01 王国暦五九八年 リヨン 十六日
「チェックメイト」
また負けた。
でも、面白い。
「今度は変わった遊びをしようか」
アレクが自分の方に黒のキングだけを置き、俺の方に白のキングを置く。
「もう一つ、エルの好きな駒を選んで良いよ」
何にしよう。
クイーンは何処へでも行けるから強そうだ。
「うん。良い選択だね。これではじめよう」
え?これだけの駒で?
「勝ちにおいで」
相手がキング一つなら、すぐに勝てそうだけど…。
なんでだ。
全然、捕まえられない。
「エル、それはステールメイトだ」
ステールメイト。
チェックをしていないのに、相手が駒が動かせない状況になること。
これをやると引き分けになってしまう。
クイーンなんて最強の駒のはずなのに。
「キングも使わないとダメだよ」
キングか…。
「上手く、追いつめてごらん」
ええと…。
できた。
チェックメイト。
「うん。良くできたね。じゃあ、次は別の駒でやってみようか」
何にしようかな。
少し難しいのでやってみたい。
ルークは縦横に移動できる駒。きっとこれは簡単に終わってしまうから、ビショップにしよう。
ビショップは斜めに移動できる駒だ。
「ビショップか。どこに置く?」
キングの右隣りに置く。
「じゃあ、はじめようか」
これもきっと、キングと一緒に追い詰めていくんだろうな。
※
追いかけても、追いかけても、全然チェックメイトにならない。
なんで?
「エル、アレク。そろそろお昼にしよう」
フラーダリーが部屋に入って来て、チェス盤を眺める。
「チェスが気に入ったみたいだね。…エル。これは引き分けだ」
え?
「キングとビショップじゃ駒が足りないよ。せめてビショップがもう一つか、ナイトが必要だよ」
アレクを見ると、アレクがくすくす笑ってる。
「勝つ為の最少の駒の組み合わせは決まっているんだ」
そんなのがあるのか。
「意地悪をするものじゃないよ、アレク」
「キングとビショップだけじゃ絶対に勝てない。良い勉強になっただろう」
頷く。
あらゆる方法は試した気がするし、楽しかった。
ナイトだけはどうかな。
盤上に、キングとナイトを置く。
「ナイトなら、二つでもチェックメイトはできないよ」
アレクが盤上にもう一つ、白のナイトを並べる。
「二人とも。遊ぶのはランチの後にしようね」
「エル、行こうか」
三人で部屋を出る。
今日のランチは何かな。
テーブルの上に、箱が置いてある。
「エル、その箱、開けてごらん」
箱を開く。
あ。
中身はケーキ。
そして、ケーキの上には文字。
誕生日おめでとう
エルロック
え?
「おめでとう、エル」
「おめでとう。今日はエルの誕生日だからね」
リヨンの十六日。
確かに、今日は俺が生まれた日。
でも…。
アレクが俺に片手剣を差し出す。
「後期からは片手剣の授業があるだろう。エルはきっと、軽い剣の方が扱いやすいだろうから。これを持って行くと良い」
アレクから片手剣を受け取る。
武器なんて短剣しか使ったことがない。
「それからチェスボード」
あ。これは少し欲しかった。
養成所でもやりたかったから。
カミーユとシャルロを誘って遊ぼう。
「私からもプレゼントがあるんだ」
フラーダリーがくれたのは、本。
「その本は、魔法陣の本だ。エルは魔法に興味がないみたいだけど、エルが知っている魔法陣もたくさん載っていて面白いと思うよ」
ぱらぱらとめくる。
確かに、知ってる。
精霊たちが描いていたのを思い出す。
人間は、強力な魔法を使う時に魔法陣を描いて精霊の力を借りる。けれど、元は精霊が躍るとできる図柄だ。
精霊が遊んだ後には、たいてい魔法陣が描かれている。
少し違う図柄もあるような気がするけど、要は同じものなんだろう。
面白い。
ありがとう。アレク、フラーダリー。
「どういたしまして」
「気に入ってもらえて良かった」
でも…。
「どうしたの?」
自分の誕生日は。
祝う気分になんてなれない。
「エル、今日はお祝いの日だよ」
でも。
俺は。
「せっかく姉上が作ってくださったんだから、たくさん食べると良い」
え?
このケーキ、フラーダリーが作ったのか?
「店売りのようにはいかないけどね」
どうしよう。
「エル?」
嬉しい。
こんなの、初めてだ。
「さぁ、座って。食事にしよう」
頷く。
誕生日を祝うなんて。
こんな風に祝われるなんて、初めてだ。
だって俺の誕生日は。
俺が母を殺した日だから。
※
東の方角を見る。
ずっと、ずっと遠く。
年を重ねるごとに忘れてしまいそうになる。
自分が生まれるべきじゃなかったことを。
ごめんなさい。
謝る人すら、もうどこにもいない。




