物々交換
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
翌日。
俺は、仮の住処でじっとしていた。
幸いなことに、魔素が濃く滞留するこのダンジョン内では、モンスターの身体は時間の経過と共に傷が癒えていく。
呼吸を整えるたびに、体内の魔素が循環し、HPとMPがゆっくりと回復していくのを感じる。
(……本当に、不思議な身体になっちまったな)
昨日の、あの背中を砕かれるような衝撃。そして自分の生命が半分以下となった恐怖。
レベル9という数字に浮かれていた俺に、この世界は無慈悲な現実を突きつけてきた。
今のレベルなら、2層でもそこそこやっていける自信はあった。
だが、1層のボスにすら一発でHPの半分を削られる脆弱さを目の当たりにしてしまうと、恐怖で足がすくむ。
(……いっそ、このままここで、こそこそと冒険者から盗んで、魔石を食って細々と生きていけばいいんじゃないか)
そんな暗い、後ろ向きな考えが頭をもたげる。
こそこそ、こそこそ……。
そういえば、そんな言葉がどこかにあったような気がする。
俺は気分転換に、シャドウインベントリの中身を確認した。
・本『こそこそせずに自分を出してみよう! 』
「ギィィィィィィッ(うるせぇぇぇええええええ!!)」
俺は思わず、虚空に向かって叫んでいた。
誰が書いたか知らんが、こんな薄っぺらなタイトルの本に説教されてたまるか。
読むまでもない。
俺は俺だ。
たとえ姿が変わっても、俺は俺の人生をやってやる。
ただし、安全に、慎重に、そして絶対に油断せずだ。
ポリポリと、最低限にと、とっておいた極小魔石を景気付けに食べ終えた後、俺は紗奈を待った。
彼女が到着した時、俺が狩りに出て不在では申し訳ない。
待っている間、俺は背中の小さな羽をパタパタと動かす訓練をしていた。
いつか、空を自在に舞える日が来ることを祈って。
たまに遠くで冒険者の気配を感じるが、それは紗奈ではない。
通り過ぎていく彼らを岩陰から見送りながら、俺はふと、配信者のケンちゃんのことを思い出した。
(……俺も、配信して稼げば、米をいっぱい食べられるんじゃないか?)
いや、待て。
俺はモンスターだ。
姿がバレれば、即座に面白半分で討伐されるか、あるいは生け捕りにされて研究機関の実験台にされるのがオチだろう。
だが、あの「明太子おにぎり」の味を思い出すと、どうしても葛藤が止まらない。
米の最後の一粒まで、味がしなくなるまで咀嚼したあの至福。
外の世界の食べ物が、これほどまでに恋しいとは。
(……カメラの向きを工夫して、俺の姿を映さず、一人称視点での攻略動画ならいけるか? いや、そんなので稼げるのか……? ああ、もう分からん! 紗奈に相談だ!)
悶々と考えを巡らせていると、聞き慣れた明るい声が通路に響いた。
「サク! いる? 待たせちゃったかな」
紗奈だ。
「(いるよ、待ってたよ)」
「よかった! どこかにお散歩にでも行っちゃったかと思っちゃった」
(散歩なわけないだろ。ここはいつ死んでもおかしくない戦場なんだ。人間同士ならルールがあるが、俺は人間からもモンスターからも襲われる「敵」なんだからな)
心の中でそうツッコミを入れたが、彼女が手に持っているものを見て、俺の思考は停止した。
真新しい、光沢のあるスマートデバイス。
「ほら、約束通り持ってきたよ! はい、これ」
「(おぉぉぉぉ! 素晴らしい、ありがとう!!)」
俺は受け取ったデバイスを両手で抱え、頬ずりした。
ひんやりとした金属とガラスの感触。
人間の英知が詰まったこの機械が、どれほど愛おしいことか。
俺が夢中でデバイスにスリスリしていると。
――カシャッ。
「ギィッ!?(なんだ!?)」
聞き覚えのあるシャッター音。
顔を上げると、紗奈が自分のデバイスをこちらに向けて笑っていた。
「(お、おい、紗奈! 俺を研究機関に売るための証拠写真か!? 裏切るのか!?)」
俺が思わずギィギィと鳴いて警戒すると、彼女は慌てて画面を見せてきた。
「違うよ! だってサクが目を細めてデバイスにスリスリしてるのが、あまりにも可愛かったんだもん! ほら、見て」
そこには、金色の瞳を細めてニヤニヤしながら、デバイスに顔を寄せるインプの姿が映っていた。
……確かに、世間で「ゆるキャラ」扱いされるこの姿だ。
客観的に見れば、可愛くないこともない。
「それに、裏切るならちゃんとデバイスと交換する物をもらってからやるよ!」
「(……それは確かにそうだな。信じてるからな、マジで)」
俺はそう言うと、シャドウインベントリを起動させ、足元の影から貯めに貯めた素材をドサドサと吐き出していった。
魔石、爪、牙、皮、アクセサリー、そしてボスのドロップアイテム。
「ちょ、ちょっと、こんなに!? 嘘でしょ!?」
「(だからマジックバッグを持ってこいと言っただろ。これは信用の証だ、全部持っていけ)」
俺が人間だった頃のレートでざっと計算しても、1 8万円 は下らない額だ。
「さすがにもらいすぎだよ! 素材だけでもデバイス代を優に超えちゃうよ」
「(いいんだ。それより、相談がある)」
俺は、先ほどから考えていた「配信」の案を紗奈に話した。
俺は魔石でも成長できるし、腹も膨れる。
だが、どうしても人間界の食べ物が食べたい。
ここには娯楽もない。
だから、このデバイスで俺の姿を映さずに配信をして稼ぎ、その金でダンジョン配達ドローンを利用できないか。
あるいは、紗奈に換金を頼んで、美味しいものを届けてもらえないか、と。
「……すごく面白い案だけど、モンスターが配信なんて、やっぱり見つかったら危ないよ」
「(だから、一人称視点にする。なにかあれば、紗奈のテイムモンスターってことにしてもいい。実際にはテイムはされないけどな)」
紗奈はうーんと唸りながら考え込み、やがて小さく笑った。
「分かった、協力するよ。正直すごくワクワクするもん。じゃあ、名義貸しってことで。たまに素材をもらいに来る口実にもなるしね」
「(ああ、助かるよ。これで、ここでもまともに生きていける)」
震える手でデバイスを握りしめる。
これだけで、絶望的だったインプ生活に光が差した。
「あ、デバイス貸して! アドレスとか色々、私が設定しておくから」
紗奈はデバイスを受け取ると、手慣れた様子で画面を叩き始めた。
設定の合間、彼女は色々な話をしてくれた。
池袋ダンジョンの推奨レベルは階層×3であること。
彼女は今レベル3で、普段は練馬ダンジョンに行くことが多いこと。
21歳で、彼氏はいないこと。
こんなに俺とは喋れるのに、人前では緊張して上手く喋れないこと。
俺は、そんな彼女にインベントリから「あの本」を取り出して手渡した。
『こそこそせずに自分を出してみよう!』
「なにこれ! こんなもの拾ったの? ありがとう、読んでみるね」
はははと笑って本を受け取る紗奈。
(……すまん、実はそれは盗品なんだ。まあ、今の俺には不要だからいいか)
「よし、設定完了! アドレスもフリーアドレスで登録したから大丈夫。名前は『サク』で設定したからね」
「(ありがとう。助かるよ)」
「配信するなら説明欄には適当に書けばいいよ。何かあったら私が『飼い主』って説明するから。世界初のモンスターによる配信だよ」
「(わ、わかった。ありがとう)」
「チャンネル名はサナサクちゃんねるにしたからね。なんかカップルチャンネルみたいだね」
こいつは何をニヤニヤして言ってるんだ。
俺は一応モンスターなんだぞ。
紗奈は、あ、そうだ、と何かを思いついたような顔をした。
「(どうした?)」
「ううん。また明日も、ここに来ていい?」
「(もちろんさ。待ってる)」
「じゃあ、これはお返し! ちゃんと食べてね」
そう言って彼女が差し出したのは、俺が渡したはずの小魔石(赤)が4つだった。
「もらいすぎだし、サクがここまで頑張って貯めてくれたんでしょ? ご褒美だよ。というか、これを受け取ってもまだ私の方が多いんだから、遠慮しないで」
そう言って笑う彼女の好意に、俺は甘えることにした。
正直、この小魔石(赤)は喉から手が出るほど食べたかったのだ。
最初に手に入れた時、本能のままに噛み砕きたい欲求を、歯が砕けるほど堪えて我慢していたのだから。
カリカリ、コリコリ……。
「ギィ(……美味すぎる……あぁ……)」
口の中で砕けた瞬間、芳醇で暴力的なまでの魔素が溢れ出した。
血管を通って全身を駆け巡り、細胞の1つ1つが歓喜に震えるような快感。
俺がそのあまりの美味さに恍惚としてぼーっとしていると。
――カシャッ。
「(おい!! また撮っただろ!!)」
「だって、ペットがこんな幸せそうな顔で餌を食べてたら、撮るのが飼い主の義務でしょ?」
(……餌って言うな、餌って……!)
ツッコミを入れようとした、その時だった。
――ドクン。ドクン……!
心臓が、今まで経験したことがないほど激しく脈打った。
全身が熱い。
血管が膨張し、皮膚の裏側を何かが這い回るような感覚。
紗奈が俺の名前を呼ぶ声が聞こえるが、音が遠ざかり、世界がボワボワと歪んでいく。
『レベルが上がりました』
『スキルを取得しました』
脳内に、いつにも増して響くシステムの無機質な音声。
だが、その後に続いたアナウンスは、俺が知っている常識を遥かに超えていた。
『レベルが10 に到達しました。進化条件達成。進化先が解放されました』
『……警告。個体名:サク の体内に未知の魔素構成を確認』
『進化先を再計算します…………完了。特殊条件を確認。通常の進化経路を破棄し、進化先を変更します』
(……なに? 進化先を……変更……?)
意識が急速に闇の底へと沈んでいく。
紗奈の驚いたような顔も、真新しいデバイスの光も、すべてが暗転した。
『進化を開始します』
その言葉を最後に、俺の意識は深い、深い闇の中へと落ちていった。
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