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不老不死たちの過去  作者: San


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5/15

不老不死たちの過去 5

その日の記憶は、部屋ではなく、文字から始まった。


 スクリーンに、古い携帯端末の画面が映る。


 現在では、ほとんど誰も使わない形の端末だった。


 その画面に、昔の自分の名前が表示されている。


 そして、その少し下に、一人の女性の名前があった。


 彼女は、その名前を見た瞬間に思い出した。


 「ああ」と、声が漏れた。


 その人は、昔の自分にとって叔母のような存在だった。


 本当の親戚ではない。


 血も繋がっていない。


 住んでいる町も違った。


 それでも、なぜか時々連絡を取る人だった。


 女性は、自分よりずっと年上に見えた。


 もちろん、彼女も不老不死だった。


 昔の映像の中でも、現在と同じ顔をしている。


 ただ、当時の自分から見ると、その女性には妙な安心感があった。


 何かを聞けば、必ず落ち着いて答えてくれる。


 怒ることもほとんどない。


 そして、とにかく言葉が丁寧だった。


 映像の中で、昔の自分がメッセージを送る。


『お久しぶりです。お元気でしょうか』


 少しして、返信が届く。


『ご無沙汰しております。おかげさまで、こちらは変わりなく過ごしております。そちらはいかがでしょうか』


 昔の自分は、その文章を見て笑っている。


『こちらも元気です』


『それは何よりでございます』


 そこで会話が終わる。


 彼女はスクリーンを見ながら、少し首を傾げた。


「こんなに丁寧だったっけ」


 次の場面。


 数週間後。


 昔の自分から、またメッセージが届く。


『先日はありがとうございました』


『とんでもございません。こちらこそ、お話できて嬉しゅうございました』


『また時間があるときに話してください』


『私でよろしければ、いつでもお付き合いいたします』


 それだけ。


 また会話が終わる。


 その女性とは、別々の町に住んでいた。


 だから、毎日のように顔を合わせるわけではない。


 何ヶ月も連絡しないこともあった。


 半年ほど、何もやり取りしないこともあった。


 それでも、突然どちらかから連絡が来る。


『お変わりございませんか』


『はい。そちらはいかがでしょうか』


『こちらも元気にしております』


 それだけで終わる日もあった。


 けれど、ある日の記憶では、少し長く続いていた。


『最近、こちらの町では新しい橋ができました』


『それは素敵ですね』


『以前お話しした川のところです』


『ああ、あちらでございますか。以前のお話を覚えていてくださったのですね』


『覚えています』


『ありがとうございます。なんだか嬉しゅうございます』


 昔の自分は、その文章を読んでしばらく画面を眺めていた。


 そして、


『今度、そちらの町にも行ってみたいです』


 と送る。


 返信は少し遅れて届いた。


『ぜひお越しくださいませ』


『案内してくれますか?』


『もちろんでございます。ただ、私も詳しいわけではございませんので、あまり期待はなさらないでくださいませ』


 昔の自分が笑う。


 画面の向こうの女性も、きっと笑っていたのだろう。


 映像には顔が映らない。


 文字だけが残っている。


 その女性は、時々昔の話をした。


 ある日、こんなメッセージが届いた。


『今日は少し昔のことを思い出しました』


『何ですか?』


『昔、私がまだ若かった頃に、よく行っていた喫茶店がございました』


『喫茶店ですか』


『はい。小さな店でございました』


『今もありますか?』


 少し時間が空く。


『もうございません』


 昔の自分は、そこで返事をしなかった。


 女性から、続けてメッセージが届いた。


『ですが、なくなったことを寂しいとは、あまり思っておりません』


『そうなんですか?』


『はい』


『どうして?』


『その店があった時間は、確かに私の中に残っておりますので』


 彼女はスクリーンを見つめた。


 その女性は、そういうことを時々言った。


 大げさではない。


 説教でもない。


 ただ、何かを思い出したときに、静かに言葉にする。


『昔のことを思い出すのは、不思議なものでございますね』


『どうしてですか?』


『その頃は、それがいつまでも続くように思っておりました』


 昔の自分から返信が届く。


『今は違いますか?』


『今は、続くもののほうが少ないと知っております』


 しばらくして、女性からもう一通。


『ですが、それを悪いことだとは思っておりません』


 そこで映像が止まった。


 彼女はスクリーンを見たまま動かなかった。


 この会話を、昔の自分はどう受け取ったのだろう。


 今の彼女には分からない。


 ただ、その女性の言葉だけは覚えている。


 映像が再び動く。


 何年か後。


 またLINEが届く。


『ご無沙汰しております』


『大変ご無沙汰しております』


『お元気でしょうか』


『はい。そちらもお元気でしょうか』


『おかげさまで、変わりなく過ごしております』


 また、それだけだった。


 数ヶ月後。


 女性から届く。


『先日、以前お話ししていた町へ行ってまいりました』


『どうでした?』


『随分と変わっておりました』


『昔と違いましたか?』


『はい。ですが、昔と同じ場所も少し残っておりました』


『何が残っていました?』


『坂道でございます』


 昔の自分が笑う。


『坂道ですか』


『はい。建物は変わっておりましたが、坂だけはございました』


『それは面白いですね』


『ええ。少し嬉しゅうございました』


 それが最後のやり取りだった。


 少なくとも、この記憶の中では。


 彼女はスクリーンを見つめる。


 女性の顔は映らない。


 ただ、古いメッセージだけが並んでいる。


 その後、その女性とどうなったのか。


 現在の彼女は知っている。


 女性はまだ生きている。


 ただし、もう何百年も会っていない。


 今も別々の町に住んでいる。


 たまに連絡を取ることもある。


 そして、今でも言葉遣いは丁寧だ。


 何百年経っても。


『お元気でしょうか』


『はい。そちらはいかがでしょうか』


 昔とほとんど変わらない。


 映画の中では、昔の二人が文字を送り合っている。


 現在の彼女は、それを見ている。


 昔の自分は、その女性を叔母のように思っていた。


 けれど、今となっては「叔母」という言葉さえ少し違う気がする。


 親戚ではない。


 友人とも少し違う。


 師匠でもない。


 ただ、別々の町で生きていて、たまに丁寧な言葉を送り合う人。


 それだけだった。


 それだけだったから、長く続いたのかもしれない。


 スクリーンが暗くなる。


 映画は終わった。


 彼女は席を立つ。


 部屋を出る前に、一度だけ暗いスクリーンを振り返った。


 昔の自分も。


 あの女性も。


 今と同じ顔をしている。


 何百年経っても、顔は変わらない。


 変わったのは、二人が生きている時間のほうだった。


 彼女は映画館を出た。


 外では、新しい時代の街が動いていた。


 そして彼女は、ふと思った。


 今日、あの人に連絡してみようか。


 そう思った。


 けれど、すぐには端末を取り出さなかった。


 昔から、二人はそうだった。


 何ヶ月も連絡しない。


 何年も会わない。


 それでも、次に届く言葉はきっと、


『ご無沙汰しております。お元気でしょうか』


 なのだろう。


 彼女はそのことを考えながら、ゆっくり歩いていった。

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