大天使の黙示
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「……ルミナスドラゴン。その個体名を、貴方も当然知っているでしょう?」
クレアの口から飛び出したその名前に、俺は即座に答えた。
「知っているも何も……。俺はあいつをこの世から完全に消し去るために、ここまで這い上がってきたんだよ」
「……ええ。わたしも、全く同じだったわ」
「なんだと……?」
予想外の返答に、俺は思わず構えていた大鎌の刃をわずかに揺らした。
「貴方と同じですよ、サク。私もあのドラゴンに、今から10年以上も前、この世界にダンジョンが発生したばかりの黎明期に喰われたんだもの。……ねえ、肌で感じないかしら? 私と貴方。真逆の属性でありながら、魂の根底に全く同じ『因子』を持つ者同士の共鳴を」
そうか。
俺の身体が覚えたあの妙な反応と違和感は、そういうことだったのか。
同じ化け物に喰われ、その因子を引き継いでモンスターに転生した『同類』だからこその感覚。
でも、俺はクレアの言った「そう『だった』」という、過去形の言葉が引っかかった。
「……あのドラゴンの目的は、明確に『聖属性』の適性を持つ人間であり、将来的に『聖女』の器になり得るものを好んで喰らおうとしているの。この天使の身体になって、視えたことでようやく理解できたわ」
「じゃあ、なんで聖女でもない俺が……」
そこまで口にして、俺の脳裏に最悪で、最高に嫌な考えが浮かび上がった。
「……綾香、か……っ!」
「貴方のニンゲン時代の仲間に、いたのでしょう?」
「あぁ……。俺のパーティに、『最前線の聖女』って呼ばれたヒーラーの仲間がいた」
この世界にヒーラーというジョブ自体は珍しくはないが、『聖女』と呼ばれる特別なクラスに至る人間は、少ないはずだ。
あのクソドラゴン、最初から俺なんかじゃなく、綾香を狙ってあの場所に現れやがったのか。
だったら、本当にざまぁみろ、だ。
「あの時、俺が自分の命と引き換えに綾香をダンジョンの外へと逃がしたんだ。だから、獲物を奪われて邪魔をされた腹いせに、あのトカゲは代わりに俺を喰いやがったのか」
「おそらくは、その通りなのでしょうね。そして、あのドラゴンに喰われた聖女の器たちは、運が悪ければ私のような『イレギュラー』のモンスターとして、世界のあちこちで生まれ変わることになるわ」
「いや……でも、ちょっと待ってくれよ、クレア。そうなると、今世界で観測されている厄災の数がどうしても合わなくなる」
「……私が、彼女たちを『救って』あげているのですよ」
クレアは、どこまでも慈悲深い、けれど狂気を孕んだ美しい笑顔を浮かべた。
「お可哀想でしょう? せっかく元は聖女の器だったのに、無理やり醜悪なモンスターの身に落とされて、世界の理不尽に心を痛めて悲しんでいるのですもの。……だから、私がこの手で直接倒してあげるということだけが、彼女たちにとっての唯一の救いなのです」
「……それは、お前側の勝手な理屈だろ。例えそんな化け物の身体に成り果てたとしても、死に物狂いで生きていたいと願う奴だって、確実にいたはずだ」
俺だってそうだった。
インプの姿になろうとも、絶対に生き残って、あのドラゴンに復讐してやると心に誓って生き延びてきたんだ。
「ええ、私もそう。……そして、貴方もそうだったのでしょう? モンスターに生まれ変わって、地獄のような凄惨な思いをしてきたはずです。ニンゲンとしての明確な記憶を持って生まれたなら、まだ抗う術もあるわ。けれど、その記憶すら曖昧なまま生まれてしまったお可哀想な子たちは、自分が何者かも分からずに、ニンゲンの冒険者たちに無惨に殺されてしまうことだって多いのよ」
クレアのその言葉には、否定できないだけの事実があった。
俺が生き残れたのは、たまたまインプとしての生存戦略や戦い方が、ニンゲンの頃の俺の戦術と噛み合っていたから、奇跡的に何とかなっただけに過ぎない。
「そんな絶望的な思いを重ねてしまうくらいなら、私が直々に手を下してあげたほうが、一瞬で、何の苦痛もなく楽になれるもの。……幸い、私にはそれが出来るだけの力がありますから」
「……お前には、世界のどこにイレギュラーが生まれたのか、その正確な位置が分かるのか?」
「ルミナスドラゴンの因子を持つ者だけですよ。システム上のスキルのようなものです。それだけを感知できるのですよ」
そこで、俺の頭の中に1つの純粋な疑問が浮かび上がった。
「じゃあ……何でお前は、同じイレギュラーである俺には手を出さなかったんだ? その気になれば、もっとレベルが低かった頃の俺を、いつでも殺しに来られたはずだろう」
「貴方は、上手く立ち回っていたでしょう? それに、貴方は私が見てきた数多くのイレギュラーの中でも、さらに理を外れた『イレギュラーの中のイレギュラー』だったからですよ」
「……どういうことだ?」
「『聖女』の器でもないただのニンゲンの男である貴方が喰われ、そして、光の因子を体内に宿しながら、真逆の『闇の力』を完全に覚醒させて神にまで至った。それにね」
「なんだ……?」
「現在の貴方は、確かに私よりもレベル数値自体は低いわ。だけど、私がどれだけ逆立ちしたって、私は貴方には絶対に勝てないの。……大天使が、本物の『神』には決して勝てないでしょう?」
種族の格の問題、か。
いや、本当にそれだけの理由か?
「私もかつては、あのルミナスドラゴンに復讐しようと心に誓いました。だけど、私にはそれが出来ない。同じ因子を持ち、同じ光の属性を扱っている以上、絶対に相性が悪いのですよ。……そこで、貴方の存在ですよ、サク」
「俺か? 言われずとも、あのトカゲは俺の手で木っ端微塵にぶっ飛ばすつもりでいるけどな」
「ええ。同じルミナスドラゴンの因子を持っていても、闇の権能を持つ貴方なら、絶対に出来る。力の格だけで言うならば、もう既に比べ物にならないくらい、貴方の方が遥か上に至っているのですよ」
クレアのその言葉は、俺にとってこれ以上ないほどの収穫だった。
今の俺のステータスなら、いつでもあの日の仇を一方的に殺戮できるだけの力が備わっているという証明だ。
「……でもね、サク。問題はそこじゃないのですよ」
「なんだよ……。あのトカゲには、まだ他に何か隠された秘密でもあるのか?」
「ルミナスドラゴンは、確かにニンゲンを喰らうことでイレギュラーを意図的に生み出しています。もちろん、イレギュラーが発生するのは別のシステム上の理由もあるけれど。……本当に警戒すべき問題は、別の『個体』。そのもう1体の厄災が、世界の裏側で厄災の数の調整と、増えすぎたダンジョンを自らの手で潰して回っているのですよ」
ちょっと待ってくれ。
現在、俺が感知できている世界の厄災の魔力反応は、ロシア、バヌアツ、アメリカ、そして目の前にいるクレアの4体。それに俺を含めて、合計で5体だ。
「彼は、世界のシステム的な『均衡』を守りたいのでしょうね。ダンジョンは今や、このニンゲンの世界そのものを支える絶対的なエネルギー源となりました。ダンジョンが魔素を生み出し、モンスターはそれを取り込んで成長する。そしてニンゲンたちはそのモンスターを討伐することで、その魔素を経験値や魔石、素材という目に見える形で利用し、再び世界へと循環させているのです」
クレアは淡々と、世界の歯車について語る。
「システムが成熟したダンジョンは、その余剰となった魔素を中心にある『中枢ダンジョン』へと送り届け、新たなるダンジョンの種を生み出します。しかし、ダンジョンの過度な増加は、世界全体の魔素総量の限界突破を意味するのです。世界が処理できる許容量を超えてしまえば、モンスターの異常進化や大規模なスタンピード、そして私たちのようなイレギュラーや、世界を滅ぼす本物の『厄災』の発生へと繋がってしまうのですよ」
大まかな理論自体は、俺の頭でも十分に理解はできる。
けれど、それが全ての真実だとは到底思えなかった。
俺は冷静になった頭で、目の前に佇むクレアに向けて、いくつかの矛盾と疑問をストレートにぶつけることにした。
ブックマーク、リアクション、評価をしていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。




