嵐のような駄天使
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「……食事を摂るなんて本当に久しぶりのことですけれど、とっても美味しいですわ」
薄い唇に茶色いデミグラスソースをちょこんとつけた大天使様が、紗奈特製のハンバーグを小さな口でもぐもぐと幸せそうに食べている。
「お姉様、お口におソースがついてしまっていますわ……」
紗奈さん、出会って数分なのに、もうその駄天使の口調が完全に移ってしまっていますわよ。
「あら、失礼」
差し出されたティッシュを受け取り、上品に口元を拭うクレア。
本来なら同居の決定を祝うはずだった楽しい我が家の食卓が、とんでもない強者によって完全に支配されてしまっている。
「グレイス、シュナ、レイ、みんなはハンバーグ、美味しいか?」
「「「はい、サク様!」」」
満面の笑顔でハンバーグを頬張っている少女たちだけが、今の俺の唯一の心の救いだ。
紗奈は目の前の駄天使のプレッシャーにまだ緊張しっぱなしだし、ゴウキとノア子は普通を装って食べてはいるが、その視線の端々には警戒が残っている。
そりゃそうだ、グリムを完封して消し去った本物の厄災なのだから。
それでも、紗奈たちが一生懸命作った料理は本当に美味しく、テーブルの上に大盛りになっていたハンバーグやサラダは、凄まじいスピードで減っていった。
「……そうだわ。ニンゲンの……紗奈さんと言ったかしら」
「は、はい! 何でしょうか、お姉様」
クレアは箸を止め、じっと紗奈を見つめた。
「貴女は、サクとは一体どういうご関係なのかしら?」
「そ、それは……その……っ」
紗奈は一瞬で顔を真っ赤にし、助けを求めるような潤んだ瞳で俺の方をチラチラと見てくる。
「……ふん、なるほどね。そういうことですか」
「だから、心を勝手に視るなって言ってるだろ!!」
俺のツッコミに、紗奈はもう恥ずかしさの限界に達したのか、顔を両手で覆って俯いてしまった。
「……紗奈はこの『フロントライン』の正式なマネージャーで、モンスターテイマーとして探索者もしているんだよ。それに、来月から正式にここで一緒に暮らすんだ」
「ふーん。本当に、それだけの関係なのかしら?」
駄天使が綺麗な青い瞳を細め、こちらのすべてを見透かすように眺めてくる。
ダメだ、何も考えるな俺。
脳内の思考を今すぐ完全に遮断しろ。
絶対に本心を悟られるな、俺は『幻惑神』だぞ……世界を惑わせ、敵の目を惑わ……
「……そんなに心の中で必死に言い訳を語ってしまったら、逆にバレバレですわよ?」
なぁぁぁあああ!!!!
「ガハハ! 大将の姉御、聞いてくれよ。大将は普段あんなに強いクセに、紗奈のことになると途端にうじうじと弱っちくなっちまうんだ。男らしくハッキリ『俺の番になってくれ』とでも言えばいいのによ」
「そうよ、サク。紗奈が相手なら、私はマネージャーとしてもお嫁さんとしても絶対に反対しないわよ」
おいゴウキ、ノア子。
お前らさっきまであれほどクレアを警戒していた気持ちは、一体全体のどこへ消え失せたんだ。
「あらあら、そうなのね! ……決めましたわ! サクと紗奈さんの結婚式には、わたしもイングランドから大天使として絶対に出席しますからね!」
「な、な、……何を勝手な未来予想図をノリノリで言っているんだ、この駄天使め!!」
「だってそうでしょう? 同じパーティに属する仲間は家族ですもの。私も元はニンゲンだからその温かさはよく分かるわ。だけどね、同じ因子を持つ者だって立派な家族でしょう? サクの姉であり、神聖なる大天使であるわたしが、最愛の弟のお祝いに堂々と参加するなんて、これ以上ないほどに幸せなことですわ」
何を当然のことを言っているの?といった無垢な表情で首を傾げるクレア。
「お祝いを言ってくれるのはありがたいけど、それを言うなら種族の格としては俺の方が『神』なんだけどな!」
「あら、そんな規格外な結婚式、教会が驚きのあまり物理的にひっくり返ってしまいますわね。ハハハ!」
全く笑えねえんだよ。
その結婚式の会場の中に、一体何体の厄災級が出席することになると思っているんだ。
「そ、それは追々、ね……。ね? サク……」
赤面したままの紗奈が、消え入るような声で俺の袖を引く。
「う、うん。そうだね、紗奈……」
俺と紗奈のあまりにも煮え切らない初々しい会話に対して、ゴウキ、ノア子、そしてクレアという、世界を滅ぼせるレベルの厄災級の3体が同時に天を仰いで深いため息をついた。
その光景はシュールを通り越して最早ホラーだ。
「……決めましたわ。わたし、今後は毎日ここでお夕食をいただくことにします。家族なのですから、美味しいご飯の時間は一緒にいないとダメですもの」
「おい、勝手に決めるなよ……。お前の故郷であるイングランドはどうしたんだ? グラストンベリーダンジョンはどうしたんだよ!?」
「お夕食を摂る数時間くらい、何の問題もありませんわ。それに、わたしは一瞬で戻れますもの」
はぁ……と、俺の口から今日何度目か分からないため息が漏れ出す。
あ、そうだ。呆れている場合じゃなかった。
忘れないうちに確認しておきたいことがあったんだ。
「……そういえば、姉ちゃん。1つ真面目に聞きたいことがあったんだけど」
「なぁに? お姉ちゃんは、愛しい弟の質問なら何でも優しく答えてあげますからね」
「姉ちゃんの存在について、英国政府は把握しているのか? 裏で何か協力関係を結んでいたりするのか?」
俺の問いに対して、クレアはあっさりと頷いた。
「ええ、知っているわよ」
マジか!?
「だけどね、サク。わたしはあくまで、自分の意思で勝手にイングランドの地を守っているのですわ。わたしはニンゲンの管理下に置かれたくないし、そもそも彼らの手ではわたしを管理できないでしょう? だから、国際的な表向きのデータとしては、未だに存在が不明の厄災、ということになっているのです」
「なるほどな。……ちなみに俺は、日本政府や冒険者協会とズブズブの協力関係を結んでいるけどな」
「サクがその環境で良いと思っているなら、別にそれでいいんじゃないかしら?」
「じゃあ、この件に関して、俺から日本政府のトップに伝えてもいいのか? 姉ちゃんがイングランドを守る意思があるなら、水面下で日本と英国の秘密裏な同盟だって、お互いの利益として組めるはずだ」
「ええ、一向に構わないですわ。わたしがイングランドを、サクがこの日本を完璧に守り抜けば、例えこれから他の国々が全て滅ぼうとも、この2か国だけは確実に最後まで生き残りますもの」
よし、現地のトップである厄災本人から、確実な言質が取れた。
「……助かるよ、姉ちゃん。これに関しては、本気で感謝してる」
「ふふ、愛しい弟にそんな風に感謝されるなんて、とっても嬉しいですわ。……あ、では、今日のところはそろそろお暇しますわね」
食べ終わったら本当にすぐ帰るんかい、大天使。
「ではまた明日ね」と言い残し、純白の光の残滓と共に、我が家のリビングから一瞬で消え去っていった駄天使クレア。
嵐が去った後のような静けさが戻ったリビングで、俺はガクッと肩を落とした。
「みんな、本当に巻き込んでごめん……」
「……ううん。本当に、まるで嵐のようなお方だったね」
紗奈が苦笑いを浮かべながら、俺の肩を優しく叩いてくれる。
「サク、あそこまで規格外なら、もう上手く付き合っていくしかないでしょ?」
「そうだな、ノアの言う通りだ。大将もさっき言ってただろ? あのクラスと本気で揉めたら、それこそ地上の世界が物理的に壊れるってな」
ゴウキの言葉に、俺は椅子の背もたれに深く体重を預けた。
「それは分かっているんだけどさ……。俺の唯一の癒やしである毎日の楽しい食卓が、あんなフリーダムな駄天使にこれから毎日引っかき回されるなんて……」
今日だけで一体何回目か分からない深い溜息が、新宿の夜の空気の中に、静かに溶けて消えていった。
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