しあわせ?
ゼミの親睦会で出会った女の子が同じマンションの住人と判明。その名も柳瀬四季。
彼女に喫茶店へ誘われ意気投合した秋ヶ瀬もみじは……
大学生活、本格始動。
---07:00 自宅マンション---
目覚ましにたたき起こされる。
幸い夜更かしなどはしていなかったから、布団でうだうだすることもなくすんなりと目覚めた。
ふと枕元のスマホを見る。
通知:1件 送信時刻06:32
柳瀬からだ。「おはよー!ちゃんと起きたか~?8時にロビーで待ってるぞ~」
そういえば昨日はLINEの交換をしていなかった。うっかりしていた。
多分、ゼミのグループから登録してくれたのだろう。
それにしても、柳瀬って早起きなんだな、なんて。
出来るだけ寝ていたいよ、私。
「今起きた、おはよ。ちゃんと8時に行きます~」
そんな返信をして、のそのそと身支度に移る。
朝食は食べない派だ、その代わりコーヒーを飲む。
実家ではドリップコーヒーを家族分用意するのが習慣だったけど、1人暮らしでは持て余すのでインスタントに切り替えた。
湯沸かしポットに水を注いで電源を入れる。
昨晩洗って乾燥棚に置いたままのマグカップを手に取って、コーヒーの粉を振り入れる。
コポコポと湯の沸く音がする。ポットから6分目まで注ぎ入れた。
牛乳多めが好きだから、そのための余裕。
牛乳を注ぎ入れるとだんだん明るくなるのが好きだ。
毎朝のルーティーン、これだけは外せない。
---07:55 自宅マンション---
毎度のごとく5分前行動、ということでロビーに降りる。
相変わらず彼女は私より早く着いていて、壁にもたれかかって外を眺めていた。
「ごめんね、待たせた。おはよう。」
「おっ、おはよーさん。」
待ってないから謝らなくていいからね。だなんて、優しいね。
大学までは徒歩10分。
講義は08:45開始だから間に合うことだけ考えれば08:00に家を出る必要は無い。
とはいえ初めてということもあるし、今日の1限は1年全員が受ける必修科目。座席確保に困るといけないので早く行く。昨日の喫茶店で決めていた。
「この時期も朝は冷えるねえ。」
「4月って、気候的には11月らしいよ。」
「あー、そりゃ寒いわけだわ。昨日なんか網戸のまま寝ちゃってさ、朝寒くて目が覚めちゃった。」
……なんだ、早起き体質なわけじゃないのね。
ん?何か言った?
「ああ、朝のLINEね、6時半に送って来てたから。早起きだなあって感心してたんだけど寒くて起きちゃったんだね。って。」
「そりゃそうじゃん、この前まで春休みだ~って昼まで寝てたのにさ。早いとこ1限から解放されたいわあ。」
後期からは1限の回数減るみたいだよ。ほんと?それめっちゃ嬉しいわあ。
春風が通り抜ける。まだ涼しいけれど、もうすぐ夏だな。
「1限って社会学だっけ。」
「たしかそうだったね。」
「教科書とかあんまり無いから、今日はこの講義だ~って実感が無いんだよね。」
「リュックの中、パソコンだけだし?」
夢と希望も詰まっていますよ?by柳瀬
「大学、始まるね。」
「うん」
大学の門に着く。
入学式とオリエンテーションの時にもくぐっているけど、なんだか新鮮な気分がした。
誰かと一緒にここをくぐるのは、今日が初めて。
---10:15 1限終了---
講義室から一斉に吐き出される人の群れ。
「やっとおわった~っ」
ん~~~っと伸びをしながらあくびをして彼女は言う。
「よく言うよ、2回も寝てたのに。」
彼女は2回居眠りをして、そのたびに私が起こした。
高校まで、居眠りを起こしたことなんてなかった。不思議な気分。
これも案外悪くない、とか思ってしまうあたり甘いのかもしれない。
だって、春風が気持ちよくてぇ……
言い訳を聞き流し、次の講義へ急ぐ。
このキャンパス、やけに広い。
その割に講義場所がバラけていて、急いで次に向かわないと間に合わない。
夏場は厳しいだろうな。
---昼休み---
2限の講義も一般教養。
コマ割りを眺めて感じるのは、午前に一般教養、午後に専門科目という構造。
各科目に評価基準があるが、ざっと見た限り一般教養系は4コマ以上の理由なし未出席で単位不認定。専門科目は1コマでも理由なし未出席をすれば単位不認定、という重み付けがあるらしい。
あー、こりゃ後半戦になると午前の出席減るな……
とかなんとか、履修の話をしながら学食のカレーをぱくつく。
チキンカツが乗って400円。中々安くてボリューミー。
「このカレー、しばらくお世話になるねえ。安いし。」
「そうだね、毎日食べても飽きないよこれ。」
大盛を頼んでいた柳瀬もご満悦のようだ。
学食、かくあるべし。
あっという間に平らげてしまう。
柳瀬は大盛なのに、普通の私と同着。え?何故?
「いっぱい食べる、君がすき」
……なんてね。
---16:30 4限終了---
「ふい~っ!やっと終わった!!!」
「なかなか疲れたね、これは……」
3,4限はプログラミングの講義が連続する。
私も柳瀬もプログラミングなんてしたこと無くて、苦闘の2コマだ。
先が思いやられるな……
5限も日によってはあるけど、今日はこれでおしまい。
帰宅の道中、やれ講義がどうだ、あの先生はなんだと話をしていると、
「ね、今日の夜、うちに食べに来ない?」
綾瀬からの誘い、断る理由なんてない。
「いいよ。まだ夜は寒いし、鍋とか?」
「お、いいですのう。」
キムチかな、坦々もいいな。あっ、辛いの大丈夫?うん、大丈夫だよ。
じゃ、坦々鍋にしようよ。
スーパーで材料を買い込む。
夕方ということもあって、学生らしき男女が連れ立って買い物しているのを何組か見かけた。
「なんだかカップルが多いねえ」「そうかあ?」
ま、春だし。ね。
なんて、野菜を手に取りながら頬が緩んだのを見逃さなかった。
私は柳瀬のことをよく知らない。
実質的には昨日が初対面で、美人だなとかそんなことを思ったけど……
たまに見せる仕草とか表情に踊らされている。それは事実だ。
踊りたいのかもしれないな。
自分の気分が良く分からない。
自分のことがよくわかっていないのに、柳瀬のことをわかるはずもない。
あきがせ~?お~い???
「……」
「あきがせ?どうした?」
その呼びかけに我に返る。
口をぱくぱくさせる私に首を傾げる綾瀬。
「野菜揃ったし、お肉見よう?」
見かけに寄らず家庭的だな。
さっきから商品選びを任せっきりだ。ああ昨日もそうだったっけ。
「そうだ。鍋は牛派?豚派?」
「鶏だな」腕組みして何故か得意げな顔。
あら、そうなの。
---帰宅。302号室---
「へえ、302だったんだ。」
入居したときに隣と上下階には挨拶したけれど、302は上階の1個お隣だから何もしなかったな。
「ニアミスじゃんね」
そりゃ分からんわな。買い物袋の中身を出してゆく。
調理開始。まあ野菜を適当に切って肉と一緒に放り込むだけですけどね。
「やっぱ鍋は楽だわ。」
「だねえ、具入れて煮るだけだし。」
煮えてくるまでコンロの前で鍋とにらめっこ。
1Kの狭いキッチン、鍋をにらむ視界に彼女の横顔。
今までにないくらい距離が近い。
「いい匂いだな……」
「ね、そろそろ煮えてきたかな。」
違うよ。え?
「鍋じゃなく柳瀬だよ」
「ん、ああ……柔軟剤使いすぎたかな」
「嫌味とかじゃなくて、いい匂い。」
「そっ、か」
照れ隠しで頬を掻くのが癖みたい。
ふ~ん。
柔軟剤何使ってるの~?
全然安い奴だよ、これよこれ。
いいねえ覚えとこ。
ふたりで鍋を平らげる。7割くらいは綾瀬の胃に収まった気がするけど、私は3割で十分だ。
けぷ~っ、お腹をさすりながら一休みしていると「アイスあるよ」キッチンから声が。
冷蔵庫の前にしゃがみこむ柳瀬。
部屋着のショートパンツからすらっと伸びた脚が目に入る。
さっきまで気づかなかったけど、脚もきれいなんだな。
目が離せない。
街中でかわいい子見つけたときの男子みたい。ふふ。
「ひゃっ!」突如頬の熱が奪われる。アイスを持った彼女が隣に居た。いつの間に。
私の頬からアイスを離して「ほれ、チョコとバニラどっちがいいかね。」
バニラで~
食後のアイスは格別だなあ、「ありがとね、ごちそうさま。」
「いえいえこちらこそ、来てくれてありがと。」
「誘ってくれて嬉しかったよ。」
「ほんと~?よかった」
たまにはこういうのやりたいね。
「たまに?」
たまにじゃないなあ、もうちょい高頻度で……。
家すぐそこだし。そうだね、一緒に食べるの楽しい。
1人暮らしなんだかんだ寂しいもんね。
うん。
「今度はさ、そっちの家行っていいかな。」
もちろん、いいよ。
食器の片付けをして、それからたわいのない話をしていたら21時。
「明日も朝早いし、そろそろ解散かな。」
「だね、呼んでくれてありがと。」
「明日も1限からだよね」
うん。
朝、いつものロビーで。
301号室のドアを開けると夜風が気持ちいい。
鍋を食べて高まった体温が奪われていく。
「また明日。おやすみ。」
「おやすみ。」
ガチャリと鍵の閉まる音がして、静寂に包まれる。
風が木々をゆする音、どこかから聞こえる子供の声、
これもまた、のすたるじーかな。
階段を降りて自室に戻る。
今日も終わる。長い一日だった。
柳瀬にひとことメッセージを打ってみる。
「おやすみ。今日はありがとね。」
電気を消して、おやすみなさい。




