空間転移と縄張り
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
この子の悪夢は……こんな最期を迎えるのか。
目の前で形を保つことすらできず、グチャグチャに破壊されて霧散していくフロアボスの無惨な残骸を見つめながら、俺は自身の掌を握り締めた。
レベル95で習得した幻惑系最上位スキル『リアリティブレイク』の存在が、俺が思いついた新たな戦術を重ね合わせた結果は、想像を遥かに超える破壊力となって現れた。
これなら、確実に使える。
神の領域に至った俺の攻撃は、化物であっても防ぎきることは不可能なのだと、確固たる確信を得ることができた。
ここは池袋でも梅田でもない。
新しく俺の足跡を刻むことになった、札幌ダンジョンの最深部――??層。
立ち込める濃密な魔素の霧を割って、空間に妙な気配が染み出してくる。
「……池袋の管理者から話は聞いていましたけどね。お話以上に、文字通りめちゃくちゃな方だ」
呆れたような、けれどどこか畏怖の混ざった声で語りかけてきたのは、この札幌ダンジョンの管理者だった。
驚いたのは、その姿だ。
姿形を自由に具現化できるシステムの中枢であるはずなのに、俺の前に現れたのは、全身が雪のように真っ白な、1羽の小さな『兎』の形をしていた。
なぜ兎なのか、疑問に思わずにはいられない。
「姿を見て不思議そうな顔をしていますね。……正直、自分でもよく分かりません。目覚めて、気づいた時にはこの形でしたから。特に深い意味なんてないですよ。たぶんね」
どいつもこいつも、こちらの思考や意志を当たり前のように読み取るんじゃない。
あのどこまでも礼儀正しく、徹底的に職務を全うしていた梅田の管理者の爪の垢でも煎じて飲んでほしいものだ。
「ははは、そんなに嫌そうな顔をしないでくださいよ。でも、あの池袋に比べれば、僕の対応のほうが幾分かはマシでしょう?」
「……それはそう。本当に、その通りだよ」
俺は深く溜息をつきながら同意した。
あいつのサボり癖のせいで、俺がどれだけ苦労したと思っているんだ。
「で、どうでした? うちの最深部ボス……『ラドン』は」
札幌ダンジョンの底に君臨していたのは、100の頭を持つ巨大な龍――ラドン。
ニンゲンの世界にあるギリシャ神話にも登場し、不死の身体を持って黄金の林檎を守り続けていたとされる伝説の怪獣だ。
その巨体から放たれる圧倒的な質量と、100の顎から繰り出される容赦のない連続攻撃は、天災そのものなんだろう。
それを俺は無傷であっという間に終わらせてしまったからわからない。
「最初から最後まで、すべて見ていたんでしょ? ……まあ、断言するけど、今のニンゲンの力では間違いなく倒せないよ。最深部に至る手前の層にいた多頭龍のヒュドラも、そのさらに上の層で牙を剥いていたケルベロスとオルトロスのダブルボスもね」
「……そうですね。それだけの絶対的な防衛線を、まさかこれほど呆気なく、あんな凄惨な形で解体してしまうなんて……」
兎の姿をした管理者は、前足で自身の長い耳をクシクシと忙しなく掻きながら、呆れにも似た感想を述べた。
「俺の中では、今回のこの新しい攻撃の形が最高に効率的だという結論に至ったよ。……それと、これだ」
俺は『シャドウインベントリ』の闇へと手を伸ばし、ラドンの消滅と共に残されたドロップアイテムを取り出した。
掌の上に現れたのは、淡い黄金色の光を放つ果実――『黄金の林檎』だ。
「……それは、うちのラドンの討伐でもなかなかドロップしない至高の逸品ですよ。例え『運』のステータスが限界突破しているような個体であっても、手に入る確率は極めて低い。生命を持つ生物であれば、絶対に手にして、その身体に取り入れたいと願う奇跡の果実です」
黄金の林檎。
その秘められた効果は極めてシンプルでありながら強力だった。
効果――食べれば、現在のレベルが1つ上がる。
俺は管理者の兎が見つめる目の前で、その黄金の林檎を躊躇うことなく口へと運び、大きく一口齧り付いた。
その瞬間、口内に広がったのは、ベヒモスの濁りきった魔石とは比べ物にならないほど、純粋で清らかな甘みだった。
果実が喉を通ると同時に、黄金の林檎は光の粒子となって霧散し、俺の体内へと吸い込まれていく。
『レベルが上がりました』
『スキルを取得しました』
脳内に響く無機質なシステムアナウンス。
これで、俺のレベルは103となった。
種族としての格が、さらに一段階引き上げられたような全能感が全身を満たしていく。
「まあ、こんな凄まじいアイテムがゴロゴロとドロップしたら、ダンジョンを運営するシステム側としても大変なことになるからね。……それに、俺が手に入れたからまだいいものの、世界各地で厄災になりかけているような危険なイレギュラー個体が、もしこれを発見して強化されてしまえば……その時点で、この世界のバランスは完全に終わるな」
「だからこそ、あなたのような存在には、このダンジョンを……いいえ、この国そのものを守っていただきたいのです」
兎の管理者は、真剣な眼差しを俺に向けてきた。
「わかっているよ。それは、お前たち管理者にわざわざ言われなくたって、俺の意志で決めていることだからね」
今の俺は正式に冒険者登録を済ませている。
だからこそ、札幌ダンジョンであっても、ニンゲンのシステムである転移石を何の問題もなく各層攻略する度に登録できた。
例え異変が起きて問題が発生したとしても、地上層のエントランスから転移石を通じてすぐに駆けつけることができる。
これからは、日本各地に散らばる主要なダンジョンを巡り、同じようにいつでも移動できるように登録していくことが、当面の目標だった。
「それと、サクさん。……世界に君臨する『厄災』たちは、自らの意志で世界中を飛び回りますよね? サクさんは、その方法をもう使えるようになりましたか?」
その問いに、俺は新しく身体に刻まれたスキルの内容を確認し、微笑んだ。
池袋の自宅にいながら、あのフルグル・ベヒモスが梅田ダンジョンに突如として現れたのを感知した時のことだ。
奴らは何らかの方法で、自在に転移しているようだった。
「うん。……ちょうど今、このダンジョンのおかげで、それができるようになったよ」
先ほどレベルが上がったことによって、新しく取得した権能。
スキル『空間転移』。
再使用するのに5時間ほどのクールタイムが必要になるという制限はあるものの、自分が一度でも感知したことのある世界の目標位置へと、空間を跳び越えて直接転移できるという、まさに厄災級に相応しい移動スキルだった。
なるほど、あのフルグル・ベヒモスが消え去り際に「そのうちすぐにでも分かるだろう」と言っていたのは、このスキルのことだったわけだ。
これと、影から影へと跳ぶ『影移動』を上手く組み合わせれば、例えば他国へ出向いてクールタイムが発生している最中であっても、日本国内の影を中継して一瞬で戻ってくる、といった芸当が可能になるはずだ。
他の厄災たちが、これと同じような移動手段を持っているのかは分からないが、これからの戦略において、極めて強力な手札になることは間違いなかった。
日本のダンジョンであれば、師匠が全国の各支所に配備してくれた俺の直筆のサインがある。
サインの影を辿れば『影移動』だけでどこへでも行けるため、この『空間転移』を使う必要すらない。
やはりこれは、将来的に他国へと遠征するための専用スキルと考えるべきだろう。
「何か異変があれば、管理者のネットワークを通じてすぐに情報を共有します。もちろん、あなた自身の感覚でも、遠く離れた厄災たちの不穏な動きを感じ取ることができるはずです。……この国を、よろしくお願いいたします、幻惑神サクさん」
俺は兎の管理者に「はいよ」と短く言葉を返し、地上階のエントランスへと戻っていった。
◇
同じ頃、東京の新居近くにある公園では、グリムが少女たちを引き連れてベンチに腰掛けていた。
新居に落ち着いたは良いものの、リビングのテレビを観ているだけでは物足りなくなってしまった少女たちが、「外に行きたい」「公園に行こう」と騒ぎ出し、グリムが仕方ないといった様子で引率を引き受けた形だった。
原宿のアパレルショップ『Marionette Garden』で新調した服の他にも、動きやすさを重視した可愛らしい私服を何着か買い揃えていたため、少女たちはそれを身に纏い、柔らかな芝生の上を無邪気に駆け回っていた。
グリムはそんな彼女たちの姿を静かに見守りつつ、膝の上に広げた難しそうな戦国時代の歴史書を紐解いていた。
「……お、お前ら。……どこの学校の生徒だよ」
その時、楽しそうに遊んでいた少女たちの前に、ランドセルを背負った数人の少年たちが現れ、緊張した面持ちで話しかけてきた。
平日の放課後、遊び盛りの小学生男子たちだ。
グリムはその光景に一瞬だけ目を向けたが、子供同士の他愛のない交流だろうと判断し、大した問題ではないと再び本へと視線を落とした。
「ガッコウ……? 何を言っているの、あなたは」
ノア子が不思議そうに首を傾げ、先頭の少年に言葉を返した。
「はっ!? 学校に行ってねえのかよ! ……不登校ってやつだな! ……ふん、じゃあ、かわいそうだから今日はこの公園を貸してやるよ! じゃあな!」
少年たちは、何故か顔を真っ赤にしながら、大声を張り上げてそのまま一目散に走り去っていった。
「ガッコウ……、フトウコウ……? 一体、何だったのかしら。ねえ、グリム」
残されたノア子、レイ、シュナ、グレイスの4人は、不可解そうな表情でベンチのグリムの元へと歩み寄った。
そして、先ほどニンゲンの子供たちが口にした「学校」と「不登校」という言葉の意味を尋ねた。
「学校とは、ニンゲンたちが幼い頃から集まり、社会や知識を学ぶための場所だ。不登校……その詳細な定義までは私も完全には把握していないが、学校に向かう行為を『登校』と呼ぶことから逆算すれば、何らかの理由でその場所に通っていない状態、という意味になるのだろうな」
最近、歴史や将棋の本を通じてこの国の言語体系を猛勉強しているグリムが、少女たちに向けて丁寧に噛み砕いて教え含めた。
「なるほどね。……そのガッコウという場所に行っていないからという理由だけで、あの小さなニンゲンたちは、私たちにあんなに偉そうな態度を取っていたのかしら」
「わざわざ『貸してやる』と言い残して逃げていきましたけど……。もしかして、あの小さなニンゲンが、この公園を支配しているボスなのでしょうか?」
ノア子も、三少女たちも、真剣な表情でそんな奇妙な疑問を浮かべていた。
◇
「――ただいま。みんな、良い子にしてた?」
札幌での調査と攻略を終え、東京の自宅へと戻ってきた俺をリビングで出迎えたのは、ビーズソファーに深く身体を埋めたノア子だった。
彼女は俺の姿を見るなり、ソファーから顔を覗かせて、大真面目なトーンで問いかけてきた。
「ねえ、サク。……公園にも、ダンジョンみたいに『ボス』が存在するの?」
「……は?」
突拍子もないその言葉の意味が分からず、俺は後ろに控えていたグリムに、今日一体何があったのかを詳しく聞き出した。
グリムは本を閉じ、事も無げに当時の状況を報告してくれた。
「主よ。公園で休んでいたところ、鞄を背負ったニンゲンの子供たちがやってきてな。ノアたちに向かって『今日はここを貸してやる』と言い残し、そのまま慌ただしく逃げていったのだ」
「……ふーん、なるほどね」
話を聞いて、大体の状況は察しがついた。
まあ、子供同士の他愛のない縄張り争いのようなものだろうし、大きなトラブルに発展したわけでもない。
だが、相手は生身のニンゲンの子供だ。
万が一のことがあってはならないので、俺は念のため、ノア子たちに向き直って真剣な表情で注意を促すことにした。
「いいかい、みんな。もしまた公園でニンゲンの子供たちに何かを言われたり、悪戯をされたりしても、絶対にやり返してはいけないよ。彼らは俺たちとは比べ物にならないほど脆くて、弱い生き物なんだ。君たちがほんの少しでも力を振るってしまえば、それだけで簡単に死んでしまうからね」
「……そうなのね。なら、もしそのまま一方的に攻撃されたら、私たちはどうすればいいの? ただじっと耐えていればいいのかしら」
ノア子が純粋な疑問を口にする。
「その時はね、戦ったりせずに、そのまま空を飛んで家まで帰ってきなさい。君たちがふわりと宙に浮かぶ姿を見れば、それだけで子供たちは驚くはずだし、大人しくなるから」
ノア子は俺の丁寧な説明を聞くと、「……そう、分かったわ」とだけ言って、納得したように一言返した。
それにしても、と俺は脳内で先ほどのグリムの言葉を反芻していた。
グリムは、子供たちが何かを察したように逃げていったと言っていた。
一体なぜ、彼らはあんなに慌てて走り去っていったのだろうか。
大方の予想はつくけど、今はそれを口に出すのはやめた。
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