夜の街と東京のこと。
物の扱いのはなし。
車の操作が丁寧なひとは恋人の扱いも丁寧だという。
あなたのそれを見、どうやらその俗説は正解らしい。
そう思うと、なんだか車に嫉妬してしまうわ。
あなたが恋人にするように車を丁寧に操作するその指を、いますぐ私に向けてはくれないかしら。
夜、雨が降っている。
昨晩から続いて街のすべてに湿度を与え、元気のないパチンコ屋のノボリ。
駅前ロータリーに詰めかける送迎の車列から眺めていた。
パチパチと天井を鳴らす水滴とハザードのリレー音が、控えめにつけたカーステレオを上書いてゆく。
緑のハロゲン球の点滅、雨滴で失われてゆくフロントの視界。
ちらと時計に目をやる、そろそろ。
左斜め前方から駆け寄ってくる人影が助手席を開いて、
「お待たせ!待った!?」
「ううん、時間ぴったり。バイトお疲れ。」
「あたま、濡れてんよ。」
ロータリーのわずかな距離で傘をさすのが面倒だったのか、気持ちは分かるけれど。
中途半端に湿った頭が後で痒くなって後悔するんだよネ!
左足を奥まで踏み込んでキーをひねると中古屋の60万が息を吹き返す。
大学生ふたりの生活に、しかも東京の……。車は贅沢な気もするけれど、街中で見かけたそれが頭にこびりついて離れないと何気なく話したのを覚えていて、そろばんを弾いたら残り1.5年の大学生活を勘案しても財布は持つだろうという結論になり、折半してそれを得た。
中古車サイトで探して、家まで届けてくれるとも提案されたが群馬までの小旅行を選んだのは、陸送費用をケチっただけとは言うまい。出かける口実ができればそれでよろし。
それが2か月前のこと。
お世辞にも静かとは言えない排気音を吐き出しながら雨の街へ滑りだす。
「今日のバイトね、変な客が来てさ~」
「ごみの捨て方が~」
どうやら今日のバイトは中々愉快(※最大限配慮した表現)だったらしい。そういう日もあるよね。
家に帰るには右方向。左をさすウインカー。
「帰らないんだ。」
「……ちょっと寄り道していい?」
道路標識の矢印が指し示すは首都高、返事も聞かずにランプウェイへ。
離陸する飛行機のように速度と高度を上げてゆき、時速90キロのタクシーの群れへ混ぜてもらう。
「なんか帰りたくないわ。今。」
「そっか。」
帰りたくない、なんてのは別々の帰路につく恋人らの台詞だよな、とは思う。
わたしたちは同じ家に帰る生活を送っているのに。
ふしぎなものです。
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わたしはあまり運転が得意ではないからもみじに運転してもらうことが多い。東京の道は苦手。
地元は地元で交通量が多いから苦手。ドライブは好きなんだけど、乗せてもらうの。
自分で運転しない車の費用を半分出した理由は、ふたりのアシだからと言うのもあるけれど、別の理由が大きいかな。
彼女が一目ぼれしたという車を見た時に思った。「これに乗っている彼女を見たい。」
かわいくて、かっこよくて、彼女にはお似合いのその車。
ほら、その人にだけピタっとハマる洋服ってあるでしょ?
納車の日は早起きをして、グリーン車に揺られながらお店に向かった。
納車式、と言うほどではないけれど記念の写真を撮ったときに、車と並んだ彼女を見て溜め息が漏れたのを覚えている。
車と彼女がバチっとキマっていて……。思った通りだ。
「この車は隣にかわいい子を乗せて初めて完成するのだ!」
とかなんとか言っていたけれど。
あなた単体で成立してるんだな、これが。
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ふたりとも明日の予定はないことをいいことに、首都高速をぶらつく。
昭和島から湾岸線。有明方面へ。
海底トンネルを超えて左へ分岐、レインボーブリッジへ登ってゆく。
「レインボーブリッジ好きだねえ。」
「東京の夜景は中々好きだわ。」
「東京は好きじゃないとかなんとか言ってたくせに。」
「それはそれ、これはこれ。」
「ぷ。そんなこと言って東京のこと本当は好きなくせに。」
__好きなのはアンタのことだが、とは言えなかった。
「ぷ。-わたしの東京アンチについて-」
「……」
無視された。ぴえん。
「東京はあんま好きじゃないけど、変な引力があるんさね。なまじここが地元になっちゃっているぶん愛着はあるし。」
そうは言ってみた後で、語弊があったなと思う。愛着は自身を取り巻く交友関係や家族などに対して抱いているのであって、東京そのものへの感情ではないからだ。
長野でも、福岡でも、果てはオーストラリアでも、交友関係がそこにあれば同様に思うのだろう。
あなたと結ばれたこの街で、あなたと生きていけるならば。私はそれでいい。
そう口に出そうとして、なんだかプロポーズみたいと感じて笑いがこぼれる。
「どうした?」
「なんでも?四季と暮らしてる街の悪口いっても面白くないしな、って。」
「ふーん。ま、あなたが東京をどう思ってるのかは気になるけれど。」
「いつか聞かせましょう。壮大な悪口を。」
「楽しみにしときます。」
東京の夜景が好きだ。
レインボーブリッジから望む高層ビル群もきれいだけれど、小菅からの夜景がもっと好きだ。周囲を遮るものが無く、開けた視界の先に映る都心は何物にも代えがたい美しさを湛えている。
そのまま6号で夜景の中に溶け込んでゆく。
どれほど小さな空白でも商売に利用される東京において川だけは誰も干渉できない空白地帯。都市に残されたわずかな余白は河川そのものか。
高架下の河川敷でキャッチボールする小学生を見た。
彼らにとって最後のユートピアがコンクリート敷の河川敷らしい。
東京が好きだが嫌いな理由。
どうしても「好きな理由」の裏で踏みにじっているものの存在に気付かずにはいられないからか。
大黒PAで缶コーヒーを買う。
6mgの煙が吸い込まれては空に放たれる。
缶が空になるころ、最後の灰が崩れ落ちた。
これだけの若者が居て、深夜になっても活気が失われない場所。
こんなところ、世界を見回しても滅多にないのではないか。
「好きになったり嫌いになったり、忙しい女だこと。」
そう言って彼女は笑ってくれる。
その笑みひとつで満たされた心に気づく。
「そろそろ帰ろっか。」
__夕飯、作ってあるよ。




