神々の休日、公園デビューと新たな挑戦
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
新宿区――自宅。
「「「俺らが認めた、クマガイフーズ!!!」」」
「美味しいの、その先へ。……クマガイフーズ」
『おお…………っ』
広々としたリビングに据えられた巨大なテレビモニターの前で、俺たちは感嘆の声を漏らしていた。
画面に映し出されているのは、Qtubeで解禁されたばかりの『クマガイフーズ』のWebCMだ。
先日、熊谷さんから「ついに公開です!」と興奮気味に連絡があり、俺たちは3英傑や3少女、それに配下たち全員でモニターを囲んで鑑賞会を行っていた。
「……これが、ニンゲンたちに観られるのね」
画面の中の自分を見つめながら、ノア子がぽつりと呟いた。
その横顔を覗き込むと、彼女はいつになく真剣な表情をしていた。
「どうしたの、ノア子? 何か気になるところでもあった?」
「……もっと、ちゃんとできたはず。そう思うだけ」
感情をあまり表に出さないノア子だが、その眉間には僅かにシワが寄っている。
どうやら、自分の演技……あるいは表現に納得がいっていないらしい。
「ノア、十分に良くできている。気に病むな」
グリムが優しくフォローを入れると、隣のゴウキも「おう、そうだぞ! 最高じゃねえか!」と大きく頷いた。
「ノア様がやり直したいと仰るお気持ち、分かります」
「私たちも、もっと素敵な笑顔になれたはずです」
「もっと元気に、皆さんに届くような声が出せたはずです」
レイ、シュナ、グレイスの三少女も、画面の中の自分たちを厳しい目で見つめ、口々に反省を口にし始めた。
彼女たちもまた、眷属としての矜持、あるいは1人の女の子としての欲が出てきたのかもしれない。
その時、テーブルの上に置いてあったデバイスが激しく震えた。
画面に表示された名前は『熊谷さん』だ。
「もしもし、熊谷さん。今ちょうど、みんなでCMを観ていたところですよ」
『サクさん! ありがとうございます! いやあ、驚きました。解禁された瞬間に再生数と高評価がとんでもない勢いで伸びていましてね! それで、急ぎのご相談なんですが……!』
電話越しでも分かるほど、熊谷さんのテンションは高かった。
彼が伝えてくれたのは、ついにノア子が監修を務めた新しいお菓子『ブラッド・ベリー・ルージュ』の発売が正式に決定したという朗報だった。
そしてそれに伴い、以前から打診されていたノア子と三少女、そしてなんと俺も出演する新作CMの撮影も正式に決定したという。
撮影は2週間後。
翌月からはテレビCMとして地上波でも放送を開始したいとのことだった。
「……ノア子たちは今、さっきの広告を観て『もっとできたはずだ』って気合を入れ直しているところなんです。だから、次の撮影は相当なものになると思いますよ」
『おお、それは心強い! ノアさんたちは今のままでも十分に魅力的ですが、さらに磨きがかかった皆さんの姿を撮れるのを、心から楽しみにしています!』
通話を終えた俺は、ノア子たちに新作グミの発売決定と、2週間後に撮影があることを伝えた。
「……サク。どうしたら、もっと良くなる……?」
ノア子が不安そうに俺の袖を引いた。
「うーん、正直に言うと、カメラの前で引きつり笑いしかできない俺に聞いても、あまり参考にはならないと思うけど……。あ、そうだ! それこそQtubeやテレビをたくさん観て、色々なニンゲンの表情や演技を研究してみるのはどうかな? それに、外で色々な経験をすれば、それが表現の糧になると思うんだ」
「経験……? 例えば、どんなこと?」
「例えば……ノア子はこのビーズソファーに座るまで、その心地良さを知らなかっただろ? 座ったことがないのに『最高に気持ちいいです』って演技をしろと言われても、実感がこもらない。だから、色々な場所に行って、色々なものを食べて、色々な感情を実際に味わってみる。それが、表現に深みを与えてくれるはずだよ」
俺の言葉を、ノア子と三少女は真剣な表情で咀嚼していた。
「……サク様。レイは、もっと色々なところに行ってみたいです」
「シュナもです。外の世界をもっと知りたいです」
「サク様、ノア様と私たちを、色々な場所に連れて行ってください」
キラキラとした瞳でそんなお願いをされては、拒む理由なんてどこにもない。
「わかったよ。……とはいえ、どこに連れて行けばいいかな」
「主よ。……明日は聖女のところへ行く予定であろう? その時に、彼女に相談してみれば良いのではないか? あちらの方が、地上の娯楽や名所には詳しいはずだ」
「おお、ナイスだよグリム! その手があったか」
よし、明日の予定は決まりだ。まずは家の周りを軽く探索して、それから冒険者協会へ行って登録を済ませる。
そこで綾香に相談して、ついでにみんなの服を買いに行こう。
ちなみに三英傑たちにどうするか確認したところ、彼らは「我らは池袋ダンジョンで、さらなる武を磨いて参ります」と、ストイックな答えが返ってきた。
せっかく外に出られたのに、と少し思ったが、彼らにとっては戦いの中に身を置くことこそが何よりの充実なのだろう。
俺は彼らをダンジョンの『別荘』まで送り届けることにした。
「これ、予備のマジックバッグだよ。手に入れた素材や魔石は、この中にまとめて入れておいて」
俺たちはもう、通常の魔石を食らってもレベルが上がることは期待できない。
それでも、彼らにとっては戦闘こそが生の証なのだ。
「見た目が完全にモンスターだから、外を連れ回すのも少し難しいしね。別荘は好きに使っていいから。管理者は性格はアレだけど、力はあるはずだから困ることはないと思うよ」
俺がそう言うと、三英傑たちは満足そうに頷き、暗いダンジョンの奥へと消えていった。
◇
「……紗奈、今なにしてる?」
夜、俺はふと思い立って紗奈に連絡を入れた。
『あ、サク! ちょうど今、今日の探索から帰ってきたところだよ!』
電話越しの彼女の声は、疲れの中にも充実感が混ざっていた。
紗奈は相変わらずの頑張り屋さんだ。
「引っ越してからバタバタしていて中々招待できなかったんだけど、時間が空いている時に新居に遊びに来てほしいんだ。場所は新宿だよ。迎えに行くからさ」
『新宿!? ……わあ、すごい! やっと外で、ちゃんとした『家』で会えるんだね! ああ、こんなことなら、今月あんなにシフトを入れなきゃ良かったよぉ!』
紗奈は以前会った時に、今のアルバイト先で店長に頼りにされていて、仕事が忙しくて困っちゃう、なんて嬉しそうに話していた。
探索の方も相変わらず頑張っているようだが、やはりニンゲンだから、レベルを上げるのには相当苦労しているらしい。
その代わり、彼女の愛獣であるグレイとリリは着実に成長しており、さらに新しい仲間も増えたのだと楽しそうに語ってくれた。
『今度遊びに行く時に、新しい子も紹介するね!』
「もちろん、楽しみにしてるよ。……次の休みは来週だったよね? じゃあ、その時にうちでパーティをしよう。特に理由はないけどさ、引っ越し祝いってことで!」
紗奈との久しぶりの再会の約束に、俺の心も自然と弾んだ。
◇
翌日。
俺たちは、俺、グリム、ゴウキ、ノア子、そして三少女の計7名で、新居の周りを散歩することにした。
ノア子や三少女は元々ヴァンパイア種だが、特異個体であり、今の種族のせいか、陽の光を浴びても全く影響がないらしい。
だが、全員で外に出てみて改めて気づいたことがある。
「……みんな、真っ白だな」
ゴウキ以外の全員の肌が、透き通るような白なのだ。
元が死霊のグリム、吸血鬼の少女たち、そして悪魔種の俺。
日焼けなんて無縁の体質だろうが、それでも青空の下でワイワイ過ごすのは、それだけで気分が良い。
俺たちは近所の大きな公園に立ち寄ることにした。
広大な芝生と、色鮮やかな遊具。平日の昼間ということもあり、人はまばらだ。
「サク様。……ここは、何をするところなのですか?」
シュナが不思議そうに首を傾げた。
「ここはね、公園って言って……みんなでゆっくり過ごしたり、友達と遊んだり、家族と団らんしたりする場所だよ」
「家族……? 遊ぶ……? それはなんですか?」
そうか。この子たちは『家族』や『遊び』という概念すら、まともに知らないまま戦いの中にいたんだ。
俺は家族とは血縁や、そうではなくても、同じ家に住んだり、生活したりして絆が深い関係のことと説明した。
『なら、私たちは家族というものなのですか?』
「そうだね……。うん、俺たちは家族だ」
「わかりました。ノア様、グレイス、レイ。私たちはサク様の家族です」
シュナが少女たちに説明をしている。
俺はそこへ行き、ノア子と三少女へ家族の説明を改めてする。
そして、君たちは俺の子供みたいなものだから、子供は遊んできなさいと送り出す。
滑り台やブランコといった遊具の説明を丁寧に行い、さらに『鬼ごっこ』や『隠れんぼ』といった、ニンゲンの子供たちが好む遊びのルールを教えた。
「今日の買い物のリストに、公園で使える遊び道具も追加だね。……よし、自由に遊んでいいよ!」
俺が許可を出すと、ノア子を含めた少女たちは、瞳を輝かせて芝生の上へ駆け出していった。
さっそく鬼ごっこが始まったのだが――。
「……あ、ちょっと待って!!」
俺は大切なことを忘れていた。
ノア子の敏捷値は『SSS』。三少女たちも『SS』を超えている。
つまり、彼女たちの動きは、もはやニンゲンの動体視力では捉えられない領域なのだ。
少女たちの姿が、一瞬で掻き消えた。
ドォォン、という空気を切り裂く衝撃音が響き、次の瞬間には、彼女たちは数十メートル先の木陰やベンチの後ろに、文字通りの『瞬間移動』で移動している。
芝生の上を走っているのではなく、空間を飛び越えているようにしか見えない。
もし、普通のニンゲンがこれを目撃すれば、突風か何かの怪奇現象だと叫び出すだろう。
「……なに? サク、今のルール、間違えてた?」
一瞬で俺の目の前に戻ってきたノア子が、不思議そうに首を傾げた。
「……い、いや。……ルールは合ってる。合ってるから、そのまま自由にやっていいよ……」
幸い、今のこの公園に他のニンゲンの姿はない。
俺は半ば諦め気味に、異次元の鬼ごっこを温かく見守ることにした。
グリムは近くのベンチに腰を下ろし、家から持ってきたのか戦国時代の歴史書を熱心に読み耽っている。
ゴウキはといえば、原っぱのど真ん中で大の字になり、豪快に鼻提灯を膨らませて寝ていた。
もはや睡眠を必要としない身体のはずだが、彼にとっては、この広大な青空の下で眠ること自体が最高の娯楽なのだろう。
冒険者登録に行く時間まで、まだ少し余裕がある。
俺は、楽しそうに……というか、あまりにも高速すぎて残像にしか見えない鬼ごっこに興じる子供たちの姿を、暖かな陽光の下で、ただ穏やかに眺め続けていた。
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