大天使降臨
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
新宿ダンジョン――12層。
俺は今、これまで一度も立ち寄ることのなかった新宿ダンジョンに初めて挑戦していた。
まだ普通のニンゲンだった頃、俺はこのダンジョンを必死に探索し、そして理不尽に命を落とした。
その因縁の場所である18層まで、あと少しというところだった。
その時だった。
――ドォン……。
突然、凄まじい魔力の圧が空間を爆ぜさせ、俺の身体を大きく揺らした。
この理外のプレッシャーに対して、俺の脳裏には1つの最悪な可能性しか思い浮かばなかった。
すぐに世界の厄災たちの現在位置を確認してみる。
反応はロシアでもアメリカでもない。
日本……池袋ダンジョンッ!?
その事実を把握したのとほぼ同時に、脳内にグリムからの緊急の念話が飛び込んできた。
『……主、……の……が……った。……層で……する……』
「グリム! 大丈夫か!? 今からすぐにそちらに向かうから!!」
俺の叫びも虚しく、念話の音声は激しいノイズに遮られて途切れ途切れになり、奴が何層に現れたのかすら判別できない。
どんな姿の相手かも分からない。
池袋ダンジョンの内部が今どうなっているかも分からない。
俺は新宿ダンジョンの攻略を即座に中断し、池袋ダンジョン内にある拠点へと急いで『影移動』を敢行した。
拠点へと辿り着いた俺は、即座にデバイスを取り出して師匠に連絡を入れた。
俺がコールすると、向こうはすぐに応答した。
「いきなり申し訳ありません」
『……何があった?』
俺の尋常ではないトーンから、師匠は一瞬で事態の深刻さを理解してくれた。
「厄災です。……池袋ダンジョンに現れました。今から俺が直接対応します」
『……分かった。こちらは直ちに池袋ダンジョン全域に対して緊急の避難指示を出す。頼む、坊主。地上に出る前に抑え込んでくれ』
「必ず」
そう言って通話を切り、今度はすぐにゴウキとノア子たちに向けて念話を飛ばした。
今の俺には、彼女たちを新宿の自宅まで直接迎えに行くほどの時間的な余裕すら残されていない。
だが、新宿の家から全力で飛んでくるのであれば、そこまで時間はかからないはずだ。
俺はゴウキたちに対し、池袋ダンジョンの1層から順に降りていき、万が一にもスタンピードが起きてしまった場合の防衛対応と、逃げ遅れた冒険者たちの救助にあたるよう指示を出した。
指示を終え、状況を把握するために池袋の管理者を呼び付けようとした、その時だった。
『神様! 大変だよ! 33層に本物の厄災が来ちゃったよ!!』
脳内に響いたのは、いつもの気の抜けるようなふざけたトーンとは全く違う、明確な恐怖と焦りに彩られた管理者の叫び声だった。
「今すぐそこへ行く! グリムたちもすでに向かって――……グハッ……!?」
突如として、俺の体内から内臓を直接抉り取られるような凄まじい激痛が走り抜けた。
あまりの衝撃に膝をつきそうになり、全身の血液が沸騰したかのように身体が急激に重くなる感覚が襲う。
『どうしたの!? あっ……まさか……』
管理者もこちらの異変をシステム上で把握したか。
俺が慌てて自分のステータス画面を確認すると、そこには理解したくもない事実があった。
俺の総HPの、きっちり20%分のダメージが強制的に入っており、それと連動して各種ステータスがダウンしていた。
右腕であるグリムが、完全にやられた。
『シャドウドミニオン』が生じたデメリット。
その最悪な事実を理解した瞬間に、俺の体内の全魔力が、凄まじい苛立ちと焦燥感によって狂おしく逆流し始めた。
◇
池袋ダンジョン――33層。
現場の最深部へと空間を跳んだ俺は、即座にゴウキとノア子たちに向けて作戦変更の念話を飛ばした。
迎撃すべき目標がすでに最深部にいることを確認したため、1層からの捜索は中止し、27層あたりから下に向かって救助と防衛にあたるよう指示を出す。
標的が最深部に留まっているのであれば、地上に近い上層にはそこまで大きな影響が出ないはずであり、何よりも無駄な時間を省くことが先決だったからだ。
先ほどグリムの敗北によるフィードバックで負ったダメージと、消費したMPを回復させるため、ポーションを口に咥え、一気に飲み干しながら猛スピードで突き進む。
そして、辿り着いた最深部のボスフロア。
だが、そこに本来鎮座しているはずのフロアボス『死の女王ヘル』の姿は影も形もなかった。
代わりにフロアにいたのは、ヘルのオーラとは完全に真逆の、あまりにも純粋で、どこまでも神聖なオーラを纏った1体の天使だった。
純白に輝く大きな翼を背中に生やし、まばゆい黄金の髪を持っている。
その瞳は、見る者を深く誘い込むかのように青く澄み渡っていた。
そして何よりも、対峙しただけで思わずその場に膝を折り、祈りを捧げたくなるほどの圧倒的な聖なる圧力を放っている。
それと同時に、俺の身体の芯がパチパチと反応を起こすような、奇妙な違和感。
――『聖』と『雷』の属性。
これでは、闇に属するアンデッドの最高峰であるグリムにとっては、最悪の相性だったはずだ。
「『アナライズ』」
俺は距離を保ったまま、静かに鑑定の権能を唱えた。
すべては見れず、その個体の名前と種族だけは把握することができた。
■名前:クレア 種族:クレア・レミエル
そのモンスターは、クレアという固有の名前を持っていた。
あの梅田ダンジョンに現れたフルグル・ベヒモスの時は、名前の表記が『???』であり、固有の名など付けられていなかった。
つまりこの個体は、あの化け物とは明確に一線を画する『ネームド』の厄災ということだ。
「……覗き見するなんて、あまり感心しませんよ」
鈴の鳴るような、透き通った凛とした声がボスフロアに響き渡る。
俺は全身の警戒度を最大にまで引き上げ、即座に両腕で漆黒の大鎌を構えた。
「待ちなさい、サク。……私はここに、貴方と戦闘をしに来たのではないのですよ」
こちらの殺気を受け流しながら、クレアはそんな奇妙で不思議なことを口にした。
「……三英傑を完全に消滅させ、あのグリムまでを容赦なく叩き伏せておいて、よくそんなことが言えるな。そうやって言葉で油断させてから、俺を搦め手でハメる気か?」
「やはり、貴方なら真実が視えるはずなのに。……今の貴方は怒りに我を忘れて、大切な本質が何も見えていないのですね。本当にお可哀想に。……まずは落ち着きなさい」
クレアがそう静かに呟いた一瞬の後、俺の身体が淡い青い光に優しく包み込まれた。
敵対スキルか、と思って身構えたが、衝撃や痛みは一切ない。
それどころか、血が上っていた脳の熱が一気に引き、先ほどまでの激しい怒りと焦燥感が嘘のように消え去って、思考が恐ろしいほどクリアになっていくのを感じた。
「少しは落ち着いたかしら? ……まず、何があったのかの理由を説明しますから、私の話を静かに聞いてもちょうだい」
静かに微笑みながら語りかけてくるクレア。
俺に一体どんな干渉をしたんだ、と驚愕しながらも、思考が冷静になった俺は、まずは武器を構えたまま彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「最初に、貴方が三英傑と呼んだあの特異なアンデッドの兵たちが、この層に現れた私を見て問答無用で襲いかかってきたのですよ。……私には、彼らと言葉を交わす暇すら与えられなかった。だから私は、身を守るために最低限の反撃をしたまでです。……その直後に、あの『冥王』がこの場に駆けつけてきました」
「……グリムなら、お前の話を聞く耳くらいは持っているはずだ。あいつはどこまでも冷静な男だぞ。自分の配下がやられたからといって、理由も分からずに我を忘れて突っ込んでいくような愚かな奴じゃない」
「ええ、本当にその通りね。彼はとても賢い方だったわ。……でもね、彼は私と少し言葉を交わした後にこう言ったのです。『配下が完全に消滅させられた上に、我が主から一時的に預かったこの大切な池袋ダンジョンに、厄災が直接現れたとなれば、もはや仕方がない。敵か味方か判断できぬ以上、ここは戦うしかないな』とね。……それと、こうも言い残していきました。『例え私がここで倒されようとも、我が偉大なる主が、必ずやその後にどうにかするであろう』ともね」
あいつ……。
俺への信頼を盾にして、最悪の相性だと分かっていながら、時間を稼ぐために命懸けで突っ込んでいきやがったのか。
「……それで、お前は一体何のためにここへ来た。戦うためじゃないと言うなら、お前の本当の目的は何なんだ?」
大鎌の刃を僅かに下げ、俺は目の前の大天使を睨み据えた。
「そうね、それをちゃんと聞いてもらわないと困るわ。……この私の目的である、元ニンゲンの貴方にね」
クレアはそう言うと、その美しい青い瞳を真っ直ぐに俺へと向け、静かに語り始めたのだった。
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