ひとりに、して
「ごめん、すこしひとりにさせて。」
リビングでくつろいでいると、意を決したように立ち上がり自室へ消えていった四季。
ぴしゃり、リビングに取り残される私。
春の嵐が吹き荒れシャッターを揺らす。外が騒がしくなるほど、嵐ががなり立てるほど、余計に居室のわびしさが際立った。
私はテーブルに頬杖をつき、時折コーヒーに口を付けながらテレビを眺めている。
天候関連のニュースしか喋らなくなったそれを、音量を下げ、半開きの目でぼんやりと観察する。もはや情報など一切得ていないし得ようとも思わない。自室に戻る気も無い。腰が重い。
喧嘩ではない。ではないと思う……
こういうことは今まであまり無かった。もしかすると引っ越す前の1人暮らし同士の時はひとりの時間がちゃんとあったから、気にならなかったし見えていなかっただけなのかもしれない。
四季は明るくて優しいし、素敵なひと。
けれどもそういう性格が災いするのか溜め込みすぎてしまうのだろう。
そうやって人の性格を決めつけて勝手に原因を想像するのは、それはそれで悪い性質だな、と苦々しい気分をコーヒーで流し込む。マイナスにマイナスを掛けるとプラスに転ずるのだから、苦いものを苦いもので流し込めばプラスに転ずるのは自明。いや、ンな訳ない。
部屋の中で彼女は何を思うのだろう。布団にもぐって呻いているだろうか。
燻りに燻りきった自意識が爆発しそうになって、どうあがいても満たされない承認欲求やらなんやらが脳を圧迫して叫びたくなることがある。布団にもぐってうんうん唸り、もぞもぞ這いまわっているうちに疲れて眠ってしまって朝になればどうでもよくなっていることはまれにある。
私がそうだから彼女がそうだということは無い。恋人は恋人であって、血のつながりも何もない赤の他人ともいえる。
そもそも彼女がそうした内面の暴発による苦しみを部屋に閉じこもるという形で出力してきたのかというと、本当にそうか?という気分にもなる。
理由は別にあるのかもしれない、私には分からない。
私の妄想があっているのかもしれない、それでも答えは分からない。
机に突っ伏して眠っていたらしい。目を開けると、テレビは夕方を知らせる。
嵐が過ぎ去ったらしい、中継では飛散物が残る街角の様子を伝えていた。
四季の静かな嵐も解決すべきだろうか。
それは私がするべきなのだろうか。してもよいのだろうか。できるのか。
トイレから水音がする。部屋にこもった彼女にどうこうするのは難しい、今しかないな。
出てきたところに声をかけた。
「ねえ、四季。どうかしちゃったの。」
「ううん、なんでもないよ。」
踏み込むな、そう言外に伝えてくる一言。
ここで押すのは私には難しい。
「そっか。夕飯はどうする?」
もはや切り返しに困ってしまい、もっとも解決するべき喫緊の課題を提示するほかない。
「わたしはいらないや。もみじの好きにしなよ。」
自室の扉に手をかけ消え去ろうとする彼女に最後のひと声を。
「あのさ、わたしなにかしちゃ……」
ぴしゃり。
私の言葉は最後まで届かず締め出されてしまう。
こりゃ重症だぞ……
彼女が食事を放棄するなんて!!!
----------------------------------------
食への執着が強い彼女が食事を放棄したことも驚きだったけれど、それよりもなによりも私の言葉を最後まで聞かずに去ってしまったことがショックだった。
今までこんなことなかったし、何がどうなっているのやら。
こんな状態で食事を作っても仕方がないし、カップラーメンで済ませようか……
ううん、でも、気になる。
彼女がご飯を食べないなんて冗談じゃない。絶対に変だ。
彼女の現状の原因が何であれ、それが私の過失かもしれないしもしかしたら全く別の何かかもしれない。でも、何がどうなっていても、私は彼女の事が気にかかってしかたない。
ハンバーグを作ることにした。彼女がいちばん好きな食べ物のひとつ。
私の作るハンバーグが好きなのだと彼女はよく語ってくれる。
ハンバーグたねをこねながら、むなしさがこみ上げる。
あなたの好きなものを作っているのよ、すぐ隣の部屋にいるのに。
どうして出てこないの……
一滴の雫が滴る。
目頭がつんとするのを合図にして、涙があふれた。
私、こんなにあなたのこと好きだなんて。
言葉だとか愛情表現で理解していたつもりだったけれど、実感してしまった。
こんなかたちで、とはね。
ハンバーグをこねながらあなたの事が大好きだと理解したと、そう告げたら笑ってしまうでしょう。でも、本当のこと。
涙で視界がぼやけても、適切なこね具合だけは手が覚えている。
丁度良い所で止めて成形し焼き上げ。
身体で覚えている。覚える位の回数、ハンバーグを作った。
ハンバーグに綺麗な焼き目がついたころ、私の目元は乾ききっていた。
彼女は部屋から出てこない。匂いでわかってはいると思う。
お盆に乗せて彼女の部屋の前へ。
「四季、夕飯作ったから、よかったら食べて。ハンバーグだよ。」
返事は無い。部屋の前に食事を置いた。
肩を落とし、ひとりで食事に手を付ける。
いままでもゼミやらバイトの都合でひとりの食事はあったが、これほど寂しい食事は初めてだった。
すぐそこに彼女が居るはずなのに。いちばんの寂しさ。
居るはずの人が居ないこと、それが最も苦しいことのよう。
食事を終え、食器を片付ける。
相変わらず彼女の部屋の前の食事は残されたまま。
あまり長い事置いておいても良くないし、21時になったら引き上げようか。
半ばあきらめのような感情を抱きつつ。
でも、どんな思いで床のお盆を眺めればいいのか分からない。




