旅に出よう。期待も幸せも全部この車に。
『手と手』- 2日目、18:00
喫茶店で小一時間だらけており、旅の最中だということをつい忘れてしまう。とりたてて目的を定めないだらだらとした旅が許されるのは大学生の特権か。社会人になったとして、貴重な連休の旅行でこのようにしていることを私は許せるのだろうか。何か観光と呼べるような行為をしていないと落ち着かないような気がする。
そういうこと含め、大学生、モラトリアムという特権を失うことへの恐怖や次のフェーズに進んでゆく能力の欠如に対する不安に包まれている。普段はどこかに隠れていて、ふとした拍子に現れては静かに脅して去ってゆく。
何かに追い立てられるように、自由な旅とは言いながら、見えない影が迫る。
私達を幸せに導いてくれるとは到底思えないその何かを振り切ることはきっとできない。いずれ、それは1年と数か月後に__。
さて、喫茶店を後にして夕食を摂ることに。
こと名古屋において食の選択肢は幅広くどうしたものかと悩む所ではあるが、ここは食の達人である柳瀬四季の面目躍如か。
手羽かひつまぶし……きしめんというのは夕食にしてはライトすぎるかしら?
「わたしに任せて!!!」という彼女に丸投げして、答えをうんうん想像する。
「お嬢さん、こちらはいかがでしょう?」
彼女が差し出した画面には「岐阜タンメン」の文字。
はて、タンメンとな。愛知にタンメンのイメージはない。
「車でちょっと走るんだけどさ、近くに大きなスーパー銭湯もあるし。どう?」
ホテルはシャワーだけしかないじゃん。
ハンドルを彼女に任せ、一路郊外へ抜けてゆく。
車窓を流れる知らない風景への高揚と隣に彼女がいることの安心感が混ざり、妙なざわつきが胸にくる。
30分ほど走ったところで丘の上のスーパー銭湯へ到着。
駐車場のフェンス越しに見える景色、彼女がここに連れてきてくれた理由はきっとこれなのか。
まだまだもったいない。見てしまわないように視線を逸らしながら館内へ。
一旦身体を洗い、そして彼女に手招きされるまま屋外へ。
「おお~っ!!!」
夜景が広がっている。駐車場でネタバレ喰らったのが吹き飛ぶほどで。
「あったか~いっ。」
「冷えた体に染みわたるぜえ……」
「おじさんぽいね。」
「だれがおじさんじゃ~こら。」
「ありがとね。連れてきてくれて。」
「タンメンは口実だったんだね、これが本題?」
「え?うーん、口実と言えば口実だけど。食べたいのはほんと。」
あら、だしに使うなんて言葉があるけど、温泉の口実という“だし”に使ったあとで本当に味わう方の“出汁”にするつもりだった?これがダブルミーニングってやつ?
彼女が食に対して真摯な女だということを忘れかけていた。
そりゃそうだ、彼女が100 %口実の為だけに食を利用するわけなかったわ。
あまりにも浅薄な考えだった。恥ずかしや。
湯を出て、いざ岐阜タンメン。
温泉から目と鼻の先には目を引く真っ白の看板。
「ここが……岐阜タンメン。」
メニューはシンプルで、基本のタンメンにトッピングや辛さを選んでいく仕組み。
野菜を増やすと食べ応えがあるというので、野菜増量を注文。
「来たことあるの?」
「うん、何年か前に1度ね。」
中部地方を中心に展開する岐阜タンメンは甲信越にも出店しており、家族で長野に旅行した際に松本の店舗で食べたことがあるという。その味に衝撃を受け、また食べたいと思っているうちにこの旅行の話が持ち上がったのだ。
「お待たせしました~!」
透明なスープはにんにくのうまみがしっかりとしみこんで細麺とよくマッチするうえ、あっさりとしており何杯でも飲めそう。それに増量野菜のお陰で暴食の罪悪感なく味わうことができた。
タンメンに限らずこうしたラーメン類には不健康なイメージが付きまとうが、これにはそれが無い。稀有な麵料理ともいえる。
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『101』- 2日目、21:30
宿に戻る車中。なんだかすごく機嫌がよくなってしまって。
「んへへ~」変な声が出た。
「どしたの、変な声。」
「ん~???すきだなあ~~~って。」
「酔っぱらいか~???」
「酔ってないよ~っ。すき。」
「ん……ありがと……。」
「なんかね、なんかだよ。」
「なんかなの?」
「景色のいいところに連れてきてくれて、わたしてっきりご飯のついでだと思ってたからさ。」
「そういうの考えてくれてたんだ、って思ったらなんか嬉しくて。」
「好き。」
「想像以上の反応。」
前を向いたまま、照れたように目を細めるのが分かった。
「よろこんでくれたらいいなーって、思ってたんだけど。」
「こちらこそありがとうね。」
「わたし、しあわせなんだ。」へへへ。
「うん、しあわせ。」
かみしめるような「しあわせ」、繰り返す。
車窓の風景はビル街へと帰ってゆく。
一日が終わる。




