ゴウキとノア子のニンゲン生活
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
新宿での生活が始まってから、俺たちの日常は少しずつ、けれど確実にニンゲン社会の営みへと溶け込み始めていた。
その最大のきっかけとなったのは、意外にもあの巨躯を持つゴウキが起こした、ある劇的な事件だった。
数日前、ゴウキのお気に入りの『一番』Tシャツを着て近所を散歩していた時のことだ。
交差点でブレーキの壊れた1台の乗用車が制御を失い、猛スピードで歩道にいた小さな子供に向かって突っ込んでいくという、大事故が発生しそうになった。
周囲のニンゲンたちが悲鳴を上げる中、ゴウキはその身ひとつで現場へと割って入ったのだ。
「危ねえだろうが!」
地鳴りのような声と共に、ゴウキは突っ込んできた車のフロントグリルを、なんと片手だけでガシリと正面から抑え込んだ。
ガガガガ、と激しい金属音と凄まじいタイヤの摩擦音が周囲に響き渡り、火花を散らしながら、乗用車はその場に強引に完全停止させられた。
ゴウキの足元のアスファルトには、彼の踏み込みによって、うっすらと蜘蛛の巣状の亀裂が走っていたという。
文字通り片手だけで車を止め、子供の尊い命を救い出したのだ。
当然ながらその場にいた人々からは感謝され、この劇的な救出劇はすぐに口コミで広がり、今ではすっかり「近所の頼れる鬼神様」としての地位を確立していた。
さらに驚いたのは、ノア子たちの変化だった。
公園での一件以来、子供という存在に奇妙な興味を持ったらしい彼女たちは、時折近所の子供たちと顔を合わせるようになっていた。
「……これ、あげるわ。美味しいクッキーよ」
ノア子がそう言って差し出したのは、袋に入った小さな焼き菓子だ。
最初は彼女たちの人間離れした圧倒的な姿と圧に気圧されていた子供たちも、ノア子が差し出したお菓子を嬉しそうに受け取り、お返しにと自分たちが持っていたチョコレートやスナック菓子を差し出していた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」と無邪気に笑う子供たちと、受け取ったお菓子を見つめながら、ほんの少しだけ嬉しそうに目を細めるノア子たち。
そんな物々交換のような微笑ましい交流を経て、彼女たちもまた、この街の住人として静かに受け入れられつつあった。
だが、そんな温かい日常の裏側では、不穏な空気が確実に渦巻いていた。
日本という極東の小国が、初の公認となった『神格化個体』――すなわち俺たちフロントラインを正式に味方につけ、専属の『力』として囲い込んだという事実は、海外諸国にとって文字通りの脅威であり、悪夢であり、そして希望だった。
これまでの国際的なパワーバランスは、俺たちという規格外の存在の出現によって完全に崩壊したのだ。
軍事、経済、そしてダンジョン資源。
そのすべてにおいて日本が圧倒的な優位に立ったことに、アメリカをはじめとする海外の主要諸国は凄まじい危機感を募らせていた。
当然、彼らがただ黙って見ているはずがなかった。
現在、俺たちの新宿の新居は、日本の冒険者協会や政府の手によって厳重な監視と警護が敷かれている。
だが、その網目を潜り抜けるようにして、ここ数日、家の周囲を執拗にうろつく奇妙な影が複数存在していた。
気配の消し方や動きの洗練され具合からして、一般のニンゲンではない。どこかの国から送り込まれた、プロの海外エージェントたちだろう。
「……大将、なんか煩わしいのが数匹、家の周りをチョロチョロと嗅ぎ回ってるな」
リビングでコントの動画を観ていたゴウキが、ふと視線を窓の外へと向けて不敵に笑った。
「みたいだね。協会の監視のニンゲンたちも気づいてはいるみたいだけど、国際問題になるのを恐れてか、なかなか強くは手を出せないみたいだ」
「へっ、ニンゲンのルールってやつは相変わらず回りくどくて面倒だな。……よし、大将、俺がちょっと散歩がてら、あの不届き者どもを片付けてきていいか?」
「いいよ。ただし、殺しちゃ駄目だからね。ここはダンジョンじゃなくてニンゲンの街なんだから」
「分かってるって!」
ゴウキはTシャツの袖をまくり上げると、音もなく玄関から外へと出ていった。
新居の裏路地。
漆黒の死角に身を潜め、高性能の集音マイクと光学カメラを我が家に向けていた2人の外国人エージェントは、自分たちの背後に現れた巨大な影に、文字通り直前まで全く気づけていなかった。
「……おい、ニンゲンども。人の家を覗き見るとは、いい趣味してるなぁ?」
地鳴りのような低い声に、エージェントたちが驚愕して振り返る。
彼らが懐の武器に手を伸ばすよりも速く、ゴウキの丸太のような両腕が容赦なく伸びた。
「ガハハ! 大人しくおうちへ帰りな!」
ゴウキは抵抗する隙すら与えず、エージェントたちの首根っこを、まるで子猫でも扱うかのように片手ずつでガシリと鷲掴みにした。
そのまま力加減をしつつ、圧倒的な暴力でもって、2人の身体をまとめて路地裏から大通りへと力ずくで「つまみ出し」、文字通りゴミのように放り投げた。
アスファルトに叩きつけられ、骨が数本折れたような鈍い音を響かせながら絶叫するエージェントたち。
彼らの前に、ゴウキは悠然と立ちはだかり、凄まじい威圧感の魔力をほんの少しだけ解放して見せた。
「次に見かけたら、次は本当に命がねえと思えよ?」
その一言だけで、エージェントたちは恐怖のあまり完全に失禁し、這いつくばるようにして命からがら逃げ出していった。
ベランダからその様子を眺めていた俺は、ふっと息を漏らす。
今回はゴウキが力ずくで追い払ってくれたけれど、他国の動向はここからさらに激化していくはずだ。
神としての力を狙う世界からの視線。
それをすべて躱し、この穏やかな生活を守り抜くことこそが、今の俺の大事な役目なのだと、改めて気を引き締めるのだった。
だが、問題はそれだけで終わらなかった。
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