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旧作2-1  作者: 智枝 理子
Ⅱ.過去と未知の薬
10/53

00 王国暦五九八年 リヨン 朔日

 暗い中、目が覚める。

 ここは…。

 ここは、どこだ?

 ざらざらとした砂の感触。

 ここ、あそこだ…。

 塔の中。

 体を起こすと、扉から光が漏れてる。

 嘘だ。

 この扉は、内側からは絶対開かないはずなのに。

 でも、隙間があるなら、開くかもしれない。

 走って行って、光の漏れる場所に手を入れて、扉を開く。

 開いた…。


 あぁ、良かった。

 街がある。

 水もある。

 精霊も居る。

 人間も居る。

 そうだ。母さんは…?

 どこ?

 知っている街並みを、家に向かって走る。

 もうすぐ、生まれるんだ。

 俺の、弟か妹が。

 会いたい。

 ちゃんと、俺が守るから。

 今度こそ。

 ちゃんと…。

 今度こそ?

 家の扉を開く。



 なにもない。



 ただそこには、砂だけがある。



 目を開くと、白い天井が見える。

 ここは。

 ここは、現実。

 ここは、今俺が居る場所。

 フラーダリーの家。

 自分に与えられた部屋。


 全身に汗をかいていた。

 喉が渇いていて。

 気持ち悪い。

 何か、飲まなきゃ。

 寝間着のまま、部屋を出る。

「おはよう、エル」

 フラーダリーが朝食を作っている。

 おはよう。

 口だけを動かして挨拶をする。

「どうしたの?元気ないね。まだ眠たいなら寝ていても良いんだよ」

 首を横に振る。

「それとも、悪い夢でも見た?」

 すぐ、心配する。

 首を振って、浴室を指さす。

「うん。行っておいで」

 シャワー浴びよう。

「エル、」

 フラーダリーの声に振り替える。

「はい、どうぞ」

 水の入ったコップ。

 あぁ。冷たくて美味しい。


 ※


 コンセルの三十日とリヨンの朔日は連休だ。

 家には昨日から帰ってる。

 アレクも一緒だったけど、午後から城に帰ってしまったから、この休みは家に居ない。

 昨日はフラーダリーと一緒に本を買いに行った。

 テストの成績が良かったから、欲しい物を買ってあげると言われたのだ。

 これ以上欲しいものなんてないのに。

 フラーダリーは何かと俺を甘やかしたがる。


 今日は、カミーユとシャルロを家に呼んでいる。

 午後になったら迎えに行かないと。


 ※


 ランチの片づけを手伝っていると、来客を告げる呼び鈴が鳴って、フラーダリーが玄関まで走って行く。

「いらっしゃい。…君がシャルロ?さぁ、あがって」

 シャルロ、本当に案内なしで来たのか。

 場所が解らなかったら、中央広場の噴水で待ち合わせと伝えてある。

 拭いた食器を棚に片づけて、棚においてある菓子を持つと、フラーダリーが台所入って来た。

「エル、シャルロにオランジュエードを出してあげて」

 頷いて、コップにオランジュエードを入れる。

「一人分?…そろそろカミーユを迎えに行くのかな」

 頷く。

「わかった。気を付けてね。なるべく広い通りを歩くんだよ」

 いいかげん、心配されなくてもわかってる。

 シャルロが来たってことは、カミーユは中央広場でもう待っているかもしれない。

 菓子とエードをシャルロの前に置く。

「ショコラの焼き菓子か」

 頷いて、一つつまむ。

「食べるなら座ったらどうだ」

 食べながら、扉を指さす。

 カミーユを迎えに行かないといけないから。

「そうか。気を付けてな」

「いってらっしゃい、エル」

 いってきます。


 ※


 家を出て、真っ直ぐ中央広場の噴水へ。

 休みだから人が多い。

 カミーユはまだ来てないんだろうか。

 それとも、待ち合わせ場所を間違えてるのかもしれない。

 噴水をぐるりと一周して見回す。

 …居ないな。

 東側で待ってよう。

 そう思って歩いていると、誰かにぶつかる。

 衝撃で、後ろに転んだ。

「おぉ、悪かったな、坊主」

 出された手を取って立ち上がる。

 と。

 乱暴に手を振り払われた。

「お前、吸血鬼か。気持ち悪い目だな」

 …またか。

 立ち去ろうとすると、肩を引かれて、また、後ろに向かって転ぶ。

「俺たちは神聖王国から来たんだ。吸血鬼は生かしておけない」

 神聖王国?

 それって、ラングリオンから南西にある神聖王国クエスタニアのことか?

「おい、どうした?」

「どうしたもこうしたも…」

 乱暴に腕を引かれて、立たされる。

「吸血鬼が居るんだよ」

 やばい。

 逃げた方が良さそうだ。

 思い切り相手を蹴りあげると、相手が俺の腕を離す。

 走って逃げようとしたところで、目の前にいた男が剣を抜く。

 攻撃を避けたところで…。

 囲まれた。

 五人。

 戦うしかないか。

 短剣を、両手に逆手に持つ。

「やる気か」

「子供相手に本気出すなよ」

 手始めに、手近に居た男に斬りかかる。相手の片手剣に右手の短剣を当て、懐に入ると、相手の太ももに短剣を刺す。

 悲鳴を上げた相手から短剣を抜くと、血が噴き出す。

 次。

 後ろを振り返りながら、視界に入った剣に向かって短剣を振り上げる。ついでに左手に居る相手が振り降ろした剣ももう一方の短剣で受け止め、しゃがんで二人の間を抜ける。

 片方の相手の背中を斬りつけ、振り返った時に視界に入った腕を斬る。

 斬られた相手が剣を落とした。

 逃げなきゃ。

 そう思って顔を上げると、いつの間にか人の壁が出来てる。

「子供が戦ってる」

「ねぇ、あの子って…」

「誰か守備隊を呼べ!」

 どうしよう。

 どうやって逃げれば良いんだ、これ。

 振り返って、男が振り降ろした剣を右手の短剣で受け止める。

 重い…。

 もう一人、左側の男が声を上げながら斬りかかってくる。

 目の前にいる相手の剣を、左手の短剣で弾き、右手に逃げる。

「エル?」

 カミーユの声がして、一瞬だけそちらを見る。

 周囲の男たちも気を取られたらしい。

 今だ。

 目の前にいる相手に向かって走る。

「何、絡まれてるんだよ」

 後ろで剣撃の音がする。

 カミーユ?

 目の前の男が振り上げた剣をねじ伏せて、首に短剣を突き付ける。

 が、蹴られて吹き飛ばされる。

 いってぇ。

 すかさず立ち上がって短剣を構え直したところで、真横で敵の剣が光る。

 避けようとした瞬間、俺を狙っていた剣に、別の剣が当たる。

「こいつはまかせろ」

 頷く。

「お前も吸血鬼の仲間か!」

 倒した覚えのない男が倒れてるのが見える。

 カミーユがやったんだろう。

 ってことは、後二人。

 俺を吹き飛ばした相手に向かって走る。

 次は、仕留める。

 片手剣をかわして、もう一度相手の懐へ。

 そのまま脇腹を斬りつける。

 ひるんだ相手の、剣を持つ腕も斬る。

 そして、相手の脇腹を蹴ると、ようやく相手が倒れる。

 あと一人。

 振り返ると、カミーユがその一人の首に剣を突き付けている。

「斬るぞ」

 斬る?

 殺す気か?

 慌てて、カミーユは剣を持っていない方、何故かバイオリンのケースを持っている左腕を引く。

「エル」

 カミーユが、視線だけこちらに向ける。

 殺すな。

「…ちっ。おっさん、殺されたくなかったら、降参しろ」

 カミーユに言われて、相手が剣を落とす。

 そして、カミーユが剣を鞘に納めた。

「行こうぜ」

 周りには、倒れてる人間が五人。

 これで全部だよな?

「守備隊が来たぞー!」

 守備隊?

「逃げるぞ」

 え?

 カミーユが俺の腕を引いて走り出す。


 なんで?

 俺、何も悪いことしてないぞ?

 守備隊って、悪い奴を捕まえる連中だろ?

 路地裏を走るカミーユに付き合ってしばらく走ったところで、ようやく、カミーユが止まる。

 呼吸を整えながら、カミーユを見上げる。

 なんで、逃げなくちゃいけなかったんだよ。

「守備隊ってのは、王都を守ってる連中だ。あんな広場のど真ん中で戦ってたら、必ず飛んでくる。捕まったらいろいろ尋問されるぜ」

 尋問か…。

 それは面倒だな。

 フラーダリーにも心配をかけるだろうし。

 周囲を見回す。ここ、家の近くだな。

「おい、どこ行くんだよ」

 迎えに来たんだから、これから行くのは家に決まってるだろ。

「表通りに出たら、捕まるぜ」

 表通りって、王都の東西南に走るメインストリートのことだろ?

 フラーダリーの家は、イーストにあるから、表通りには出ない。

 イーストは、王都の南東にある区画だ。


 ※


「遅かったな」

 ただいま。

「シャルロ?」

 家に帰ると、シャルロが読書してる。

 あれ?フラーダリーは?

 見回していると、フラーダリーが来た。台所に居たらしい。

「おかえり、エル。いらっしゃい。君がカミーユだね」

「フラーダリー?」

「そうだよ。はじめまして」

「はじめまして、カミーユ・エグドラです」

 カミーユが頭を下げる。

 フラーダリーも敬語を使う相手なのか。

「よろしくね。…エル?」

 フラーダリーが俺の方に来る。

「怪我をしているじゃないか。どうしたの」

 怪我?

 あ…。

 気づかなかった。腕を擦りむいてる。

 良く見たら、袖に返り血だってついてる。

 失敗した。

「また、誰かに絡まれたの?」

 首を振る。

 また、心配されてる。

「俺が、ちょっと絡まれてたところを、エルが助けてくれたんだ」

 カミーユ?

「バイオリンケースをひったくられそうになって」

 そう言って、カミーユが持っていたバイオリンケースを掲げる。

 …庇ってくれたのか。

 っていうか、良くそんな大事なもの持って俺に加勢したな。

 壊れたらどうするんだ。

「そうだったの。怪我を治してあげようね」

 フラーダリーが俺に癒しの魔法を使う。

 フラーダリーが使う魔法は、いつも緑色の光。

 たぶん、大地の魔法なんだろう。

「カミーユ。君は大丈夫?」

「俺は大丈夫です」

 流石、騎士の家系だ。

 俺なんかよりよっぽど強い。

「さぁ、座って。コーヒーで良いかな」

「はい」

 カミーユをソファーに案内して、フラーダリーがシャルロのコップを下げる。

「シャルロも、コーヒーは好きかな」

「はい」

「うん。じゃあ、待っていて」

 手伝おう。

 フラーダリーと一緒に台所に向かう。

「エルも、バイオリンを持って行くの忘れないようにね」

 そうか。

 後期で使うから、もう持って行っておくのか。

 …あ。

 フラーダリーの方を見る。

 フラーダリーが、こちらを見たので、口を開く。

 ただいま。

「ふふふ。おかえり」

 帰った挨拶、してなかったから。


 自分の部屋に行ってバイオリンケースを取ろうとしたところで、自分の袖に血が付いていることに気付く。

 そうだった。着替えないと。

 上着だけ着替えて、フラーダリーから借りたバイオリンケースを出す。

 もう一度、アレクに妖精の踊りを弾いてもらいたかったな。

 でも、アレクは忙しい。

 王子だから、国の行事に参加しなくちゃいけない。

 フラーダリーも忙しい。

 フラーダリーは、王立魔術師養成所を卒業して魔法研究所で働いている。

 そして、その傍ら、王都魔法部隊という自警団を結成して活動しているのだ。

 フラーダリーの夢は、この自警団を国に認められた正式な常駐部隊とすること。

 それも、国王やアレクに頼らずに、自分の力で。

 だから。

 フラーダリーは休日には俺に構わずに、魔法部隊の活動を地道に行わなければならないんだけど…。

 休みには帰って来てと言う。

 カミーユやシャルロにも会いたいと言う。

 きっと、まだ俺のことが心配なんだろう。

 年が明けたら、なるべく帰って来ないようにした方が良いのかもしれない。

 フラーダリーにも、アレクにも迷惑をかけてしまうから。

 昨日買ってもらった本は、全部養成所に持って行こう。

 なるべく、ここに帰って来なくて済むように。

 後は…。何を持って行こうかな。


 ※


 バイオリンケースの上に本を重ねて、テーブルの上に置く。

 重い。

「それ、全部養成所に持ってくつもりか?」

 頷く。

 重いけど。

 一気に持って行かないと、忘れそうだ。

「持っていく予定だったのなら、養成所に運んでおいたのに。運ぶのを手伝ってあげよう」

 なんで、そうなるんだ。

「俺たちが手伝います」

「三人も居れば十分運べます」

 そうだ。この後、みんなで養成所に帰るんだ。

 手伝ってもらおう。

「そうか。ありがとう。…エル、この前、美味しいジャムをもらったんだ。クレープを焼いてあげるから待っていて」

 クレープ。楽しみだな。

 ソファーに座って、テーブルの上にあるショコラの焼き菓子を手に取る。

 出かける前に食べたけど、これも美味しかった。

 アレクが居たら喜んだだろう。

 アレクはショコラが好きだから。

「激甘だな」

「そうだな」

「?」

 そんなに甘いか?この菓子。

 カミーユもシャルロも、あまり菓子を食べているところを見ないから、甘い物がそんなに好きじゃないのかもしれない。

「本当に甘い物が好きだな、お前」

 ラングリオンは、色んな菓子や料理があって楽しい。

 それに、面白そうなボードゲームも。

 チェスの本を取って、カミーユとシャルロの前に置く。

「なんだこれ。チェスの棋譜?」

「チェスでもやるのか?」

 手に持っていた菓子を全部口に放り込む。

 そして、棚からチェス盤を出す。

 アレクとフラーダリーがやっているのを見たことがある。

 教えてもらおうと思ったけれど、二人とも忙しいから。

「チェスのやり方なんて知らないぜ」

「俺も知らない」

 あれ。

 教えてもらおうと思ったのに、二人とも知らないのか。

 なら、一緒に勉強しよう。

 チェスの本を開き、駒を並べる。

「お前は知ってるのか?」

 知らない。

 首を振る。

「はぁ?じゃあ、なんでいきなり棋譜なんだよ。ルールも知らずにできるわけないだろ」

 そういえば、ルールの本は買ってもらわなかった。

 でも、やってたらわかるだろう。

「棋譜の通りに対局して欲しいのか?…借りるぞ」

 シャルロが棋譜の本を取って読む。

 誰もルールを知らないから、棋譜の読み方だってわからない。

「白が先だ」

「良くわかるな」

「書いてある。ポーンをここに動かせ」

 一番数が多いのがポーン。

 カミーユが白のポーンを二歩進める。

「チェスなんて、キングを取れば勝ちってことしか知らないぞ」

 ルール知ってるんじゃないか。

「キングは、これか…」

 一番背の高い駒がキング。

「あぁ、そうだよ」

 シャルロが黒のポーンを動かす。


「これで、チェックメイト。黒の勝ちだ」

 まだキングは取ってない。

 けど、これで白のキングは手詰まり。

 気になることがいくつかあったけど…。

 良い匂いがして顔を上げると、フラーダリーがクレープの皿をテーブルに置く。

「楽しそうだから、手で食べれるようにしておいたからね。夕飯も食べていくだろう。何かリクエストはある?」

 食べたいもの。

 そうだ、昨日食べた奴。

 名前は確か、

 ビスク。

「わかった。ビスクも作ろうね」

 喋らなくても、口を動かすとフラーダリーは解ってくれる。

 アレクだってそうだ。

 あぁ。喋れるようになれば良いのに。

 そうしたら、もっとフラーダリーと話せる。

 それに、言いたいことはあるんだ。

 いいかげん、俺のことは心配しなくても大丈夫だって。


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