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不老不死たちの過去  作者: San


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2/15

不老不死たちの過去 2

記憶上映室は、以前より少し混んでいた。


 入口には何人かの不老不死が並んでいる。


 誰も急いでいない。


 急ぐ必要がないからだ。


 彼女は受付で名前を告げた。


「今日は、どの時代を?」


「一番古いものを」


「かなり古いですよ」


「大丈夫です」


 受付の女性は端末を操作した。


「それでは、こちらへ」


 彼女は一人用の部屋に入った。


 椅子に座る。


 照明が消える。


 スクリーンが白くなる。


 そして、昔の自分が映った。


「……」


 彼女は少しだけ目を細めた。


 そこに立っていたのは、今の自分と同じ顔だった。


 顔だけなら、見間違えることはない。


 目も、鼻も、口も同じ。


 不老不死だから、歳を取っていない。


 数千年前の自分も、今の自分と同じ顔をしている。


 けれど――髪は違った。


 昔の自分は、黒髪だった。


 肩より少し長く、後ろでまとめている。


 現在の彼女は髪を短くしている。


 服装も違う。


 立ち方も違う。


 昔の自分は、歩くときに少し前のめりになる癖があった。


 そして、よく笑っていた。


 今の彼女は、スクリーンの中の自分を見ながら思った。


 こんなに笑う人だっただろうか。


 映像の中の彼女が、誰かと話している。


『ねえ、それ本当に必要?』


『必要だよ』


『絶対?』


『絶対』


『じゃあ持って帰れば』


『重い』


 二人で笑う。


 彼女は黙って見ていた。


 声も違う。


 今より高い。


 言葉の選び方も違う。


 今なら使わないような言葉を、昔の自分は平気で使っている。


 それだけではなかった。


 考え方まで違っていた。


 映像の中の彼女は、何かを選ぶとき、いつも人のことを先に考えている。


 誰かが寒そうにしていれば、自分の上着を貸す。


 誰かが困っていれば、すぐに手を出す。


 食べ物が一つしかなければ、自分は後回しにする。


 彼女はそれを見て、少しだけ首を傾けた。


「……私、こんなだった?」


 もちろん返事はない。


 映像の中の自分は、そんなことなど知らずに歩いている。


 ある店に入った。


 小さな店だった。


 店員と話して、何かを買う。


 買ったものを袋に入れてもらい、店を出る。


 その袋を、昔の彼女は大事そうに抱えていた。


 現在の彼女は、何を買ったのかすぐには思い出せなかった。


 映像を見続ける。


 しばらくして、その中身が分かった。


 小さな時計だった。


 古い機械式の時計。


 昔の彼女は、それを何度も眺めていた。


『これ、ずっと使うから』


 誰かにそう言っている。


『壊れたら?』


『直す』


『直せなかったら?』


『直せる人を探す』


 昔の彼女は笑った。


『捨てないよ』


 彼女はスクリーンを見つめた。


 今の彼女なら、そんな時計は買わない。


 時間ならどこにでも表示される。


 腕につける必要もない。


 それに、壊れたものを無理に直そうとも思わない。


 必要がなくなれば、新しいものに替える。


 いつからそうなったのかは分からない。


 長く生きすぎたせいで、昔の考え方が少しずつ消えていった。


 映像の中の彼女は、時計を腕につけている。


 何度も時間を確認する。


 誰かを待っているらしい。


 夕方になった。


 空が赤くなる。


 彼女は駅の前で立っている。


 今はもう存在しない駅だった。


 人々が行き交っている。


 普通の人間たちだった。


 誰も不老不死ではない。


 彼女は、その人々を見ていた。


 その頃は、死ぬことが当たり前だった。


 映像の中の彼女には、それが当たり前だった。


 だから、誰かが「また明日」と言えば、明日が来ることを疑っていない。


 誰かが「また来年」と言えば、来年も会えると思っている。


 今の彼女には、その感覚が分からない。


 何千年もの間に、「また」という言葉の意味が変わってしまった。


 映像の中で、待っていた人物がやって来た。


 昔の彼女が笑う。


『遅い』


『ごめん』


『待ったよ』


『どのくらい?』


『三十分』


『じゃあ、怒ってる?』


『少し』


 また笑う。


 今の彼女は、その二人を見ていた。


 名前は覚えている。


 顔も覚えている。


 声も覚えている。


 なのに、当時の自分が何を考えていたのかは、もう分からない。


 あの人を大切にしていた。


 それだけは分かる。


 でも、なぜ大切だったのか。


 どんなところが好きだったのか。


 どんな未来を想像していたのか。


 もう思い出せない。


 映像の中の自分が、突然カメラの方向を向いた。


 もちろん、カメラなどない。


 これは記憶だからだ。


 そのとき自分が見ていた方向が、映像になっている。


 昔の彼女が笑う。


 その顔は、今の自分とまったく同じだった。


 彼女はスクリーンに映る顔を見つめた。


「……同じ顔なのに」


 声が小さくなる。


「知らない人みたい」


 昔の自分は、時計を大切にしている。


 人との約束を大切にしている。


 誰かのために時間を使うことを嬉しそうにしている。


 今の自分は、もうそうではない。


 時計を失くしても困らない。


 約束の日を何十年先に延ばされても、気にしない。


 誰かと別れても、いつかまた会えると思っている。


 昔の自分が大切にしていたものは、長い時間の中で少しずつ手から落ちていった。


 その代わりに、別のものを大切にするようになった。


 それもまた、いつか変わるのだろう。


 彼女はそう思った。


 そして、ふと気づいた。


 スクリーンの中の自分は、今の自分よりずっと不器用だった。


 すぐ怒る。


 すぐ笑う。


 人を信じる。


 物を大切にする。


 明日のことを気にする。


 失うことを知らない。


 彼女はしばらく黙っていた。


 やがて映像が終わる。


 スクリーンが暗くなる。


 昔の自分は消えた。


 彼女は立ち上がった。


 鏡のようになった黒いスクリーンに、自分の顔が映っている。


 短い髪。


 今の服。


 今の表情。


 さっきまで見ていた昔の自分と同じ顔。


 彼女はその顔をしばらく見た。


「……髪、長かったんだね」


 誰に言うでもなく呟いた。


 そして映画館を出た。


 外では、今の世界の人々が歩いている。


 空には巨大な建物が浮かんでいる。


 昔の駅はない。


 昔の店もない。


 昔の時計もない。


 けれど、彼女の顔だけは変わらない。


 彼女は歩きながら、自分の髪を一度だけ触った。


 それから、もう振り返らなかった。

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