厄災の役割
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「……クレア、いくつか疑問がある」
「どうぞ、サク。貴方はわたしにとって、同じ因子を持つ弟のような存在ですもの。姉である私は、いくらでも貴方を助けますよ。お姉ちゃんと呼んでください」
「……。じゃあ聞くけど、クレアの話が全て事実だったとする。……そもそも、なぜそのアストラとかいう厄災は、わざわざ世界の厄災の数を調整するような真似をするんだ?」
「お姉ちゃんです。言った通り、彼はこの世界のシステム的な『均衡』を保つために行動しているのです。彼なりの理想があるのでしょうね」
クレアは美しい羽根を休め、静かに言葉を続ける。
「イレギュラーや厄災の数が世界に増えすぎれば、世界中の魔素がそれだけで大量に消費されてしまいます。それに、やがて厄災同士の生存競争や争いも起きるでしょうし、その次元の違う戦いに巻き込まれれば、ニンゲンの国ですら容易に滅びかねません」
「……なるほどな。増えすぎたら面倒なことが起きるし、ニンゲンが巻き込まれて滅びる、と」
「ですが逆に、世界の厄災が少なすぎても深刻な問題に繋がるのですよ」
「どういうことだ?」
「ダンジョンというシステムは、常に魔素を生み出し続けています。しかし、それを消費する存在が足りなくなれば、世界に余剰な魔素が臨界点を超えて溢れ始めるのです」
「魔素が世界に溢れると、一体どうなるんだ?」
「モンスターの異常進化。スタンピードの発生確率の大幅な増加。新たなるイレギュラーの発生。そして最悪の場合、世界の許容量を超えた魔素によって、新たな本物の厄災が数多く一斉に誕生します」
クレアは小さく、綺麗に肩を竦めてみせた。
「結局のところ、増えすぎても世界は滅び、減りすぎても世界は滅びるのですよ。この世界は、ニンゲンが思っている以上に危うい薄い氷の上の均衡の上に成り立っているのです。……彼は、世界の調停者であり、救世主でありたいのでしょうね。個体名はアストラ・エンドロード。……『終わりの王』という名を持ちます」
「へえ……。名前の意味だけなら、俺と少し似てるんじゃん」
「幻惑神……。あぁ、貴方の本来の職能に眠る『終わらせる者』の側面ですか。そうですね、確かに思考の根底は似た者同士ではあるかもしれません。それに、心のどこかでニンゲンたちのことを思っているという点は、わたしを含めて3人とも同じですもの」
「でも、お前らはその過程で、今までにニンゲンを何人も殺したことがあるだろ?」
「それは、仕方のない戦いに巻き込んでしまっただけですよ。己の力の差も弁えずに、私たちの前に不用意に現れるイレギュラーや厄災は実際にいます。そして、これからも理のバグとして生まれてくるのですから」
データには、ほんの僅かな魔力の残滓のような存在の確認だけはされているものの、あまりの規格外さにデータがなさすぎて、名前すら判別不能とされていた世界の厄災。
それが、梅田のフルグル・ベヒモス、目の前にいるクレア・レミエル、そしてアストラ・エンドロードだったのか。
「それともう1つ疑問がある。なぜそのアストラってやつは、世界中のダンジョンを自らの手で潰して回っているんだ?」
「彼は、手当たり次第に破壊しているわけではなく、明確に選んで潰しているのですよ。イレギュラーの発生確率が異常に高くなり、現地の管理が行き届いていない危険なダンジョン。そして、その土地の魔力が溢れすぎてしまって飽和状態になった場所をね」
なるほどな。
それなら、世界をただ滅ぼすための破壊衝動で動いているわけではないということは、十分に理解できた。
ただ、俺にはどうしても懸念があった。
「……中枢ダンジョンを完全に失った国は、エネルギーや魔石の恩恵を失って一気に衰退するぞ。資源を失えば、そこからは他国からの略奪や戦争へまっしぐらだ。そいつは、そこまでの最悪の連鎖を理解した上でやっているのか?」
「彼は、それすらも全て承知の上ですよ」
クレアは一切の迷いなく、きっぱりと答えた。
「システムの中で解決できる問題だけを、彼はシステム的に解決しているのです。そうして局所的にダンジョンを間引かなければ、放置された結果として世界そのものが完全に崩壊するのですから」
「だから、結果として起きる国同士の資源の奪い合いや戦争までは知らん、ってことか」
「サク、私たちは政治家ではないでしょう?」
クレアは再び、困ったように肩を竦めてみせた。
「国が衰退して滅びるのも、愚かな戦争が起こるのも、それはシステムではなく、人間たち自身が自らの知恵で解決すべき問題です」
「随分と突き放した冷徹な考えだな」
「ええ。ですが、世界そのものが滅んでしまえば、その戦争の問題を解決するための人間すら、この地上からいなくなってしまいますから」
そこまで淡々と語ると、クレアはフッと少しだけ笑った。
「もっとも、彼が本当にそこまで心の中で割り切って行動しているかは、わたしにも分かりません。最終的には、絶対的な恐怖による支配をもって、人類全てを都合よく管理するつもりなのかもしれませんけれどね」
「……なるほどな。これで全体の構図は理解できたよ」
俺は張り詰めていた身体の力を抜き、大きく息を吐き出した。
「クレアもお前も、そのアストラってやつも、根本的にはニンゲン寄りの考えを持っている。少なくとも、世界を滅ぼそうとして動いているわけじゃない」
「ええ。あ、お姉ちゃんです」
「ただし、アストラは最終的な手段として、人類を恐怖で支配する道を選ぶかもしれない、と」
「その可能性は、大いにありますね」
なるほど。
つくづく面倒臭そうな思考の持ち主だ。
「わかった。なら、次にそいつと接触することがあれば、アストラに俺からの伝言を伝えておいてくれ」
「嫌ですよ」
「……は?」
あまりにも躊躇のない即答だった。
「なぜわたしが、そんな面倒な仲介をしなければならないのですか」
「いや、お前らお互いに知り合いなんだろ?」
「知り合いではありますが、私は伝書鳩ではありません」
ぐうの音も出ないほどの完璧な正論だった。
呆気に取られる俺の前で、クレアは優雅に微笑んでいる。
「どうしても会って話がしたいのなら、サクが直接、彼の元へ会いに行けばいいのですよ。彼は現在、アメリカを拠点にしていますから」
「簡単に言うなよ……」
「それに、わたしはもうそろそろ、自分のグラストンベリーのダンジョンへ帰りたいのです」
その言葉を発した彼女の表情から、それまでの微笑が少しだけ消えた。
「貴方と同じですよ、サク」
「俺と同じ?」
「ええ。わたしも、世界中のニンゲン全てを平等に守りたいわけではありません」
静かに。
けれど確かな、元ニンゲンとしての強い意志を込めて、大天使は俺を見つめた。
「私は、自分の愛するイングランドの地を守る立場なのです。それに、わたしだって中身は元ニンゲンですからね。本質的には、とっても面倒くさがりなのですよ」
身に覚えがありすぎるその正論に、俺はそれ以上何も返答することができなかった。
「……じゃあ、例えばだけど、俺が何か用事があってそちらのイギリスに向かうのは、別に構わないか?」
「もちろんです。愛する弟の来訪なら、いつでも大歓迎いたしますわ」
初対面の相手に対して「愛する」と平然と言ってのけるあたり、なかなかの大物だ。
「俺の今後の基本方針としては、そのアストラってやつが世界の厄災の数を調整する。俺も適度にそのバランスを調整しつつ、あのクソなルミナスドラゴンを正面からぶっ飛ばす。……クレアに関しては、もうそっちの好きに任せるわ」
「そうしてくださると、わたしとしても非常にありがたいですね。でも、サクが本当にルミナスドラゴンを倒してしまったあとは、私は一体何をしたらいいんでしょう。……まぁ、それはこれからゆっくり考えますね」
「わかった。……とりあえず、これをそっちへ持っていってくれ」
俺はシャドウインベントリから、俺の直筆サインを取り出し、クレアへと手渡した。
「あら、これは何ですか?」
「『優しい魔王 サク』って書いてある、俺の特製サインだ。端っこの方にインプの絵も書いてあるだろ? 俺の最初の種族の姿だ」
クレアは受け取ったサインをじっと見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「インプ……? これ、どう見ても犬ではなくて?」
もっと慈悲深さを見せてもいいんだぞ、大天使様よ。
「……。とにかく、それがあれば、俺はそっちのサインの影を媒介にして、クレアの元へ一瞬で直接飛んでいけるから」
「なるほど、空間転移の触媒ですね。なら、わたしからもこちらを差し上げます」
そう言ってクレアから手渡されたのは、汚れのない真っ白な1枚のハンカチだった。
「それがあれば、わたしもいつでもサクの元へいけますから」
まあ、厄災ともなれば、それくらいの能力は当たり前に持っているか。
「では、これで私はグラストンベリーへと帰りますね。また近いうちにお会いしましょうね、愛しい弟」
「またな、姉ちゃん」
「なっ!!」
最後に『姉ちゃん』と呼んでやると、大天使クレアはビックリしたような、喜んでいる様な表情で聖なる光の残滓を残して、ボスフロアから完全に消え去った。
残された俺は、大鎌を戻し、どっと押し寄せてきた疲労感に頭を抱えた。
世界規模の頭が痛くなるような裏側の話だったが、これも早急に師匠に報告して伝えないとな。
俺以上に、あの人の方が確実に頭を痛めることになるんだろうなぁ……。
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