↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不老不死たちの過去  作者: San


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/15

不老不死たちの過去 1

映画館は、街の中心から少し外れた場所にあった。


 今の街には、昔のような道路はない。


 建物は地面から離れて浮かび、空中を走る乗り物が静かな音を立てて行き交っている。遠くには、昔なら山だった場所をくり抜いて造られた巨大な居住区が見える。


 彼は、その景色を見ながら歩いていた。



 同じ背丈。


 同じ髪。


 同じ目。


 同じ声。


 ただ、歩き方だけが少し違った。


「……」


 彼は、昔の自分を見つめた。


 その男は道を歩きながら、何かを見ていた。


 花屋だった。


 小さな店の前に、鉢植えが並んでいる。


 映像の中の彼が立ち止まる。


 店員と話している。


 音声も記憶に残っていた。


『これ、まだありますか』


『ありますよ』


『じゃあ、これください』


 彼はスクリーンを見ながら眉を寄せた。


 何を買ったのか、思い出せない。


 映像の中では、彼は花を一つ買っている。


 白い花だった。


 店を出る。


 そして、少し歩いたところで、一人の女性と会った。


『遅い』


『ごめん』


『また道、間違えた?』


『今日は間違えてない』


『じゃあ何してたの』


『花を買ってた』


『花?』


 女性が笑う。


 映像の中の彼も笑った。


 彼は、映画館の椅子に座ったまま、その二人を見ていた。


 女性の顔を見ても、名前が出てこなかった。


 何度か考えた。


 けれど、思い出せない。


 女性は昔の彼の隣を歩いている。


 何か話している。


 昔の彼は何度も笑っている。


 けれど、その会話の意味が、今の彼にはよく分からなかった。


 音だけは覚えている。


 映像も残っている。


 なのに、その時間を生きていた感覚だけがない。


 しばらくして、映像が切り替わった。


 夜だった。


 小さな部屋。


 昔の彼と、さっきの女性が座っている。


 テーブルの上に食事がある。


『明日、仕事?』


『うん』


『じゃあ早く寝れば』


『まだいい』


『明日起きられなくなるよ』


『大丈夫』


 そんな会話をしている。


 今なら何でもない会話だった。


 それなのに、彼は画面から目を離せなかった。


 その部屋はもうない。


 この女性も、もういない。


 そして、あの頃の世界もない。


 彼は、女性の横顔を見つめた。


「……誰だったんだろう」


 声が出た。


 もちろん、スクリーンの中の二人には届かない。


 昔の彼は、女性の言葉に笑っている。


 今の彼には、その笑いの理由さえ分からない。


 映像はさらに進んだ。


 季節が変わった。


 雪が降っている。


 雨の日がある。


 夏の夜。


 春の朝。


 同じ二人が何度も映る。


 ある日、三人になった。


 小さな子供が映っていた。


 昔の彼は、その子供を抱き上げている。


 彼はスクリーンを見た。


 少し長く見た。


 そして、やっと思い出した。


「……ああ」


 小さく声が漏れた。


 子供の名前を思い出した。


 けれど、その名前を口にすることはなかった。


 映像の中の彼は、子供を抱いたまま笑っている。


 今の彼も同じ顔をしている。


 何千年経っても、顔は変わっていない。


 だから余計に不思議だった。


 画面にいる自分も自分。


 椅子に座っている自分も自分。


 顔だけを見れば、同じ人間だった。


 けれど、その間には、数え切れないほどの年月がある。


 何人もの人間を見送った。


 何度も街が変わった。


 国がなくなった。


 言葉が変わった。


 建物がなくなった。


 海岸線さえ変わった。


 何度も新しい生活を始めた。


 何度も昔の生活を置いてきた。


 それでも顔だけは変わらなかった。


 映像の中の彼が、子供を抱いて歩いている。


 その後ろから女性がついてくる。


 昔の彼が振り返る。


『早く来て』


 女性が言う。


『待って』


 昔の彼が答える。


 そして三人で歩いていく。


 映像がそこで止まった。


 スクリーンが暗くなる。


 しばらく何も映らない。


 彼は椅子に座ったまま動かなかった。


 もっと見れば、続きがある。


 この記憶の先にも、さらに何年分もの記憶がある。


 女性との生活も。


 子供との時間も。


 その後の人生も。


 きっと残っている。


 けれど彼は、上映を続けなかった。


「今日は、ここまででいいです」


 誰もいない部屋に向かって言った。


 照明がついた。


 彼は立ち上がった。


 スクリーンには、もう何も映っていない。


 映画館を出る。


 外は昼だった。


 空中を乗り物が走っている。


 遠くの建物から光の広告が流れている。


 彼はしばらく立ち止まった。


 ふと、さっき見た花屋の場所を思い出そうとした。


 けれど、もう分からない。


 そもそも、あの街が今どこにあったのかも分からない。


 ただ、白い花だけは覚えていた。


 彼は歩き出した。



 何千年も前とは違う街を。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。