目覚めと、未確認個体
「……ク!! ……サク!!」
遠くで誰かが俺を呼ぶ声がする。
深い闇の底から引きずり上げられるような感覚と共に、俺はゆっくりと瞼を開いた。
「ギィ……」
視界が少しずつ鮮明になると、そこには心配そうに俺の顔を覗き込む紗奈の姿があった。
「ビックリしたよ!! パタンと倒れたと思ったら、いきなり光りだして進化しちゃうんだもん。進化の瞬間を生で見たのは初めてだよ」
紗奈が安堵の溜息をつきながら、俺の身体をまじまじと観察する。
そうだ、俺は進化したんだ。
意識を失う直前、システムメッセージが「特殊条件を確認」だの「進化先を変更」だの、不穏なことを告げていた記憶がある。
「(……紗奈、俺は……グレムリンになったのか?)」
俺の問いに、紗奈は不思議そうに首を傾げた。
「ううん。全然、図鑑のデータにもないモンスターだよ。身体も大きくなったね。それに……なんだか、ちょっとだけシュッとしたかな? まだプニプニ感はあるけど」
俺は自分の手を確認した。
インプの頃の丸っこい手つきは、指先が少し細長く、物を扱いやすい形に変わっている。
鋭利な爪は健在だが、より実戦的な「武器」としての鋭さを増していた。
さらに驚いたのは、自分が「服」のような物を着ていることだ。
いつの間にか、フード付きの黒いローブのようなものを纏っている。
背中からは羽が突き出し、腰には愛用の「ゴブリンリーダーの短剣」が2本、誂えたように鞘に収まっていた。
視線の高さも変わっている。
インプ時代に比べれば、少しだけ世界が広く見える。
俺は確かめるように、自分のステータスを念じた。
名前:サク 種族:シーフインプ レベル:10
HP:57 / 57
MP:48 / 48
筋力:G(21)
耐久:G(21)
敏捷:D(156)
器用:F(59)
魔力:F(86)
運:F(77)
■スキル
透明化、盗む、気配遮断、ファイヤーボール、強奪、アナライズ
「……シーフインプ?」
聞いたことがない。
インプからグレムリンを飛び越してそんな種族へ進化するルートなんて存在しないはずだ。
「(紗奈、俺の種族……『シーフインプ』だってさ。聞いたことあるか?)」
「シーフインプ? ううん、全然。普通はグレムリンだもんね。モンスターには稀に、特殊な変異個体や固有の進化を遂げる個体がいるって話は聞くけど……まさか、こんなに近くで見れるなんて思わなかったよ!」
紗奈は興奮気味に、俺のフードをめくったり尻尾を触ったりしてくる。
そういえば、インプの瞳は通常は黒だが、俺は最初から金色だった。
あの龍に捕食された影響が、最初から俺の根源に混ざっていたということだろうか。
「(あと……新しいスキル、『アナライズ』を覚えた。解析スキルだ)」
「おお、敵の情報を読み取れるスキルだね! 透明化して、近づく前に相手をアナライズすれば、今まで以上に安全に攻略できるんじゃない?」
確かにその通りだ。
「シーフ」の名を冠したこの種族。
敏捷と器用に優れ、不意打ちや回避に特化したその特性は、まさに俺のスタイルそのものだった。
今の俺は、紛れもなく「盗賊の魔物」へと至ったのだ。
「(……よし。これで、 2層にも挑戦してみるよ。ゆっくり、一歩ずつだけどな)」
「うん! 無理はしないでね。……あ、デバイスに私の連絡先を登録しておいたから! 明日、ダンジョンに着く前にメッセージ送るから、楽しみにしててね。よし、グレイ、行くよ!」
紗奈は満足そうに笑い、グレイを連れてダンジョンの入り口へと戻っていった。
俺はその背中に、新しくなった手で小さく手を振り返した。
◇
紗奈と別れた後、俺は新しくなった身体の感覚を確かめるために、 1層の通路を駆け抜けた。
トテトテという足音は消え、砂利を踏む音が最小限に抑えられている。
重心が安定し、急な方向転換もスムーズにこなせるようになった。
そして、何よりも大きく変わったのは「羽」だ。
(……おぉ、おおおお!!!)
ローブの隙間から覗く背中の羽。インプの頃よりも羽ばたく力が格段に増しており、意識を集中させると、俺の身体はふわ、と地面から浮き上がった。
(浮いた! 浮いたぞ!! ……あ、あれ?)
浮き上がることはできた。だが、そこから前進することができない。
空中をパタパタと掻き回すが、ただその場で上下に揺れるだけだ。
どうやら、ホバリングはできても「飛行」として推進力を得るには、まだ技術が足りないらしい。
(……これも特訓だな。いつか空中で暗殺ができるようになれば最高なんだが)
俺は地面に降り立つと、紗奈から貰ったデバイスを手に取った。
真新しい画面を起動し、連絡先アプリを開く。そこには唯一の登録名として「松田 紗奈」の文字が並んでいた。
この孤独で、常に死の臭いが漂う迷宮の中で、自分以外の「誰か」と繋がっているという事実は、孤独な俺の心を優しく温めてくれた。
他に試せるのは、マッピング機能と、いくつかの標準アプリだ。
ほかの機能も試したいが、俺は身体を慣らすことを優先し、マップを横目に見ながら1層の奥地へと向かった。
◇
(……よし、『アナライズ』)
俺は、離れた位置にいるゴブリンに向けてスキルを発動した。
すると、視界に詳細なステータスウィンドウが表示される。
種族:ゴブリン レベル:2
HP:20 / 20
MP:8 / 8
筋力:G(13)
耐久:G(10)
敏捷:G(10)
器用:G(11)
魔力:G(6)
運: G(4)
■スキル
なし
■取得可能アイテム
極小魔石、錆びた短剣、ボロ布袋
(おぉ……これは便利すぎるだろ!)
HPだけでなく、取得できるアイテムまで可視化される。
これなら『強奪』を使うべき相手を瞬時に見分けられる。
それにしても、こうして数値で見ると、俺の筋力や耐久がいかに低かったかが再確認できて少しショックだった。
インプの頃、筋力と耐久値はレベル2のゴブリンに負けていたのだ。
(筋力がないなら、スピードで補うまでだ!)
俺は腰の2本の短剣を抜き放ち、地を蹴った。
MPを温存するため、『透明化』も『気配遮断』も使わない。
だが、 Dランクに到達した俺の敏捷値は、一般のゴブリンからすれば、対応出来ない速度のはずだ。
「『強奪』」
一瞬ですれ違いざま、左手の短剣でゴブリンの胴を裂き、スキルを発動させる。
そのまま回転の勢いを殺さず、右手の短剣で首筋を深く斬り裂いた。
ゴブリンから極小魔石が消失し、同時に霧散した死体の跡にもう一つの魔石が転がる。
二撃で確殺。
しかも素材まで奪い取れる。
今の俺にとって、1層の雑魚はもはや敵ですらなかった。
そのままの勢いで、俺は再び1層のボスフロアへと辿り着いた。
前回、あの忌々しい「投石」でHPの半分以上を奪われた屈辱を晴らす時だ。
(『アナライズ』)
名前:なし 種族:ゴブリンリーダー レベル:4
HP:42 / 42
MP:18 / 18
筋力:F(51)
耐久:G(24)
敏捷:G(20)
器用:F(50)
魔力:G(11)
運: G(12)
■スキル
統率、投石
■取得可能アイテム
小魔石(赤)、ゴブリンリーダーの短剣、革袋
(……やっぱりな。始めから『投石』を持ってやがったか)
ステータスさえ分かっていれば、対策は容易だ。
俺は前回のように『ファイヤーボール』を放つが、今回はその爆炎を合図に、姿を消さずに正面から突っ込んだ。
進化したことで、身体のキレが以前とは比較にならない。
ドォォォォォンッ!
着弾の衝撃に膝をつくリーダー。
俺はその周囲に群がる4体の配下を、電光石火の速さで一掃した。
リーダーが顔を上げた時には、既に護衛は全滅している。
「ギギャッ!?」
驚愕に目を見開くリーダーに対し、俺は手数で圧倒した。
正面からぶつかり合うのではなく、円を描くように走りながら、すれ違いざまに幾重もの斬撃を刻んでいく。
筋力不足を、刃の数で、速度で、そして急所への正確さで埋める。
「終わりだ!」
翻弄され続け、ボロボロになったリーダーの背後に回り、俺は2本の短剣を交差させてその首を刈り取った。
前回のような苦戦は微塵もない。
圧倒的な、蹂躙。
足元には4つの極小魔石と、1つの小魔石(赤)が転がっていた。
俺はそれらをシャドウインベントリに放り込むと、一度も振り返ることなく、未知なる2層へと続く階段を見据えた。




