旅に出よう。それは過去の記憶か。
『生活』- 2日目、09:00
バイパスから逸れ、温泉へ。
公民館なども併設されており、温泉といっても市民向け公衆浴場と呼ぶ方が適切に思えた。
朝イチの利用ではあるものの、浴場にはぽつりぽつりいくらかの先客が見える。港が近いことを鑑みると彼女らは既にひと仕事終えた後なのだろう。
「ね、もみじ。朝っぱらから温泉とは優雅ですな。」
「ほんとに、ね。」
広い湯舟、窓から差し込む日差し、まだまだ朝という余裕。全てが見事に調和して心も体も溶け出すよう……
サウナでローカル番組に釘付けになり、休憩室で牛乳を飲み干し、このまま一日を終えても良いと思える満足感を得て、それでもまだまだ旅は続く。
一旦の最終目的地を松江は道後温泉に定めた。
理由は特にないが、いつだったかテレビを見ながら「行きたいね」など会話した記憶があったのをふと思い出したのだ。四季が覚えているかどうか、それはわからない。けれどもそうした約束、実際に約束であるかは別として__覚えていて達成したという事実はなにか私にとって大事なことのように感じられた。それは私の私自身に対する信頼という点において重要だ。
行程が順調にいけば昼過ぎには愛知入りできるだろう。名古屋には日が落ちる前に着くのが理想だ。
一旦離脱したバイパスに戻り、快走路は続く。
国道一号バイパスは、一部区間を除き海からは一定の距離を保って進む。
あまり意識してこなかったことではあるけれど、静岡県というのは海の際まで山林が迫っており、市街地は海寄りに追いやられている印象を受けた。
その最たる例が由比海岸だが、規模や雰囲気こそ違えど、似たような構造が繰り返されている。
「静岡ってさ、通過することはあるけど敢えてまじまじと見てみると面白いね。」
会話の内容が日常からその地方の話題にスライドするとき、旅に入り込んでゆくことを感じる。話したいこと、それらが尽きて目の前の話題に向き合える。ここまできて、初めてふたりの世界が作り出せるような気がしてきた。
バイパスの高い流速に押し流され、浜松市街へ駆け下りてゆく。
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『アンセムソング』- 2日目、12:00
浜松市街を抜け、海岸沿いのバイパスをひた走る。
昼を迎え太陽はすっかり昇りきり海面の反射がまぶしい。助手席からはシャッター音が聞こえる。
「おなかすいた!ご飯にしよ!!!」
「そうだねえ、飯にするか。」
それはそれとして、彼女の手にはコンビニのチキンが握られている。
「どんだけ食べるのさ……」
食事をしながら次の食事の心配をする。いかにも彼女らしい。
そんなことは2年半の付き合いで分かってはいるが、それでもなんだかおかしくて笑いがこぼれた。
「何わらってんのよ?」
「じゃ、そろそろ道の駅あるからそこでね。」
適当な返事をしてお茶を濁す。
昼食はシラス丼にした。当然彼女は大盛り。シラスは胃の中で初めてニワトリの存在を知るのだな。という話を彼女にしたら困惑されてしまった。
これもよくあること。
しらすのうまみを味わいつつ窓の外を眺める。
名古屋まであと100キロほど。日が落ちる前にはつくだろう。
今夜の宿を名古屋の中心地、栄にとった。せっかくの名古屋だからモーニングを頂いてゆきたい。
海風を浴びてリフレッシュしたら、いざ愛知県!
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『NO NAME』- 2日目、16:00
今日の行程に終わりが見えてきた。
名古屋市街の入口へ。
バイパスを降り市街地を突き進む。名古屋走りなどと揶揄される交通事情だがとくに気になる事も無く、むしろクルマ社会特有のスムーズな運行に気楽さすら感じられた。
そのうちビル群が増えてきて、栄の近辺で駐車場に吸い込まれる。
「ついた~!!!」
「お疲れさまでしたあ~。」
チェックインを済ませ部屋へ。
「わ~!!!めっちゃふかふか~~~!!!」
着くや否やベッドにダイブする彼女。
ま、車中泊はそれはそれでいいのだけどやっぱりホテルのベッドは別格ね。
まだ夕食まで時間がある。ホテルでのんびりするのも良いけど、何か動き回りたい気分。
「どうしましょか。」
「やっぱ名古屋だし喫茶店?」
話がまとまって近所の喫茶店へ。
「灰皿使われます?」
「あ、お願いします。」
そういえば、喫煙可の喫茶店ってめっきり減ったな。
私が小さい頃なんか大概の店で吸えていた気がする。
子供時代に煙草の煙が嫌になって、そのまま大人になり煙草には触れないという人が大半なのだろうけど、私は残念ながらそうではなく。
喫煙所や歩きたばこから流れ出る煙__それは副流煙なので大変よろしくないのだけど、それを嗅いでは「いい匂い……」と子供ながら思っていた。煙草を吸わない両親はその匂いに顔をしかめることが多々あり、少なくともこの点において私は相いれない。
もしかすると自我の芽生えというか、親は親で個人であって、血縁、両親の元から生まれたというただその一点を除けば本当の別人なのだと理解したのはそれがきっかけなのかもしれない。
煙草に火を付ける姿をニコニコ眺める彼女。私の喫煙習慣については何も言ってこない。
「もみじは不思議だよね。」
「そう?」
「まさかあなたが煙草吸うとは思わなかった。」
「え~、その話?イメージと違った?」
「まあ、ぶっちゃけ見た目的に煙草吸いそうなの私でしょ。」
「ふふっ、それはある。わたしたち見た目と行動が逆だよね。」
「はい、ブレンドコーヒーふたつ。」
朝から夕方まで車に揺られていたのもあり、ふかふかしたソファの心地よさが沁みる。
客の出入りがあるたび玄関の鈴がカラコロと鳴り、外の風がふわり吹き込んできて……
「まるで午後の授業みたい。」
「ふ、同じこと考えてた。」
ほんとに?ほんとよ!
「高校の時は窓際のことが多かったからさ、校庭ばっか見てたな。」
「わたし道路しか見えなかったから人間観察してた。」
お互い育ってきた環境は違うけれど、似たような記憶をもっている。
外を見て呆けていたから授業が頭に入らなかった、というオチまで似ていて笑ってしまった。
「あのときはさ、」
ふと、寂しそうな表情をして口を開く彼女。
「どれだけぼうっとしていても、そりゃ怒られはするだろうけど先生が軌道修正してくれたし、進路だって提案してもらえたわけで。」
「大学入って自律が急に求められたように感じたけどさ。」
「自律してた人って高校の前からずっと自律してたんだね。」
「わたし、なにやってたんだろう、って。」
「流れて、流れて、流されて、ここまで来てしまった。」
彼女の独白は、なにか素敵なもののようで聞いていて心地よい。内容は耳に痛いけれど。
それにしても、過去の話をしているようでいて将来の話なのだろう、これは。
就職活動、卒論、卒業。自律が急激に求められるフェーズにきて私たちはそれが身についていない子供なのだと急速に実感している。その苦悩。果ては絶望かもしれない。
将来の不安は正直私にはどうしようもないと思う。自分で解決するほか無いこともある。
ただこれだけは。
すっかり短くなった煙草を灰皿にぐりぐり押し付け一呼吸。目線を上げて。
「四季、わたしがいるでしょ。」
キャメル 6mg__クラフトでないほう。販売終了を知りカートンで溜め込んだ。
Bicライターで火を付ける。私はライターと煙草を別で持ちたくない。煙草の隙間に突っ込みたいから薄くてコンパクトなこれでないといけない。
くだらないこだわりだが、ZIPPOを持ち歩く人と同じくらいのこだわりを持ってのBicライター。
けしてつけやすいとは言えないフリント式、ターボライターでもないから少しの風で使えなくなる、何なら小さいのでよく無くす。それでもこれを使う。




