で白い花を摘んでリースを作った。
「この花は悪いものを避けてくれるんだ。おまじないだよ」
ジェミはそう言って白い花のリースをアフラの手に巻いてくれた。
「ありがとう」
そうすると、たちまち霧が渦を巻いて周りを取り囲み、老婆の姿は消えてしまった。
エドフィーユは怒って言った。
「何をしたの? 帰っちゃったじゃない!」
「ごめんよ。知らなかったんだ」
「仕方無いわね。じゃあ、私達もお家へ帰りましょうか」
エドフィーユはアフラを見て言った。
「あなたは帰らなくていいの? 遠いんでしょう?」
「私も帰らなきゃ。でも、道が判るかしら?」
「僕が森の外まで送っていくよ」
そして、アフラはジェミと手を繋ぎ、帰り道へと歩いて行った。
眠り続けるアフラは、意外と楽しい夢を見ていたようです。
これは筆者が見た夢の再構成でもあります。
多くの場面はそんな夢で出来ていますね。




