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不老不死たちの過去  作者: San


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11/15

不老不死たちの過去 11

その記憶は、森の中から始まった。


 彼は映画館の席に座っていた。


 スクリーンに映るのは、ずっと昔の自分。


 旅をしている。


 どこへ向かっているのかは、今の彼には分からない。


 大きな荷物を背負い、森の中の細い道を歩いている。


 木々の間から光が差している。


 鳥の声が聞こえる。


 道は長く続いていた。


 しばらく歩いたところで、森の奥に建物が見えた。


 家だった。


 一軒。


 その向こうにも一軒。


 さらに奥にも家がある。


 村だった。


 過去の彼は、少し足を速めた。


 人がいる。


 森の中で人に会うのは久しぶりだった。


 村の入口まで来る。


 そこに一人の男性が立っていた。


 彼が近づく。


「こんにちは」


 男性は、こちらを見る。


 しばらく動かない。


 彼は少し待った。


 男性が、ゆっくり口を開く。


「……こ……ん……に……ち……は……」


 彼は瞬きをした。


 声が遅い。


 言葉そのものが遅い。


 男性は一つの言葉を言い終えるまでに、かなりの時間を使っていた。


 彼は最初、聞き間違いかと思った。


「こんにちは」


 もう一度言う。


 男性は頷く。


 その動きも遅い。


 首が少し傾く。


 止まる。


 そして、ゆっくり元に戻る。


 男性が何かを言おうとする。


「……ど……こ……か……ら……」


 彼は途中で意味を理解した。


「遠くからです」


 男性は頷いた。


 また沈黙。


 彼は待つ。


「……た……び……を……?」


「はい。旅をしています」


 男性はまた考えるように黙った。


 そのまま一分ほど経った。


 彼は少し困った。


 けれど、急かす理由もなかった。


 不老不死の彼にとって、一分は短い。


 男性はようやく言った。


「……そ……う……で……す……か……」


「はい」


 また沈黙。


 彼は村を見た。


 家がある。


 畑がある。


 井戸がある。


 道を歩く人もいる。


 けれど、誰も急いでいない。


 一人の女性が家から出てきた。


 手には籠を持っている。


 歩く速度が遅い。


 一歩。


 止まる。


 また一歩。


 止まる。


 まるで時間そのものが違うようだった。


 彼はその女性を見ていた。


 女性が彼に気づく。


 顔を上げる。


 それから、ゆっくり笑った。


「……た……び……び……と……?」


 彼は少し考えてから答えた。


「はい」


「……ど……こ……へ……?」


「まだ決めていません」


 女性は黙った。


 彼も黙った。


 一分。


 二分。


 三分。


 彼は、最初のころならすぐに言っていたかもしれない。


 どこへ行くのか。


 何をしているのか。


 この村は何なのか。


 けれど、待っているうちに、そういう質問をする気がなくなっていった。


 女性がゆっくり口を開く。


「……な……ら……」


 そこで止まる。


 彼は待つ。


「……こ……こ……に……」


 また止まる。


 彼は待つ。


「……と……ま……っ……て……」


 ようやく最後まで聞く。


「……いいですか?」


 彼が聞く。


 女性は頷く。


 今度は少し早かった。


 ほんの少しだけ。


 彼は村に泊まることにした。


 家を一軒借りた。


 その日の夕方、村の人たちと食事をした。


 食事の時間も長かった。


 誰かが話す。


 一言。


 沈黙。


 次の一言。


 また沈黙。


 彼は最初、何を話せばいいのか分からなかった。


 けれど、何日かいるうちに慣れてきた。


 話し始める前に待つ。


 相手が言い終わるまで待つ。


 自分もゆっくり話す。


 最初は一文を言うだけでも難しかった。


 普通の速度で話そうとしてしまう。


 けれど、村の人たちは途中で返事をしない。


 彼が全部話し終わるまで待っている。


 だから彼も、少しずつ話す速度を落とした。


「……明……日……」


 彼が言う。


 村の男性が待つ。


「……こ……こ……を……出……よ……う……と……思……っ……て……い……ま……す」


 言い終わる。


 男性はしばらく彼を見る。


 そして、


「……そ……う……で……す……か……」


 彼は頷いた。


「はい」


 それだけの会話に、何分もかかった。


 けれど、不思議と疲れなかった。


 村にいる間、彼は何もしなかった。


 朝起きる。


 畑を見る。


 昼になる。


 村の人と食事をする。


 午後は森を歩く。


 夕方になる。


 夜になる。


 そして、誰かと少し話す。


 話すことは多くない。


 今日、何をしたか。


 明日は雨が降りそうだ。


 畑の野菜が育ってきた。


 森に新しい花が咲いた。


 そんな話だけだった。


 ある日、彼は村の老人と二人で座っていた。


 老人が言った。


「……た……び……を……す……る……の……は……」


 彼は待つ。


「……た……の……し……い……で……す……か……」


 彼は少し考えた。


「楽しい時もあります」


 老人は待つ。


「……そ……う……で……す……か……」


「はい」


 また沈黙。


 森の中で鳥が鳴いた。


 風が葉を揺らした。


 彼はその音を聞いていた。


 老人も聞いている。


 しばらくして、老人が言った。


「……ゆ……っ……く……り……」


 彼は老人を見る。


「はい?」


「……た……び……を……」


 老人はゆっくり笑った。


「……す……れ……ば……い……い……で……す……」


 彼は少し笑った。


「そうかもしれません」


 村に来てから、時間の感覚が変わっていた。


 普段なら数時間で終わることが、一日かかる。


 普通なら数分で終わる会話が、一時間近く続く。


 けれど、誰も困っていない。


 急ぐ必要がない。


 次の予定もない。


 彼自身も、だんだん急がなくなった。


 村を出る日も、何度か先延ばしにした。


 明日出よう。


 そう思ってから、もう一日いる。


 また明日。


 そして、もう一日。


 そんな日が続いた。


 ある朝。


 彼は荷物をまとめた。


 今日は本当に出ることにした。


 村の入口に人が集まっていた。


 昨日の夜に、彼が旅を再開すると伝えたからだ。


 女性が近づいてくる。


 ゆっくり歩く。


「……ま……た……」


 彼は待つ。


「……き……て……く……だ……さ……い」


 彼は笑った。


「はい」


 女性は頷く。


 男性も近づいてくる。


「……た……び……を……」


 彼は待った。


「……た……の……し……ん……で……」


「ありがとうございます」


 最後まで聞いてから、彼は頭を下げた。


 村を出る。


 森の道を歩く。


 しばらく進んでから、振り返った。


 村はもう木々の向こうに隠れている。


 それでも、彼はしばらく立っていた。


 そしてまた歩き始めた。


 スクリーンの中の旅は続く。


 森を抜ける。


 山を越える。


 別の道へ入る。


 やがて村は映像の中から消えていった。


 映画はそこで終わった。


 スクリーンが暗くなる。


 彼はしばらく座っていた。


 今では、あの村の名前を思い出せない。


 村の人たちの名前も覚えていない。


 何年滞在したのかも分からない。


 ただ、覚えていることが一つだけある。


 話す速度。


 何分もかけて、一つの言葉を話していた人たち。


 自分も、それに合わせてゆっくり話していた。


 今の彼は、普通の速度で話す。


 あの村の言葉も、もう残っていない。


 けれど、あの時間だけは不思議と残っている。


 何も急がなかった時間。


 何も決めずに過ごした日々。


 旅の途中で、旅を忘れていたような時間。


 彼は立ち上がった。


 映画館の扉を開ける。


 外へ出る。


 歩き始める。


 今の街は速かった。


 人も車も電車も、みんな先へ進んでいる。


 彼はその流れの中を歩きながら、ほんの少しだけ歩く速度を落とした。


 急ぐ理由はなかった。

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