スタートラインについて
花火大会の前日。
ついに前期最後の講義が終わり、晴れて夏休みに突入した。
やれ旅行だなんだと浮かれ騒ぐ学生らの群れのなかを漂う私たち。
「はー、やっと終わったわあ。」
「夏休みはどうするの?」
「うーん、どこかのタイミングで実家には帰ろうと思うけど。もみじは?」
「私もそんな感じかな、ずっと実家ってつもりはないよ。」
実家が遠方の学生は帰ったきりしばらく戻らないこともあろうが、私達は電車で2時間かからず実家に帰りつくことができるから、そこまで帰省にこだわりもない。
「そのまえに、明日の花火大会。」一歩近づく。
「こないだの続き、聞かせてね。」
「ば、ばか。」
顔赤いよ。どうしてかな?
「ふふーん、四季ちゃんはかわいいですねえ。」
「ひゃー、よく言うよ。」
お、元に戻った。よしよし。
彼女のかわいさを堪能できるのは私の特権。
「ねえ、喫茶店寄っていかない?」
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彼女の提案に乗って駅前へ。
「ここ、親睦会で使ったとこじゃん。」
「近くの喫茶ここしかないんだもん。八王子まで行くの暑いし嫌でしょ?」
そういわれると返す言葉もないというか、別にこの喫茶でも文句は無い。なんとなく盛り上がらない親睦会を思い出して心が痛いだけ。
「で、なして喫茶に?」
「それはですね、作戦会議です!」
「突拍子もない系主人公のラノベ?」冴○カノとか。
「ラノベじゃないです、花火大会です。」
ボケを流されてしまった。そっかーそんなにおもしろくなかったかー。うーん。
「ほら、花火大会どこで見るのかって話。」
うんうん唸っている私を置いて話を進める彼女。
「会場の公園は絶対混むでしょ。あんまり混んでるのは、ねえ。」
「そうなるとちょっと離れた所から見る?」
こことかどう?指し示したのは丘の中腹にある小さな公園。
今いる喫茶店からも近い。一休みしたら下見がてら歩いて行ってみようか。
「エアコン最高だわ~」
窓の外は最高気温38度の猛暑。湿気もすさまじく、アスファルトに照り付ける日光で蜃気楼が見える。
「あー、出たくないなった……」
「前期終わった途端力が抜けちゃったね……」
窓から差し込む日差しがまぶしい。アイスコーヒーの氷が溶けてカランと鳴る音。
夏休みが始まる____
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退店を先延ばしにするようにゆったりコーヒーを味わった。最後の方は水で薄まって味がしなかったのは内緒。
重い腰を上げてしばらく歩くと目的地。
「おお~!景色いいじゃん!!!」
少し先を歩いていた彼女が歓声を上げる。
「どれどれ、なんじゃらほい」
追いついて顔を上げるとそこには市街の眺望が一面に広がっていた。
花火大会の会場までの視界も良好。ここなら綺麗に見られそうだね。
「明日はここで見よう。」
「異議なし。」
じゃ、帰りますか。暑いし。
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花火大会当日。
昨晩から降り始めた雨は、深夜には警報が発令されるほどの降水量を伴って街に降り注いだ。
勢いは収まったものの、今も降り続いている。
これじゃ今日は無理だな……
窓の外を眺め、ひとりごちた。彼女の部屋に行ってもいいけれどそれもなんだかなあ。
もやもやしたまま布団に転がり枕元の本を手に取る。近ごろは考え事の代わりに読書するようになった。森先生のS&Mシリーズを読み進めている。生協の書店に置いてあって白基調の表紙とタイトルの並べ方がクールだと思ってジャケ買いした。情報系の学生をしているとなんとなくコンピュータネタには弱い。名古屋に行きたいな。あ、那古野か。
だらだら読み進め、何度か顔面に本を落とし、半分くらい進んだところで窓の外に目をやる。
もう梅雨など終わったというのにいつまで降り続けるつもりなのか。もう昼だ。
料理する気にもならず、というより今まで学食で済ましていたし数えるほどしか昼食を作ったことが無いから材料も無いし。レトルトのカレーで済まし、また布団へ。天気は相変わらずだ。
「続きは花火大会で聞かせて」なんてことを言ってしまった手前、どうしても今日のことが気になる。
あの時の私はどうにかしていた。そりゃもだえ苦しむ彼女はかわいいさ。でも、こんなことになるなら続きは……だなんて言わなくても良かった。
「雨、止まないなあ。」
雑念が混じってまともに本を読めない。2,3ページは何とか読んだけれど疲れてしまった。
本を置くと、辛うじて持ちこたえていた瞼が落ちてゆく。遠ざかる雨音。
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……
「今何時!!!」
スマホをつかんで確認すれば今は5時らしい。窓を見る、雨音こそ静まりつつあるが小雨が続いていた。
こりゃだめだなあ。
でもなあ、気になるんだよなあ。
「続きは花火大会で」って、まさか雨で中止とは思わなかった。
うーん。
一旦彼女のところに行ってみるか。
「雨降っちゃった、花火大会は無しだねこれは。」
「うん、残念……」明らかに気落ちする彼女。1日中外を見ていたらしく窓際に椅子が寄せてあるのが見えた。
「あのさ、花火、しない?」
結局私が考え付いたのは、大会が中止なら勝手にやればいいじゃんということ。
橋の下なら雨に打たれることも無いし、こんな日にわざわざ花火をやろうとする人は現れないだろう。
「それ、いいねえ。」行こう行こう!手に取る様にテンションの上昇が分かる。そんなに嬉しいか。
ホームセンターで花火セットを買ってから橋のたもとへ。
道中の自販機で買ったコーラで乾杯。
「ねえ、私達も二十歳になったらお酒とか飲むようになるかな。」
「きっとね、一緒にお酒飲みたいよ。飲もうね。」
とりあえず派手めな花火から始める。眩い光が目の前を照らす。
「まぶしっ!花火ってこんな明るかったっけ。」
「えーそんなに。そのうち慣れるよ。」
きゃあきゃあ言いながら手当たり次第に火をつけてゆく。
そんな調子で遊んでいたらいつの間にか雨は上がっていて、残すは線香花火。
「ついにラストだ。」
火を付けようとした私の手を抑える彼女。言葉を続ける。
「あのね、この前の続き。話してもいい?」
頭上を通り抜ける車の振動、いつもより大きい川の水音、吹き抜ける風。
騒がしい筈の全てが、私達から切り離され静寂に入り込む。
花火をおろし、頷いた。
「花火大会が中止になってとても残念。」
「だけど、もみじが花火やろうって言ってくれた。」
「こんなに素敵な人と友達で居られて幸せ。」
「それでも、友達ってだけじゃ収まらない感情もあるんだ。」
「私ね、私……」
「もみじのこと、」
「好きなの。」
静かに歩み寄る。一歩、二歩。あと10センチ。
街灯に照らされて、ひとつに繋がり動かないふたりの影。
「これが私の返事。」肩に顔をうずめたまま呟く。
彼女は震えていた。抱き着いたままの手で背中をさする。
「ごめんね、あのとき止めちゃってごめん。」
「私の方向いて話してほしかったの。」
「辛かったよね。ごめん。」
引き延ばしたのは私だ。彼女の震えが収まるまでそうしていた。
「線香花火、つけよ。」
ふたりしゃがみこんで火の玉を眺める。
「初めて会った時、クールな女の子がいるなって思ったの。」
「でも、あの親睦会で二人で話せる雰囲気じゃなかったからまた会えた時に話そうと思ったらさ。」
「まさか同じマンションとはね。」
火の玉はパチパチと音を立て光り続けている。
「かわいい女の子にナンパされてびっくりしたんだ。お茶でもどう?って。」
「ナンパ言うなし。」
「カップルの茶番、覚えてる?」
「あれ、すごいドキドキした。」
「「あっ」」
あのときの動揺をフラッシュバックするように、火の玉は震えて地面へ。
「花火大会あえなく終了だな。」
片づけをして、飲みかけのコーラを一気に飲み干した。
頭上の車がうるさい。
「あのさ。」声を張って彼女に呼びかける。
「これからよろしくね。」




