海へ
海は昼と夜で姿を一変させる。
本質的には同じものでありながら、太陽が照らすのと月が照らすのとで別物になる。
特に深い意味は無い。
結論の出ないどうしようもないことを考えるのが、私の癖。(秋ヶ瀬もみじ)
「海行こうよ、海」
え___
彼女からの提案に困惑してしまう。
「あれ、海嫌い……?」
「いや、だって、まだ5月だし……」
「???」
「水着はちょっと……」
会話が微妙にかみ合っていない。あれ?なんか勘違いした、な?
「あーーーっごめんごめん海ってそういう意味じゃなくて!」
海を見に行きたいな、ってことよ。
答え合わせがスピーディーで助かる。
「うわ、はずかしー。だよね5月だもんね、へへへ」
でもさ、夏になったら海入りたいけどな。一緒に。
「痩せるように努力します……」
別に太ってないと思うけどねえ。
「着やせするタイプなのっ」
「ほーん」
ニヤニヤ顔がこちらに寄ってくる。
「えいっ!」
「全然太ってないじゃん!」
突然抱きつかれ困惑のあまり言葉もでない。
「そんなこと……」
じゃ、決定。夏は海入る!
ええ……
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それはそれとして、まずは海を見に行こうよ。
梅雨も間近な5月中旬、海沿いの街。
ゴールデンウィークの喧騒が嘘のように静かで、一定のリズムを保って耳に届くさざなみが心地よい。
売店でアイスクリームを買い、ふたり海岸線を歩く。
「ちょっと座らない?」
浜辺に降りる階段に腰掛けて一休み。
じっと海を見つめたまま、アイスクリームだけが減ってゆく。
「ね、私たち知り合って1か月になるんだね。」
「……うん。」
「この1か月あっという間だった。」
「学校忙しかったしね。」
「ううん、」ま、それもあるけどさ。
______秋ヶ瀬と一緒に居れたからだよ。
「そっか、ありがとうね。」
そっと吹き抜ける海風が、頬の熱を冷ましてくれる。
これが夢であるならば、どうか覚めてくれるな___
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水平線の彼方、貨物船だろうか。小さな影がぽつり。
いつもそう、遠い所ばかりを眺めている。
小さい頃は、よそ見ばかりして物にぶつかった。
少し大きくなって、授業中の窓から景色を眺めていた。
更に大きくなって、将来の事ばかり考えるようになった。
目の前のことに目を向けることをしなかった。それが大事なことだと散々教えられてきたのに。
いま目を向けるべきこと、それは何だろう。答えは分かっている筈なのだけれど、直視することがためらわれる。
目を向けるべきこと。それは……
彼女の横顔が徐々に視界に映りこんでゆく。
「あやせ」
「ん、どうしたの?」
海を向いたままの彼女
「下の名前で呼んでいい?」
返事は待たない______。
「四季」
「もちろん、もみじ。」
名字で呼ぶことに少しだけ引っ掛かりを覚えていた。
問うてしまえば大したことはない話。それでも時が経つほどに慣習は固定されてゆき、破ることが困難になるわけで。いつだって今が一番早い。いつかは一生来ないから。
「ありがと、嬉しい。」
ふっと風が止んで、残るはさざなみのリズム。
"ため"を作るような静寂が一瞬訪れ……
「って、手!!!」
静寂を突き破るは四季の叫び声、視線を彼女の人差し指が示す先に。
あーーー。
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「よかったね、手洗い場あって。」
「うん、ほんと。ここが海水浴場で助かったよ。」
長いことぼうっとしているうち、すっかり溶けてしまったアイスが手を汚していた。目を向けるべきは水平線でも彼女でもなく自分の手だったらしい。なんだよそれ。
「もったいないことしちゃったな。」
「また来ればいいじゃん。」で、一緒にまたアイス食べるの。
「四季はポジティブだねえ。」
「でしょー」
ぽじてぃぶぽじてぃーぶ、変な歌を口ずさむ彼女。手を洗いながら横目でそっと眺めていた。
海風が少し強くなってきた。
防風林がざわついている。




